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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
【第3話 続 魔女と天使の腎臓】
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プロローグ 魔女と天使の腎臓

※ここから先はあらすじに書いてある通りの展開になります。最初の10ページくらいは平和ですが、11ページ以降は過激な展開も続き、これまでとは作風もガラリと変わると思います。ここまでの作風を気に入って読み進めてくださった方の中には不快感を示す方も多いと思われますが、理想的な悪役が育つ為に必要な過程という事でどうかご了承ください

 腰の背側に左右一つずつ配備された臓器、腎臓。その内部には糸球体と呼ばれる網が無数に存在していて、その網に血液を通すことで濾過が起こる。すると赤血球や白血球、また体に必要な栄養素などは体内に残り、老廃物や毒素のような不要な成分は尿に濃縮された後、膀胱に送られて排泄される。そんな尿中に体に必要な物、例えば赤血球やたんぱく質、糖質などが含まれていた場合、人はそれを異常と呼ぶ。


 慢性腎不全。私の腎臓は、とっくの昔に腎臓としての役目を終えていた。


「……痛っ」


 私の口からその言葉が漏れると、看護師さんは慌てた様子で謝って来た。


「……もう。またー?」


「ご、ごめんね……。私も結構練習してるんだけど」


「……そろそろここに来て一年目じゃん。……早く慣れてくれないと、クレームとか入っちゃうよ?」


 私が茶化すように笑うと、看護師さんも気まずそうに笑い返した。


「…………………………何笑ってんだ」


「え?」


「……ううん。なんでも」


 看護師さんは聞き取れなかった私の小声を気にしつつも、しかし私の笑顔に誤魔化されながら仕事の続きである透析の下準備を再開した。


 透析。それは機械で作られた巨大な腎臓だ。腎臓が使い物にならない私は、老廃物や毒素を尿へ送る事が出来ない。そもそもここ二年間、排尿そのものをした記憶さえない。私の腎臓はもう二度とおしっこを作る事はないのだ。


 人はおしっこをしないとあっという間に死んでしまう。人間の理想的な水分摂取量が一日二リットルと言われているけれど、それはおしっこで水分を排泄させる事を加味した上での理想値だ。おしっこが出ないとそれらの水分は血管の中に一方的に蓄積されて致命的な高血圧を発生させる。また老廃物や毒素も体外へ排出されない為、それらも全身を循環しながら各臓器を破壊し尽くす尿毒症を発症させる事にもなる。故に慢性腎不全患者が生きていく為には、透析という措置が必須だ。


 透析はまず、腕の血管に二本の針を刺すところから始まる。血液を吸い取る為の穴(脱血)と、吸い取った血液を体内へ戻す為の穴(返血)だ。私の体内から吸い取られた血液は、チューブを伝ってダイアライザーと呼ばれる巨大な機械へ吸い込まれる。そこで血液を綺麗に濾過した後に、返血用のチューブを伝って私の体に戻される仕組みだ。また、その際におしっことして排泄されなければならない余分な水分も吸い出してもらえる。


 頻度は週に三回。所要時間は一回あたり四時間から五時間。最近では六時間の透析でより患者の健康状態が期待出来ると言う話もあり、私は毎回六時間の透析を受ける事になっている。私は二日に一回、六時間もの拘束を強いられなければ生きて行く事が出来ない体だ。


「イヴちゃんって将来お医者さんになりたいの?」


 作業を進めながら看護師さんが訊ねてきた。


「……え? どうして?」


「だってそんなの読んでるし」


 そんなのというのは、六時間にも及ぶ拘束時間の暇つぶしに持って来たタブレットの中身を指しているのだろう。ロビンス基礎病理学。医学生に病理学を教える事を目的とした参考書の電子書籍版だ。価格はおよそ二万円。


「……盗み見? 趣味わっるー」


「ごめんごめん。つい目に入っちゃったから」


 看護師さんは苦笑いを浮かべながら謝った。


「……まぁ、別に医者になりたいってわけじゃないんだけどね。……こんな生活を何年も続けているから、ちょっと興味が湧いただけ。人体の構造とか、病気の仕組みとか。……それに」


