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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 魔女になった少女
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受け継がれる人殺し

 その日から私の魔法に大きな変化が訪れるようになった。自信は魔法にとって最大の原動力。ザンドが教えてくれたその言葉が真実なら、林田を倒した経験は私の自信に大きな貢献をもたらしてくれた事だろう


 自信と言うのは努力だけでついたりはしない。努力を重ねた上で成功を収める事で、初めて自信となって本人に還元されるのだ。


 魔法の特訓二日目。


【すっげ……】


 ザンドは若干引き気味に驚いていた。私はその様子が面白おかしくて、もう一度同じ事をやって見せる。


『ザンド』


 ザンドを構えてそう唱えた瞬間、机の上に置かれた米粒が私の手のひらの上まで瞬間移動した。


『凄いでしょ? 三センチちょっとがたった一晩で一メートル以上は飛んでるもんね』


【そっちじゃなくて! いやまぁそっちも凄いけど!】


 そっちじゃない? でも他にザンドを驚かせる事なんて……。


【呪文! イヴっち呪文どうしたの?】


『え? あー、確かに』


 ザンドに指摘されて気がつく。確かに私、今呪文を唱えていない。魔法というのは言語学。魔力を放出している精霊に、どんな魔法に仕上げて欲しいかを精霊言語で伝えるものだとザンドは言っていた。なのに私、呪文を省略しちゃった。


『どう言う事? もしかして私に呪文を言わせたくて嘘吐いたの? ねー、やめてよそう言うの。私必殺技名を叫んで戦うバトル漫画とかダサ過ぎて鳥肌立つタイプなんだから……』


【ちげえし! イヴっちが凄過ぎるの! イヴっちの考えてる事がスラスラ頭の中に入って来てマジでビビったんだから。……あのね?】


 そしてザンドは語り出す。魔女にとって、呪文の詠唱を省略する事がどれだけ大切な事なのかを。


 言われてみれば当たり前の話だった。例えば魔法使い同士で対峙したとして、魔法で殴り合うようなバトル展開になったとしよう。その場合、呪文の詠唱はこれから自分が取る行動をわざわざ口に出して説明しているに等しい行為だ。


 例えば私が林田に使った移動魔法、ザンド・トゥオ・ゲルハウーゼ。これは日本語に直訳すると「ザンドよ。お米を飛ばせ」になる。精霊言語と言えば聞こえは神秘的だけど、呪文の内容なんて結局は自分がして欲しい事を文にして喋っているだけに過ぎない。


 自分が今から使う魔法の内容を口に出して相手に教える。呪文の省略は、そんな間抜けな魔法使いから一皮剥ける為の大事な行程だった。


【これをするには魔女と精霊が以心伝心してなきゃいけない。それこそ長年連れ添った夫婦みたいに、あれとかそれとかで話が通じるくらいにはね。うちの元ゴシュでも得意魔法を無詠唱で使うのに三年。全部の魔法を無詠唱で使うのには三十年はかかったんだけどなー】


『元ゴシュ』


 前後の文脈からしてザンドの前のご主人様の事なんだろうけど、そんな元彼みたいな言い方ってあるんだね。


【うちら精霊の性格って、自分が仕える主人の影響をモロに受けるっぽいんだよね。だからどんなポンコツ魔女でも、長く精霊を使役していればいつかは瓜二つの存在になれて、無詠唱で魔法が使えるようになるんだよ。でもうちとイヴっちはまだ会って三日しか経ってないから……まぁ要するに】


 ザンドの言葉の続きは私が口にした。


『私達、相性抜群じゃん』


【そゆことー^_^】


 ザンドは笑顔で答えた。文字で喋る特性を活かして顔文字なんか使ってる辺り、現代への適応力は中々の物だと思う。……まぁ、顔文字のセンスはちょっと古いけど。


『なんかそれおっさん臭くてキモい』


【∑(゜Д゜)】


 ザンドの反応のせいで、私の口から少しだけ笑みが漏れた。ザンドもまた、そんな私の反応を見て大騒ぎだ。


【ねぇ、異物!】


『混入しない』


【ねぇ、イヴっち!】


『何?』


【それいい!】


『それ?』


【笑顔!】


 詰めるように次々と文字を浮かべるザンドに、今度は私の方が若干引きそうになった。


【どう? 魔法を使ってみた感想は。楽しい?】


『んー……、そうだね。昨日よりかは楽しい。成長しているのが目に見えてわかったし』


【だったらその気持ちを今みたいにもっと顔に出そうよ!  それでこそ私も魔法を使わせる甲斐があるってもんだもん。うちは一人で遊ぶゲームより、気の合う友達と一緒に笑いながら遊ぶゲームの方が好きだな】


『じゃあ、ザンドの元ご主人様もそう言う人だったんだ』


 精霊の性格は本の持ち主の影響を受ける、か。意外だった。てっきりザンドの前の持ち主って、もっと冷酷で、非道で、それこそ私達が一般的に想像するような邪悪な魔女だと思っていたからだ。まさかそんな穏やかな人だったなんて。


