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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第五章 子供を産めない体
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私が

 一瞬、顔を上げて後ろを振り向いてやろうかという思いが脳裏をよぎった。……が、なんか疲れた。起き上がるのが面倒だ。あいつらを睨むのも面倒だ。私に睨まれて慌てふためく姿を想像するのさえ面倒だ。何もしたくない。ただただずっとこうしていたい。何もない所で何も考えず、じっと目だけを瞑っていたい。


 そもそも私は何クソ真面目に学校なんか来ちゃったんだろう。もうこの世界と私の関係は断たれる寸前だ。適当にゲームするなり街をぶらつくなりしてタイムリミットが来るのを待ってれば良かったんだ。……ほんと馬鹿みたいだ。


 私は思考を放棄する。いよいよ考えるのも疲れて来た。ただ目を瞑って、ただ呼吸だけして、そして。


「はい! それではみなさん、隣の席の子と机をくっつけて作業に取り掛かりましょう」


 いつの間にかその時間は訪れていた。いつチャイムが鳴ったのか、いつ先生が来たのかも記憶にない。気がつくと私は上体を起こしていたし、気がつくと授業が始まっていた。気がつくと教室の後方は保護者でいっぱいで、気がつくと他のクラスメイト達は先生の指示に従い机同士をくっつけている。私だけが一つズレた次元からその光景を見ている気分だった。ここまで達観すると、とても清々しい。


「えっと……、誰か有生さんと一緒にやってくれる人?」


 なんならこのまま授業続行してくれてもよかったけれど、流石に私一人がぼーっと佇んでいる中、教職に就く人がぼっちを放っておいて授業を進行させるはずがなかった。


 生徒を一人にさせない。いい心遣いだと思う。でも私が魔界に帰った後は、そう言うぼっちを目立たせる発言は逆効果である事をしっかりわかった上で教職を続けて欲しいと思った。


 先生の呼びかけに答えてくれる生徒はいない。私はこのクラスの上位カーストに位置するクソダイチに喧嘩を売った身だ。そんな私と馴れ合おうとする生徒なんかいるはずがないし、仮にいたとしてもクソダイチの事だ。私と関わればいじめの標的をお前にするとか、そんなくだらない根回しでもしてるんだろうな。


 このクラスで私と馴れ合ってくれるのはタロウしかいない。そのタロウがいない今、誰が私と馴れ合おうって言うんだか。世界で一番私と馴れ合ってくれた人ですら私を突き放したと言うのに。


 教室中が無言のざわめきに包み込まれる。話し声はないけれど、クラス中の生徒や後方の保護者達の視線が私を突き刺しながら騒いでいた。


「……」


 そして私も無言で騒ぐ内の一人だ。さっきから嫌な汗が止まらないんだ。心臓がけたたましく騒ぐし、黒いミシンに反射する私の顔色も見るからにおかしい。青ざめながら紅潮してるんだぜ?


 私はこの感情の正体を知っている。これは恥という感情だ。周りの人間から一斉に奇異な視線を向けられた時に感じる感情だ。友達なんかいらないって気持ちに嘘はない。でも、友達がいない自分という存在を晒されるのって、なんでこんなに辛いんだろう。今誰かに優しくされたら、それだけで相手を好きになっちまいそうだ……。


「おい」


「……え?」


 例えそれがこのクラスで最も嫌悪している対象であっても。


 ふと我に帰ると、私の目の前にはダイチがいた。


「一緒にやろうぜ?」


 あのダイチが私に手を差し伸べていた。あまりに予想外な出来事に思考が止まる。しかしすぐに止まった思考に電流を流し、ダイチの意図を考えた。


 こいつが私に同情? そんなわけあるか。こいつはそんな事をする人間じゃない。だとしたら他に考えられる事は点数稼ぎ? ここでぼっちに手を差し伸べる自分を先生や保護者達に見せつける事? ……そうだな。それが一番納得が行く。


「ほら、早く机くっつけろって」


 私の返事など知るかと言わんばかりにダイチは頭を低くし、私の机に手をかけた。このまま自分達の所に机を移動させるつもりだろう。本当に小賢しいやつだと思う。こうやって点数稼ぎをしとけば今後何かやらかした時に、大人達から疑いの目をかけられる可能性はぐーんと下がるしな。


 ……でも。ほんと自分でも情けないと思うしめちゃくちゃ悔しいけど。その時ばかりは感謝の気持ちが芽生えてしまったんだ。ほんの少しだけどこいつに対して良い感情を抱いてしまった。


「あ……ありが」


 ありがとうって言いかけてしまった。


(お前、下級生に友達になって欲しいって頼み込んでたらしいな?)


