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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 魔女になった少女
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性欲の魔女

【でも大丈夫? うちの元ゴシュも医学には精通している方だけど、学生の頃は解剖が嫌いだってめっちゃ愚痴ってたよ? 解剖って覚える事が無限にあるみたい。中学生のイヴっちにはまだ早いんじゃね?】


 解剖学を読み耽る私を心配そうに気遣ってくれるザンド。いや、これは心配していると言うより私の地頭を舐めていると言った方が近い。私の頭の悪さをニヤニヤしながら指摘するザンドの顔が目に浮かぶ。


 まぁでも実際の話、ザンドがそう言う風に感じてしまうのも仕方のない事だ。ザンドと知り合って二週間とちょっと。ザンドは何度も私の学園生活を覗き見していたけれど、学校での私の授業態度は決して良いものとは言えないのだから。


 私は学校で勉強なんかしていない。言ってしまえば黒板の内容をノートに写しているだけだ。内容を理解しようともせず、先生の話に興味を持とうともせず、でも叱られるのが嫌だから形だけはしっかりと授業を受けている。けれど本質的には超がつくほどの勉強嫌いである為、黒板の内容をノートに写した所で頭に入っているわけがない。授業には出るけど授業は聞かない。宿題はするけど予習や復習はしない。先生に叱られない為の最低限の真面目さだけを残した怠惰の塊。それが私と言う人間なのだ。ザンドの信頼を勝ち取れないのも当然である。


 ただ、私には秘策があった。こんな怠惰でやる気がない、趣味はもっぱらごろ寝とソシャゲのスタミナ消費な私でもこういう本を理解出来る、とっておきの秘策が。


『大丈夫、心配しないで。その辺の対策はしっかり練ってあるから。その前にちょっと魔法を使ってもいい?』


【え? 別にいいけど】


 ザンドはすぐに体を発光させ、魔法を使う為の準備を始める。


『ザンド!』


 そして私が省略した呪文を唱え終えた途端。


【イヴっち⁉︎】


 とても慌てた様子で私に詰め寄った。こんな反応をされると思ったから、敢えて使う魔法については教えなかったのだ。


【あんたなんて魔法を使ってんの⁉︎】


『記憶力を上げる魔法』


 私は笑顔でザンドに答えた。


【馬鹿! 今までずっと移動魔法しか使わなかったのにいきなりこんな魔法使って! しかもこれ、純粋に記憶力を上げる魔法じゃん! 何の縛りもつけてない!】


 縛り。それもザンドから聞かされた、魔法を使う為のコツの一つだ。


 魔法というのは自分の力で出来る事象程成功しやすい。では自分の力を超えた事象は全く引き起こせないのかと言うと、そういうわけでもないようだ。魔法の質を下げたり、複数の魔法を組み合わせたり、或いは私自身の腕や道具を用いて魔法のサポートをする事で、自分の力を超えた魔法の成功率も格段に引き上げる事が出来る。


 まぁ面倒臭かったからやらなかったけれど。


『まぁねー。でもほら、おかげで凄いよ? ページを一瞬見るだけで写真みたいに思い出せるの。暗記パンなんかよりよっぽど効率的だよ』


 目を閉じると、一瞬だけ見た本のページが正確に頭の中で構築されていく。解剖図の細部から文章の一言一句に至るまで、完璧に写真として再現されるのだ。これって実質カンニングし放題だし、今後のテストも無敵になるんじゃないのかな。来年に控えた高校受験もこれなら楽勝なのかもしれない。


【あのね、イヴっち? 魔法に成功率100%はないの。例えテレビのボタンを押す程度の魔法を上級魔女が使ったとしても、小数点以下の確率だけど失敗する事はある。イヴっちはここ最近、魔法の成功が連続で続いているから一時的に興奮して自信がついているだけ。……いや、ここまで来たらそれはもう自信を通り越して過信だ。自信も過信も魔法の原動力になる事に違いはないけど、調子に乗って無茶な魔法を使い続けてみなよ。そのうち絶対取り返しのつかない失敗を見る事になるからね?】


『もー、うるさいなー。成功したんだからいいじゃん』


【よくない! 自分の脳に魔法なんかかけて! 失敗したら脳に重い障害が残ったかも知れないんだよ⁉︎ たまたま成功したからよかったものの、下手したら死んでた可能性だってある!】


『そんな怒らないでよー。確かにギャンブル要素は強いけど、こういう身の丈に合わない魔法を使って成功した時の自己承認感すごいよ? 私今ね。「へー! 私ってこんな凄い魔法も成功出来るんだ!」って、かなり自信がついてる』


 失敗は成功の母という言葉がある。でも私は思うんだ。それは失敗を経験する凡人だからこそ当てはまる言葉ではないのかと。人は失敗をすれば、次は同じ轍を踏まないように慎重になるものだ。けれど慎重になればなるほど、当然推進力だって落ちて行く。なら失敗も挫折も経験せず、最初から最後まで全力疾走を貫ける天才の方が効率的だと思う。脳をいじくる魔法を成功させた私には、そんな天才の素質があるはずだ。私は今、心の底から自分を信じられる。