 どうやったら人は死ぬのか、とか。まぁ、流石にその一言を口に出したりはしなかったけれど。


「でも凄いね。イヴちゃん、まだ高一でしょ? 生物も化学もまともに習ってないと思うけど、そんな難しそうな本理解出来るんだ」


「……まぁねー。私って天才だから。……そういう看護師さんは出来ないの? 本業でしょ?」


「それが出来たら医者を目指してたよぉ……」


 もっともな意見だった。


「……もー。もっと志を強く持ってくれないと困るよ。看護師さんのせいで私……、毎回針を刺す度に痛い思いしてるんだから」


「それは……まぁ、はい。返す言葉もありません……」


 半泣きになりながら謝る看護師さん。すると。


「おあっ⁉︎」


 突如、看護師さんの足取りが崩れる。間一髪の所で転倒は免れたものの、しかしその表情はどこか苦しそうだ。私は電子書籍を読み進めながら看護師さんとの世間話を続けた。


「……大丈夫? どうかしたの?」


「うん……驚かせてごめんね。なんなんだろうね? なんか最近、胸とか足とかが痛くて……」


「……えー。大変じゃん。働き過ぎなんじゃない?」


「そう……なのかな。うーん……。そうなのかもね」


 看護師さんは愛想笑いを浮かべながら、ベッドに手をかけて姿勢を持ち直した。


「……」


 持ち直した筈だった。しかし看護師さんの足取りが再び揺らぐ。酔っ払いのようにたたらを踏みながら、ダイアライザーの角に爪先をぶつけてしまったのだ。二度に渡る千鳥足に耐えて転倒を免れた看護師さんだったが、ダイアライザーとの衝突には耐え切る事が出来なかったらしい。彼女はその場で激しく転倒し、そして掠れるような声で呟くのだ。


「……い…………痛い……っ」


 と。何度も何度も、それこそ壊れたお喋り人形のように同じ言葉を漏らし続けた。


「痛……い。……い、痛い…………っ、痛い……、痛い……っ! 痛い! 痛い! 痛ーーーーいっ⁉︎」


 彼女の囁くような悲鳴が絶叫に変わるまで、それ程時間はかからなかった。当然だ。なんせ彼女の足はダイアライザーとの衝突で骨折している。彼女はそういう病を患っているのだ。


 本当にこの病気にかかると言うんだね。痛い、痛いって。


 患者の多くが痛い痛いと泣き叫んだ事からつけられたイタイイタイ病という病名。痛いだけでそんな病名がつくのなら、ほぼ全ての病気がイタイイタイ病になっちゃうじゃん。……なんてかつては思っていたけれど。なるほど、確かにここまで執拗に同じ言葉を連呼するなら、そんな病名になったのも頷ける。


 それにしても長かったなー。爆弾が爆発するまでに半年以上もかかっちゃった。彼女がじわじわ弱る様子を眺めるのもそれはそれで楽しかったけど、でも流石に半年はかかりすぎ。もっとこう……、一発一発ドカーン! ってさ。強力な魔法、使えるようになれたらいいんだけど。


 魔界に住む人族の魔法使いは、男女によってその性質が異なるらしい。男のウィザードは一つの魔法しか使えない代わりに威力が絶大。例えば冷気を操るウィザードなら、一瞬で絶対零度へ到達する事も可能なのだそうだ。


 一方、女のウィッチは器用貧乏。例えば子供向け魔法少女アニメなんかでよくこういう描写が出てくる。呪文に続けて『○○よ、××になれ!』と唱えると、その通りの現象が目の前に発生する光景。ウィッチの魔法はまさにそのような魔法であり、言い換えれば願いを叶えるにも等しい万能さを……誇っているようにも見えるけれど。いかんせん、出力が足りない。自分の力で引き起こせる現象程成功しやすく、超常的な力がないと引き起こせない現象程失敗してしまうのだ。


 それでも私なりに工夫を凝らしながら今まで様々な魔法を使って来たけれど、しかし自分の限界が見えて来ると、その限界を安安と突破出来るウィザードの出力にも興味が湧いてしまう。要するに私は自分の限界に飽きてしまったらしい。


「……どうしようザンド。私……、そろそろ魔法にも飽きちゃいそう」


 ザンドと出会って間もない頃から作り始めたもう一つの爆弾も、私の魔法に限界が見えるに連れて、途中で作るのを諦めてしまった。あの爆弾は決して完成する事のない幻だ。幻の完成なんかを待とうものなら、私の方が先に天使になってしまうだろう。


 天使になる事に恐怖はない。何故なら私には死ななければならない責務があるからだ。こんな体を患ってしまったあの日から、私はそう思い続けている。


 先進国における死因第一位は悪性新生物……、即ち癌である。人間の多くは穏やかな老後を過ごしながら安らかに死ぬ事が出来ない。癌に蝕まれ、長期間抗癌剤の副作用に苦しみながらじわじわと死んでいくものだ。そして癌を患う人間というのは、いつの時代も中年や老年ばかり。若い人間が癌を発症させる確率はゼロとまでは言わないけれど、しかしジジババに比べれば大した確率とも言えないだろう。これは癌に限らず、多くの病気においても当て嵌まる事である。


