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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 魔女と心臓の止まる天使
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弱い程強くなれる国

天使と出会う話 7/7

 拡張型心筋症。心臓が風船のように膨らむ事で心臓の筋肉が薄くなり、血液を送り出す為の十分な拍動が出来なくなる病気。胃腸炎でも胃潰瘍でもなく、ましてこの病気をキャベジンで治そうとかバカにしているにも程があるらしい事を私はトヨリから教え込まれた。


「……みほりちゃんって馬鹿なんだね」


「違う! 私は胃潰瘍だって勘違いしていただけだ!」


「……胃潰瘍をキャベジンで治そうとしているのも十分馬鹿だよ」


 ふわりと私の頭にトヨリの腕が絡みつく。トヨリは自分の胸に埋まる私の頭を、小動物でも愛でるように優しく抱きしめた。


 不思議な感覚だった。さっきまではトヨリに触られる度に不快感が全身を駆け抜けていたのに、何故かこれはそこまで嫌じゃない。それどころかトヨリの低い体温が真夏の火照りをほぐしてくれて心地よいまである。なんならこのままこいつを誘拐して、夏の間私の抱き枕にでもしてしまいたいくらいだ。これもトヨリやフクのような人が持つ、動物に懐かれ安い性質の一つなのだろうか。


「……冷たいでしょ? 私」


「冷房のせいだろ」


「……違うよ。体はね……暖められた血液が全身に行き届くから暖かいんだよ。でも……私のポンコツな心臓じゃろくに血液も送り出せない。……だから健康な人より……少しだけ体温が低いの」


「……そうなのか。なんかごめん」


「……いいよ。別に」


 気がつくと私の瞼は閉じていた。心地良い。すごく心地良くて、何より気持ちがいい。トヨリに抱かれたまま眠る事が出来ればどれだけ快適な睡眠を味わえるだろう。看護師からもタロウからもトヨリに近付かないように釘を刺されているのに、ここから離れたくないと思ってしまう自分がいる。だからその電子音は、まるで私を帰らせる為の警告音のように思えた。


 二度目の電子音の出所は私のスマホではなく、備え付けのテーブルに置かれた一台のノートパソコンから鳴り出した。私はパソコンを持っていないからそこまで詳しくはないものの、現代社会で長年生きた経験からそれが呼び出し音である事はなんとなく察する事が出来る。


「……それ。とって」


「え? ……あ、おう」


 トヨリの抱擁から解放された。私はコール音が鳴り終える前にパソコンをトヨリの前まで持っていった。


「ビデオ通話か?」


「……うん。多分パパから」


「げっ!」


 トヨリの前にパソコンを起き、すぐにパソコンに取り付けられたカメラの外へと身を隠した。犬の散歩中のおっさんと出くわしたあの日以来、どうも私はあのおっさんの事が苦手になってしまったらしい。面会謝絶中のトヨリの元に私がいると知られたらどうなる事か……。しかし。


「……もしもし。パ……」


 一瞬だけ笑顔の仮面を外し、素顔の笑顔を浮かべかけたトヨリ。だがその口はすぐに固い一の字へと結ばれてしまう。その原因はパソコンから鳴った通話相手の声にあった。


『トヨリ? 見えてるかな? 明日からの暇つぶしに持ってきて欲しい物があったら言ってよ』


「タロウ?」


 通話相手がタロウのおっさんでない事を知り、私は安心してカメラの前へと姿を現す。パソコンからはタロウの声が聴こえて来たものの、ビデオ通話の画面に映し出されているのは、私でも知っているような古い名作映画や名作アニメのDVDが並んだ棚の映像だった。レンタルビデオ屋には見えないし、タロウの自宅だろうか。


『……みほりちゃん。まだ帰ってないの?』


「あ、いや……まぁ色々あってさ。今度はガチで帰るよ。今度の今度こそ絶対」


 そこで画面の映像が百八十度回転し、カメラにはタロウの顔が映し出された。心無しか私に対して呆れているような気がする。私は苦笑いを返すしかなかった。


『みほりちゃん。トヨリは昨日から食事をする度に吐き出しているんだ。あまり表情に出さない子だから平気に見えるかも知れないけど、トヨリの体には相当な負担がかかっている。お願いだから出来るだけ早めに』


