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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 天使を堕とす魔女
151/369

九月七日 謝った

天使を殺す話 5/7

 ◇◆◇◆


 私とトヨリの関係に何らかの変化が起きた気がした昨日。あの時トヨリが一瞬だけ見せた笑顔が気のせいなのかどうかはともかくとして、今日のトヨリは昨日までのトヨリでは決してあり得なかった一面を度々見せてくれた。


「よぉトヨリ! ゲームしようぜ!」


 学校から一直線で見舞いに来た私を見て、トヨリはどこか引いたような表情で訊ねて来た。


「……ねぇ。通学鞄背負ってるって事は学校帰りなんだよね?」


「そうだぞー」


「……ゲームって何? SwitchとかPS5とか?」


「そうだぞー。Switch持って来たんだ」


「……もう一回聞くけど学校帰りなんだよね?」


「そうだぞー」


「……学校にSwitch持って行ったの?」


「それじゃあ準備すっから待ってろよ!」


「……そこ答えろよ」


 ため息を吐くトヨリ。けれど。


「……ま、いいけど。どうせ暇だったし」


 最悪ガムテープで無理矢理コントロールを手にくっつけてやるつもりでいただけに、素直に私の提案を受け入れてくれた事には少し驚いた。自暴自棄に私の言葉に従っていた昨日のトヨリとは違う。明確にトヨリの意思でゲームをやると、そう言われた気がした。


 初めて見るトヨリの一面はゲーム中にも現れた。それはマリオカートで一位を走るトヨリの後ろにピッタリとつき、ゴール目前で赤甲羅を発射しようと目論んでいた時の事。


「おうおうトヨリちゃんよぉ? 行くのか? このままゴール行っちゃうのか? 投げるぞ? ゴール寸前で赤甲羅投げるぞ? いいのか? いいんだな? それじゃあ遠慮なくああああああああああ⁉︎」


 ゴール寸前に悲鳴をあげたのは私の方だった。トヨリに枕を投げられ視界を塞がれたのだ。


「てめえ何すんだこの野郎⁉︎」


 トヨリに枕を投げ返す。私の視界が確保された時には、既にゲーム画面には一位でゴールしたトヨリのキャラの姿が映し出されていた。


「……知らなーい。リアル妨害禁止なんてルールないし」


「常識的に禁止に決まってんだろ⁉︎ そんなやり方で勝って嬉しいのかよ⁉︎」


「めちゃくちゃ嬉しい」


「上等だてめえ! 私とリアルファイトで決着つけっかゴラ⁉︎」


「……悔しいの? たかがゲームでみっともな」


「たかがゲームとか言うなら卑怯な手使ってんじゃねえよ!」


 私を見下すようにじとーっとした目つきでニヤニヤと笑みを浮かべるトヨリ。


「もう一回だ! 次は病人だからって容赦しねえからな? 泣いて謝ったって許さねえ。つうか泣いて謝らせてやる……っ!」


「……あーあ、やだやだ。強情な人って嫌い」


 私はもう一度コントローラーを握りなおして第二回戦を挑んだ。トヨリも口ではそう言いつつも、やれやれとばかりにコントローラーを握り直す。そして。


「……」


「……ねぇ」


「……」


「……私、5勝0敗なんだけど」


「……」


「……私普段ゲームとかしないんだけどな」


「……」


「……もしかしてみほりちゃんってゲーム下手く」「おい、トヨリ」


 私はトヨリの言葉に無理矢理自分の主張を捩じ込んだ。


「ゲーム好きにはな、絶対に言われたくない一言があるんだ。一人プレイにせよ、協力プレイにせよ、対戦ゲームにせよ、その一言を言われただけで悔しくて悲しくて虚しくなる。あんなに好きだったゲームなのに、その一言を言われるだけで泣きそうになってゲームそのものまで嫌いになるんだ。お前が今口にしようとしているその一言は、それだけ重い残酷な言葉なんだよ。この事を踏まえた上で聞くぞ? お前今、私になんて言おうとした?」


 トヨリは数秒間の沈黙を経た上で、苦笑いを浮かべながらこう答えた。


「……みほりちゃんってゲーム好きなんだね」


「おう!」


 だから私も笑顔で答えた。


「……もう一回する?」


「しない」


 しかしゲームへの意欲は既にない。私はコントローラーをテーブルの上に置く。


「……やっぱ悔しいんでしょ?」


「違う」


「……素直になりなよ」


「全然悔しくない! 急にテレビが見たくなっただけだクソガキがよぉ! バーカ! バーカバーカバーカ!」


 私はいやらしい笑みを浮かべるトヨリにファッキューしながらテレビをつけた。


「……みほりちゃん。ちょくちょく私の事をクソガキって言うけど何歳なの?」


 適当にチャンネルを切り替える私に向かってトヨリが訊ねる。


「あ? 十二歳に決まってんだろ。タロウと同じ小六だぞ」


「え」


「あ」


 そこまで言って自分の過ちに気がついた。やばい、トヨリの前でついうっかり書類上の年齢を言ってしまった。だからと言って小六で十歳とかそれこそあり得ないし実年齢を言う事も出来やしない。


