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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第五章 子供を産めない体
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可哀想

 相手によって見せる顔を変える事をこの国の人達は二面性があるだの裏の顔があるだのと悪く言う。けど、それって本当に悪い事なのだろうか。私は二面性のある女だ。サチとサチ以外で接する態度に違いがある事くらい、他でもない私自信がよくわかっている。でも悪い事をしている自覚なんて微塵もない。


 どっちが本当の私なのかと聞かれれば胸を張ってサチ以外と接する私だと言い切れだろう。相手を気遣う事なく自分の言いたい事をはっきりと言い放つのって気が楽なんだ。サチに対しては顔色伺ったりしてばかりだったから。


 けれどサチの前で良い顔をしているのにはちゃんと理由がある。理由の一つは昔サチから言葉遣いを直して欲しいと言われたからだけど、二つ目の理由はサチの前で良い子ちゃんを演じてると、私はとても幸せな気分になるからなんだ。


 留学当初、メリムと接するような態度でサチに悪態をついた時にサチから言われた。


『怒ってばかりいると、表情が顔に染み付いてブスになっちゃうよ』


 サチは両手で無理矢理私の口角を吊り上げると満足そうに笑った。


『うん。可愛い』


 私はサチの笑顔が好きだった。私が笑うとサチも笑ってくれる。サチの大好きな桜色のファッションに身を包むと、サチは私によく似合うと言って本当に嬉しそうに微笑んでくれる。そんなサチを見てると私まで嬉しくなる。


 だから私は思うんだ。二面性とか裏の顔とか言うけれど、どっちも間違いなく素の自分じゃないのかって。私がメリムに悪態をつくのはそれが一番メリムと過ごしやすい私だから。同じく、私がサチの前で良い子ちゃんぶるのはそれが一番サチと過ごしやすい私だから。サチの前で見せる顔もサチ以外の相手に見せる顔も本物の私だ。


「……」


 今、私は微笑んでいる。カーブミラーに写る花柄のワンピース姿の自分を見ながら微笑んでいる。桜色のワンピースにピンク色のランドセル。少しピンクが主張し過ぎていてそこまで良いセンスだとはお世辞にも言えない。このランドセルも桜が好きなサチが買ってくれたもの。


 小学校高学年にもなると大人と変わらない身長にまで達する生徒がちらほら出てくるからか、そんな生徒の羞恥心を考慮してランドセル登校はしなくてもいいと言われている。実際身長百七十超えのダイチのクソ野郎とかがランドセル背負ってたら笑えるしな。


 対して周りより二歳ほど実年齢の幼い私はランドセル姿でも特に違和感はないけれど、周りがそうしているし何より大人に憧れる気持ちもあるわけでリュック登校をしている。……でも、異世界最後の登校だからかな。服と配色が合わないのはわかっていたけれど、懐かしさでつい背負ってしまった。鏡に写る微笑む少女は、そんな私を笑っているようだった。


 昨日までならこうして私が笑みを浮かべていればサチも笑ってくれた。しかしもうこの姿を見て喜んでくれる人はいない。それを知っているから鏡に写る私は笑みしか浮かべていないのだろう。目に光を灯す事なく、誰かに指示されたかのように機械的に笑っているのだろう。サチと接する私もサチ以外と接する私も本当の私なら、サチを切り捨てた私は自分を半分殺したに等しい。そんな私の顔に、また感情が宿る事はあるのだろうか。


「……ん? うわぁびっくりしたぁ⁉︎」


 あった。いやだっていきなりカーブミラーにタロウのクソ野郎が写るもんだからそりゃビビるって。


「脅かしてんじゃねえよボケ! 幽霊かお前は!」


「佐藤タロウだよ」


「知ってんだよボケ! お前マジ調子に乗んなよボケ! このボケ!」


 タロウの足にゲシゲシと蹴りを入れる。当然ゴーレムのタロウはびくともしない。まぁ仮にこいつがただの小六男子だったとしても体格差的にびくともされない自信はあるけどさ。……と、その時。


