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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第四章 天使が消えた世界
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九月十二日 ② 帰りの飛行機で教えてもらったから

天使が死ぬ話 5/10

 サチの行動に真っ先に反応を示したのは看護師だった。


「あの……、すみません。集中治療室です。大きな音を出されると」


「りいちゃんっ!」


 サチに注意をするべく、看護師の一人が出入り口を開けた瞬間、サチの怒声が集中治療室の中へとなだれ込んだ。それは今まで眠っていた人までも起こしかねない声量だったから。


「……あ、トヨリ」


 トヨリも目を覚ます。私の手のひらに触れながら、何があったの? とでも言いたげな、不安さを隠さない表情だ。だけど。


「戻って」


「……」


「早く」


「……」


 私はトヨリに苦笑い浮かべながら何でもないとだけ伝え、私を呼び戻すサチの方へと足を運んだ。きっとこの嘘もトヨリには気付かれているのだろうけど。


「申し訳ありませんでした」


 集中治療室に喧騒をもたらした事について謝るサチ。看護師は私達に厳重注意をした後、自分の持ち場へと戻って行った。


「……」


「……」


 二人と一冊だけになった集中治療室前の廊下は、先程の騒ぎが嘘のように静かだ。人は静かな方が落ち着くものだけど、それは時と場合による。この重く纏わりつくような空気に包まれた空間で落ち着ける人なんて、それこそ僧侶くらいなものだろう。だから僧侶のような落ち着きのない私にとって、この静けさはただの毒にしかなり得なかった。


「何ですか急に。びっくりするじゃないですか」


 だから私の方からこの空気を掻き消した。苦笑いを浮かべ、茶化すように空気をかき乱した。


「……勘違いだったらごめん」


「はい?」


「りいちゃん、魔法使おうとしてた? なんか背中の方が尋常じゃないくらい光ってるように見えて」


「尋常じゃないって……」


 私はメリムを取り出す。魔法を使う際に発光すると言っても、真昼の室内だしおまけにメリムは服の中だ。それなのに尋常じゃないくらい光って見えたって、そんなのメリムが意図的に光を強めたとしか思えない。


【悪いな】


「……」


【最低限の抵抗だ。ここまでして誰にも気付かれないなら、そん時は諦めて魔法を使わせてたよ】


「お前……」


 思わず歯に力が入った。しかし私はすぐにメリムを体内へしまい、愛想笑いを浮かべながらサチへの言い訳を述べようとしたものの。


「どういう事?」


 メリムをしまう寸前、サチの手がメリムに伸びて引っ張り出された。サチの視線がメリムのページを覗き込む。


「メリムちゃんに使わせたくない魔法って何?」


「えーっと……」


 とてもまずい状況なのは理解した。だって口が動かないのだ。この質問はすぐに答えないと、サチに言えないような魔法を使おうとしていたと言っているも同然だ。


 それでも私の口は動かない。口どころか体中が動かない。サチの視線に体を縫い付けられているようだ。かつて私を拒絶しようとした、あの日のサチの姿が目に浮かぶ。それでも固まる脳を解しながら、少しでもサチが納得してくれそうな嘘を思い浮かべてみた。トヨリの苦痛を和らげる魔法、面白いアニメや映画を映し出す魔法、寒そうにしていたトヨリに布団を出してあげる魔法、トヨリを含めたその部屋の患者全員の幸せを願う魔法。……しかし。


「様子が変だなと思って、りいちゃんの口元をじっと見てた。私の見間違いかな。りいちゃん、イーズーって言わなかった?」


「……え」


 次にサチから出て来た言葉に、私の思考は停止する。何故その精霊言語をサチが知っているのか、理解が追いつかない。


「イーズーって心臓だよね」


「……」


 サチの問いに答える事が出来なかった。サチが精霊言語を知っている動揺よりも、私が使おうとした魔法を言い当てられるかも知れない動揺が私をそうさせた。サチがどうして精霊言語を知っているのかはわからない。しかしトヨリの病気とその単語の意味を知っていて、なおかつメリムが使うのを反対するような内容ともなれば、私がどんな魔法を使おうとしていたのか推測するのも難しくはないだろう。


「心臓に使う魔法って何?」


「それでいてメリムちゃんが嫌がる魔法って何? 何をしようとしたの? ……もしかして」


 サチは静かにメリムを閉じて私に返した。サチからメリムを受け取ると、サチの両手が私の両肩に伸びた。まるで肉食動物に追い詰められた気分だ。


「私の心臓とあなたの心臓を交換して、みたいな。そんな事を言おうとした?」


「……」


 私はメリムを体内へしまい込んだ。


 これがサチの怒り方だ。激しく噴き出すのではなく、静かに溜め込むタイプの怒り方。全てを言い当てられた私は返す言葉が浮かばず、ただじっと佇む事しか出来ない。


「否定しないの?」


「……」


「否定してよ」


「……」


「もし認めるって言うなら……」


 私の両肩が重さから解放される。私の両肩を掴むサチの手が離れて行く。けれどそれは私を解放する為の行動などでは決してない。それは直後に私の頬を襲った張り裂けるような鋭い痛みが教えてくれた。凍えきった空気によってすっかり固まってしまった私の頬が、サチの平手で熱を取り戻す。


