私の処女を魔法に捧ぐ
これから私の処女を捧げる事になる鉄の蛇は、とても冷たかった。私はその玩具の頭部を撫でながら、私という人間について思い出していた。
性への目覚めを自覚したきっかけは漫画雑誌だった。ジャンプ、サンデー、マガジン、チャンピオン。日本で有名な週刊漫画雑誌を挙げるなら、誰もがこの四つの雑誌を真っ先に思い浮かべる事だろう。人並みに娯楽に興味津々だった小学生の私も当然それらが大好きだったが、しかし小学生というのは金銭に余裕がないもの。その全てを正規の方法で読み進める事など出来るはずもない。少ないお小遣いでやりくり出来ない分は、コンビニなどで立ち読みしながら、好きなタイトルの最新話を読み進めていた。
それは塾の帰り道だった。ちょっとした気まぐれでいつもとは違う帰り道を歩いていると、個人店と思われる古本屋がふと目に入った。店先には棚が設置され、好きに立ち読みしてくれとでも言わんばかりに週刊誌の数々が並べられている。私はその中からマガジンを手に取ろうとしたものの、ふと違和感に気づく。
そのマガジンは私の知る週刊少年マガジンと比べて、やたらと薄いような気がした。それに何だろう。表紙のグラビアもなんだかおかしい。私がいつも読んでいるマガジンも稀にグラビアが表紙を飾る事があるけれど、私が今手に取っているマガジンのグラビアはやけに露出が多いような気がした。ていうかよく見たらそれはマガジンではない。ヤングマガジンと書かれている。
最初は好奇心だった。姉妹誌という概念を知らなかった当時の私は、そのタイトルを見てマガジンのパクり雑誌を見つけてしまったと勘違いしてしまう。そんなパクり雑誌に載っている漫画とは、一体どのような漫画だろう。中身の漫画までパクりだらけなら警察にも言いつけてやろう。小学生らしい浅い思考で様々な思いを練り混ぜながら、雑誌の中身を開いていく。
しかし私の期待は大きく裏切られる結果となった。そりゃそうだ。そこにパクり漫画なんて連載しているはずがないのだから。連載作品はどれも見知らぬ作品ばかり。また、私が普段読んでいる週刊誌に比べて絵の迫力にも欠ける。それらの作品を第一話から見ていたわけでもないからストーリーを追う事も出来ず、その作品が面白い作品なのかどうかも判断する事が出来ない。
私の好奇心は既に飽きへと変わり果てていた。これ以上読んでもつまらないし、後は適当にパラパラと流し読みをしてから雑誌を戻そうと、そう思った。その時だ。
『……』
裸の男女が抱き合うシーンが目に入った。そのページを見た瞬間、私の中で罪の意識が芽生える。エッチなものはいけない事と教えられ続けた小学生にとって、その本は存在そのものがまさに悪。こんな物を読んでしまった事が大人に知られれば、きっと私は叱られる。幼い頭脳でもそのくらいは理解する事が出来た。
でも、目が離せない。金縛りにでもあったかのように、私の体は動かなくなってしまった。この二人は一体何をしているんだろう。キスはわかるけど、でも私が知っているキスに比べてやけにしつこく焦ったい。そもそもこれは本当にキスなのだろうか。よだれの絡まった舌を入れ合うって、なんだそれ。汚いよ。気持ち悪いよ。頭ではそう理解しているのに、何故か嫌悪は感じない。頭の中から溢れる圧倒的な興味が嫌悪を上回っている。
どうしてこの男の人は女の人のおっぱいを吸っているんだろう。赤ちゃんならわかるけど、この人はどこからどう見ても大人だ。女の人だってママという雰囲気ではない。それに何より気になるが双方の下半身だ。
どうしてこの絵は下半身だけ見えないように書いているんだろう。角度的に見えなきゃおかしいのに、無理矢理黒い影を塗りたくって意図的に見えないように描いている。見たい。凄く見たい。影の向こう側で何が起きているのか、知りたくて知りたくてたまらない。
