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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第五章 子供を産めない体
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こんな最後

 どこかの誰かが大怪我を負ったとしても、時間が経てばいつものように明日はやってくる。どこかの有名人がある日急に亡くなったとしても、時間が経てばいつもの明日がやってくる。どんな軽い出来事もどんな重い出来事も、宇宙規模で見れば自分の細胞の中のたった一つが異常を起こしている程度に過ぎなくて、そんな小さな事で宇宙は活動を止めたりなんかしてくれない。私達の体内でどれだけ多くの細胞が死のうと、私達がいつものように生き続けているように。


 その日も同じっだった。昨日、サチとあれだけ険悪の雰囲気になった。私はサチを嫌いになりかけた。そして今日を最後に私はこの世界を去る事になる。それでもいつも通りの朝は来るし、いつもの日常は訪れる。……でも、辞めた。いつも通りに身を任せるのを辞めた。いつもの日常に流されるのも辞めた。少しでも抗いたいと思った。


「あっつ⁉︎」


 有生家の朝はサチの作る朝食の匂いから始まるけれど、その日の朝食の匂いはとても歪極まりない物だった。当然だ。私は家庭科の時間やキャンプの時でしかまともに調理をした事がないんだから。フライパンから跳ねる油に思わず涙目になってしまった。


 フライパンの中では目玉焼きが二つプカプカとお湯の上を漂っている。目玉焼きをいい感じの半熟具合に焼く方法は油を熱したフライパンに卵を落とし、最後に水を入れて蓋をして蒸し焼きにする事だってネットに書いてあった。その通りに実践してみたんだけど……うーん。これ水入れ過ぎたかもしれない。まぁでも火にかけ続ければそのうち全部蒸発するよな?


 目玉焼きを蒸し焼きにしている間も時間は無駄にはしない。私はすぐさま二つ分の茶碗を取り出して炊飯器がご飯をよそう。普段は私の為に朝に洋食を作ってもらっているんだから、今日はサチの食べ慣れている和食を作ると決めていた。


 ご飯を二膳用意し、フライパンの隣で熱していた鍋もいい具合に沸騰していたので火を止める。蓋を開けると煮立った味噌汁のいい香りが立ち上がった。ま、味噌汁は具材も調味料もネットに書いてある通り正確に入れれば誰でも間違いなく作れるものだ。こんなんで失敗なんかしてたまるかっての。


「あ、やば!」


 ……なんて、味噌汁の出来に慢心したツケが回ったのだろう。二人分のご飯と味噌汁をテーブルに置いた所で、火にかけっぱなしだった目玉焼きの事を思い出す。


「うっわ、焦げてる……!」


 水を入れ過ぎた油断も災いした。フライパンの中ではすっかり水は蒸発しきっていて、目玉焼きとフライパンの接着面も焦げている。黄身もこれは……完熟だな。私はため息をつきながらフライ返しを使い、ガリガリと目玉焼きをフライパンから引き剥がした。……その時。


「……あ」


 リビングのドアが開いた。足音は料理音でかき消されていた事もあり、突然の出来事に私は思わず言葉を失う。けど、すぐに我を取り戻してその人に語りかけた。


「お、おはようございます!」


「……」


 あれから半日以上が経ってもなおサチの反応は無関心そのものだったけれど……。少しでもサチの気を引こうと、昨日サチが見せてくれた桜を基調とした花柄のワンピースを着てみたけれど、その効果も皆無に等しい。


「あの、今日は最後だし私が朝ご飯を作ってみたんです。こ、こんなので今までの恩返しになるとは思ってませんが……」


 サチにそう語りかけながらも私の体は作業を止めない。お皿に目玉焼きを移してテーブルまでせっせと運んでいく。……まぁ、ただサチと一対一で話すのが気まずいから作業に逃げているだけって言われたら返す言葉もないんだけど。