 ダイチが私の耳元でそう呟くまでは。


(だっせえ)


「……」


 ダイチが私の事をそう嘲笑うまでは。


 私の頬に生暖かさが宿る。ダイチは最後にぺっと私の頬に唾を吐きかけたのだ。先生からも生徒からも保護者からも死角になるように。


 ガコン、と。ダイチが私の机を離した事で大きな音が教室中に響き渡った。ダイチは私の机を運ぶのをやめ、そそくさと自分の席に戻っていった。


「馴れ馴れしいんだよクソって言われましたー」


 そんな嘘を悪気もなく、本当に私がそう言ったと主張するように、真実をありのまま語るように吐きながら。


「……」


 そっか。ダイチ、やっぱお前ってめちゃくちゃお前らしいよ。お前、点数稼ぎとかするキャラじゃないもんな。お前がやりたかったのは点数稼ぎじゃなくて純粋な嫌がらせ。納得出来たよ。ここまで私がされたくない事を的確に突いてくるとか、お前マジでいじめっ子の才能あるわ。


 手のひらにじんわりとした痛みが宿った。見てみると爪が手のひらに食い込んで薄らと血が出てるじゃないか。私みたいな非力な子供でも、ここまで拳を握りしめられるもんなんだな。唇も痛いや。このままじゃ歯で唇を噛み切ってしまいそうだ。……ああ、そうか。なるほど。これが屈辱っていう気持ちか。


 ありがとうな、ダイチ。私が最後にこの世界でやり残した事を実行するきっかけをくれて。私、この世界で使う最後の魔法が決まったよ。


 頭の中に昨日の光景がふと思い浮かんだ。


[魔法使えや]


『それはもっと無理。この世界で最後に使う魔法は決めてあんの。それまでは温存したい』


[ダイチとアイスをぶっ殺す魔法か]


 ……悪くないな。それ、マジで悪くないよメリム。もういい。もうなんでもいい。もうどうなってもいい。殺す。ぶっ殺してやるよクソ野郎。


 視界が滲む。呼吸の乱れも起きた。せっかく枯れるまで涙を流し切ったっていうのにまたしても涙が湧き出て来る。アイスとの一件で知ったけど、どうやら私はこういうやつらしい。どうも私は本気でキレると涙が溢れてしまうのだ。感情を抑えきれず、怒りたいのに同時に泣き出してしまう、そんな心の未熟な子供なんだ。あの時も泣きながらアイスに殴りかかった。


 あの時は結局力の差や数の差に押し負けてされるがままだったな。でも今回はあの時とは違う。私にはもう失うものがない。どうせ何をしようが明日には魔界に連れ戻される身だ。何もしなくたって連れ戻される身だ。どうせ連れ戻されるなら最後にド派手な魔法を使ってやるよ。


 荒れる心とは打って変わって私の五感は極めて澄んでいた。これだけダイチに対する殺意に満ち溢れているのに、周囲の状況がはっきりわかるんだ。先生が仕方ないとばかりに愛想笑いを浮かべて私の所に歩み寄っているのがわかる。


「それじゃあ有生さんは先生とやりましょうか?」


 そんな先生の声もしっかりと届いている。ダイチに見放された私を笑うクラスメイトの声も聞こえる。私を同情したりサチを責め立てる保護者達のこそこそ話も聞こえる。隣の教室から響く笑い声、教室の外で鳴き騒ぐカラスの声、廊下からは保護者同士が談笑する声や廊下を走るマナーのなってない保護者の足音が聞こえた。ありとあらゆる音が私に周りの環境を教えてくれた。


 人は感情的になると周りが見えなくなると言うけれど、あれって嘘なんだな。逆だよ。ダイチという敵を確実に殺すために感覚が研ぎ澄まされ、周囲の状況が事細かに伝わってくるんだ。


「……メリム」


 私の呼びかけに応じてメリムが姿を現す。とは言え教科書に擬態しているからまだバレた様子はない。バレるのはここからだ。


 私は大きく息を吸って様々な雑音をかき消した。そして私が扱える魔法の中で最も簡単に人を殺せる魔法、切断魔法を思い浮かべる。私の魔法じゃ野菜を切るのが精一杯だけど十分な威力だ。私が切るのは野菜より柔らかい脳血管。それをほんの少し傷つけるだけであいつは。あのクソ野郎は……。


「切断魔」


 切断魔法、メリム・ド・レアン。私はその言葉をどこまで言い切っただろうか。自分でもわからない。


 全ての音をシャットアウトしたつもりだった。ダイチに対して明確な殺意を抱き、生まれて初めて抱いた人を殺したいという欲求に脳を支配された。呪文だって確実に唱えたと思った。なのにメリムは光っていない。私はこの魔法を最後まで口にしていないらしい。


 呪文を唱える時、大きく息を吸って様々な雑音をシャットアウトした。クスクスと私を笑うクラスメイトの声も、私に同情したりサチを責め立てる保護者達のこそこそ話も、隣の教室から響く笑い声も、教室の外で鳴き騒ぐカラスの声も、廊下から聞こえる保護者同士が談笑する声も、廊下を走るマナーのなってない保護者の足音も。