 どうして人は若い内は元気なのに、歳を重ねるに連れて様々な病気を起こしやすくなるのだろう。新陳代謝の違いや免疫力の違いなど、考えられる要因はいくつもある。しかし明確な科学的根拠は未だに解明されていない。


 だからこれはただの推測にしか過ぎないけれど、恐らく若い内に病気にかかるような人間は、進化の過程で切り捨てられたジャンク品なのだ。


 若い内に難病を患うような遺伝子を持った人間が子供を作れば、その子供も同じ遺伝子を引き継いで若い内から難病を患う事になってしまう。だからそう言ったジャンクは子供を作る前に力尽きなければならなかった。そんなジャンクと交わったが為に健常者から障害者が生まれては、種の繁栄に悪影響だ。


 故に彼らのような弱者……、例えば若い頃から癌にかかるような人間の多くは、子供を作るよりも先に病死していった。今この時代に生き残っている人間の多くは、歳を取ってから癌にかかる遺伝子を持った祖先の生き残りと言えるだろう。人は歳を取ってからならどれだけ病気を起こしても問題ない。妊娠適齢期である20〜30半ばまで健康でさえいられたら、子供を作って種の繁栄に貢献する事が出来るからだ。子作りの望めない老齢でなら、どんな悍ましい病気にかかって死んでしまおうが種の繁栄には何ら影響は出ない。


 要するに神様はこう言っているんだ。若い内に病気になるようなジャンクは、その性質を子供に遺伝させてはならないから子供を作る前に死ね。既に子供を作り終えたジジババは、種族繁栄に貢献し終えた用済みだから勝手に死ね。と。


 だから私には死ぬ責務がある。私の弱さを子供に遺伝させない為に、若い内に死ななければならない責務が。


 私の命は決して長くはない。しかし仮に長生き出来たとしても、私はこの責務を果たす為に、いずれ自らの手で命の芽を摘み取るだろう。問題はそんな私の死に様だ。私が一人で死ぬのか、それとも私と一緒にその他大勢の人間も道連れにする形で死ぬのか。果たしてこの世界がどちらの選択を果たす事になるのかは、私にこんな体を押し付けた神のみぞ知る。


 ……と、その時。


【教えてあげよっか?】


 メモ帳サイズのザンドが私の腕から飛び出し、そんな言葉をかけて来た。


「……何が?」


【もっと強力な魔法を使えるようになる方法。上級魔女だけが知っている、魔法の本当の仕組み】


 それはまさにウィザードの出力に憧れていた今の私にうってつけの情報だった。上級魔女。魔法の存在しない異世界で、六年間の留学を完遂した魔女の子だけがなれる魔女の位。私もその高さに辿り着けるなら、是非ともお願いしたい所だけど。


「……あるの? そんな方法。あるならどうして、……今まで一度も教えてくれなかったの?」


【そりゃあリスクもあるからね。人によっては今まで使えていた魔法も使えなくなって、折角異世界留学を完遂したのに下級魔女として生きていく事になった魔女だっているくらいだもん。でも、たったの数ヶ月で上級魔女一歩手前までうちを使いこなしたイヴっちなら大丈夫な気もしてるんだ。それになんつうか……。今のイヴっち、見てらんねえもん】


「……」


【イヴっちも気付いてんじゃない? 超常的な魔法を使うにはある程度の妥協をしなきゃいけない。でも、妥協したところでそれが超常現象である事に変わりはない。瞬間移動する魔法を、ほんの数十メートルしか瞬間移動出来ない魔法にした所で、それは人智を超えた神の領域だよ。上級魔女になれば、この領域に常に身を置く事が出来るようになる】


「……」


【上級の魔女でもウィザードの出力に到達する事は出来ないけど、それでも下級の魔女や魔女の子に比べれば、その出力の差は歴然だよ。魔法の存在しない世界の住人からしたら、十分神に匹敵するだけの万能さを手に入れる事になる。異世界留学を完遂した魔女の子は、その精神状態を加味した上で最適なタイミングを見定められながら、ある二つの試練を受けさせられるんだ。もしもイヴっちが魔法の秘密を知った上で、なおかつこの二つの試練を乗り越える事が出来たなら。その時はイヴっちも晴れて上位階級の魔女と同じ舞台に立つ事が出来るよ】


「……」


【ま、イヴっちにリスクを受け入れる覚悟があればの話だけど】


「……」


 私は看護師さんの悲鳴をBGMに、ザンドと過ごした二年間の思い出を振り返った。

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