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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第四章 天使が消えた世界
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九月十二日 刷り込まれた愛情

天使が死ぬ話 4/10

 準備は順調に整っていた。唯一難点だった事は、それはやはりどうやって魔法を使うかという事。魔法を使うからには当然魔法をかける対象は視認出来る方がいい。だからと言ってトヨリの目の前で魔法を使うわけにはいかないだろう……と、言いたいところだけど。


 集中治療室の様子を見て気付いた事がある。確かにあの部屋は多くの患者と医療従事者達で溢れているものの、しかし彼らは全員自分以外に構っていられる余裕がないのだと。患者はみんな自分が生きる事に精一杯で、なんなら寝たきりで目を覚さない人の方が遥かに多い。


 それに看護師や医者だって、何も遊ぶ目的で集中治療室に入っているわけじゃない。彼らは皆、自分が受け持つ患者を救う為にその部屋へ出入りしているのだ。目の前の患者を救う事で精一杯で、到底他に目を向ける余裕なんて無さそうだった。


 魔法を使う時、メリムは光を放つ。けれどメリムに触れてさえいれば魔法を使える。だからメリムは服の下に隠して私の皮膚と密着させればいい。それでも服の繊維と繊維の間からはどうしても光が漏れ出るだろうが、それも一瞬なら十分誤魔化しが効くはずだ。


 私は集中治療室のど真ん中で堂々と魔法を使う。トヨリ寝ている方が体は楽なようで、起きている時間よりも寝ている時間の方が長いんだ。トヨリが寝ている時に近づけば問題はない。だったらいける。絶対にやれる。必ず成功しないといけない。私の自信は揺るがない。


 ……まぁ、強いて言えば一つだけ不安要素もあるけれど。私は昨日の事を思い出す。


【誰が使わせるかそんな魔法】


 やはりと言ってはなんだけど、メリムは私が使おうとする魔法に大反対だった。しかし私にはメリムを黙らせる為の武器があった。


『そうかよ。別に嫌ならいいよ。でも、魔法を使わせようが使わせまいが、結局結果は同じだぞ』


【どういう意味だ】


『この魔法を使わせないなら私は自殺する。私の心臓をトヨリに使ってくださいって遺書を書いて、川に身を投げる』


 そんな私の抵抗に対し、メリムはたった一言。


【殺すぞ】


 自殺をすると言っている相手に到底相応しいとは思えない、そんな元も子もない怒りをぶつけた。でも、私にも絶対に引けない意地があったから。


【つまらねえハッタリかましてんじゃねえぞクソガキ。十歳でも言っていい冗談と悪い冗談の区別くらいつくだろ】


『当たり前だ。冗談じゃないから言ってんだよ。ハッタリだと思うなら勝手にそう思ってろ。でも私は言ったぞ? この魔法を使わせなかったら死ぬって確かに言った。それを踏まえた上で魔法を使わせるか使わせないか、お前が決めろ』


 私はそんな卑怯な手でメリムの気持ちを踏み躙った。


『罰を受けなきゃいけないのは私なんだ。心臓を壊すべきなのはトヨリを騙した私の方だろ。トヨリの病気は今日でおしまいにする。今日からあいつは自由だ。好きなもんを食って、好きな所に遊びに行かせる。あいつにはそうする権利がある。これは私のケジメなんだよ』


 結局メリムはそれ以上何も言わなかった。私が使おうとしている魔法に同意してくれたのかどうかも分からず仕舞いだ。それでもメリムの気持ちを踏み躙ったのは間違いないから。


『……卑怯な手使ってごめん。でも、これ以外に償う方法がわからない』


 私はメリムを抱きしめながら、言葉だけの謝罪を突きつけた。


 私は信じてる。メリムはきっと魔法を使わせてくれるって、心の底から信じてる。私はその答えを確かめる意味でも集中治療室へと向かったのだが。


「あ、りいちゃん」


「……え」


 集中治療室の前では、いつものおっさんに代わりサチの姿があった。


 今日は月曜の午後。私は学校を終えて真っ直ぐこの病院へと足を運んだ。この時間はまだまだサチが働いている時間のはずだけど。


「サチ。お仕事は?」


「休んだ。なんだろ? 虫の知らせって言うのかな。なんか、変な胸騒ぎがしちゃってさ。だから今日はお休みー」


 にししと悪戯っ子のような笑みを浮かべるサチ。サチはソファに座りながら両手を広げ、「おいで」と小さく呟いた。


「りいちゃん」


「……」


「ほら、来てよ。一緒に座ろ?」


「……」


「あはは……。そっかそっか。もうそういうお年頃か」


「あ、いや……、別にそういうわけじゃ」


 サチの隣に腰を下ろす……その瞬間。


「えい」


「うわっ!」


 サチに腕を引っ張られ、サチのあぐらの上に腰を下ろす羽目になってしまった。その上背後から手を回されて体を抱きしめられる。私の頭にもサチの顎が乗っかり、雁字搦めにも近い姿勢でサチに捕まってしまった。


