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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第四章 天使が消えた世界
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九月十三日 ② だから死ねと言った

天使が死ぬ話 7/10

 ◇◆◇◆


 生きている人は生きている人を幸せに出来る。生きている人は生きながら誰かを幸せにしてあげるんだ。そういうのを身の丈に合っていると言うんだと、私は思う。


 私は生きている人を幸せには出来ない。みほりちゃんやパパが私の命に価値を見出してくれているのはわかる。そう思ってくれる人がいる事はとても幸せな事だと言うのも理解している。それでも私が生きているせいで、色んな人が損をしている事実に変わりはない。


 私が一日生きる為のお金で何人の人が助けられるだろう。私の為に集まった二億六千万円で、何万人の命を救済出来るだろう。みほりちゃんやパパが何て言おうと、結局私は奪いながら生きている。私一人が生きる為に、安いお薬で病気が治る何万人もの命が犠牲になっている。仮に闘病の末に私が健康になったとしても、今まで私に費やされた財産以上の誰かを救える大物になれるはずもない。その事実は決して覆らないのだ。そもそもこんな体で誰かの役に立とうとか、誰かを幸せにしようとか、そう願う事さえ烏滸がましい。


 生きている人は生きている人を幸せにする。死にかけている私は臓器提供を通じて死にかけている人を幸せにする。人は自分と同じ立場の相手だけを幸せにするべきだ。今の私が生きた人を幸せにしたいと思うのは分不相応だし、それは生きた人が死にかけている人を幸せにしたいと願うのだって同じ事。


 奴隷は貴族を幸せにしてはいけない。貴族も奴隷を幸せにしてはいけない。二者の間には、二者を隔てる為の明確な壁が必要だ。貴族のくせに奴隷を幸せにしようと考える馬鹿がいるのなら、私は全力で彼女の考えを改めさせようと。そう思った。


 みほりちゃんが私に心臓をあげようとした話を聞いて、とてもしっくり来た自分がいた。なるほど、確かにあの子ならそんな事をして来そうだと思った。


 自殺未遂という事は途中で怖くなったのかな。そこで思いとどまったなら良いんだけど、きっとあいつはその程度で思いとどまったりなんかしない。その時は辛うじて冷静になったのかもしれないけど、でもきっと私が病気に苦しむ姿を見続けたら、また変な義務感に囚われてしまうのだろう。それこそ私の体にVADが取り付けられた姿を見た時とか。


 私は自分の胸に手を当ててみる。けれどパジャマの上から触れようと、パジャマの中から直接皮膚に触れようと、私の手のひらは心臓の鼓動を感じ取らない。本当にこれが生きている体と言えるのだろうか。


 静かな胸。冷たい体温。今すぐにでも止まってしまいそうな時間。それでも私の時間が止まらないのは、それは私の時計が止まる兆しを見せる度に彼女が来るからだ。私から時計を取り上げ、叩き壊し、止まりかけの時計そのものをなかった事にしてくる。それはもう野蛮で、横暴で、私のような捻くれた根性を叩き直すにはうってつけの熱血教師のようだった。……しかし。


「……珍しいじゃん。今までノックなんて一度もしなかったくせに」


 今日の彼女はとてもしおらしい。私は丁寧にドアをノックして入って来たみほりちゃんに軽い挨拶を交わした。しかし私が声をかけてもみほりちゃんは、部屋の出入り口から足を踏み込もうとはしなかった。


「……何? ……そんな所に立つ為に来たの?」


「……違う」


「……じゃあ早く入りなよ」


 そこまで言われてようやくみほりちゃんは私の側まで足を運んだ。いつもは無遠慮にベッドに腰を下ろすくせに、今日はベッドの前でじっと立ち尽くしている。最初からそういう態度を見せていたなら、私もこいつとはまた別の付き合い方を……。


