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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第二章 天使と喧嘩する魔女
142/369

二人のフランケンシュタイン

天使と戦う話 1/5

 ◇◆◇◆


「……」


「……」


 俺は幻でも見ているんだろうか。教室の扉を開けて早々、一学期の時点では決してあり得なかった光景が飛び込んで来たせいで動揺が隠せない。


「うおおおおおお⁉︎ 強い強い強い強い無理無理無理無……だあああああああっ⁉︎」


 タロウの席……まぁ俺の後ろの席なんだけどさ。なんか人で溢れている。男子がタロウの席に集まって腕相撲大会なんか開いてんだ。


「何あれ?」


 俺は登校中にたまたま鉢合わせて、そのまま一緒に教室まで来た有生に訊ねてみた。いやまぁ、何あれとは聞いたけどさ。一応大まかな事情は知ってるよ。有生の誕生日パーティーで有生が言ってたじゃないか。夏休みの間、タロウは数多くの学校行事に参加しながら着々と人脈の輪を広げていってるって。とは言え俺が最後に見た学校でのタロウと今のタロウの様子のこの違いは……。


「はっ。知るかっつうの」


 有生は己の不機嫌さを微塵も隠そうとはしない攻撃的な視線をタロウに送った。


「それとダイチ。お前ちょっとしゃがめよ」


「は? 何で?」


「いいから」


「……」


 なんだろう。絶対俺にとってよくない事が起きるのは目に見えている。それなのに有生の前で素直にしゃがんでしまった自分の行動がとても腑に落ちなかった。


「殺すぞ胃潰瘍っ‼︎」


「いってえ⁉︎」


 案の定、後頭部を有生にぶっ叩かれた。


「何だよてめえいきなり⁉︎」


「うっさい! お前のせいで昨日は恥かいた上に810円まで無駄にしたじゃねえかバーカ! バーカバーカ‼︎」


 語彙力皆無の悪態を吐き散らしながら自分の席へと戻って行く有生。めちゃくちゃ痛い。殴られた後頭部がどうのこうのと言うより、俺が有生に黙って殴られる姿を不思議そうに見つめて来るクラスメイトの視線がとにかく痛かった。


 クラスメイトの奴らは知らない。俺が入院したあの日から、俺はほぼ毎日有生と顔を合わせている事を。クラスメイトの中に残る最後の記憶は、俺が有生とタロウにちょっかい出してた辺りで止まっているんだ。


 ぼっちの有生に黙って殴られるいじめっこか。そりゃあさぞかし不思議な光景だったんだろうな。……と、その時。


「あ?」


 思わず間抜けの声が漏れてしまった。当然だ。こんな俺の姿を見ていたタロウが唐突に腕相撲大会を中止し、俺の側まで歩み寄って来たんだから。俺の隣に腰を下ろし、肩を組んで来たんだから。タロウは他のクラスメイトに聞こえないよう、小さな声で俺に耳打ちをした。


(みほりちゃんになら殴られても逆に嬉しくなるよね)


「……」


(わかるよ)


「……」


(わかる)


 俺の肩をポンポンと叩き、首も二回程縦に振りながら頷くタロウ。それだけ言い残すとあとはもう用済みだと言わんばかりにタロウは自分の席へと戻って行き、再び腕相撲大会を再開した。そのすかした態度に、俺の中の闘争心が久しぶりに燃え上がる。


「香坂、国木田。ちょっと代われよ」


 俺は次のタロウの対戦相手として並んでいた香坂と国木田を退かして最前列へと割り込んだ。タロウの奴、一対一じゃ相手にならないからか二対一の腕相撲なんかやっていやがる。おまけにタロウが机の上に乗せているのは手のひらじゃなくて小指だ。小学生男児が相手なら二対一でも小指一本で十分ってか?


