五人の私のお母さん
私のクローンを産ませる為に捕まえたお姉さんは計五人。18個採れた私の卵子の中で、胚になるまで発生した良い子はたったの五個だった。
彼女達が私のクローンを産むまでの監禁場所として選んだのは、近所にある屋内型のレンタルスペースだ。広さはおよそ八帖で、一人当たり一帖と考えても三帖も余る豪邸だ。屋内だから冷暖房も完備してあるし、これなら夏冬でも彼女達の体調が崩れる心配はないだろう。
本来、ここは法人向けに大量の荷物を保管する為に使われるロッカールームである。費用は毎月五万八千円。しかし今はキャンペーン中という事もあり、三ヶ月間は半額の二万九千円での契約となった。もっとも、お金なんて無縁の存在となった私にとって、そんな金額差なんてあって無いような物だが。
監禁一日目。
『はーい。それじゃあ回収しまーす』
私は彼女達に配った紙を回収し、そこに書かれた欲しい物リストを読み上げた。私は彼女達に約束している。もう痛い思いも怖い思いもさせないと。何より妊婦の精神状態はもろにホルモンバランスへと直結する為、胎児の為にも彼女達の精神衛生はしっかりと保つ必要があるのだ。彼女達の要望は、聞けるだけ聞いておきたい。
『お母さん001号は化粧水と乳液にフェイスパック。わー、凄い。こんな状況でも自分磨きは欠かさないんだ。お母さん002号は雑誌かー。まぁテレビだけじゃ暇だもんね? お母さん003号は……お菓子? んー……、しょうがない。オッケーとします。でも栄養管理を考えた食事を用意しているんだから、くれぐれも食べ過ぎないように。お母さん004号はゲーム。いいよ。その代わり通信機能のない一昔前のゲームになるけど、そこは我慢はしてね。それで最後にお母さん005号は……』
先日、上野の路上で連れ去ったパパ活帰りのお母さん005号から受け取った紙は白紙だった。
『ないの? 欲しい物。もしかして反抗? それとも意地?』
『……』
『まぁ、逆らいさえしなければ何でもいいけど』
私は彼女達の欲しい物リストをポケットにしまい、これからお母さんになる彼女達の姿を熟視した。
私に屈服させる為にあれだけ痛めつけられた彼女達だが、彼女達の体に刻まれた夥しい傷と痣の数々はすっかりと癒えていた。私の実力では全快とまではいかなかったけれど、少なくとも折った指や外された関節に対しては最低限の処置を施している。一ヶ月以内には綺麗に治り、これからの生活に不便が生じる事はないだろう。
一台のスタンドライトで照らされた室内は、少なくとも刑務所よりかは快適な環境にあると思う。床にはマットを敷き詰めているし、彼女達が暇を持て余さないようにテレビだって用意したのだ。また、爪切りや綿棒のような衛生用品だってしっかり準備しておいた。水と食料も毎日届けるのだから、言ってしまえば彼女達は最長で十ヶ月間も働かずにご飯を食べる事が出来るわけだ。もちろんお風呂だって二日に一回は入れてあげるつもりだ。
それでも強いて難点をあげるなら、トイレ問題はもう少しなんとかしたいかなとは思っている。一応25000円程で買える、災害用の組み立て式トイレは用意しておいた。中にポリ袋を仕込んでそこに排泄をする仕組みで、彼女達を飼育するからには当然そのポリ袋だって毎日取り替えなければならない……が。人の尿量は一日当たり平均で1〜1.5リットル。それに加えて排便だってするわけで、それが五人分も溜まるわけだから……。
一応ポリ袋も専用の防臭素材を用いたものらしいけれど、それでも流石に五人分の排泄物なんてトイレを作った企業側も想定していないだろうし、ある程度の臭い漏れは免れないだろう。けどまぁそこは仕方ないと割り切るしかない。十ヶ月もタダ飯にありつけるんだから、その代償と思えばね。
『それじゃあ私は一旦帰るけど、みんな仲良く喧嘩しないようにね? ストレスはお腹の子供に悪影響だもん。清く健やかな精神で過ごして、十ヶ月後にみんなで元気な赤ちゃんを産みましょう!』
……。
『返事』
私に促される形で、お母さん達は弱々しい口調で小さく『はい』と呟いた。
監禁三週間目。
『はーい。皆さんちゅうもーく』
今日の分の食事とトイレ交換をしに来た私に、彼女達の視線が集った。悍ましい物を見るような彼女達の視線が一斉に私の右手に降り注ぐ。私の右手に紙コップと妊娠検査薬がそれぞれ五つずつ握られていたからだろう。
無作為に選んだように思われる彼女達だが、実は彼女達には一つの共通点が存在する。生理予定日だ。彼女達を拉致する前に、生理予定日が共通する女の人を予め魔法で選定しておいたのだ。私は彼女達にコップと妊娠検査薬を手渡して行く。今日は待ちに待った彼女達の生理予定日。そして現在、この中に生理が来ているお母さんは一人もいない。