 ……。


 いや、無理だ。無遠慮にズケズケ攻め込んで来るような子だから、私はこいつと今のような関係を築けている。仮にこの子が礼儀を弁えた遠慮がちな子なら、きっとこいつはとっくに私に見切りをつけてこの病室に訪れる事もなくなっていたのだろう。


「トヨリ……」


「……何?」


「……ごめん!」


「……」


 だからみほりちゃんにはいつまでもそのままで居続けて欲しかったんだけどな。ふてぶてしい彼女だからこそ、私も無遠慮に叩く事が出来たのに。


「全部私のせいだ……。言い訳も弁解もない。私が馬鹿だったせいで、私を信じたお前が死にかけた。……本当ごめん」


 こんなにしおらしくされたらやり辛いったらありゃしない。


「……まぁ。……とりあえず座れば?」


 私は深々と頭を下げるみほりちゃんに座るよう促した。


「いい。今日は一日ずっとこうさせてくれ」


「……別にそんな事されても治るわけじゃないよ?」


「わかってる。それでも私に見せられる誠意って、こういうのしか思いつかないから……」


「……逆に考えてよ。……みほりちゃんの隣で私がずっと頭下げてたら……気を遣っちゃって居づらくない?」


「……」


 私に言われ、みほりちゃんはベッドの横に置かれた丸椅子にちょこんと腰を下ろした。その座り姿もやはり縮こまっていて、まるで借りて来た猫のようだった。


「……いつもみたいに隣に座りなよ」


「……」


「……ほら。早く」


 再び私に言われ、ベッドの方にやって来たみほりちゃん。私の言う事にしか従わないつもりらしい。それでも座り方はいつもと違って縮こまっているものだから。


「……いつもみたいに座ってってば」


 私は一々指示を出してみほりちゃんの姿勢を変えさせた。私の指示に従い、みほりちゃんは靴を脱いでベッドの上で胡座をかく。私はそのまま彼女の太ももを膝枕にした。


「……なんか今日、体熱いね。……それにちょっと汗臭い」


「運動会あるから。その練習……」


「……へー。そうなんだ。いつ? ……折角だし私も行こっかな。車椅子で」


 そこでみほりちゃんは少しの間吃りだす。それから数秒程の沈黙を経て、申し訳なさそうな顔と声色で。


「九月二十五日……」


 と呟いた。そりゃあ申し訳なさそうにもなるはずだ。


「……あー。じゃあ無理か。私、来週VAD着けるみたいだし。……それ着けたら、死ぬか移植を受けるまでずっとベッドの上だから」


 みほりちゃんの体が強張るのを感じた。とてもいい兆しだと思った。これなら確実に私の作戦は上手く行くと確信した。だから私は強張る彼女に追い討ちの一言をぶつけたのだ。


「……誰かのせいでね」


 真っ直ぐな彼女の心を簡単にへし折れる、最低な一言だった。


「……え」


「……え? じゃないよ。……何? 逆にどんな反応期待してたの? ……みほりちゃんのせいじゃない、気にしないで、みたいな。……そう言うの期待してた?」


 みほりちゃんの表情を見る事は出来なかった。彼女に膝枕されたまま、私は頭を上に向けられない。みほりちゃんの顔を見たくない。何より私の顔を見せたくなかった。


 きっと彼女の顔を見たら、私はここで言葉を止めてしまう。同じく私の顔を彼女に見られたら、彼女は私の真意に気付いてしまうかも知れない。


「……言うわけないじゃん。誰のせいでこんな事に……なったと思ってんだよ」


 ただでさえ私は集中治療室で彼女を慰めてしまっているんだ。きっとあの慰めがまずかった。あんな弱った体で、縋るように彼女を慰めてしまったのだ。そんな私の姿を見たせいで彼女は私の為に死のうだなんて、そう思ってしまったに違いない。


 彼女はきっと……、ううん。間違いなくいずれ私に心臓を明け渡そうとする。友達の為に自分を犠牲にする姿が、彼女にとてもよく似合うのだ。だから私は彼女を止めないといけない。私にはその責任と義務がある。生きている人は生きている人を幸せにしなきゃいけないんだ。間違っても死にかけている人を、それも自分の命を投げ捨ててまで幸せにしようだなんて考えてはいけない。


