1.5%を18連で
魔法に引き裂かれた処女膜の悲鳴は、形となって私の体に現れた。
『イヴ? どうしたの?』
不思議そうに訊ねるお母さん。覚束ない足取りで朝食を食べに来た私の姿が気になるらしい。
『うん……、ちょっと腰が。座り過ぎちゃったのかも』
『そんなに勉強してるの? もー、大きな隈まで作って。そりゃあ勉強してくれる分にはお母さんも嬉しいけど、でも程々にしないとダメよ?』
『はーい……。気をつけまーす……』
私は局部に刺激が行かないよう、最善の注意を払いながらゆっくりと椅子に腰を下ろした。お母さんも、まさか私が魔法で作った機器で処女膜を破り、あまつさえ膣壁と卵巣に注射針を刺して卵子を採取していただなんて思いもしないだろうな。
処女膜はその形状によっていくつかの分類がなされる。処女膜に程々の穴が空いていれば環状処女膜。処女膜に小さな穴が空いていれば小孔状処女膜。処女膜に二つの穴が空いていれば二ツ孔状処女膜。処女膜に全く穴が空いておらず、膣を完全に閉鎖していたなら閉鎖処女膜。処女膜に小さな穴がいくつも空いていたなら篩状処女膜。等々。
この中で初挿入時に特に痛みを発生させやすいと言われているのが、小さな穴がいくつも空いた篩状処女膜だ。挿入によって膜が一斉に裂ける事で、小さな穴が繋がり大きな穴を形成する。そしてどういう因果か、私の処女膜の形状もまたこの篩状処女膜だった。
また、卵巣の状態もまずかった。卵胞の発達具合によっては激痛が伴うのは知っていた。その場合は麻酔を使う必要があるのも知っていた。しかしそんな滅多な事は起きないと高を括っていたら、その滅多な事が起きてしまったのだ。
エコー画像で確認した時は程々の大きさだと思っていた。盗んだ画像診断学の参考書を事前に何度も読み直しては予習を繰り返し、卵巣のエコー画像の姿を頭に叩きつけたつもりでもいた。その上でこのような結果を残してしまったのだから、これはもう私の実力不足としか言いようがない。これからも日々努力を怠らず、勉学に勤しもうという決心が私の中に芽生えた。
とは言え立派に育った卵胞から採取した卵子の数は莫大な物だった。通常、このやり方で採卵した場合に得られる卵子の平均は5〜10個。対して私が採卵した卵子の個数は18個である。私のクローンの作製も一度で成功するとは思っていない。故に17回までの失敗が許されるその絶対的な数字は、確実な安心感を私にもたらしてくれたのだった。
『……ご馳走様でした』
朝食も摂り終えたので、私は食器類をシンクの方へと持っていく。そして局部及び卵巣に宿る痛みにより、内股気味にひょこひょことしか歩けない不恰好な姿で自室へ……戻ろうとしたのだけれど。
『ねーちゃ!』
『痛ぁ⁉︎』
幼いアスタに飛びつかれ、その場で激しく転倒してしまった。
『アスタ⁉︎ ダメじゃない! 何やってるの!』
慌ててアスタを抱き抱え、私から引き剥がすお母さん。
『い、いいよお母さん……。しょうがないよ』
『もう……。ほら、アスタ。ちゃんとお姉ちゃんに謝って』
お母さんに促され、言葉もろくに知らないなりに『ごえーさい』とアスタは謝罪する。
『うん。許した。……もうこう言う事、しちゃダメね?』
『あい!』
私はアスタの暴走を許した上で、彼の頭を撫でてあげた。そりゃあ姉としてこの程度の事は許すさ。アスタは善悪の区別もつかないのだ。……それに。
『………………絶対ぶっ殺す』
『え? イヴ、何か言った?』
『ううん。ちょっと鼻を啜っただけ。じゃあまた勉強に戻るね』
私はいつかこいつをぶっ殺す。その日の為に恨みを溜めるだけ溜めておいた方がいい。私は下半身の痛みを引きずりながら、相変わらず覚束ない足取りでひょこひょこと自分の部屋へと戻った。
『んー……っ! 痛ぁーい……!』
部屋に入って早々、ベッドで横になった。体を横向けに倒し、胎児のように背中を丸めながら両腕を太ももで挟んだ。ロボットで処女膜を破った瞬間と、注射針を卵巣に刺した瞬間の激しく鋭い痛みは引いているものの、未だにジンジンとした鈍い痛みは私の下腹部を中心にじわじわと宿っていた。Aδ線維による痛覚伝達はとっくに終わり、C線維による痛覚伝達のみが残っている状態なのだろう。炎症反応も大分落ち着いているだろうし、ならば冷やすよりも私の腕を局部に当てて温めた方が、血の巡りがよくなって痛みも引いてくれるはずだ。
【あーあ、なっさけねえ。自称マゾヒストが聞いて呆れる】
『それとこれとは別だよー……。マゾは痛けりゃ何でも興奮するとか、それただのエアプだから。誰かに支配されて乱暴に犯されるから興奮するの。私一人で勝手に痛むのなんて、転んで擦り傷作るのと何も変わらないよ』
ザンドに反論したは良いものの、しかしなっさけねえと言う言葉だけは否定し切る事が出来ない。何せ私はこれからまだまだ痛い思いをする羽目になるのだ。
私はまだ自分の卵子を取り出しただけに過ぎない。この後、私はこの卵子を発生させる為に自分の細胞から細胞核を取り出す事になる。この際に使用する細胞は、生きている細胞なら理論上どの細胞を使っても良いらしい。けれど人類初のクローン動物である羊のドリーは乳腺細胞を使ったと言うし、だったら私も前例のあるやり方でやってみたい。つまり胸に注射針を刺して細胞を吸い出さなければならないわけだ。
