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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第四章 天使が消えた世界
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九月十日 トヨリの心臓を治す魔法

天使が死ぬ話 1/10

「……」


 寝られない。というのは嘘だ。寝られないのではなく、寝たくないのだ。瞼を閉じると、昨日の出来事が今目の前で起きているように再生されてしまうから。


『本当に申し訳ありません!』


 二年ぶりの光景だった。私がやらかしたせいでサチが仕事を抜けて駆けつけてくる。あの時も私はアイスと殴り合いをしたせいで怪我を負い、そしてサチは病院に駆けつけてくれた。


『うちの子がとんでもない事を……。本当に、なんてお詫びをしたらいいか……!』


 昨日もまた、サチは仕事を抜けて病院に駆けつけた。トヨリに会い続けたのも、トヨリにお菓子を食わせたのも、全部私の独断だ。この結果を招いたのは全部私一人によるものなのに、サチは私に代わって頭を下げ続ける。いつだったかトヨリにも言われたっけ。子供の責任は全部親が取る事になるんだって。


『全部私の責任です。監督責任を問われれば返す言葉もありません。余分にかかった治療費も、今後の治療費も、全てお支払いします』


 なんだよそれ。あんまりじゃないか。サチが何をしたって言うんだよ。朝起きて、朝食を作って、仕事に行って。そしてお金を稼ぐ為に働いていただけじゃないか。何でサチが謝らないといけないんだ。謝らないといけないのは。


『……有生さん。どうか顔を上げて』


 謝らないといけないのは……。


『そういう訳にはいきません……っ』


 謝らないといけないのは……っ。


『いえ、そうじゃなくて』


 私だけなのに。どこまでも冷たいおっさんの視線が、射抜くように私の方へと向けられた。


『みほりちゃん。一番謝らないといけないのは君じゃないのかな。有生さんにばかり謝らせて。どうして君は一言も話さないんだい?』


『……』


 おっさんの言う事は十分過ぎる程理解出来ていた。それなのに私の口は思うように動いてくれない。この口が本当に自分の物なのかもわからなくなっていた。ナイフで口を切り裂いても、痛みを感じないのではないのかと思えた程だ。


 恐怖なのか、寒さなのか、或いはその両方なのか。歯がガタガタ震えてぶつかり合う。早口言葉とかわりかし得意な方なのに、その時は呂律も回ってくれない。歯も、舌も、唇も、頬も。何もかもが私の言う通りに動いてくれないのだ。体も硬直してしまって頭さえ下げられずにいる。これだけの事をしておいて頭の一つも下げられずに立ち尽くすだけ。私ってどれだけクズなんだ。


 体が動かないから頭が下げられない。頭が下げられないから視線も動かせない。硬直した私の視線は、廊下の壁一面に貼り付けられた大きなガラスの向こう側ばかりを捉えていて、微動だにしなかった。


 そのガラスの向こう側にある部屋は集中治療室だった。そこには無数のベッドと医療機器が設置されていて、患者と医療従事者でひしめいている。そこで暮らす患者達の半分には意識がなく、意識があっても指先しか動かせないような人達ばかりだった。当然だ。そこに運ばれるのは二十四時間体制で管理しないと、いつ死んでもおかしくないような患者だけなのだから。


 彼らの体には無数の管が挿され、口にも呼吸器と思われる管が差し込まれている。機械と連結されていないと生きていけない彼らの姿が、まるでロボットのように見えてしまった。とても無機質で機械的だ。そしてトヨリもまた、そんな機械に繋がれないと生きていけないロボットの一人になっていた。……いや。私がそうさせたんだ。


 と、その時。硬直していた私の視線が一気に下降し床を捉える。動かないはずの体が勝手に動き、ようやく私はおっさんに頭を下げる事が出来たらしい。頭と背中がとても暖かい。サチが私の体を包み込むように押して、頭を下げさせてくれたのか。