「やろうぜ。タロウ」


 俺は香坂と国木田を押し退いて机の上に右手を乗せた。


「別にいいけど順番は守ろうよ」


「体力消耗したお前に勝っても意味ねえんだよ。お前らもいいよな?」


 ギャラリーであり対戦相手候補でもある後列のみんなに聞き返すと、こいつらも全員が快く頷いてくれた。


「そういうわけだ。やろうぜ?」


「わかった」


 タロウが自分の小指を俺に差し出す。……が。


「待てよ。それやめろ。お前も本気で来い」


 そのハンデは俺には無用だった。こいつにはしっかり手のひらを使って正々堂々俺とやり合って貰わなきゃつまらない。


 俺の注文を受け入れ、タロウは手のひらで俺の手のひらを握った。細い腕、細い指。タロウの顔立ちも相まって俺には到底これが男の腕には思えない。けれど俺はこいつの規格外の底力を何度も目の当たりにしている。五月頃はタロウ本人や有生にちょっかいを出す度に、この細腕に軽くいなされた。六月はタクちゃん含む中学生三人を相手にこいつは無双しやがった。正直、俺にはこいつが人間だとは思えねえよ。


「行くぞ。三、二、一」


 開戦の合図を皮切りに、俺の全体重を乗せた全力の圧を右手にかけた。……が。


 勝敗が決するまでに要した時間は三秒もかからなかった。駆け引きも接戦も存在しない、それこそ秒殺と言い表せる程の呆気ない勝負だ。ギャラリーからの歓声がうるさい。そんなに珍しい試合結果だろうか。……まぁ、珍しい試合結果だったんだろうな。


「本気で来いっつったろ」


 手の甲を机にくっつけていたのはタロウだった。俺はタロウを……、二対一の腕相撲を小指で圧勝するような化け物を秒殺してしまったわけだ。こんなに不服な試合があってたまるかっての。俺は本気で戦うという事前の取り決めを破ったタロウを責めるように睨みつけながらそう言ったものの。


「本気だよ」


 タロウから返って来た答えは予想外のものだった。


「こんなもんだよ。僕の本当の力なんて」


 タロウは言い訳でもするように淡々と俺の不満に答えてくれた。ただでさえ感情の読み取りにくいタロウの事だ。俺にはタロウの言葉が真実なのか嘘なのかを判断する術がない。でもどうしてだろうな。


「この体の本来の力なんて」


 その時ばかりは、何故かタロウが嘘をついているようには思えなかった。そんな朝の出来事だった。





 ◇◆◇◆


 私は昨日約束をした。明日になったらトヨリについての詳しい話を聞かせてもらうって。間違いなくタロウとそんな約束を交わしたはずだった。でもきっとその約束が果たされる事はないのだろう。だって壁が見える。私とタロウの間に、透明だけれどしかし決して破れる事のない分厚い防弾ガラスの壁が。


 話には聞いているよ。他でもないタロウ本人から聞いている。タロウのやつ、夏休みの学校行事には全て参加していたそうじゃないか。私はもちろん全て不参加だ。自由参加と言う名の強制参加には屈せず、キャンプもラジオ体操もプール開きも夏祭りもことごとく不参加とさせてもらった。その結果がこれかよ。


 タロウの奴、特に人手不足気味だった夏祭りでは大活躍だったそうだな。大人十人分の肉体労働を一人でこなすもんだから保護者会の皆からも大好評。テントの設営とかも一人でこなしたせいでその馬鹿力が話題となり、朝のような腕相撲大会が開かれる事になったんだろう。


 だからまぁ、あれだ。無理だろ。あの人混みを掻き分けながらタロウに話しかけるとか無理だろ。いやまぁやろうと思えば出来ない事もないけど、そんな事したら周りの連中から「何だこいつ?」って視線を向けられるじゃん。それがマジで無理だわ。給食を齧りながら目の前のタロウを睨む。


 二学期最初の給食は白身フライのタルタルバーガーと野菜シチューだった。可もなく不可もない、美味いか不味いかなら間違いなく美味い部類だけど、唸る程美味いかと言われればそうでもない平凡な味。


 幸運な事に周りの連中と席をくっつけ合う給食中は、タロウの元に他の生徒がやって来る事もない。なら今こそタロウに話しかける絶好の機会なのかも知れないけれど、しかしそれも私の斜め前の席に鎮座する胃潰瘍のせいで台無しだった。


「あー、見た見た。でも俺的に木曜バラエティってあんま笑えないんだよな。だって水ダウの翌日じゃん? プレバトの浜田もモニタリングのドッキリ内容も前日と比べるとなんかいい子ちゃん過ぎてよー」