好みの男に無理矢理ピアス穴を開けられるとかなら想像しただけでもゾクゾクするけど、結局これも私一人でやる事になる。ただただ痛いだけの自傷行為だ。
それに何より、一番の問題になるのが私のクローンを誰が産むかだ。当初はこの胚を私の子宮に移植して妊娠した後、自分で自分を出産するつもりだった。少しでもオリジナルの要素を残す為に、そう提案した。けれど処女膜と採卵の痛みでこんなにへこたれちゃうなら、出産の痛みを味わったらどうなってしまうんだろう。そもそも出産に漕ぎ着けるまでもなく、悪阻のような苦しみに耐えられるのだろうか。中学も妊娠したまま通うつもりでいたけれど、これじゃあ……。
『ごめん、ザンド』
【何が?】
『やっぱ私が産むのはパス。痛いのやだ。適当な女捕まえて、そいつに産ませよ?』
【やーい。根性なしー】
『うーるせー』
私は片手を太ももから抜き取り、ザンドを軽く小突いてやった。図星を突かれたような気分だ。私って今日の今日までマゾヒストだと思っていたけど、犯された経験がないからそう思い込んでいただけなのかな。実際に乱暴をされたら、その時も痛みに悶えて泣きながら嫌がったりするのかな。自分の気持ちなのに、自分が一番理解出来ない。
【ま、良いんじゃね? うちはイヴっちのやりたいように付き合うだけだし。でも本気で作る気なんだね。ぶっちゃけイヴっち、サイコパスな発言してる自分に酔ってるだけの厨二病だと思ってた】
失礼な事を言われてしまった。ま、ザンドだから許してあげるけど。
『そりゃあそうだよ。折角痛い思いしてまで卵子を取り出したのに、このままじゃ勿体ないじゃん。どうするの私の卵子』
【だってしょうがなくね? イヴっちよく言ってるじゃん。この世界に自分の遺伝子を残すつもりはないから、子供を産む前に死んでやるって。クローンとは言ってもイヴっちの遺伝子が生まれて来る事に変わりなくね?】
『全然変わりあるよ。だって私、別に人間を育てるわけじゃないもん』
【あー。クローン人間は人間じゃない的な?】
『そう言う事じゃなくて』
ザンドと出会って十ヶ月。ザンドはすっかり今の時代の文化にも馴染み、厨二病なんて言う中世ヨーロッパには決して存在しなかった言葉まで覚えるようになった。でもやっぱりダメだな。正確なザンドの実年齢はわからないけど、でも億年単位である事は間違いないらしい。それだけの長い時間を生きた上での十ヶ月なんて、それこそザンドからしたら瞬きをする程度の短い時間でしかないのだろう。
私はそんな常識足らずなザンドに教えてあげた。私はザンドに物を教えるのが大好きだ。いつも魔法や魔界の知識を教えられてばかりだから、この時代のあれやこれを教えてあげる事で、ようやく私はザンドと対等になれた気になれるのだ。
『実験動物はね。実験が終わり次第速やかに安楽死させないといけないって、法律で決まってるんだよ』
……まぁ、これは既に数え切れないだけの法律を破り続けいる私が言っても説得力のない話になるけれど。なんならこれから私が死ぬまでの三年間も、法律を守り続ける事なんてないのかも知れないけれど。
『だから私の遺伝子がこの世に残る事はありませーん』
私はザンドを茶化すように笑いかける。対等だからこそ向ける事の出来る表情だ。そして。
【……イヴっちってさ。人間の中でも相当面白い部類の人間だと思うよ】
ザンドはそんな私に、再びドン引きしたような表情で語りかけてくる。
【でも、前に言ったイヴっちと出会えてよかったってやつ。あれ、撤回したくなって来たな……。うちの元ゴシュよりイカれてんじゃね? って。たまに怖くなる時がある】
対等どころかザンドの上に立てたような気がした、そんな瞬間。
『えへへー』
思わず笑みも漏れてしまった。
【褒めてねえし……】
私はザンドを引かせるのも好きなのかも知れない。対等な立場でザンドと付き合えば、私達は友のような関係になる事が出来る。でも私の考えている事について行けずにいるザンドの姿は、まるで子供のように愛らしい。それこそ親と子のような関係を築いているような気にさえなってしまった。
『とりあえず、痛みが引いたら乳腺細胞の採取だね。胸に注射針刺すだけだし、採卵よりかは痛くないと思う。その後は数日間クローン胚を培養して、それが成功したら子宮を捕まえに行こうか?』
私はこの愛らしい娘を抱きしめ、すりすりと撫で回しながら今後の活動について思考を凝らした。ここまでも大変だったけど、ここからはそれ以上に大変な壁を乗り越える事になる。
核を取り除いた私の卵子に、私の乳腺細胞の核を移植し電気融合させる。この卵子がクローン胚になるまで発生が継続する確率はおよそ30%だ。しかしクローン胚が完成したとして、それを子宮に移植し、出産に至るまで私のクローンが成長し続けられる確率はおよそ10%しかない。おまけに出産まで漕ぎ着けたとしても50%の確率で死産を迎える事になるのだから、私のクローンが無事に生まれる確率はたったの1.5%だ。
採取出来た私の卵子の数は18個。言い換えればチャンスは18回ある事になる。ガシャを18連して1.5%を引ける確率かー。なんでもかんでもソシャゲのガシャに例えてしまうこの思考は、現代人の悪い癖だろう。
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