「わかった! わかった! わかってる! 本当ごめんな? マジでごめん! すぐ出てくから!」


『わかってくれたならいいけど。あー、でもその前にトヨリを写してよ。もし明日ICU行きになるなら、暇つぶしになる物を持って行ってあげたいし』


「おう、わかった。おいトヨリ、お兄ちゃんがお呼びだぞ?」


 私はすぐにカメラの前から体を退かしてトヨリを写してやる。しかしタロウの事をあれだのそれだのと呼ぶトヨリの表情は相変わらず虚な笑顔で固まっていた。サチとフク、ダイチとアキ。私の知る兄弟はとても良好な関係を築いていると思うけど、この二人は……。


 ここまで嫌悪感を隠さないトヨリがタロウとどう接するのか、気にならないと言えば嘘になる。それはよくも悪くも好奇心という感情の延長なのだろう。


『調子はどう?』


「……凄くいい。すぐにでも楽になれそうだよ」


 でも、延長され過ぎた私の好奇心は既に心配の域に達していた。二人の会話に暗雲が立ち込める。


『何か持って来て欲しい映画やアニメはある?』


「……わんこに会いたい。連れて来てよ」


『無理だよ。わかってるでしょ?』


「……じゃあ美味しい物が食べたい。……ポテチとか、プリンとか。持ってきて」


『それも無理。あまり意地悪な事言わないで』


「……なんだよ。使えねえ人形だな」


 会話を聞いた感じ、二人の兄妹関係はお世話にも良いものとは言い難い。私には気になる事が山程ある。タロウとトヨリの兄妹仲について、トヨリの患う病について、更には霊感らしき物を持つトヨリ本人について等、それこそ挙げればキリがない。


 とは言え私はタロウから二度も警告を受けた身なのだ。ここはトヨリの安全を第一に考え、素直に退散して詳しい話は明日学校でタロウから聞くべきなんだろう。そうするべきなのはわかっているんだけど……。


「てめえこそなんなんだよ。さっきから口が汚ねえぞ」


 せめてトヨリが私の前だけでもお利口な演技をしてくれれば、私は間違いなくそうしていたはずなんだけどな。


『みほりちゃ』


 私はノートパソコンを畳み、三人の話し合いを二人の話し合いへと持ち込んだ。


「あいつが気味悪いのはわかる。私だって会ったばかりの頃はそう思った。でもお前知ってんのか? あいつ、小学生の分際で身分偽って働いてんだぞ。お前の治療費の足しにする為に」


「……へー。そうなんだ。知らなかった」


 驚いたとでも言わんばかりの口調でトヨリは呟いた。けれどそれはあくまで口調に限った話。トヨリの顔面には、相変わらず無表情と無関心の笑顔が貼り付けられている。


「……あれ、私に秘密でそんな事してたんだね。今知ったよ。……知ったけど、まぁぶっちゃけ知ったこっちゃなくない?」


 きっと、こいつの中でタロウと言う存在はどこまでもただの他人でしかないのだろう。いや、なんなら他人扱いされていればまだ良い方なのかも知れない。精霊を視認出来るトヨリにとって、タロウの存在は正に化け物そのものだ。


 逆の立場で考えてみた。見ず知らずの化け物が私の為に何かをしてくれたとして、私はその化け物の好意を素直に受け止める事が出来るのか。答えはノーだ。化け物の姿形が人間に近ければまだわからないけれど、例えば巨大化した虫やゲームに出てくる禍々しいモンスターだったら、私はきっと彼らを嫌悪する。彼らを親切心諸共拒絶したくなるに違いない。


 肥大化した精霊は姿と形を手に入れる。動物のような姿だったり、怪獣のような姿だったり、妖怪のような姿だったり、幽霊のような姿だったり。トヨリの目にタロウの姿がどのように写っているのかはわからないけれど、もしも悍ましい怪物のような姿で視認されているのなら、そりゃあ拒絶だってしたくもなるのだろう。


「……あれ、なんとかなんないかな。しょっちゅうお見舞いに来てウザいし。……そうだ、みほりちゃん。あれの正体を知ってるなら教えてよ。それで一緒に言いふらそう? ……あれって絶対に人間と暮らしちゃいけない奴だよね。……追い出そうよ。二人で」


 だから私にトヨリの気持ちを否定する資格はない。トヨリの意思を否定していいのは、化け物からの好意を偏見を持たずに受け止められる奴だけだと思うから。


「嫌だ。お前にタロウがどんな風に見えているのかはわかんねえけど、私にとっては友達なんだぞ」


 でも、私の目にはタロウの姿が化け物には映らない。映りようがないのだ。タロウを化け物と認識出来ない私には。タロウを友人として認識している私には。こいつの提案は受け入れられない。……いや、仮に私もトヨリと同じようにタロウが化け物に見えていたのだとしても、きっと私はトヨリの提案には賛同しなかったはずだ。こいつと話しているとそんな気がしてならない。……だって。