 胃潰瘍が給食を食べながらクラスメイトと和気藹々と喋っている。要するに賑やかなんだ。胃潰瘍のせいで周辺の席が賑やか過ぎるんだ。こんな中ボソボソとタロウと二人で話すのって……なんだろう。凄く恥ずかしい。逆に目立つだろ、そんなの。結局私は給食の時間も黙々と食べるだけで何一つ話は進展しないまま……になるかと思われたが。


「有生も見たか? 昨日のモニタリング」


 胃潰瘍ことダイチくんが私に話を振って来やがった。これで何度目だろう。休み時間も、二十分休みも、こいつは事あるごとに寝たフリをしようとする私に話を振って来るんだ。中々私の事を一人にさせてくれようとしてくれない。


「……いや。見てない」


「そうなん? 珍しいな。お前バラエティとか好きじゃん」


「ケンミンショー見てたんだよ。モニタリングは帰ってから録画したの見るから」


「マジ? あ、悪い。もしかしてネタバレになったか?」


「……別に。お前の話とか聞いてねえし」


「なんだよ、そっけねえな」


「……」


 素気ない、とか言われてもな。これが私とダイチの元々の関係だ。ダイチが入院してからは私も少し馴れ馴れしく接していた所もあるけど、あのノリは学校の外だったからこそ出来るノリだった。今の私にあのノリは……。


「ダイチ、フランケンと何かあった?」


 そんな私とダイチのやり取りに違和感を覚えたのだろう。隣の男子が私達の会話に割り込んでくる。こいつは珍しく私が名前を覚えているクラスメイトだ。和泉チサト。ダイチの病室にはいついかなる時も見舞い品の菓子が常備されてあったけれど、その多くが菓子メーカーに勤めている父親を持ったこいつからの寄付である。かつてはダイチと一緒にタロウにちょっかいを出していたし、悪目立ちをすると言った意味でも私はこいつの事を知っていた。


 和泉が話に割り込んで来るのはどうでもいい。私としても今のダイチのノリには少しばかりの居辛さを感じているし、むしろ会話に割り込んでくれてありがとうと言いたいくらいだ。……ただ。


「前の父ちゃんにボコボコにされてた時も現場にフランケンが一緒にいたんだろ? お前ら仲良いの? さっきも黙って殴られてたし」


 会話に割り込んでくれるのは大歓迎だけど、その話題だけはどうにかならなかったものか。余計居辛くなるじゃねえか、こんなの。それはダイチも同じ気持ちだったようで、ダイチは気まずそうに頬をひくつかせながら答えた。


「……あー。どうだろ。どう思う? 有生」


「はぁ⁉︎ 私に振ってんじゃねえよボケ!」


 しかしそれは私に全てを丸投げするという最低最悪な行為。気まずそうなダイチの表情が、私の怒声を浴びてより一層気まずそうに歪んでいった。


「まぁ、そう言う事らしいから。実際どうなんだろうな? 俺にもよくわかんねえわ」


 結局ダイチはそんなどっちつかずな当たり障りのない答えを返したものの。


「わかんねえけど……。んー……。まぁ、そこそこ仲良いんじゃね?」


「……」


 ただ悪い気はしない答えだなーって。そう思った。


「それよりミッチ。そのフランケンってやつ、もうやめにしねえか? ミッチだけじゃなくて他のみんなもさ。見ろよこれ」


 そう思った矢先、ダイチが徐に自分の服を捲り出す。その行動の意味はダイチの体にとてもわかりやすい形で刻まれていた。


「俺の方がよっぽどフランケンだし」


 困ったような笑みを浮かべるダイチ。そういえば毎日のようにダイチの病室に通い詰めていた私だけど、あいつの肌を見た事って殆どなかったな。こんな風になっていたのか。ダイチの体って。


 ダイチが服を捲り上げて肌を露出させた部分は大きく二箇所。鎖骨の部位と右腕の前腕部だ。ダイチはTシャツの下にアンダーアーマーを着ていた。てっきり日焼け対策としてそれを着ているものだと思っていたけれど、この時初めて私はそれが手術痕を隠す為に着用していたものだと知る。


「足の傷もすげえぞ。外側から金属の棒ぶっ刺して骨を固定してたからな。見るか?」


 続けてダイチは足の傷も大衆の面前に晒そうとしだしたものだから。


「いや、いい……」


 流石の和泉もそこまで見たいとは思わなかったのだろう。遠慮気味にダイチの提案を突っぱねた。

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