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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第四章 天使が消えた世界
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エピローグ

天使が死ぬ話 10/10

 ◇◆◇◆


 犬は三日飼えば三年恩は忘れない。その諺が真実かどうかはともかくとして、棺に入ったトヨリに誰よりも長く寄り添ったのは、紛れもなくトヨリが愛した三匹の犬だった。……いや、人はそれを寄り添うとは言わない。あいつらはトヨリを守っていた。棺の蓋を閉める者に飛び掛かり、棺を霊柩車へ運ぶ者に噛みつき、悲痛な叫びをあげながら最後の最後まで抵抗していた。トヨリの遺体がこれからどうなるかはわからなくても、ろくな目にあわないのは理解していたんだろう。


 三匹の悲痛な叫びも、トヨリが帰って来た時は歓喜の叫びだった。約二年振りとなるトヨリとの再会に、三匹は喜びと悲しさが入り混じったような叫びをあげながら駆け付けた……が、三匹の様子は次第に変わっていく。いくら寄り添っても自分達を撫でてくれないトヨリ。撫でるどころか指先一つ動かさないトヨリ。瞼一枚開かないトヨリ。同世代の女子より体重が軽くなった、心身共に空っぽのトヨリ。人より知能が低かろうが、それを異常だと思うことはとても容易かったらしい。


 三匹のうち、最もトヨリとの付き合いが短いのがゴローという、かつて私に襲い掛かったあの大型犬らしい。あいつはこの家にやって来てほんの一週間しかトヨリと過ごさなかったみたいなのに、トヨリの遺体を最後まで守り続けたのは紛れもなくゴローだった。


 かなりの老犬だからだろう。滅多に動かず、夏休み前におっさんと会った時ものしのしとした足取りでとても散歩を楽しんでいるようには見えなかった。


 ゴローには人を噛む癖があり、その口には大型犬用の口輪がはめられている。ゴローはあまり人の事を信頼していないようだ。だからその噛み癖はあくまで自分の身を守る為のものなんだろう。そんなゴローが今日、自分以外の為に牙を向けた。トヨリの遺体を運ぼうとする大人達に襲い掛かり、トヨリを守ろうと猛獣の如く暴れ回った。


「……」


 私が言うのもなんだけど、トヨリって小さい体だったよな。別に貶してるわけじゃないぞ。私なんて年齢を二歳も偽ってるもんだから、学年じゃ一番小さい。だから同い年で同じくらいの体格を持ったお前の体に、どこか安心している所もあった。


 お前は私と同じでとても小さい奴だった。ただでさえあんな小さな体だったのに、遺骨になるとここまで小さくなるんだな。そして、私だっていつかはこうなっちまうんだな。


 トヨリが死んだ日。病院で大規模な停電が発生した。それのせいで医療機器に繋がれていないと生存出来ない状態の患者は全員死んだ。医療機器によって健康のサポートを受けている患者は一割が死んだ。そしてその一割の中にトヨリが含まれていた。


 本来、電気の供給が止まってはならない病院において、停電と言うのは発生しない。万が一の停電に備えて自家発電装置や医療用蓄電池などが設置されているからだ。トヨリが入院していた病院ではそれらに加えて太陽光発電も行っていたのに、あの日はそのどれもが機能しなかったらしい。それらの装置全てが機能停止に陥るなんて一体どんな確率だとテレビでは議論されていたっけ。


 あの日、トヨリはそんな暗闇に呑まれた病院で心不全を起こした。救急車が来て他の病院へ搬送されたものの、しかし夜と言う事もあって中々搬送先の病院が見つからなかったらしい。ただでさえ大規模な停電によって処置が遅れているのに、その上病院をたらい回しにされたと来たもんだ。ようやく見つかった病院に到着した頃には、トヨリの心臓は生き物としての役割を終えていた。それから行われた必死の蘇生措置も、何もかもが無駄だった。


 トヨリ。お前が死んだあの日。VAD装着の手術を控えたあの日。どうしてあの日、私はお前の見舞いに行かなかったか知ってるか? お前の事だし、どうせブチギレた私がお前に愛想を尽かしたとでも思ってたんだろ。だとしたらお前は大馬鹿だ。私のしつこさがその程度で折れると思うな。


 私さ。あの日、またサチと喧嘩したんだよ。最後にお前と会った時、私お前に死ねって言っただろ? それで私、今度と言う今度こそお前の心臓と私の心臓を取り替えてやろうって思った。私、あの時お前に本気でイライラしていたから。それでお前の代わりにボロボロになった私の姿を見せつけて、お前に私の気持ちをわからせてやろうって思ったんだ。


 ……だからあの日、私はお前に死ねって言ったんだよ。だから私はお前に死ねって言えたんだよ。それなのにこんなに早く死ぬ奴があるかよ。後二週間もすれば先生だって心臓を治しに来てくれたはずなのに。