よだれは汚い物だ。産まれて来てからその歳になるまで、周りの大人からはそう言う風に教えられて来た。なのにこの瞬間、私はその汚いよだれに興味を持ってしまった。舌と舌を絡め合う行為も、赤ちゃんでもない男の人に胸を吸われる行為も、影に隠された下半身の秘密も。何もかもが気になる。当時好きだったアニメのキャラとこう言った行為に及ぶ自分の姿を、幾度となく妄想した。
下腹の奥の方で、熱の塊が渦を巻くような感覚を覚えた。熱くて、ねちっこくて、それでいてもどかしい。なんとかしてこの渦を取り除きたいのに、小学生が持っている程度の頭脳では、どれだけ知識を総動員してもその方法がわからない。
しかしその日、家に帰った私はお母さんに一つの嘘を吐く事になる。
『お母さん。学校の宿題で調べたいものがあるからスマホ貸して』
お母さんからスマホを借りた私は、自分の部屋に戻って調べてしまった。男、女、裸。漫画の中で見たその行為の名称がわからず、それでも小学生なりの知恵を捻り出して、その行為に該当する言葉を選んで打ち込んだ。
そして私は見ることになる。画面いっぱいに表示された男女の裸体を。不自然な影など存在しない、ありのままの、生まれたままの姿を。
罪というのは、何をしたかではなく何を思ったかにあると私は考える。悪事を働いたから罪になるのではない。その行動が悪い事だと自覚した上で、それでも自分を律する事が出来なかった時。その時初めて人は罪を犯した事になるのだと思っている。この時の私がまさにそうだった。エッチな事は大人に叱られる悪い事だ。エッチな事の何が悪いのかはわからないけれど、しかし大人の言う事を鵜呑みにするしかなかった幼い私だ。性は悪だと納得する事は出来なくても、理解する事は出来ていた。理解しているのに自分を止められず、欲と好奇心の赴くままにそれらの画像を眺め続けた。
『……セックス』
そして私は見つける。生まれて初めて目にした、見知らぬ単語を。最初は画像ばかりに目が行っていたのに、文字にも意識を飛ばせるようになると、私の知らない単語が無数に並べられている事に気がついた。私はそれらの見知らぬ単語を打ち込み、意味を調べる。けれど出てきた物は、セックスの意味を記載したサイトを圧倒的に上回る動画サイトの数々だった。
私はトップでヒットした動画サイトをタップし、そして。
『……』
私の下腹部で蠢く渦を解消させる方法を知った。
『ザンド』
明け方五時。カーテンの隙間から差し込む日差しに包まれながら私は魔法を唱えた。蛇のラジコンを魔法で改造したのである。三ヶ月もロボットを成長させ続けたおかげで、ロボット作りの魔法にも大分自信がついたのだろうか。全長十五センチ程の蛇型ロボットの改造は、予想以上に簡単だった。
手元のリモコンでロボットを操作してみる。スティックを強く倒すと、ロボットはその方向にうねうねと蛇行しながら前進した。スティックを軽く倒すと、ロボットの頭部だけがぐりんぐりんとスティックに合わせて回転した。
リモコンについているボタンを押すと、蛇の頭部からは注射針が生えて来る。また、頭部にはカメラも取り付けられているので、VRゴーグルを通してロボットの視点から映像を見る事も可能だ。更にこの頭部の下半分はぽっこりと膨らんでおり、そこからは超音波を放つ事も出来る。これも私の卵子を取り出す上で必須となる重要な機能だった。
私は今から30時間前に、産婦人科から盗んで来たホルモン製剤、hcgを筋肉注射している。これにより今の私の卵巣は排卵寸前の状態となっている事だろう。その状態を確かめる為に必要なのがこの超音波だ。
手順はこうだ。このロボットの先端を私の膣内に挿入し、コントローラーを使って膣の奥底、子宮の手前まで侵入させる。ロボットが子宮口に到達したら、ロボットの先端を左右の膣壁に押しつけ、卵巣目掛けて超音波を放つ。超音波が卵巣に命中すれば、反射した超音波をVRゴーグルが受信し、画像データとして表示される仕組みだ。