【まぁね。いつも笑顔を浮かべる素敵なレディだったよ。それこそ殺されるその瞬間までずっと笑顔だった】


 殺された。ザンドの口から出たその単語を見て、ふと思う。ザンドからは前のご主人様とは死別したと聞いていたけれど、でもザンドに対してまだそこまでの興味がなかった私はその詳細を聞いていなかった。ザンドが元ご主人様に仕えていたのが中世ヨーロッパ。それでいて魔女が殺されたとなると……。


『もしかして魔女狩り?』


【正解。元ゴシュは魔界でもかなり強い方だったんだけど、それでも数の暴力には勝てなかった。折角長い間正体も隠せていたのに】


『それはご愁傷様。こっちの世界に来る時代があれだったね。ていうかそもそもザンド達って何をしにこっちに来たの?』


【別に大した事じゃないよ? 人類を滅ぼす為にペスト菌をばら撒きに来ただけ】


『……』


【いやー! 楽しっかたなー! 権力を持って調子に乗ってる貴族や教会の奴らとかバッタバッタ死んでってさ! 神様に祈ったり意味のない治療法を試したりしてて、それがアホみたいでずっと元ゴシュと爆笑しながら見てたし!】


 前言撤回。こいつの前の持ち主、相当ヤバい。そりゃあザンドの性格もこんな風になってしまうはずだった。


【スティーブン!】


『映画監督じゃない』


【イヴっち】


『何?』


【私達精霊はね、魔書に入って持ち主と巡り合うまでは本能で生きてたんだ。持ち主と一緒に過ごす事で、持ち主の人柄に影響を受けながら人格が芽生えて行くの】


『うん。それはもう聞いたから知ってるけど。それがどうかしたの?』


【ほら、私とイヴっちの場合はちょっと事情が違うじゃん? 普通の魔女は人格がゼロの状態の精霊と出会うのに、イヴっちは既に人格が形成されたうちっていう精霊と出会った。うちには既に元ゴシュの影響を強く受けた人格が宿ってるの。つう事は】


『……』


【逆パターンもあったりしてね】


 それはつまり、私の人格がザンドの人格に飲み込まれると。もっと言えば、ザンドの人格形成に多大な影響を与えた元の持ち主の人格に飲み込まれると。人類を滅ぼす為に、当時の人口を30%も減らすような菌をばら撒き、その病に苦しむ人々を見ながら爆笑するような人の人格に飲み込まれると、そう言いたいのだろうか。


『そんな事になったら、人を殺しても手が震えなくなるね』


 私は笑顔を浮かべ、冗談めかしくザンドの脅しを突っぱねながら魔法の練習を再開した。大丈夫だ。ザンドと出会って既に何度も魔法を使っているけど、私の人格は変わらない。私は私のままだ。





 こうして私の魔法は日々着々と成長していく。


 魔法訓練五日目。


『ザンド!』


 お米の移動距離が大幅に更新する。どれだけ飛んでいったのかは、米粒が小さすぎるせいでよくわからない。でも数メートル単位での瞬間移動に成功したのは確かだった。


 魔法訓練十日目。


『ザンド!』


 ザンドを脇に抱えながら呪文を唱える。その結果を確かめる為に両手の拳を開くと、左手の拳には米粒が乗っていた。右手で握った米粒を左手の中に移動させる魔法だ。私は今まで、目で視認した米粒のみ瞬間移動させる事が出来ていた。この魔法の成功は即ち、目に見えない所に存在する米粒も瞬間移動させられるようになった事を意味している。


 五日以上も練習した成果は着々と目に見える形で現れていた。もはや左手に無数に刻まれた切り傷だって気にならない。これらの失敗も私の経験として間違いなく活かされているのだ。


 切り傷の数は合計六箇所。これは魔法が失敗し、米粒が私の皮膚の下に入ってしまった回数でもある。魔法を使ってそのお米を摘出した事もあるにはあったが、摘出の魔法に失敗して更に皮膚の奥深く、筋肉や神経、果ては骨のすぐ隣にまで潜り込まれた事もあった。その度に私はカッターナイフで切開し、左手の中から米粒を取り出したのだ。そうやって刻まれ続けた栄誉ある切り傷なのである。


 魔法訓練十一日目。


『いっ……たぁ……!』


 左手が風船のように腫れていた。当然だ。今思えば、消毒もしていないカッターナイフで皮膚を切開だなんて、この時の私は本当にどうかしていた。私の左手は不潔なカッターナイフで何度も切り刻まれた事で細菌が侵入し、ぶくぶくに化膿していたのだ。


 ここで一つ、困った事が発生する。私はこの手を病院で診せるわけにはいかないのだ。病院で怪我の治療を受ける際、刃物による損傷だと判断された場合は警察への通報は免れない。そんな面倒事はごめんだった。だから私は。