「こういう躾は絶対にしないって決めてた。これが正しい躾だとも思わない。だからやり返したいならやり返していいし、その時は私も受け入れる。一回は一回だもん、りいちゃんにはやり返す権利がある。……でも」


 サチは膝を折り曲げ、私も目線の高さを合わせながら脅すように己の気持ちを突き付けた。


「またこんな馬鹿な事をやろうとしたら、その度に私はこのやり方で止めるから。それだけはよく頭に入れておいて」


 でも、サチは一つの失敗を犯した。さっきまでの私ならサチの言う事に黙って従っていたのかも知れないけど、生憎私の頬は、サチのビンタで程よく解れてくれた。今ならよく舌が回りそうだ。


「責任取ろうとするのが馬鹿な事なんですか?」


 家出以来。およそ二ヶ月ぶりの親子喧嘩の再来かな。


「……責任って何? りいちゃんが身代わりになる事が責任なの? それでりいちゃんが死んだらどうするの?」


「なんですかそれ。まるでトヨリなら死んでも良いみたいな言い方ですね」


「そう言う事じゃないじゃん。元々病気を持ってない人が自分から病気になりに行くのがおかしいって言ってるの。自殺と何が違うの? 逃げてるだけだよ。責任って言葉でカッコつけないでよ」


「カッコつけも何もそう言うのを責任って言うんじゃないんですか? 私のせいでトヨリが死にかけた。私にはその病気を身代わり出来る力がある。だから私がトヨリの病気を背負う。自殺と同じだなんて言わせません。これは責任です」


 私はサチの主張を真正面から突っぱねた。なんならこのまま追い討ちだってしてもいい。私の理屈には更にサチを追い詰める為の根拠がまだまだ残っている。この責任の取り方においてサチが最も危惧しているのが身代わりによる私の死なら、その危惧を根っこから覆せるだけの大きな根拠だ。


「ていうか別に死ぬわけでもないんですよ。十月になったらトヨリの病気を魔法で治してあげるって先生が約束してくれました。十月まで残りたったの十八日だし、トヨリの二年間に比べればそれくらい……」


 私は勝ちを確信した。どれだけサチが怒気を纏って迫って来ても、何度でも言い返せる自信があった。絶対にあったはずなのだ。


「それくらい……っ」


 絶対にあったはずなのに。数分前の光景が脳裏に浮かんだ。それはトヨリの前で心臓を交換しようとして、呪文を言いかけた時の光景だ。折角呪文を言いかけていたのに、サチの妨害によって無駄になった……。と、言い訳出来るようになった、あの時の光景。


 そうだ。言い訳なんだ。サチに呪文を妨害された? 違うだろ。サチの妨害に気づく前から私の口はどもっていたじゃないか。あとたった一言付け加えるだけで魔法は発動出来たのに、その最後の一言が言えずに怯えていたんじゃないか。


「……ごめんなさい。私今、嘘吐きました」


 私は嘘つきだ。嘘つきで、意地っ張りで、カッコつけたがりな。そんなただの子供なんだ。


「サチに口喧嘩で負けたくなくて……意地を張りました。本当はサチがガラスを叩く前から……呪文が言えなくなってて。……咳き込みながら吐き出すトヨリの姿を思い出して……、あの時のトヨリ、唇なんかも凄い真っ青で……。この魔法を使ったら私もそうなるのかなって……、そう思ったら急に怖くなって。二年も耐え切れたのはトヨリが強いからで……、私だったら……わた、私だったら……三日で死ぬんじゃ……ないかとか思って。それで……それで口が……動かなくて……」


 何がたったの十八日だ。あの時のトヨリの姿と今のトヨリの姿を見て、よく十八日をたっただなんて言えたものだ。


 私は怖い。死ぬのが怖い。例え死ななくても、今のトヨリのような姿で生き続けるのだって怖い。呼吸も、食事も、排泄も、心臓の鼓動さえも機械で制御される。自分の意思を伝えるのさえ困難で、唯一自発的に出来る事なんて指先を僅かに動かすのと瞬きだけ。そんな状態で夜の病院も過ごさないといけない。


 結局私は口だけだった。トヨリの命よりも自分の命の方が何倍も可愛くて可愛くて仕方なかったんだ。今、その事がよくわかった。


「それが普通だよ」


 私の体が暖かさに包まれた。精神的な意味も含まれているものの、その多くは肉体的な暖かさが占めている。私を包み込むように抱きしめるサチの体温が暖かい。


「それでも二度とそう言う事は言わないで。言霊って本当にあるんだよ。今は怖くて出来なかったのかもしれないけど、やれるとかやってやるとか言い続けていたら、頭が麻痺していつか本当にやりかねない。もしまた同じ事を言ったら、その時は絶対に許さないから」


 けれど、その口から紡がれる言葉の一つ一つはとても冷たかったのをよく覚えている。一番冷たいのは自分を信じてくれた友達を殺しかけておいて、我が身可愛さに責任を取る事さえ放棄した私自身だと言うのに、私はそんな己の冷たさを棚に上げ、サチの口から紡がれる冷たい言葉の一つ一つを鼓膜と肌で思う存分味わい続けた。

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