「ぎえっ⁉︎」


 タロウに首を掴まれ、女の声どころか人間の声でさえなさそうな濁音に満ちた悲鳴をあげてしまった。


「暴力行為を確認した。左脚に損傷が及ぶ可能性あり。みほりちゃんに言われた通り、僕は今から抵抗をする」


「ギブギブギブギブギブ!」


 タロウの腕をタップする事でなんとか離して貰えたけど。


「いや……あのな。私のは親愛を込めた暴力なんだよ。友達同士でじゃれてるようなもんなんだよ。そこら辺も少しずつ覚えてこうな……?」


「努力する」


「ってか昨日もちょいちょい殴ったのにやり返して来なかったじゃねえか。何で今日に限ってやり返してくんだよ」


「弁慶の泣き所は、流石に痛い」


「お前なんかでも痛みって感じるんだな……」


 なんか私今めっちゃ酷い事言った気がするけど、まぁいいか。


「ほら行くぞ? 授業参観日に遅刻とか笑えねえだろ」


 私はタロウの手を引き通学路を進んだ。


「そういやお前も人間の家に世話になってんだよな? 親は来るのか?」


 といっても普通に歩いていればギリ遅刻はしない程度だ。私はこの世界最後の話し相手としてタロウに雑談を持ちかける。


「お父さんが来る」


「へー。ぶっちゃけお前みたいなのを引き取ってる人間ってどんな奴なのか気になってたんだよ。一回見てみたかったんだ」


「お父さんも同じ事を言っていた。初めて出来た友達のみほりちゃんに会ってみたい。会って『これからもタロウの事をよろしくって伝えないとな』って」


「……んー」


 この野郎、返しにくい事を言ってきやがって。


「わかってるだろ? 私がここにいられるのは今日限りだって」


「わかってる。それを伝えたら『そうか。残念だな』って言っていた」


「あぁ、ならよかった。……まぁ。ごめんな?」


 私は愛想笑いで答えた。そう答えるしかなかった。


「みほりちゃんのお母さんは来るの?」


「……」


 そして思わず足も止めてしまった。


「どうして?」


「体の落書きを消して貰った事を話した。サチさんにもお礼が言いたいって言っていた」


 なんだ、結局言ってたんだな。まぁ子供が親にいじめを明かさない理由ってカッコ悪いからってのが一番の理由だって聞いた事がある。こいつにはカッコつけたいって感情はまだないだろうし、そりゃあ言うよな。……でも。


「来ない」


 私はそれだけ言って再び足を進める。


「来ない?」


「うん。来ない」


「どうして?」


「どうしても」


「どうして?」


「どうしても!」


「どうして?」


「……だーかーらー」


 あまりにしつこかったもんだから私はまたしても足を止めてしまった。そして大きく息を吸い、ため息を吐きつけるように怒鳴ってしまったのだ。


「来ないもんは来ねえの! いいだろもう!」


「……」


「来なくてせいせいするよ。……大嫌いだ、あんなやつ」


 私は地面に転がる石ころを蹴り上げてそう言い放った。唯一誤算だったのは、蹴り上げた石がタロウの弁慶の泣き所に当たってしまった事。


「ギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブ」


 タロウはまた自分に危害が加えられたと判断したのだろう。私の首を締め上げた。ちなみに木金の二日間、クソダイチどもにちょっかいを出される度にタロウが行った抵抗もこんな感じだ。おかげで金曜の午後には誰もタロウにちょっかい出さなくなってたな。


 ……まぁいじめを受け続けるよりかはマシなんだろうけど、これはこれで卒業まで無視の対象にされそうなのがなんとも。


「お前マジで殺人だけは犯すなよな……」


 地面に膝をつけ、呼吸を整えながらタロウを戒める。


「ってか時間やばくね? あーもうちんたらしてるせいだよちくしょう!」


 腰を上げ、ワンピースの膝部分についた砂埃を払ってからスマホを見ると、歩けば遅刻しない時間から走らないと遅刻してしまう時間になっていた。どれだけ長い時間首を絞められていたんだ私は。