【そりゃあ魔女の中にはそう言う人がいない事もない。魔法なしじゃ生きていけないような過酷な異世界に娘を留学させて、魔法を成功させ続けて生き抜くか野垂れ死ぬかの二択を迫る親だっている。確かにこの方法は効果的だよ? 奇跡的に魔法の成功が続けば、一年もしない内に落ちこぼれが上級魔女に匹敵するまで成長したりもするし】


 ザンドの言葉を聞き、やっぱりそうなんだと納得した自分がいた。やはりこのやり方は魔法を上達させる上でとても効率的だ。一度大きな魔法を成功させれば、自分はこんな大きな魔法を成功させられる天才なんだと自分を承認する事が出来る。すると更に大きな魔法を使う時も、私は過去にあんな大きな魔法を成功させたんだからこの魔法も成功出来るはず、と自信が湧いてくる。自信の無限連鎖が発生するわけだ。


【……でも、そいつらの殆どは結局どこかで魔法を失敗させて、その反動で死んで行くんだ。いくら自信がついているからって、無茶な魔法の連発はリスクが高すぎるよ。イヴっちは死ぬのが怖くないの?】


『……』


 それでもザンドは私の事が心配なようで、私にそのようなリスクを伴う魔法の訓練はして欲しくないようだった。私はそんなザンドが可愛らしくて、愛おしくて。


『ねぇ、ザンド。さっきから私の心配をしている風だけど、それ嘘でしょ?』


 それでいて浅ましいものだから、ついつい笑いかけてしまった。


『ザンドが心配しているのは私の命じゃない。千年近く海を漂って、ようやく見つけた私って言う暇つぶしがいなくなるのを心配しているんだよね? また持ち主に出会えないまま無力な本に成り下がるのが嫌なんだ。そうでしょ?』


 ザンドも同じく、いやらしい笑みを浮かべながら。


【バレたか♡】


 ご丁寧にハートまでつけて答えた。回りくどいったらありゃしない。しかしそれがザンドの望みだと言うのなら、私はザンドに謝らなければならない。私はザンドから魔法という至高の玩具をプレゼントされておきながら、ザンドの望みを叶えてあげる事が出来ないのだから。


『話を戻そっか。私は死ぬのが怖くないのか、だっけ? 答えはイエスだよ。私が長生き出来ないのはザンドも知ってるよね?』


【もち。でも病気なんて、イヴっちなら数年以内には魔法で治せるようになると思うけどなー】


『そう? でもごめん。仮に治す事が出来たとしても、私は長生きしたいとは思わない。私、どんなに長生き出来ても高校生の内には死ぬつもりなの』


【どうして?】


『私の遺伝子を残したくないから。糖尿病には二種類あるのは知ってる?』


【1型と2型だっけ?】


『正解。私が罹っているのは遺伝性の低い1型だけど、でも私の両親は遺伝性の高い2型糖尿病を患っていたの。仮に今の糖尿病が発症しなかったとしても、結局いつかは2型の方が発症していた。……本当、ひどい親だよね』


 私はため息を吐きながら言葉を続けた。


『障害者が子供産んじゃダメじゃん。変な物が遺伝して、泣きを見るのは子供の方なのに。私は自分の子供にこんな思いをさせたいだなんて思わないかな。この病気が治った所で糖尿病の遺伝子そのものが治るわけじゃないでしょ? だから異性との出会いが少ない子供の内に私は死ぬつもり』


【そんなのイヴっちが子供を産まなきゃいいだけじゃね?】


『無理だよ。わかるでしょ? 私に自制心がない事くらい』


 私は敢えて全ては言わず、ザンドに理解を求めた。私と常に行動を共にしているザンドなら、私が子供を産まないわけがない事は分かっているはずだ。私は普通に生き続ければ必ず身籠る。身籠らないはずがない。何故なら。


【開き直るねー。そりゃあ毎晩毎晩飽きもせずにオナ】『うーるせー』


 私の性欲は人一倍……。いや、人百倍は強いのだから。私は敢えて言葉を濁したにも関わらず、全てを言おうとしたザンドにデコピンを放った。


『別にいいじゃん。私だって思春期だもん』


【にしても盛り過ぎー。つうかよく私がいるのに毎晩堂々と出来るよね】


『習慣ですから』


【習慣通り越して中毒だよそれ】


『しょうがないでしょ? こんな体に産まれちゃったんだもん』


 私は脇腹に手を置き、ポンコツと化した腎臓を皮膚の上から摩った。


 欲と言うのは快楽である。欲を満たす事で快感を覚えさせなければ、生き物はあっという間に死んでしまうのだ。人は食べなければ死ぬ。人は眠らなくても死ぬ。セックスに関しては個人の生死に関わらないものの、しかし種を残せないという意味では、それは生物としての死も同然だ。故に脳はそれらの行為を絶やさせないよう、生物がそういった行動を起こした際に脳内ホルモンを分泌させ、至高の快楽を感じさせる。