 ってかトヨリって十歳なのか。私と同い年じゃねえか。年下だと思ってたからこいつの生意気な態度も大目に見てやったけど、同い年って考えるとなんかイライラが倍増して来るな。


「わ、訳ありの十二歳だ!」


「……ま、そう言う事にしてあげる」


 トヨリは私の事を鼻で笑いながらそう言い放った。……と、その時。トヨリの目の色が変わる。


「……トヨリ? どうした?」


 唐突な表情の変化に思わず私まで動揺してしまった。しかし彼女の表情の意味はすぐに判明する。トヨリは私ではなくテレビを見ていたのだ。私もトヨリの視線を追いかけて。


「……」


 そして私の口も止まった。テレビで流れていた一つのニュースが私から言葉を奪い去った。


『女性住人のおよそ八割が脚部および胸部への痛みを訴え骨粗鬆症を発症した後、次々と骨折して行く不可解な現象が度々見られたこちらのマンション。先日行われた水質検査によりますと、マンション屋上の貯水槽にて基準値を大幅に超えたカドミウムが検出されたとのことです。こちらのマンションでは年に一回の水質検査が行われているものの、昨年十月の時点では異常が見られておりません。過去一年分の防犯カメラの映像にも犯人らしき人物の姿はどこにも映っておらず、現在は他にカドミウムが混入した経路がないか専門家の指示の下で調査が行われており』


 テレビでは一人のリポーターがとあるマンションの前で事件の概要について説明をしていた。彼の説明が一通り終えた所でテレビの映像はスタジオの方へと切り替わる。そこでテロップに表示された実生活であまり見かける事のない珍しい病名を、私は去年の社会の時間に習った事をよく覚えている。


 水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病。俗に日本の四大公害病と呼ばれる昭和の負の歴史。


 鉱山から排出された大量のカドミウムが川に流れた事で、それを長期的に接種した人間の体に異変が起きた。カドミウムが腎臓を破壊し、また骨にも影響を与えてスカスカの脆い骨になってしまうのだ。その脆さはタンスの角に足をぶつけたり、歩けるようになったばかりの赤子に足を踏まれるだけで骨折したりもするらしい。そうなる頃には歩くだけで下半身を中心に激痛が走り、患者は皆が皆、口を揃えてこう言うそうだ。痛い、痛いと。


 都内のとあるマンションで、女性住人の八割がイタイイタイ病を発症させたという、そんな不可解なニュースがテレビで流れていた。


「……これもあれなのかな。例の事件」


「あぁ。かもな」


 私はトヨリの言葉に同意した。現実的にあり得ない方法で人が死んでいく怪事件。銃弾の存在しない銃撃によって命を落とした者、日本に存在しない生物の毒を盛られて命を落とした者、何の変哲もない和室のど真ん中で溺死した者、外傷が見当たらないのに動脈だけを切断された者、中世の拷問を受けたらしき傷跡を残して死んだ者。他にまだまだあるけど一々覚えていられない。


 とにかく沢山だ。サチの元カレが亡くなったのを皮切りに、日本全国で色んな人が日本では中々お目にかかれないようなやり方で無惨に殺されている。そういえば去年から今年の上半期にかけては例年に比べて交通事故の件数が爆増していたのに、これらの怪死事件が起きてからは交通事故の件数も軒並み例年並みに下がったという意見もテレビで紹介されていたっけ。中には科学的に実証しようのない死に方をした人も多く、それこそ魔法でもない限りこんな死に方はあり得ないと専門家の人が見解を述べていたのを覚えている。


「物騒な世の中になったよなー」


 私はため息混じりに率直な感想を述べたものの。


「……そう? 平和になってると思うけど」


 トヨリの口からは私とは正反対の意見が述べられた。


「は? 何言ってんだよ。これのどこが平和だって……」


 だから私は振り返った。アホな事を口にするこいつを叱りつけようと、大声で怒鳴るつもりで息も大きく吸い込んだ。……でも。


「……平和じゃん。だって被害者の人って、ガラの悪い人が多いんでしょ? ……きっとあるんだよ。デスノートみたいな本が。この世のどこかに」


「……」


「……マジうける」


 まるで被害者を嘲笑っているような醜悪な笑みを浮かべるトヨリを見て、思わず出かかった言葉が喉の奥へと追いやられてしまった。


「……みほりちゃんが私の事をどう思うかは勝手だけど……それでも私は私みたいなポンコツの命が世界で一番軽い命だと思ってる。……でも、その次に軽い命は間違いなくこの被害者みたいな……クソみたいな人達の命だ」