排卵寸前の卵巣のエコー画像は頭に叩きつけてある。透視の魔法を使って直接卵巣を視認出来るのならそれが一番だけど、しかし超音波検査が主流となっている昨今、ネットや専門書のような情報媒体に載っているのは、排卵寸前の卵巣の解剖写真よりもエコー画像の方が圧倒的に多いのだ。流石に解剖図では勉強不足が目立つ為、私は世間一般的に使われているこのやり方を選ぶ事にした。
これらの手順で私の卵巣が排卵寸前である事が確認出来れば、いよいよ採卵の開始である。やり方は簡単だ。ロボットの頭部を膣壁に押しつけながら、ボタン操作で注射針を生やす。針が膣壁を貫通して卵巣に到達すれば、卵胞膜を突き破って内部の卵胞液を吸引する。それを左右の卵巣で一回ずつ行い、卵巣内の卵子を全て回収したら採卵成功である。
これらは全て実際の不妊治療による体外受精の過程で行われる行程だ。魔法で生み出したロボットを使用している事以外、私はただの医療行為を行なっているだけに過ぎない。
器具の準備は整った。知識の準備も整っている。となれば後は実践あるのみ。私はロボットの全身に潤滑液を塗してから仰向けになり、ザンドをお腹の上に乗せた。また、私の両手首と両足首も紐で縛りあげてからVRゴーグルも装着した。
『ザンド』
続けて念力の魔法を使い、手首と足首に巻かれた四本の紐をそれぞれベッドの足に縛り付ける。両手両足が紐に引っ張られる事で、私はベッドの上で大の字に拘束される姿となった。どんなに痛くても、反射的に足を閉じたり姿勢を崩したりしないようにする為の処置である。
卵巣を針で刺すと言うと聞こえは悪いが、やっている事は結局ただの注射と変わらない。刺す所が膣壁か皮膚かの差でしかないのだ。一々注射をする為に麻酔をする人なんていないし、同様に私も麻酔の投与は控える事にした。一応麻酔下で採卵するケースもあるそうだけど、採卵を受けた女性の1/3は痛みを感じず、2/3は少しだけ痛みを感じた程度に過ぎないらしい。卵胞の発達具合によっては激しい痛みもあるそうだけど、まぁそんな事滅多に起こるものでもないだろう。私は無麻酔のまま採卵を行う事にした。
VRゴーグルに映像が映し出された。蛇型ロボットの頭部に取り付けたカメラからの映像だ。画面には縛られた足を大きく開いた私の局部が間近で映し出されている。今から私はこのロボットをあそこに挿入させるのだ。
自分の性欲の異常さは、他でもない自分自身がよく理解している。性欲と睡眠欲は、食欲を奪われた私に許された至高の快楽なのだ。渦を解消させる方法を知ったあの日から、自慰に手を染めなかった日は一日もない。同級生が学校帰りに美味しい物を食べながら食欲を満たす程度のノリで、私も自室で性欲を満たし続けた。
セックスの概念を知った日から何度も想像していた。私の初めての相手は一体どんな人なのだろうと。どんな風に知り合い、どんな風に付き合い、そしてどんな風に抱かれるのだろうかと。その答えが今、私の前に存在している。
これは決してオナニーなどではない。一般的なやり方でこそないけれど、私の遺伝子を残す結果を産む立派な生殖行為だ。私とザンドの生殖行為なのだ。私の人生において、最初で最後の生殖行為になるのだ。
私はカメラ越しに狙いを定め、そしてコントローラーのスティックを強く倒した。ロボットはうねうねと前進しながら私に接近し、潤滑液に塗れたロボットの体が私の粘膜と接触した。そして私は知る事になった。
『……冷たい』
私の選んだセックスというのは、酷く無機質で冷たいのだと。
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