 だから食べる行為は気持ちいいのだ。だから眠る行為も気持ちいいのだ。男と交尾した経験はないけれど、それでもオナニーの気持ち良さなら私でも理解している。オナニーであれだけ気持ちがいいのなら、男との交尾はそれはそれは蕩けるような極上の快楽に支配されるに違いない。……でも。


『この体のせいで私は食欲を満たせない。三大欲求の内の一つを神様に取られちゃったんだ。それって生きる意味の33%を奪われたも同然だよ。その失くした分の33%は、昼寝と自慰で補うしかないんだもん。健常者がおやつで食欲を満たすのは許されて、私がオナニーで性欲を満たすのは許されないの? 私はあいつらが当たり前のように飲んでいるジュースの一杯を飲むのだって命懸けなのに』


 ジュースなんていつから飲んでいないだろう。お菓子なんていつから食べていないだろう。健常者が気軽に手を出せるそれらの快楽も、私からすればそのどれもが命懸けだ。彼らは食欲という手段で快楽を味わえる。でも、私にはそれが出来ない。彼らが当たり前のように味わうその快楽は、私にとっては最大の禁忌になるのだ。私が彼らのように手軽に快楽を得る方法は自慰しかないのに。それなのにおやつを食べる行為は普通の行為と言われ、自慰に耽る行為はふしだらで、はしたなく、穢れた行為だと後ろ指を差される。まったく。不便な世界に、不便な体を持って生まれてしまったものだ。


『自分の性欲の強さは他でもない私自身がよく知っているよ。そこそこ顔の良い男に迫られたら、きっと私は好奇心に抗えない。簡単に体を許しちゃうんだ。で、一度体を許せばそこから先は酒池肉林だよね。二十代前半……、ううん。下手したら十代で妊娠とかしちゃうんじゃないかな? そうならない為にも、子供の内に私は死なないと。だからザンドの暇つぶしに協力してあげられるのも、長くて三、四年くらいになるのかな?』


 三、四年。どんなに長くても四年。私の人生は高校生で終わればそれでいい。どんなに長生きしても高校生で終わらせなければならない。好きな人が出来る前に、好きな人と交わりたいと願う前に、私は私の生命を終わらせる。だからザンドの暇つぶしには、長く付き合ってあげる事ば出来ない。


 でも、ザンドだって私の気持ちは理解してくれる筈だ。だってザンドは見ている。親のエゴで産み落とされた障害児がどれだけ悲惨な人生を歩む羽目になるのか。何回も何回も、私と一緒にしっかり見ているはずなんだ。


『わかってくれるでしょ? ザンドだって何度もあれを見てるもん』


【……】


『ごめんね、ザンド』


【……まぁ、イヴっちがそう言うなら仕方ないけど】


『心配しないで。私の後釜はちゃんと見つけておくから。私が死んだ後はそいつと好き勝手すればいいよ。でも、それまでは私がしっかり暇つぶしに付き合ってあげるから』


 私は解剖学の本の再び目を向けた。いけないな。勉強をしようとする度にザンドと話が弾んでしまう。私は今度こそ勉強に集中すると言う決意を込め、ザンドを体内に収納して勉強を再開した。


【あれ。でもイヴっち】


 再開したと言うのに、ザンドと来たらまたひょっこり出てきて。言ってダメなら叩いて躾けた方がいいのかな。……なんて思ったその時。


【イヴっちの親、糖尿病だっけ? 全然それっぽくなかったけど】


『……』


 まぁ、そのくらいならお喋りに付き合ってあげてもいいと思った。


『ほら、あのババアは元々体が弱いから子供の頃から生活習慣には凄い気をつけてるんだよ。だから中々発症しないのかもね。それとザンド。私が言った両親って言うのは……』





 二週間後。


『ホームルームの前に、皆さんにお話があります』


 生徒達ともタメ口で話すノリの軽い担任の先生のその重い表情と口振りに何も思わないような馬鹿は、どうやらこのクラスには存在しないようだった。


『現在入院中の林田くんですが……。えー……。……今朝、病院で息を引き取ったとの連絡が入りました』


 クラス中の空気が凍てつくのを感じた。先生が入ってくる直前までクラスメイトの馬鹿騒ぎで溢れていたのに、今やこの場に笑顔を浮かべている人は一人もいない。


『ですがいくつか不審な点も多いらしく、また死因もはっきりしていません。なので現在は詳しい死因について調べているそうですが、事件性がないと判明次第お通夜が開かれます。参加を強制したりはしませんが、もしも参加の意思があれば』


 笑顔を浮かべている人は一人もいないのだから、仮にこの場で笑顔を浮かるような人がいたとしたら、それはきっと人間ではない。窓ガラスに写る自分の笑顔を見ながら、私はそう思った。

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