「やっぱこれが一番落ち着くなー」


「……」


「ていうかりいちゃん、ちょっと汗臭い?」


「……運動会の練習です。来月あるんで」


「あー、そっか。もうそういう季節だもんね。早いなー……。六年生になってもう半年か」


「……」


「じゃあ、後半年でお別れかー」


 私を抱きしめるサチの力が少しだけ強まったような気がした。いや……これは強まったというか、胸に手を当てられていると言うか。


「心臓、すごい鳴ってる」


「……」


「しょうがないよ。あんな事の後だもん。今は最悪な事態にはならなくてよかったって、そう思うようにしよ?」


 それが出来たら苦労はしないのにな。


「……サチ」


「ん?」


「……ごめんなさい」


「何が?」


「……色々。特にお金とか……」


「いい。気にしてない。りいちゃんは優しい事をしてあげようとした。で、今回はたまたま失敗した。それでも誰かが死ぬ事はなかったんだし、不幸中の幸いだよ」


「不幸に幸いなんてないですよ。トヨリは死んでないだけで、死にそうな目には……」


 ガラス越しにトヨリの姿を見てみた。今日のトヨリはまだ寝ているようで、両目を閉じたまま唯一動く手のひらも静止している。


「朝からずっと眠りっぱなしだったよ」


「朝からいたんですか?」


「家でだらーってしてるのもあれだしね。私もトヨリちゃんに会ってみようって思ったの。まぁ、仮に起きていてもまともにお話出来そうにはないけど。あ、でも心臓は少し安定して来たみたい」


「本当ですか?」


「うん。本当に少しだけだけど。一応明日からは一般病棟に戻れるんだって。それでもVADの装着は必要らしいけどね。佐藤さんが言ってた」


 困り顔で苦笑いを浮かべながらサチは呟いた。けれどおっさんが言っていたと言う割に、おっさんの姿は見当たらない。それにタロウの姿もだ。


「タロウとおっさんは? タロウ、今日も学校には来てなかったんですけど」


「朝まではいたよ。でもトヨリちゃんのお父さんはお仕事に行っちゃった。引き継ぎとか、色々やらなきゃいけない事が多いみたい。タロウくんも、自分がいるとトヨリちゃんの心臓に負担がかかるから、VADを取り付けるまでは会わないようにするって」


「……そうですか」


「だからお見舞いも気兼ねなく来て欲しいって言ってたよ? このままだとトヨリちゃん、本当にひとりぼっちだから。今はりいちゃんの事を恨んでないって言ってたのも、多分本当だと思う」


 その言葉を丸ごと鵜呑みに出来ていたら、私はどれだけ楽になれるだろうか。大事な家族を殺されかけて、死んではいないから今は恨んでないって言われても……。


「もしこれが反対だったら、サチはどう思いますか? トヨリのせいで私が集中治療室に入る事になったら、サチはトヨリを恨まずにいれますか?」


「出来るわけないじゃん。そんな事されたら末代まで恨むよ」


 サチの言葉が重くのしかかる。


「愛情には二種類あると思ってる。例えば好きな人が浮気をした時、浮気をした恋人を責める愛情と、恋人をたぶらかした浮気相手を責める愛情。私は多分後者だ。りいちゃんは今までずっと被害者だったけど、仮にいじめる側に回って問題を起こしたとしても、私はりいちゃんの無実を主張し続けた気がするな。現に今もトヨリちゃんにお菓子を食べさせたりいちゃんを叱れないもん。慰めてあげたい気持ちの方が、叱らないといけない気持ちの何倍も大きいの。親としては……結構ダメダメだね」


 サチは気まずそうに笑った。私は困り果ててしまう。だってサチが私に抱くその感情は、これからあの魔法を使おうとする私にとって足枷にしかなり得ないからだ。


「……この際だし聞いて良いですか?」


「何を?」


「サチがそこまで私に肩入れする理由。二年前に聞いた時は、なんか有耶無耶な感じで話を逸らしたじゃないですか」


 二年前、アイスとの一件で病院へ呼び出されたサチ。あの後サチは私を慰める為にスイパラに連れて行ってくれて、その時私は似たような質問をサチにした。だからこれは謂わば二年越しの答え合わせだ。


「んー、そんな事言われてもなー。りいちゃんだって私が同じ事をやらかしたら、絶対的に私の味方になってくれるんじゃない?」


「当たり前じゃないですか」


「それはどうして?」


「サチが好きだから」


「そういう事。私も同じだよ」


「違いますよ。私の好きとサチの好きは全然違う。私の好きは、この五年間サチに優しくされ続けて芽生えた感情です。ある日いきなり好きになったわけじゃありません。現に会ったばかりの頃は私はサチを警戒していました。でもサチは違うじゃないですか。五年前に初めて会ったあの日から、サチはずっと私の味方だった。子供好きだからとか、そんな好みの問題で向けられる優しさなんかじゃないと思います。どうしてサチはそこまで私に……」