『ごめんなさい……。この子も動揺しているんです。この子を恨む佐藤さんの気持ちもわかります、……でも!』


『別に恨んでなんかいませんよ』


 しかし、そんなサチの予想とは裏腹に、おっさんの口調は不気味なまでに穏やかだった。おっさんは私の前で膝をつき、目線の高さを合わせ、笑顔を浮かべながらこう言うのだ。


『みほりちゃんなりにトヨリを喜ばせようとしてくれたんだよね。多分、お菓子を食べても大丈夫なように魔法か何かを使って』


『……』


 どうしておっさんが笑顔を向けるのか私には理解出来なかった。どうしてそんな娘を殺しかけた私にそんな優しい表情を向けられるのか、私には理解出来なかった。


『恨むどころか感謝さえしているよ。トヨリからどんな理不尽な仕打ちを受けても、あの子が折れるまでめげずに会いに来てくれたんだよね。人付き合いの苦手な子だ。そこまでしてトヨリに尽くしてくれる人がいなかったら、きっとあの子は一生ひとりぼっちだった。恨むなんてとんでもない。トヨリの容態が安定してここから出られるようになったら、またトヨリと遊んであげて欲しいとも思っているよ』


 おっさんは優しい言葉をいくらでも紡いでくれた。しかし私はそれらの言葉を一つとして信じる事が出来なかった。しょうがないじゃないか。だってもしもおっさんのせいでサチが死にかけたりなんかしたら、私はおっさんを絶対に許さない。思いつく限りの罵詈雑言を浴びせておっさんを責め立てるはずなんだ。それなのにおっさんは一向に笑顔をやめてくれない。私とかけ離れたおっさんの価値観を、私の価値観が受け入れてくれない。私と違い過ぎるおっさんの言葉の一つ一つが、不気味で恐ろしい。


『断言するよ。僕はみほりちゃんを恨んでなんかいない。確かにトヨリはちょっと体調を崩しちゃったけど、それでもちゃんと生きているんだから。……でも』


 しかし、そんな私の疑問は次に放たれたおっさんの言葉ですぐに解消される事になった。蓋を開けて見ればとても簡単な話だ。


『これのせいで来年の五月より早くトヨリが死ぬような事があれば、僕は君を許せないと思う』


『……』


『君を恨む日が来るとしたら、その時だ』


 おっさんはトヨリと血の繋がった親子だった。笑顔の仮面を被り続けたトヨリの肉親だった。それだけの話なのだ。おっさんが何を保って来年の五月という期限を定めたのかはわからないけれど、結局おっさんは最後の最後まで笑顔を絶やさないまま、私に向かってそう言い放った。


 そんな出来事から丸一日が経った。日はすっかり沈んで外は真っ暗。私はサチのいない食卓で、朝にサチが作り置きしてくれた御飯を一人静かに黙々と食べていた。


 ちょっと遅くなるかもしれないから晩御飯は一人で食べてね。と言い残して朝早く出かけたサチは未だに帰って来ない。今日は土曜日。いつもは私と過ごす為に土日の仕事は休んでいるサチだ。だから仕事の用事で出かけたという事は考えられず、消去法的に私の尻拭いをする為にどこかへ出かけたと考えるのが自然だろう。


 尻拭い、責任、務め、義務。嫌な言葉だ。特に私の責任を私以外の誰かが取ろうとしている現状がたまらなく辛い。サチは言っていた。私のせいで発生したトヨリの治療費も、今後の治療費も、全部自分が負担すると。それをしないといけないのは私なのに、法律がそれを許してはくれない。子供の責任は全て親が取らされてしまう。サチに至っては本当の親じゃないのにだ。


 一体どれだけのお金をサチは払う事になるんだろう。私のせいで何年分の給料を捨てる羽目になるんだろう。難しい病気の治療費の場合、その殆どを国が負担してくれる制度があるのは知っている。……でも。それでも万単位のお金を何度も何度も支払う事になるのは確かだ。


 私一人の勝手な行動で何人もの人間を不幸にしてしまった。サチは今後、給料の多くを治療費として支払う事になる。おっさんは自分の知らない所で大事な娘を危うく亡くしかけた。それにトヨリ……、あいつに至っては私の一番の被害者だ。そしてそんなトヨリの為に、他の患者で手一杯の医療従事者のみんなにも余計な仕事を増やさせてさえいるのだから。