「でもよかったら食べて……」


「……」


「……食べて……欲し……」


 そんな作業を交えた会話でさえ私は続ける事が出来なかった。サチが私の言葉に耳も傾ける素振りもせずに台所に入っていったから。食卓に朝ご飯を並べる私の前で台所に入り冷蔵庫から卵を取り出すサチ。サチは私の視線など気にも止めず、卵に各種調味料やお出しを混ぜ合わせ、私とは比較にならない手際の良さでだし巻き玉子を焼き上げた。


「あ、あの……! 私、朝ご飯作ったんです」


 サチはお皿に一人分のだし巻き玉子を盛り付けてテーブルまで運ぶ。


「サチのご飯に比べたら見た目も汚いし……味も悪いと思います……」


 そして既に卓上に置かれた二杯のご飯にも目もくれずに三杯目のご飯を用意した。


「もしまずかったら私が全部食べます。だから……。だからせめて一口だけでも……」


「いただきます」


 結局サチは私の言葉にも私の作った朝食にも興味を示さなかった。私の前で、私なんか最初から存在していないかのような態度で自分で用意した朝食を摂り始める。


「……」


 あ、まずい。また涙が滲んで来た。一晩も経てば流石に涙も枯れ果てると思っていたんだけどな。私は涙が溢れるよりも先に両手でゴシゴシと目を拭う。


 泣いていない。溢れるより先に涙を拭いたんだからこれは泣いてなんかいない。それにこのくらいの事で心がへし折れる気もない。私を突き放そうとしているサチの葛藤に比べればこのくらい……。私は自分で作った卓上のご飯をサチの隣まで移動させ、私自身もサチの隣に腰掛けた。


 無言の時間が過ぎていく。着々とご飯を平らげていくサチに対し、私の皿はと言うと食事前とほぼ変わらない状態だ。ご飯が喉を通らないのが一番の理由だけれど、焦げた目玉焼きや半煮えの味噌汁が想像以上に美味しくなかった事も大きな理由と言える。言ってしまえば私が生まれて初めて作った朝ご飯は見事なまでに大失敗で、ここまでまずいならサチに食べて貰わなくよかったと前向きに考える事も出来た。だからこのまま前向きの勢いに任せて行動をしようと思う。


「ごちそうさまでした」


「あ……」


 自分の朝ご飯を完食したサチは淡々とお皿を重ねて席を立った。そして私には目もくれず洗い場の方へ向かおうとしていたから、私はそんなサチの服を掴んでやった。


「……」


 掴んでやったはいいけど、困ったな。言葉が思い浮かばない。サチの顔を見る事も出来ず、逃げるように視線の矛先は真っ暗なテレビの方を向いた。そこに写っていたのは今にも泣きそうで何かを懇願しているような情けない表情の子供。……こんなんじゃダメだな。こう言う可哀想な子供の顔でサチを引き止めるのは卑怯だ。言おう。昨日一晩考えていた事を。正真正銘嘘偽りのない私の素直な気持ちを。


「……私、昨日ずっと考えていたんです。どうして魔界に帰る事をサチに言っちゃったんだろうって。本当は何も言わず、いつも通りに過ごしてこっそり帰るつもりだったんです。泣きながらお別れするのも嫌だったし……」


 いざ口を動かすと、不思議と慌てふためいていた心に落ち着きが戻ってきた。昨日、ずっと考えていたんだ。一晩中考えていたんだ。おかげで異世界最後の日だと言うのに二時間しか寝れてない。そこまでして考えたこの気持ちを伝えないのはダメだ。


「で、わかっちゃいました。サチの願いを見た時、私は後悔と罪悪感でいっぱいだったんですけど、でもそれと同時に目標が出来たんです。サチみたいな人を治せる魔女になりたいって」


 私は俯きっぱなしの顔を上げ、しっかりと両の眼でサチをとらえる。人と話す時は相手の目を見て話す。当然の事だ。怖いを目を逸らす言い訳にしたくない。サチを怖い存在だと認識したくない。