『あの……』
『何? お母さん003号』
私からコップと妊娠検査薬を受け取ったお母さん003号が、私の機嫌を損ねないように恐る恐る訊ねて来た。
『今日は……その。生理予定日……なんですけど』
『お、流石は経産婦さん。経験者がいると話が早くて助かるなー』
お母さん003号は、この中で唯一の経産婦である。初めての出産は十六歳の頃らしい。故に妊娠検査薬を渡された時期に違和感を覚えたのだろう。
妊娠検査薬は、スティックの採尿部におしっこをかける事で尿中のhCGから妊娠の有無を判定する。hCGとは、受精卵の着床により、胎盤のもととなる絨毛が作られると分泌されるホルモンである。このホルモンは着床後の生理予定日から一週間後あたりで爆発的に分泌される為、通常妊娠検査薬は生理予定日から一週間後に使用するのが最も望ましい。当然その事は私も折り込み済みだ。
『大丈夫だよ。それは正確には妊娠検査薬じゃなくて、早期妊娠検査薬。お医者さんから処方されないと買えない特別な物で、生理予定日の僅かなhCGでも感知するタイプだからね。皆んながちゃんと妊娠しているのか気になって、居ても立っても居られないから盗んで来ちゃった』
私からの説明を受け、お母さん003号が引き下がる。私の説明に納得してくれたらしい。疑問も晴れた所で私は彼女達に妊娠検査薬の使用を促した。
『それじゃあみんな。コップにおしっこをしたら、スティックの採尿部を三秒間だけ浸けて……って。お母さん004号?』
この三週間で抵抗の無意味さを理解した四人は素直に私の指示に従う。しかしその中で一人、お母さん004号だけは浮かない表情で戸惑っていた。
『どうしたの? おしっこは?』
お母さん004号。引きこもりの高校生で、この中では唯一の未成年だ。それと同時に唯一の処女でもある。出産を念頭におくなら成熟した成人女性を使う方が良いのは百も承知だけど、じゃあどうしてこんな子をお母さん候補に選んだのかと言うと、理由は簡単だ。面白そうだったから。だって処女のまま出産するだなんて、まるで聖母マリアのようで凄く興味深い。004号の処女膜を破らないよう、彼女の子宮に慎重に私のクローン胚を移植するのは大変だった。
004号は目に涙を浮かべ、怯えながら私の指示に従わない理由を口にした。
『す、すみません……。私、さっきトイレに行っちゃって……その。出ないです……』
『えー。困ったなー』
私は彼女の眼前まで近づき、その不安そうな瞳を至近距離から覗き込む。004号は私の行動に恐怖を感じたのだろう。小さな悲鳴をあげて僅かに後ずさった。まぁ実際、私は今から彼女に恐怖を味わってもらうわけだが。私は004号の口に指を突っ込み、無理矢理開口させながら言い寄った。
『おしっこが出るまで水飲み続けてみる?』
『……え……っ』
震える彼女の舌に指を伸ばし、無理矢理口の外へ引き抜きながら脅しを続ける。
『何リットル飲ませれば出るかな』
排尿というのは、膀胱がおしっこによって膨張し、その膨張を腰髄及び仙髄に存在する排尿中枢が感知する事で膀胱括約筋が弛緩して引き起こされる現象だ。言ってしまえば膀胱が尿で満たされる事が排尿のトリガーになるわけだけど、じゃあ膀胱内に僅かな尿しかなければ排尿は起きないのかと言えばそうでもない。排尿と言うのは結局はただの神経支配だからだ。ならば恐怖のような瞬間的な感情を引き起こす事で、その神経を無理矢理狂わせるとどうなるか。
『あ……、あぁ……っ』
ホラー物なんかでよく見られる、あの現象が発生する。
『はい、出たー』
私はお母さん004号から離れ、彼女達の行く末を見守った。するとどうだろう。004号の他にも排尿に手こずっているお母さんが二名程いるではないか。折角だから他のみんなもしっかりおしっこが出るようにサポートしてあげよう。
『ところでみんな。私が何でみんなを攫ったのかは知ってるよね?』
何を今更だと言わんばかりに、不思議そうに私に視線を向けるお母さん達。
『もし妊娠していない人がいたらどうしよっか。そんな人がいたら、もう用済みなんだけど』
しかし私がその言葉を放った瞬間、彼女達の表情に戦慄が走った。私はそんな彼女達の様子が面白おかしくて、思わず吹き出してしまうのだった。
それから三分後。
『わー! 見て見てみんな! 陽性だよ陽性! 全員妊娠してる! みんなこの三週間よく頑張ったねー。出産の時も期待してるからね?』
私の目の前に、妊娠の確認サインが浮かんだ五本の妊娠検査薬が並べられた。
監禁一ヶ月目。
『あの……これは?』