「おい走るぞ! お前家庭科の時も変な事して私の足引っ張るなよな!」


 私は慌ててタロウの手を掴んで走るように促す。……が、動かない。タロウの足は杭でも打ったかのように地面に固定されていた。


「何してんだよ! 遅刻すっぞ!」


「家庭科?」


「あ? そうだよ家庭科だよ! 今日の授業参観は二人一組でミシン使ってエコバッグ作るって先生言ってたろ!」


「……」


 するとどうだろう。タロウは私の手をいきなり振り払ったじゃないか。振り払うだけならまだしも体の向きも百八十度回転。今にも学校から遠のく準備は万端と言った雰囲気で……。


「裁縫セット忘れた」


 いや、雰囲気も何もマジでそれだけ言って学校とは真逆の方向にダッシュで去っていきやがった。


「おめえアンドロイドキャラの分際で忘れ物とかしてんじゃねえよおおおおおおおおおおおお!」


 人間を超えた速度で走り去り、あっとう間に点と化したその背中にそんな私の声が届いたどうかはわからない。




(ったく、あのクソゴーレムがよぉ)


 結局、朝の会に間に合ったのは私だけだった。全力疾走で走ってかなりギリギリだ。五月半ばの暖かさも全力疾走が加わればれっきとした熱となり、席に着いた時には全身から汗が噴き出る始末。へこたれる体を椅子と机に預け、私は小声でメリムに愚痴る。


「なーんか汗くせえな? 風呂入ってねえやつでもいんの?」


 耳を澄ますと斜め前の席からそんな声と、それに連なって笑う外野の声がした。私やタロウにちょっかいを出すと暴力が返ってくると学習した猿どもの新しい嫌がらせだ。一々相手するのもめんどくさければ舌打ちするのもめんどくさい。どうせ今日限りの学校なんだから無視するのが一番。……とは言え、ここで残り一年過ごさなきゃいけないタロウの事は気がかりで仕方ない。


 そこからすぐに先生がやって来て朝の会が始まる。有生みほりという名前で暮らす私の出席番号は一番。担任の点呼に返事をし、恐らく人生最後になるであろう出席を終えた。この学校ではチャイムが鳴る前に着席しなきゃ遅刻扱いだけど、前の学校では担任が適当な奴で、名前を呼ばれる前に教室に入れば遅刻扱いにならないかった。あ行の苗字を持った生徒からの評判は悪かったっけ。それももう私には関係のない話だけど。


 出席の確認が終わり次に始まったのは担任の長話。内容は三限目の家庭科の時間から始まる授業参観についてだけど、何を言っているのか全然わからない。そもそも聞く気がないし聞く意味もないんだ。学校に通うのはこれが最後だし、授業参観にしたって私には無関係のものになった。だから私は窓を見ていた。窓の外に広がる、この世界最後の景色を目に焼きつけていた。


 異世界留学といってもなんてスケールの小さなものだったんだろうな。広い宇宙に漂う、小さな惑星に浮かぶ、小さな島国に存在する小さな町。せめて別の国に留学していればまた違ったのかもしれないけれど、この国に存在する小学校では子供だけで学区外に出てはいけないというルールがある。実際は馬鹿真面目にそんなルールを守ってる奴なんて殆どいなくて、小学生同士で映画やカラオケに行ってる話なんてちらほらだ。……ま、私はそんなルールを守り続けた馬鹿真面目な子供だったんだけどさ。


 二年前まではサチに連れられて学区外の色んな所に遊びに行ったっけ。長期休暇になれば北は北海道から南は沖縄まで連れて行ってもらった。それでも私の心に残る風景は北海道のどこまでも続く地平線でもなければ、エメラルドグリーンに染まる沖縄の海でもない。長く生き続けたこの街の情景だ。


 ……でも、明日から私は魔界の住人になる。魔界に帰って、そこでこの五年間を遥かに凌ぐ時間を生き続ける。そしていつかはこの街が故郷でさえなくなる。幼い頃、僅かな期間過ごしただけの街でしかなくなるのか。