「……だから、例え今は願いを叶えてあげられなくても、私がいつか代わりにその願いを叶えてあげられるって保証してあげたら、お別れの辛さの何倍もの嬉しさで満たしてあげられると思って……。それで、打ち明けちゃったんですかね……? 昨日一晩考えた自分の気持ちのはずなのに、なんか自信ないです……」


 あはは、と。わざとらしく頭を掻きながら愛想笑いを送ってしまった。声が震えているのが自分でわかる。私はもう出し尽くしたんだ。自分の素直な気持ちを、昨日徹夜で考えたこの気持ちを出しつくしたんだ。それでもなおサチに拒まれたら、私にはもうそれ以上サチを引き止めるだけの材料がない。そりゃあ声も震えるさ。


「サチの事だし、きっと私が未練を残さず魔界に帰れるようにそんな態度を取ってるんですよね……? あの本を隠していたのだって、あれを見たら私が……複雑な気持ちになるってわかってて。だから……今まで隠していたんですよね……?」


 でも震えているだけだ。私はしっかりサチを見れている。しっかりサチと向き合えている。


「そんなサチの気持ちも知らずに勝手な事して、ごめんなさい……。昨日も無責任に私が……サチの願いを叶えるとか言って……い、言って……ごめんなさい」


 涙を流すな。サチの優しさに甘えるな。一番辛いのはサチなんだ。泣いて引き止めるなんて、そんな卑怯な真似はしたくない。そんな残酷な仕打ちはしたくない。……そう、頭では理解しているのに。


「で、でも、サチの願いを叶えたいこの気持ちに……。嘘はないです。十年もかけません。私、絶対向こうでいっぱい努力して……い、一年以内には立派な魔女になるって……なるって、約束します。だから」


 感情が理性を凌駕する。声の震えに耐えかねた涙が一粒、また一粒と溢れ落ちる。正々堂々向き合う事を感情が放棄し、子供の涙で訴えかけるという卑しくて浅はかな手段に手を伸ばしてしまう。やめろやめろと理性は何度も叫ぶけれど、私は結局感情に逆らえない弱い動物にしかなれなかった。


「だから……。お願いします……。もし、私に嫌われる為にそんな風にしているならやめて欲しいです」


 ……あぁ。


「……私、こんな最後……嫌だぁ……っ」


 言っちゃった。子供を武器にしてサチに懇願してしまった。泣きついてしまった。片手でサチの服を掴んでいたはずなのにいつの間にか両手でサチを引き止めている。泣き崩れる弱い自分をこれでもかと全面に押し出してサチの気を引こうとしている。卑怯者だ、私。


 私は卑怯な手段を取ってしまった。卑怯というのは大事な物と引き換えに成功率が極めて上がるから卑怯という。そしてそんな手段を選んだ効果は、残酷なまでに覿面だった。


「……サチ?」


 サチは両手に持った皿をテーブルの上に置き直し、私に向き合っていたのだ。ただ視界に私が入っていただけのサチじゃない。その瞳には確実に光が宿っていて私という一個人を人としてしっかり捉えている。昨日の朝まではそれが普通だった。それが当たり前だった。あれからたったの一日しか経っていないのに、こんな普通がこれほどまで貴い物だったのだと思い知る。まるで数年ぶりにサチと再会したかのような喜びに口角まで少し上がってしまった。サチは膝を落とし、私と目線の高さを合わせ、そして。


「どうして私がりいちゃんを気遣っている事を前提に話しているの?」


 卑怯な手段に甘えた私を孤独の果てへと突き落とした。


「……」


 全身から力が抜けそうになった。それでも辛うじてサチの服を掴んでいるけど、こんなに力の入らない手でどうやって掴んでいるのか自分でもわからない。今自分がどういう立場にいるのかもわからないし、サチが何を言っているのかもわからなかった。