 と、その時。私の下腹部に妙な動きが伝わる。サチは私の下腹部に手を置きながら言葉を続けた。


「この気持ちはりいちゃんには理解出来ないよ。もしも理解出来る日が来るとしたら、それはりいちゃんも私みたいな体になった時だけ」


 サチの手のひらは、まるで私の子宮を守るようだった。


「五年前どころじゃない。十年も前から私はりいちゃんに会ってる。人間って単純なんだ。一番辛い時に出会ったものを親だと思ってついて行っちゃうんだもん。私にとって、それがりいちゃんだった。それだけだよ」


 十年前。だとしたらそれは生まれたばかりの私という事だろうか。そんな前からサチと出会っていた事実に僅かに動じてしまった。私がまだ赤ちゃんの頃とか、そんなの覚えているわけないか。でも、サチにそう言われると存在しないはずのかつての記憶が脳裏に過ぎる。赤ん坊の私をあやすサチの姿というのが妙に似合い過ぎてて、簡単に想像出来てしまうのだ。


「これ以上は流石に説明しようがないや。ごめんね? また曖昧な返事になっちゃって」


「……いえ。寧ろしっくり来ました。赤ちゃんの頃の私ってどうでした? それはもう今と変わらない可愛くていい子だったんじゃないですか?」


「このー、急に調子に乗ってー」


「うわ、ちょっ、サチ⁉︎ それダメ! 反則!」


 私のお腹に当てたサチの手がグニグニと私の腹肉を揉み出したから、私はサチを振り払って距離を取った。


「まったく……。それじゃあ私、ちょっとだけトヨリと会って来ますから」


 ついでにそのままトヨリに会いに行く事にした。


「行くの? トヨリちゃんまだ寝てるけど」


「いいんですよ。会う事に意味があるんです。ていうかそこからジロジロ見たりしないでくださいね?」


 私が釘を刺すと、サチは困ったように笑いながら「はいはい、わかったわかった」と言って私を見送った。きっとサチは思ってもいないだろう。その釘の正体が、まさか史上最悪の親不孝で作られた呪いの釘だなんて。


 集中治療室の空気はいつ来ても変わらない。張り詰めた糸があちこちに敷き詰められ、何らかの拍子で切ってしまわないか、気が気でいられなくなる。私はそれらの糸を避けながら足を進め、トヨリの隣までたどり着いた。


 サチの言う通り、トヨリは穏やかに眠っている。心臓が少しは安定して来たという言葉も嘘ではなさそうだ。綺麗な顔だ。菜食中心で、なおかつ食事量も少ないのだからニキビの一つも存在しないまっさらなキャンパスを見ている気分になる。


 でも、そんなものの何が面白いってんだ。キャンパスってのは絵があって初めて楽しいと思える。お前はもっと沢山の絵を浮かべないとダメだ。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも。その全てを見た私だからこそわかる。トヨリという人間は感情豊かな方が魅力的だと。


 私の背中に異物感が生まれた。メリムが私の中から出てきたのだ。この土壇場で魔法を使わせない事もこいつには出来るだろうけど、どうやら私の脅しを真に受けてくれたらしい。本当に悪い事をしたと思っている。


 私はガラス張りの向こうでこっちを見るサチの方にも視線を送った。あれだけ釘を刺したのに、サチはちゃっかりこっちを見ていたから睨んでやったよ。すると気まずそうに笑いながらサチは目を逸らすのだ。メリム同様、サチにも悪い事をしてしまった瞬間だ。……いや、サチに悪い事をするのはこれからか。この魔法を使ったが最後、サチが泣きながら私を責める姿が目に浮かんぶだもん。


 ごめん、サチ。ごめん、メリム。おっさんもトヨリも、本当にごめん。トヨリをこんな風にした責任は、今からちゃんと取るよ。私の心臓と交換だ。


 この病室で寝るべきなのは私だ。VADを装着するのだって私で十分だ。サチだって他人の子に治療費を払い続けるくらいなら、私に払った方がまだ気が楽だろうよ。だからトヨリ。お前が苦しみ続けた二年間は、今から私が引き継ぐよ。


 なーに。引き継ぐって言ってもたったの十八日だ。十八日後には先生が病気を治してくれるって約束してくれた。トヨリが二年も耐え切れた苦しみなんだ。それに比べたら十八日だってあっという間だから。


 だから。


「交換魔法」


 私は周囲に悟られないよう、小さな声で呪文を唱えた。


「メリム」


 メリムよ。


「ブランドイーズー」


 こいつの心臓と。


「エリンドイーズー」


 私の心臓を。


「……エリンド……イーズー」


 私の心臓を……。


「……エリンド」


 私の……。


「……」


 私の呪文は、そこで止まった。呪文よりも遥かに大きな音に掻き消されたと言うべきだろうか。突如集中治療室に反響した一つのノイズが、私を含めこの場にいる意識ある全員の気を引く事になる。


「……サチ」


 険しい表情を浮かべたサチが、ガラス張りの窓を叩いていた。

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