 気がつくと先生は朝の会を終えていて、周りの生徒は一限目が始まるまでの束の間の休息を、ガキ特有の謎のテンションではしゃぎ回っていた。私は机にうつ伏せてタロウが来るのを待った。そういえば学校で一番見慣れた光景が突っ伏せた時の机の表面なんだよな。……つまんねえ人生送ってたんだな、私。


 異変に気づいたのは一限目が開始してすぐの事だった。隣の席にタロウの姿がない。あいつ、私と違って魔法を使うのに呪文を唱える必要もなければ発光する事もないから、魔法を使っても正体がバレる心配は限りなく低いはずだ。忘れ物くらい速攻で取りに行けるだろうに。


 先生の授業は淡々と進んで行き、気づくと授業終了のチャイムが鳴り始める。タロウの姿はまだない。廊下の方に視線を向けると既に保護者らしき人達がちらほらと行き交っていた。六年生の教室が解放されるのは三限からだけど、他の学年は早いところだと二限目から授業が公開されるそうだし、きっと他学年の生徒の保護者の人だろうな。……ま、私には関係ないけど。私は机に突っ伏して二限が始まるのを待った。


 二限目が始まる。当然のように隣の席にタロウの姿はない。空っぽの隣の席を見て、少しだけ冷や汗が流れた。


(何やってんだよあいつ……)


 メリムに語りかけたわけではなく、自然とそんな不満がポツリと小声で漏れてしまった。


 十分、二十分。時計の針が進むごとに増える足音。二限が終わり、その後の二十分休みも過ぎ去れば三限で、いよいよ六年の教室が公開される。六年の授業参観といえば小学校最後の授業参観だ。授業参観自体は二学期と三学期にもあるけれど、我が子が小学生でいられる最後の年。親心としては一学期分も含めて見守りたいものなんだろう。三限までまだそれなりに時間が空いているにも関わらず、廊下の外からは保護者同士の会話が聞こえてくる。


「……」


 このまま三限になったらどうなるんだろう。先生が言っていたように、今日の三限は家庭科の時間だ。ミシンの数には限りがあるため、隣の席の生徒と二人一組になってエコバッグを作る事になっている。このままタロウが来なければ当然私は一人だ。ミシンを独占出来るという意味では都合が良いのかもしれないけれど、他の生徒が二人一組になっている中で私だけ一人で作業をやらせて貰えるとは思えない。……と、言うことはだ。


(……ッチ)


 最悪な未来が頭に過る。友達のいない経験がある人なら誰もが共感してくれるであろう最悪な光景。私は誰にも聞こえないよう舌打ちをし、固唾も飲み、ギュッと奥歯を噛み締めてしまった。


 そんなこんなで二限もあっという間に終わり、先生の消えた教室は二十分休みの賑やかさに包まれていた。教室が解放された事で保護者の面々が押し寄せ、自分の愛息子や愛娘と談笑している音が聞こえる。せっかく親が来てくれているのに、親とは話さず友達同士で戯れる音も聞こえる。


「……」


 聞こえるって言うか、音しか聞こえない。私はいつものように机に突っ伏して時間が経つのを待っているだけだ。視覚が封じられているんだから、そりゃあその分嫌でも聴覚が鋭敏になるってもんだ。だからわざわざ耳を澄まさなくてもさ。


(あ、見ろよあれ。俺が子供の時もあー言うぼっちいたわ。絶対寝てないよなあれ)


(ねえやめなって! 聞こえるよ?)


(あの子、二年前に転校して来た子でしょ? 確か親御さんが……)


(行事にはしっかり来るくせに保護者会には一回も顔を出した事ないし、子供の将来とか興味ないんじゃない?)


(あれ、でもいつもならいの一番に駆け付けるのに今日はまだ来てないの?)


(ま、職業が職業だしね……いつかはこうなるかもって思ってたの)


(片親で水商売でだろ? 片親の原因が旦那さんとの死別とかじゃないなら相当だよ)


(見た目も六年生の子供がいるとは思えないくらい若いの。中学生の頃にでも産んだ子じゃない?)


(それで父親なしって……これが親ガチャってやつか)


(だからそう言うのやめなって! 聞こえたらどうするの?)


(子供が可哀想……)


「……」


 全部聞こえてるっつうの。

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