 魔法の不発に呆気になった私の耳に遮断していた情報が一斉に流れ混んで来た。そしてふと気付いた。さっきまであった雑音の中から一つの雑音が姿を消している。慌ただしく廊下を走っていたマナーのなってない保護者の足音だ。きっと目的の教室にでも辿り着いたのだろう。授業参観という子供の晴れ舞台に遅刻でもしたのかどうかわからないけれど、別に教室が解放している間なら好きなタイミングで教室に入れる。なのにいい歳した大人がそんな慌てて廊下を走って、みっともないったらありゃしない。


「私が……っ、やります……! みほりちゃんと一緒に……」


 子供みたいに息を切らして、ゲホゲホと咳も漏らして、せっかくの顔が台無しになるくらい汗を流して、買ったばかりの桜柄のワンピースだって汗と激しい運動でしわくちゃじゃないか。


「私にやらせてください……」


「あの……保護者の方は」


「お願いします!」


 そのみっともない大人は先生に対して深々と頭を下げた。荒れる息に合わせて上下する体、あちこちに汗のシミを作った小汚いワンピース。


「お願い……します……」


 声までボロボロじゃないか。頭を下げているせいでこの教室の誰もが彼女の顔を見る事は出来ないけれど、それでも彼女が誰なのか察せない馬鹿はこの場にいやしないだろう。私と同じ服装をした人間がぼっちの私と作業をしたいと頭を下げているんだ。


 そうか。私はこいつに魔法の詠唱を堰き止められたのか。先生がその提案を受け入れてくれるまで息を切らしながら頭を下げ続けるサチの姿を見て、私は静かにメリムを体内に収納した。


「そ、それじゃあ……お願いしてもよろしいでしょうか?」


 いつまで経っても頭を上げないサチに根負けしたのか、それとも並ならぬサチの気迫に押し負けたのか、先生は恐らくこれまでの教職人生において一度も遭遇した事のないであろうそのアクシデントを受け入れた。サチは更に深く頭を下げて「ありがとうございます」と言葉を発し、そして本来はタロウの席である隣の空き椅子に腰を下ろした。


「じゃあ、始めよっか?」


「……」


 私は目線を下げる。そして朝サチにされたように、彼女に対して一切の関心を示さずに黙々と自分の作業に取り掛かった。


「わー、ミシンとか何年ぶりだろ? 最後に使ったのは私も家庭科以来かな?」


「……」


「どんなデザインにしたいかとか決まってる?」


「……」


「決まってないならー……そうだねぇ」


 それからしばらく会話のない作業が続く。サチだけが一方的に会話をする作業が続く。私はサチの言葉には答えない。答えられないと言った方が正しいのかも知れない。サチが何を考えているのか、何がしたいのか、意図がわからなすぎて下手な事を口にしたくないっていうのもある。でも一番の理由は。


『……お前なんか大嫌いだ』


『私も。両想いだね? 私たち』


 ……あんな事があって何を話せって言うんだ。馬鹿。


「こういうのとかどう?」


 スウッと。手元ばかり見ている私の視界に一冊のノートが飛び込んで来た。そこに書かれていたのは桜の花びらのアップリケが施されたエコバッグのデザイン。そしてノートの端っこに小さく記された[テレパシーとか使える?]の文字。


「……」


 周りにバレないように会話が出来る魔法。それで私と会話をしたい。そう言う事だろうか。昨日も今日も会話の機会を自分から放棄しておいて、今更そんな事を言いだしているのか、こいつは。


 そういう魔法なら知っている。私はその魔法を二度サチにかけようとしていたから。アイスとの一件があった時と、昨日の一件があった時に。相手の心を直に読み取る、言ってしまえば相手の心を操る魔法を。


 私はそういう魔法は使いたくはない。相手を知りたいと思うのは尊い事だけれど、その為に手段を選ばないのはなんか違うと思うから。そんな手段を取ったが最後、私は自分が嫌いになるから。……でも。


「先生。トイレに行きたいです」


 ……なんか。もう自分の事、嫌いになってもいいやって。そう思った。なんなら既に大嫌いになっていたんだと思う。最も信頼を寄せていた相手に失望した自分の事が。どれだけ忌み嫌おうが、自分より弱い相手を魔法で一方的に殺してしまおうと思ってしまった自分の事が。


「あれ、どういう事だと思う?」


 トイレの個室に入り、他の個室に誰もいないのを確認した上でメリムに話しかけた。


【白々しいな。それを聞き出す魔法を使う為にトイレに来たんだろ?】


「……ん。そうだな」


 メリムの言う通りだ。今更メリムに聞くまでもなかった。メリムが淡く発光し魔力を放出させていく。私は呪文を唱え、放出された魔力の形を整えた。


「上等だよ。今更どんな言い訳してくるのか楽しみだ」


【いい性格してるわお前】


 トイレの中でひっそりとその魔法を自分にかけ、私は教室に戻った。

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