 トヨリは私を信じた。私を信じたせいであんな目に遭ってしまった。集中治療室にいる間、トヨリは自分の意思では何もする事が出来ない。あれから一日経った今現在でさえ目を覚ましているのかもわからない。それどころかいつ目覚めるかもわからないんだ。


 私のせいで不幸のどん底に落とした彼らを幸せにする方法は、一つしかない。それはトヨリの病気を完治させる事。あいつの心臓さえ治ればサチも、おっさんも、そしてトヨリ自身も。誰も不幸にならない世界が出来上がる。それはわかるけど……、でも……。


【裏技、使ってみっか?】


「……裏技?」


 メリムが私の腕から姿を現し、一つの提案を持ちかけて来た。


「何だよ。裏技って」


【トヨリの心臓を治す裏技に決まってんだろ? 確かにお前の実力じゃあ不治の病を治すなんて芸当は出来っこないわな。でも、心臓を直接治す以外にも方法はあるじゃねえか。お前、紙切れなら一万枚くらい作れるだろ?】


 メリムの言っている意味はすぐにわかった。一万枚の紙切れ。そうだ、確かにその紙切れを一万枚程作ればトヨリの心臓はすぐにでも治せる。トヨリが海外で移植を受ける為の目標金額が三億五千万。対して現状集まっている金額は二億六千万円。一万円札が残り一万枚あれば、トヨリはすぐにでも海外で移植を受けられるのだ。


「……でも」


 異世界留学において、魔女の子には様々なルールが課せられているものの、しかし絶対的に守らなければならないルールは一つしかない。魔法の実在を隠蔽する事。それ以外のルールなんて、破った所で罰を受ければちゃらになる程度の端したものだ。実質、魔法の存在さえ隠蔽すれば何をしたって許される。魔法で泥棒をしようが、魔法で人を殺そうが関係ない。それは人間社会のルールであって、魔界のルールではない。だから当然お金を作る魔法だって……。


「いや……だけど」


 メリムに手を触れては離す行動を意味もなく繰り返す。お金を作る魔法を使えばトヨリは助かるからと言って、じゃあ早速お金を作ろうと考えられるような価値観を私は持ち合わせていなかった。そういう倫理と道徳を教え込まれながら五年もこの世界で生きてきたのだ。生きてしまったのだ。


「大体……、そんな事してどう説明すんだよ。いきなり一億円用意出来ましたとか言って誰が素直に受け取るんだ。そんな事したら、それこそサチやおっさんに迷惑がかかって……」


【迷惑がかかってんのは今も同じだろ。現状俺達は三人の人間を不幸にしちまった。でも、金さえ作ればトヨリだけは不幸から救い出せるんだぞ】


「……」


 俺達、か。だから私はどれだけ憎くてもこいつを手放す事が出来ないんだな。自分の無力さが嫌になる。折角治療用の魔法はどんどん腕前を上げているっていうのに、上級魔女じゃない私はちょっとした病気の一つも治す事が出来な……。


「……あ」


 その時、私は思いついた。トヨリの病気を確実に魔法で治す方法を。とても簡単で、なおかつ確実な方法でトヨリを治す手段がまだ残っていたという事を。


 思いついてからは早かった。私は早速家を飛び出し、エレベーターに乗ってマンションの屋上へと昇っていく。マンションの屋上は出入り口が施錠されているものの、しかしその扉は格子で出来ている。上手い具合に足をかければ扉をよじ登って屋上へ入る事が出来るのだ。


 私は屋上に立ち入り、眼下に広がる都会の景色に目を向けた。両手をメガホンのように構え、腹にも力を入れた。そして肺活量目一杯の空気を吸い込んで、大声で叫んでやったのだ。


「東京の皆さん聞いてくださーいっ‼︎ この家には時々サイコパスがやって来ます! マジで頭のおかしいやつです! そいつの名前はヒュミー! そしてそいつの正体はなんと魔」「何をしているのこの馬鹿ーーーーーーぁっ⁉︎」


 突如目の前に現れたサイコパスのビンタを避けきれる元気なんて、今の私にあるはずもなかった。

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