「最初は二十年って言っておきながら十年って言い直して。そしたら今度は一年か。随分都合がいいね」


 サチは酷く蔑んだ笑顔でそう言い捨てて立ち上がる。私の手を払い除け、テーブルに置いた皿を持ち直して立ち去ろうとする。


「待って!」


 膝蓋腱反射というのを学校で習った。膝を叩くと脳の指令なしに足が動くというあれだ。その引き止めもまた反射に近かった。サチに曝け出せる気持ちは全部曝け出した。もうこれ以上サチを引き止める材料はない。何を言えばいいのかもわからない。なのに勝手に体が動き声が出た。払い除けられたばかりなのにまたしてもサチの服を掴んでしまった。私にはもう、サチとの思い出を話して情けを買うくらいしか出来ない。


「サチ、いつも私より遅く寝て……なのに私より早起きしてご飯作ってくれて……」


「それが私の義務だからね」


「本当のお母さんじゃないのに、本当のお母さんみたいに接してくれて……」


「当然だよ。そうするように言われているんだから」


「スマホとか、ゲームとかもですか? 私に買い与えなきゃいけないって……そんな義務があったんですか? ……お小遣いだって」


「表面上とは言え良好な親子関係は築かないといけないでしょ? 子供の点数稼ぎは物で釣るのが一番簡単なの」


 なのに全部否定される。サチの悪態が演技である根拠をいくら羅列しても、その都度私の気持ちごと否定されていく。思い出が一つずつ消されていくようだった。サチに抱いた信頼まで消えていくようだった。いくら幸せだった頃の思い出を話しても否定されるもんだから、もう私には悪い思い出しか残っていない。私の人生で最も最悪で、もっとも醜悪で。


「私がいじめられた時も……あ、あんなこ……あんな怖い顔で怒って……私をいじめていた連中をころ、……こ、殺したいって……」


 それでいて最もサチからの愛情を注がれた、そんな思い出。


「……」


 サチは無言で私の手を振り払って自分の部屋へと足を向けた。私はそんなサチを引き止める事が出来なかった。両手は涙を拭うので精一杯でサチを掴めない。不安、焦り、困惑、悲観。ありとあらゆるマイナスな感情が私の体を拘束する。もうこのまま二度とサチに会えないような気さえしていた。


 しかしすぐにサチはリビングに戻ってきた。例の冊子を手にし、そして私の前でそれを開くのだ。それは私の最後の問いかけに対する答えだった。


「りいちゃん、最後のページまで見てなかったんだ?」


 それはサチの叶えたい願いが書かれたページから更に一枚紙を捲ったページ。冊子の最後のページ。そこにはどこまでも機械的で、それでいてどこまでも残酷に。


『なお、報酬の受け取りは留学生の健康状況が平均以上の水準に達している事を絶対条件とする。※不慮の事故や感染症などと言ったやむを得ない事情は除外する』


 そんな注意書きが書かれていた。蜘蛛の糸が千切れて地獄に落ちる気持ちをこんな形で味わうなんて思ってもいなかった。


「虐待対策なんだろうね。あの時は焦ったなー。もしかしてこの規約に抵触しちゃったんじゃないかって。まぁあれは私が傷つけたわけじゃないから許されたみたいだけど」


 淡々と、まるで紙に書かれた文章でも読むように、無感情に、無関心に。それなのになんて落ち着いた笑顔で話すんだろう。どうすればそんな笑顔で言えるんだろう。サチは普段と変わらない、見る人全員が思わず安心してしまいそうになる平和で慈愛に溢れた笑みで、私が世界で一番好きな表情で言葉を続けた。


「一人前の魔女って魔法でどんな願いも叶えられるんだっけ。でもね、普通の人間はそうはいかないんだ。人間が願いを叶えるには0.1%にも遠く及ばない豪運に恵まれるか、もしくは人生の大半を努力に費やす必要がある。そこまで頑張って一人前の人間になっても、叶えられない願いの方が多いんだよ。それがたったの六年の我慢で好きな願いを叶えられるってなったら、どんな嫌な仕事も笑顔で出来るの」


 それはまるで子供を教え諭す親のようだった。


「努力が絶対に報われる魔女にはわからないよね。努力しても叶わない願いを追い求める人間の気持ちなんて。他の何を犠牲にしてでも叶えたい願いがある人間の気持ちなんて……」