「……わかってるの? 私、来週から一生ベッドの上なんだよ。……もう、二度と立つ事だって出来な」


「それはないっ!」


 ……と、思ったその時。みほりちゃんの口から、場の雰囲気に削ぐわない絶叫が放たれる。彼女に向けている私の右の鼓膜が危うく破れる所だった。


「断言してやる。お前のその病気は十月になったら治る。綺麗さっぱり、今日までの二年間が嘘だったんじゃないかってくらい全快する」


「……」


「わかるんだろ? 私、嘘言ってないだろ?」


 いきなり何を言い出すのかと思ったけど、確かに彼女の言葉からはモヤが見受けられない。彼女は嘘を言っていない。……でも、そのトリックに関しては既に解けている。


「……そうだね。でも、そうやってみほりちゃんの嘘を信じた結果が……今なんじゃないの?」


「それは……」


「……みほりちゃんはね、馬鹿なんだよ。一足す一が二じゃないって……本気で思い込んでる馬鹿。○肉○食が……焼肉定食だって本気で思い込んでる馬鹿。……嘘を本当だって信じちゃってるんだ。……そういうのって本当厄介……」


「いや……言いたい事はわかるけど。でも待ってくれよ。一足す一は二だけど、○肉○食って焼肉定食以外他に何があんだよ……」


「……」


 いやまぁ、彼女が馬鹿なのは知っていた事だけど。私はその疑問には触れない事にした。


「……そういえばさ、ちょっと小耳に挟んだんだ。……みほりちゃん、私に心臓あげようとして……自殺未遂したらしいじゃん」


「え……」


「……馬鹿だね。本当馬鹿」


 するとどうだろう。彼女の体の強張りが解けて行くのを感じた。ホッとしたような、安心したような、この場にそぐわない妙な感覚に包まれる。すぐにわかった。


「なんだ……。それでお前、そんな怒ってたのか」


 彼女は一つ、大きな勘違いをしているのだと。だから。


「別に自殺未遂って程でもねえよ。少し話盛りすぎ。でも……うん。やっぱ馬鹿な事したわ。反省してる。誓うよ、もうあんな真似は二度としないって。だから」


「違うっつうの」


 私はそんな彼女の勘違いを正した。


「……逆だよ逆。何で生きてんだよ。未遂で終わらせてんじゃねえよ。……結局口だけかよ」


「……」


「……もう嫌なんだよ。ろくに動けない……、ろくに食べれない。利尿剤で喉はカラカラなのに……水も飲めない。その上来週からは……お前のせいで一生ベッドの上だ。どうしてくれんだよ」


「……なぁ。……トヨリ。私……っ」


 頭上から降り注ぐみほりちゃんの声が潤み出す。彼女が今どんな表情をしているのかが手に取るようにわかった。後一歩だ。次で終わらせよう。彼女の決意も、彼女との関係も、次で全部。


「……死ねよ。それで心臓よこせ。……それが出来ないなら二度と顔を見せるな」


「……」


「……健康なやつ見てるとイライラするんだよ」


 私は彼女の太ももから頭をどかした。彼女は馬鹿だけど、その意味も理解出来ない程のどうしようもない馬鹿ではなかった。


 彼女の足音が遠のく。啜り泣く彼女の声も遠のいて行く。この病室から彼女の音が完全に消え去るまで、それからあまり時間はかからなかった。


 ごめんね、酷い事言って。ごめんね、私が自分の命を捨ててまで救う価値のある良い子だって勘違いさせて。その勘違いは今ここでしっかり正したから。だからもう馬鹿な事は考えないで。どうかその命は自分の為か、もしくは自分と釣り合うだけの価値がある命の為に使って欲しい。間違ってもゴミみたいな命の為に使い捨てようだなんて思わないで。

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