お母さん001号は、監禁されてもなお自分磨きを怠らない女子の鑑のような人間だ。私に連れ去られる前はコスメショップで働いていたし、きっとその経験が彼女の生き方に大きな影響を及ぼしているのだろう。そんな彼女は今、目の前の皿に盛られたドッグフードを見ながら困ったように私の事を見上げていた。
『ご飯』
『……え? 何で……。だって……』
他のお母さん達に目を向ける001号。しかしこの中で最も困惑していたのがお母さん001号なのであって、お母さん002号も001号程とまでは行かずとも、どこか不服そうな表情を浮かべていた。お母さん002号はお料理の専門学校に通う学生だ。そんな彼女にとって、今日の朝ご飯がコンビニのおにぎり一つだけと言うのは不服でたまらないらしい。
今日のご飯は、五人それぞれに別々の物を用意しておいた。お母さん001号にはドッグフード、お母さん002号にはコンビニのおにぎり、お母さん005号にはスーパーのお弁当、お母さん003号には叙々苑の豪華な焼肉弁当、そしてお母さん004号には重箱のお弁当と言った具合である。
『何でか教えてあげよっか?』
彼女達一同、どうして自分達のお弁当に格差が生じているのか不思議で仕方がないようだから、私は彼女達の驚愕する姿を想像しながら種明かしをした。この部屋に施した一つの魔法を解いたのだ。すると部屋の隅に設置した、透明化した監視カメラが私達の前に姿を現す。その途端に最も動揺した顔色を見せたのがお母さん001号だった。
『最初の二、三日は皆んな大人しくていい子にしてたのにね。でも四日目辺りから油断したね? 私が監視していないわけないのに』
私はスマホを取り出し、この一ヶ月間の記録の中で特に面白いと感じた場面を切り抜いた動画を皆んなに見せる。監禁四日目となるその日。お母さん001号は皆んなで助けを呼ぼうと、他のお母さん達に協力を仰いだのだ。
しかし001号の案に乗り気だったのは、002号と003号の二人だけだった。004号は私に深いトラウマを抱えているのか、私からの報復を恐れて001号の案に乗ろうとしない。005号に至っては相変わらず無関心の極みである。
結局お母さん001号、002号、003号の三人は、部屋の扉や壁を内側から何度も叩き続け、大声で助けを呼び続けた。当たり前の事だけど、私は彼女達の事を信用しているわけではない。こんな事はいつか必ず起こると思い、音も衝撃もしっかり魔法で消している。彼女達がどれだけ暴れ回った所で、彼女達の声が外に届く事はないのだ。
『この日の時点でお母さん達のランクは、上から順に004号、005号、002号=003号、001号になりました。でもこの十日後にちょっとした事件が起きたよね?』
スマホにそれから十日後の映像が映し出された。いくら助けを読んでも誰にも気付かれない日々に痺れを切らしたお母さん001号が、一切の協力を拒む004号と005号に暴力を振るったのだ。
005号は相変わらず無関心を貫いて001号の暴力を黙って受けていたものの、004号は心身共に未熟な高校生である。引きこもりの理由もいじめによるもので、過去のトラウマから暴力や暴言の類いには滅法弱かった。004号は001号に怯え、泣き出してしまったのだ。
しかし、そんな004号に救いの手が伸びる。001号側についていた筈の003号が、彼女の暴力から004号を庇ったのだ。003号はお母さん達の中で唯一出産経験のある本物のお母さんだからか、この中で最も若い004号には何か思うものがあったのかも知れない。
こうしてこの日を境に、お母さん達の勢力は三つのグループに分かれる事になる。ここから抜け出すのを諦めないお母さん001号と002号のグループ、彼女ら二人と敵対するお母さん003号と004号のグループ、そして傍観者の005号といった具合に。
『ここでお母さん達のランクが確定しました。一位は最後の最後まで私に従順だったお母さん004号。二位は最初こそ敵側だったけど、004号を守る為にこっち側に寝返ってくれた003号。三位は傍観しているだけの005号。四位は敵側だけど暴力は使わなかった002号。それで……』
私はスマホをしまい、ビリの理由を自覚した001号に視線を向けた。
『おい、001号』
私の皮膚からザンドが現れる。ザンドが現れたら何が起きるのか。お母さん001号はこの一ヶ月間を通してよく理解していた。001号は恐怖に顔を歪め、そして許しを乞おうとするものの。
『お前もう産まなくていいよ。ザンド』
私は彼女の口から弁明が出るよりも先に、魔法で彼女の腎臓に一つの細工を施した。
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