『……っ、ザンド!』


 魔法を使って、左手の中の膿を取り出した。


 ある程度魔法を扱えるようになって、米粒以外のものを移動させたのはこれが初めてだった。もしもこれが失敗したらどうなってしまうのだろう。魔法が不発するだけなら全然良い。けれど最悪、左手の中の膿が爆発的に増えて左手が破裂した可能性だってあり得る。


『……やるじゃん私』


 まぁ、結果的に成功したから問題はなかったけど。ベッドの上の掛け布団は、私の左手から摘出された膿によって乳白色のシミを作っていた。そしてこの成功体験は、やはり私の自信に更なる拍車をかける事になるのだ。


 魔法訓練十五日目。


【イヴっち。それ何?】


『解剖の本』


 私は図書館で借りた、辞書程の厚みがあるであろう人体解剖学の本を読み耽ていた。


『この前、手の中から米粒や膿を取り出す時に思ったの。人体の構造をよくわかっていれば、もっとスムーズに魔法を成功させられたんじゃないかなって』


【それで勉強?】


『そ。魔法って自分の力で出来る事程成功しやすいんだよね? こういう知識を身につけて私自身スキルアップすれば、私に出来る事ってどんどん増えて行くと思うの。だから勉強も立派な魔法の練習だと思うんだけど、どうかな?』


 ザンドは私の成長を促す上で最も適した解答をしてくれた。


【偉い!】


 何を隠そう、私は褒められて伸びるタイプなのである。


【その通りだよイヴっち! それも魔女がやる魔法訓練の一つだもん。でも勉強ってみんな面倒くさがるじゃん? これを言っちゃうとイヴっちのモチベが下がるかなーと思って敢えて言わなかったんだよね。それを自分で気づいて実行するなんて偉いよ。イヴっち超良い子じゃん!】


『でっしょー? 私もそう思う』


 ザンドに褒められ、私も思わず微笑み返してしまった。ザンドに言われたあの日から、私の顔からは笑顔が絶えない。


【でもまたどうして解剖なわけ? 魔法に失敗して皮膚の中に入った異物を取り出す為にって言うのも、ちょっと用途が限定過ぎるくね?】


『違うよー。そんな事の為にわざわざこんな難しい勉強しないって』


【じゃあどうして?】


『そりゃあ林田にトドメをささなきゃだから』


 私に解答にザンドは大きく納得してくれた。


 脳梗塞。脳の血管が詰まる事で栄養と酸素が送られなくなり、脳細胞が死んでしまう病気だ。その為脳梗塞が発生してから処置に至るまでの時間が長ければ長い程、死亡率及び重度の障害が発生する確率は高まって行く。


 林田は私の魔法を受けてから病院に搬送されるまで、およそ五時間は経っていたと思う。おまけに林田の脳血管を詰まらせた異物は米粒だ。脳梗塞を引き起こす異物はその殆どが血栓である為、本来は血を溶かす薬を使う事で治療するらしいが、まさかそんな薬で米粒が溶かせる筈もなく、林田は外科手術によってその異物を除去されたらしい。そう言った話を担任の先生から聞かされている。つまり林田は病院に運ばれてからも、異物を除去するまでにかなりの時間を要してしまったわけだ。


 しかし今朝、担任の口から「林田くんが目を覚ましました」と言う、思いもよらない一言が発せられた。顔面麻痺に半身付随、それに加えて高次機能障害まで伴いまともなコミュニケーションが取れないらしいが、それでも林田は生きていたのだ。重い障害は残ったものの、しかし辛うじて命は取り留めたのだ。なんて喜ばしい事なんだろう。林田が生きててくれて本当に良かった。……だって。


『健常者様が障害者になりやがった。マジでウケるんだけど』


 私はベットに倒れ込む。そしてお腹を抱え、足もバタつかせながら数年ぶりの大爆笑に洒落込んだ。


【ご機嫌だねー。イヴっちがご機嫌で私も何より】


『……まぁね。私すっごいスッキリしたんだ。ただ単に死なれるよりよっぽど爽快だよ。あいつ、喋れないだけで実は意識があったりしないかな? 意識はあるのに何も出来ない一生を過ごすとか、想像しただけでお、おも……おもし……っ。……あっはははははーっ!』


 あぁ。楽しい。笑うって最高だ。こんな素敵な感情を思い出させてくれたザンドには感謝しかない。


【ならそのままにしておけばよくね? 何でわざわざトドメさしに行くの?】


『そ、そりゃあ……ほら。私にだって良心はあるからね。あいつの介護で一生苦労するあいつの親が可哀想でしょ? 私が憎いのは林田だけだし。要するに人助けだよ人助け。あいつを殺して、あいつの両親を助けてあげないと』


 私は今度はどんな異物を林田のどこに移してやろうかと、そんな未来の楽しみに胸を踊らせながら解剖学の本に目を通した。

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