「つうかタロウの正体を教えてじゃねえよ。私に質問しない約束はどうした?」


「……そんな約束知らない。どうでもいい。……あ、じゃあこう言った方がいいかな。教えてくれないなら、みほりちゃんの事を大人達に言いふらす」


「それやめろよ」


 なんか私、個人的にこの女の事が気に食わないと思い始めている。


「私言ったよな? 私には後ろめたい事がいくつもあるけど、でもそれはお前とは何の関係もない事だって。それはどうしても人に言いたくない私の個人的な問題だって。ちゃんとお前に言ったよな?」


「……あー。言ったね」


「なら脅迫なんかしてんじゃねえよクソ野郎が。何様だてめえは?」


「……別に何様でもないけど。……強いて言えば弱者様?」


 この気持ちはなんだろう。怒りの一種である事は理解出来るけど、具体的な感情の名前が思い付かない。二年前、生まれて初めて人に殴りかかった時。アイスとの一件の時とはまた違った感情だ。アイスとの一件ではまだ仲良くなろう、我慢してみようと自分を律する気持ちが私の中にはあった。それはきっとアイスの行動の一つ一つに悪意が込められていなかったからだ。


 アイスにとって、私にして来た嫌がらせ紛いの行動の数々はただのイタズラに過ぎなかった。ただのイタズラであり、冗談の延長なのだから当然私も共感し、自分と一緒に笑ってくれるのだと思い込んでいた節がある。私がたまたまその冗談を受け入れられない子供だっただけで、アイスからしたら本当にただのじゃれあいをしているつもりでしかなかったんだ。


「……怒った? ブサイクな顔。まぁ、怒ってなくても気持ち悪いけど。……何その酷い顔の傷」


 でも、こいつは違う。こいつの一挙手一投足には絶え間ない悪意が込められている。笑顔で私を煽るこいつを見ていると、その事がより一層実感出来た。ある意味アイスより分かりやすくて清々しい。ここまで清々しいともはや気持ち良さまで感じるね。こいつに対する私の思いは、無意識に込められた拳の力強さが何よりも分かりやすく物語っていた。


 私はこいつの笑顔がムカつく。


「……何? その手。……殴りたいの?」


 どこまでも人を舐めきったその態度もムカつく。


「……私、日本って好きだな。弱ければ弱い程……強くなれるもん。私には沢山の支援団体がついてるから……病人の私を殴ったら、みほりちゃん大変な事になるよ? みほりちゃんだけじゃなくて……みほりちゃんの家族にも迷惑がかかるよね。……あー、違う。子供の責任って親が取るんだっけ。……じゃあ、迷惑がかかるのはみほりちゃんのご両親だけだ」


 人の嫌がる言動を逐一選びながら軽々しく言ってのけるその腐った根性もムカつく。


「……勘違いしないでね? 私はあれがキモいから……嫌いなんじゃない。人外のくせに……人間のふりをしているから気に食わないの。……私、人間の方が嫌いだもん。……特に怒ったりする人間は最悪。人間は理性があるから人間……なんだよ。……理性がないなら……今すぐ服を全部脱いで、動物にでもなればいいんだ」


 こいつの全てがムカつく。


「何が言いたいんだよ」


「……つまんねえ事で一々怒るなっつうの。猿かお前は」


 トヨリは言いたい事を全て言い切ったのだろう。もう私には用済みだと言わんばかりにそっぽを向いて不貞寝をかました。


「……帰りたいんでしょ? 帰れば?」


 トヨリの言う事に間違いはなかった。私はこいつに正体を見破られるリスクが怖くて怖くてたまらない。この病室に入ってから今に至るまでの数分間で何度逃げたい、帰りたいと願った事だろう。けれどその気持ちでさえこいつに指図されると癪にさわって仕方がなかった。


「……帰ったらあれにもよろしくって言っておいてよ。あと、二度と病院にも来るなって……ね」


 しかしトヨリがそう呟いた時には、私は既に部屋の出入り口にまで足を運んでいた。こいつに指図されるのは癪だけど、どの道私はさっさと帰るつもりだったんだ。だったらこれは利害の一致じゃねえか。でも、ここまで言いたい事を言われまくってそのままバイバイってのも腹が立つから。


「くたばれクソガキ」


 私は最後にその一言だけはきっちり言い残して病室のドアを閉めた。

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