 今でこそ良識に溢れた自分に成長したものの、私だって留学したてでまだ幼く未熟だった頃はたくさんの粗相を犯したものだ。その度にこうしてサチに諭されたのを覚えている。


「魔女なんかにはわからないよね⁉︎」


「……」


 ……なんて綺麗な顔をしているんだろうと思った。怒鳴った瞬間こそ怒りに歪んでいた顔が、今ではこんなにも清々しい。言いたい事を言い切って心の底から満足している人の表情だ。私の目前にはあんなにも好きだったサチの笑顔があるのに、まるで何も描かれていない真っ白な壁の前に立っている気分だった。私の視線がサチを捉えない。まるで視界の中にたまたまサチが入っているだけのような感覚。……あぁ、なるほど。


「他に聞きたい事は?」


 サチはこんな風に私を見ていたんだ。


「ありません」


 最後の砦が壊れる轟音が静かな日曜の朝をかき消した。不思議とさっきまで涙のせいで曇ったレンズのように歪んでいた視界が、いつの間にかとても清く晴れ渡っている。原因は明瞭だ。私はもう涙を一滴も溜めてなんかいない。


「そ。じゃあさようなら。私の事は心配しなくていいよ? 一番のお願いはダメだったけど、二番目に叶えたいお願いでお金持ちになって好きに生きるから」


 瞬きの度に視界が切り替わった。目を閉じる度に瞼の裏に最悪な光景が映し出されている。


 私には自分の死と同等の恐怖があった。これは私の恐怖と言うより、普通の人間とは比べ物にならない膨大な寿命を持つ魔法使い全員に共通する恐怖と言っても過言じゃない。自分より寿命の短い大切な存在が自分を置いて死んでしまう恐怖だ。


 瞼の裏にサチの死に様が次々と浮き出てくる。サチが事故死する姿にサチが病死する姿。そして健康な体を維持し続けたとしてもいつか必ず訪れる、老衰による衰弱死。


「大丈夫です。そのつもりはありません」


 今まで何度想像しただろう。その度に何度怯えただろう。老衰したサチの枕元に立ち尽くす大人になった私自身の姿を。サチは魔法を万能のように捉えているけれど、万能の魔法使いになれるのはほんの一握りで、彼女らにしたってそこへ至るまでに永遠に思えるような修行に励むのだ。


 自然現象への反発度合いが強ければ強いほど魔法の行使は困難になる。私は不老不死や死者の蘇生を熟せる魔女になれる自信がない。仮に素質があったとしても、サチの寿命が尽きるまでの期間じゃ到底足りない。どちらにせよ必ずサチの死を目の当たりにする。その事を考える度に恐怖で震え上がっていたのに。


「ならよかった」


 そんなサチの微笑みを見た今では何も感じなくなっている。サチの死体を虫の死骸でも見るように気に留めない自分の姿が容易に想像出来た。


「学校が終わったらそのまま魔界に帰ります。五年間、お世話になりました」


 でも、この時点ではまだ辛うじて未練はあったと思う。ここまで来てもまだサチを信じたいという気持ちがほんの一欠片は残っていたのだと思う。だから私は最後の抵抗を試みたんだ。


 サチに五年間育ててくれたお礼を吐き捨てた私は、リビングから出る前に最後の望みを乗せて、その卑しいやり方を口にした。


「……お前なんか大嫌いだ」


 自分の主張が通らないからと言って『死んでやる』と泣き喚くメンヘラのようなやり方。自分の言う事を聞かせるために『家出する』と主張するガキのようなやり方。本当に死ぬ気なんて微塵もないし、家出する気だって微塵もない。ただ相手に『ごめんね、自分が悪かった』と言わせたいが為のかまってちゃんのやり口。そんなかまってちゃんを、サチはクスクスと笑い飛ばす。


「私も。両想いだね? 私たち」


 サチへの未練が完全に潰えた瞬間だった。

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