 はっきり言おう。それは私が一番嫌いなトヨリの表情だと。面白くもないくせにニヤニヤ笑みを浮かべ、何もかも悟ったようなつもりで話しかけてくる。嫌いで嫌いでたまらない。


 だからそれはほぼ無意識な行動だった。気がついたら私は手を伸ばしていたんだ。親指と人差し指で輪っかを作りながら腕を伸ばし。


「……誰の役にも立てない私も。……誰かに優しくなれないこいつらも。みんな死ねば」


 そしてトヨリの額にデコピンをかましてやった。


 乾いた音さえならない弱々しいデコピンだった。私は運動が嫌いだ。筋肉とかクソ喰らえだと思っている。そんな私の腕力から放たれるデコピンなんてこれが精一杯。文字通り蚊に刺された程度の威力しかないだろう。でも、トヨリが私に暴力を振るわれたと自覚させるには十分過ぎる威力だった。


「……何でデコピンしたの?」


 トヨリが呟く。私の嫌いなあの笑顔を辞め、私を責めるように、不機嫌そうに呟いた。


「……私、みほりちゃんに何もしてないはずだけど」


 それはきっと喧嘩の事を言っているのだろう。私はこいつの目の前で宣言している。トヨリが望むなら、トヨリの言う通りに私の体を痛めつけてやると。その代わり、痛めつけ終わったらその痛みをそっくりそのままトヨリに返してやると。


 だからトヨリにはこのデコピンの意味がわからないのだろう。私はそんなアホのトヨリに代わって、このデコピンの意味を教えてやった。


「した」


「……は?」


「したんだよ。言葉の暴力。今の一言で私は傷ついた。だからやり返した」


 トヨリの表情がより一層険しくなった。それでも私には引けないだけの言い分があった。


「自分の命をポンコツとか言うな。どんな嫌な奴でも死んだ方がいいとか言うな。死んでいい命なんてねえよ。お前だってそうだ。お前が死んだら私は悲しむ。おっさんに至っては私の何億倍も悲しむぞ。この事件の被害者だって、きっとそう言う人間はいるはずだ。ってか明らかに何も悪くない人間だって殺されてんじゃねえか!」


 私はサチの元カレ夫婦の事を思いながら反論する。


 ……まぁ、反論したとは言えだ。正直、私だって人の事は言えない。だって私もかつては人を殺そうと思ってしまった事がある。一学期の頃、授業参観で恥をかかされ、心の底からダイチを憎んだんだ。あれは本当に衝動的な気持ちだった。今思えばあんなつまんない理由で人を殺そうとか、本当どうにかしてたよあの頃の私は。


 でも、世の殺人事件のほとんどは大体がこういうくだらない衝動の延長で引き起こされるんだと思う。冷静になれば殺す程でもないのに、勝手に体が動いてしまうんだ。


 きっとトヨリもその衝動に近い何かを抱えているだけだと思った。冷静に考えれば分かるはずなんだ。自分の命の重さも、他人の命の重さだって。だから私はデコピンを持ってトヨリの意見に真っ向から立ち向かったけれど。


「だからもう言うなよ。そういうの」


 でも、本当にこうするべきだったのかって。今になって後悔し始めた自分がいた。せっかくこいつとゲームし合えるだけの仲になったんだ。それなのに私はトヨリを否定してしまった。また以前のような関係に戻ってしまっても文句は言えなかった。だから。


「……わかったよ」


「……」


「……ごめん。もう言わない。この話もここで終わり。……それでいい?」


 トヨリが渋々ながらもそう言ってくれた時は本当に嬉しかった。本当に嬉しかったから。


「……トヨリ」


「……ん? 何?」


 私はトヨリを抱きしめた。


「……な、何? ねぇ、本当に何……?」


「好きになった!」


「……はぁ?」


「昨日は蚊を助けてたお前を見て、ちったあ優しい所もあるんだなって少しだけお前の事が好きになった。……でも、なんか今はめちゃくちゃお前の事が好きになってる。多分、今日からはお前に何をされても、何を言われても、少しも嫌いにならない自信がある!」


 後悔の反対ってなんて言うんだろう。あの時あーしておけばよかった気持ちの反対。あの時あーしておいてよかったと安心するこの気持ち。その気持ちを一つの単語で言い表す語彙力なんて私にはないけれど、今の私は紛れもなくそんな気持ちで胸がいっぱいだった。


「トヨリ。実はあと少しなんだ」


「……何が?」


「お前の最初の願いを叶えてやるまでだよ。思う存分期待して待ってろ。お前が泣いて嫌がるまで美味いもん食わしてやるからな」


 あの魔法を練習しておいてよかった。心の底からそう思った。


「……みほりちゃん」


「なんだ?」


「……みほりちゃんってさ」


「うん」


「……つい痩せてるように見えちゃうけど、結構着痩せするタイプだよね」


 私に抱きしめられながら私の腹を摘むトヨリを思わず殴ってしまったのはノーカウントという事にしてもらった。

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