 結局私はあの時も魔法を使う事が出来なかった。メリムのやつに反抗されたんだ。それでメリムと言い合いになって、騒ぎを聞きつけたサチがやって来て、それでメリムに喧嘩の理由をチクられた。おかげでまたサチにビンタされちまったよ。それも二度目だからか、一度目のビンタより何倍も強烈でやんの。それを何発もだぜ? 執拗に何回も何回も叩いて来てさ。何泣きながら叩いてんだよって感じ。泣きたいのはその強烈なビンタで鼻血まで出した私の方だっつうの。


 ……でもさ。私今、凄え最低な事を思っているんだけどさ。メリムとサチに咎められたおかげで、私は今めちゃくちゃホッとしてる。


 あの時の私はまともじゃなかった。もしもあのまま二人に咎められなかったら、私はヤケを起こした勢いで魔法を使っていたのかもしれない。そしたら私もあの病院に運ばれていたのかな。もしそうなったら、今頃遺骨になっていたのは私の方か。そう思った瞬間、指先の震えが止まらなくなった。


 強いな、お前は。こんな死の恐怖に毎日向きあって。それに比べて私は……。


 お前の葬式にはたくさんの人が来たよ。でもその殆どは親戚とか支援団体の人だった。お前の小学校の先生や生徒らしき人も来たけど、……まぁ表情を見るからに、生徒は強制参加で嫌々来たって感じだった。お前どんだけ同級生に嫌われてんだよ。中にはクスクス笑い声をあげてる女子もいて、思わず喧嘩になっちまったんだぞ。


 しょうがねえだろ。あいつ、お前の遺影を見ながらコソコソと「マジウケる」とか言うんだもん。お前がそいつに何をしたのかは知らない。そいつがお前に何をされたのかもわからない。でも、私はそいつが許せなかった。許せなかったんだよ。


 ここ最近、喧嘩してばっかだ私。お前とも、メリムとも、サチとも、先生とも、その女子生徒とも。それでいて喧嘩の原因は全部お前にあるわけだ。お前は疫病神か何かか。


 疫病神でもいいから戻って来いよ。私はお前に死ねって言った。そしたらお前は本当に死んじまった。言霊って本当にあるんだ。だからお前には私に復讐する権利がある。疫病神でいい。死神でもいい。鬼でも悪魔でも魔王でもいいから、戻って来て私に取り憑けよ。私に取り憑いて気の済むまで呪ってくれ。呪い殺してくれ。私に償える方法なんて、もうそれしか……。


「りいちゃん」


 サチに呼ばれて振り返る。サチの喪服姿を見るのもこれで二度目か。たった二ヶ月で二度も喪服を着せるはめになって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「落ち着いた?」


 私は小さく首を縦に振った。落ち着いた? というのは、トヨリを笑った例の女子生徒との喧嘩の事を指している。早い話が、私は会場を追い出されてしまった。追い出されてから何分経ったのかも覚えていないが、ともかく謹慎処分はこれにて終了という事らしい。私はサチに手を握られながら再び会場の中に足を踏み入れた。……が、本心を言えばこの会場にはもう足を踏み入れたくはない。


 トヨリを笑った女子生徒は既に帰っている。でも、トヨリを笑ったのはあいつだけだったにしても、ここに参列している多くの人達がトヨリの死に無関心である事に違いはない。彼らの中に、トヨリの為に泣いている人は果たして何人いるんだろう。参列者の殆どは業務的に来ているだけの奴ばかりじゃないか。こんな所でぺちゃくちゃ世間話なんかしてんじゃねえよ。それはこの場でしなきゃいけない程のお喋りなのかよ。


 どこにもいないんだ。トヨリの家族を除いて、トヨリの為に泣いている人が一人も。本当に一人も……。


 と、思った矢先。雑音に塗れたこの空間から、一つの啜り泣く声が私の耳に届いた。声のする方に視線を送ると、そこには眼鏡をかけた見知らぬ中年男性の姿があった。


 彼がトヨリの親族でないのは確かだった。親族なら親族同士集まるだろうに、彼はどのグループに属さず、他の参列者の集団から僅かに離れた場所で一人寂しく啜り泣いていた。目から溢れる涙を処理しようと、何度も何度も喪服の袖で瞳を拭っていた。袖から覗く手首と手のひらには、猫のものと思われる複数の引っ掻き傷がちょろちょろと刻まれていた、そんなおっさんの姿が私の目に止まった。


「……」


 そっか。いたんだ。本当に少数だけど、それでも親族以外でトヨリの為に泣いてくれるような人が。トヨリの命に価値を見出してくれる人が、私以外にもちゃんと……。


 なぁ、トヨリ。やっぱりお前の命って、めちゃくちゃ重いよ。

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