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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第五章 子供を産めない体
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報酬

「ほらよ」


 テーブルにケーキと紅茶を置き、タロウが座るソファに私も腰掛ける。時計を覗くと時刻は午後四時。嘘みたいだ。タロウの圧倒的怪力のおかげでたったの三十分であのゴミ山が片付いたんだな。


「今日はありがとな。お前すげえよ、めっちゃ便利な体してんじゃん」


「そう?」


「あぁ。それにこの二日間だって私に言われた通り、クソダイチ共がちょっかいかけて来たらしっかり逆らえていたろ? お前は素直過ぎるだけで要領自体はいいんだ。一年と言わず夏までにはこの世界に馴染めるようになるさ」


 私は基本誰かを褒めたりはしない。褒めたくなるような親しい友人はいないし、仮にいたとしても褒めるって要するに相手は優秀って事だろ? 私は自分より優秀な人間を見るとぶち殺したくなるからやっぱり人を褒める機会には恵まれようがない。そんな私が人ではないとは言え、誰かを褒める日が来るなんて。


「……私と違って」


 ほぼ全校生徒に頭を下げてもなお友達を作れなかった自分を卑下してまで誰かを褒める日が来るなんて。


「お前とも折角友達になれたのに、結局友達らしい事は全然出来なかったな。私はもう、あとはサチにバレないようにこっそり帰るだけだ。一足先に帰ってるから、いつかあっちで会う機会があったらそん時は遊ぼうな?」


「こっそり?」


 私の言葉に何か引っかかるものでもあったのだろうか。タロウは疑問を呈する。


「普通の人はこういう時、お別れの挨拶をするものだと僕は記憶している」


 それはタロウなりに記憶したこの世界の常識に纏わる知識だった。これから感情を覚えていくこいつにはまだ理解出来ないか。


「タロウ。お前、自分が死んだらどうなるか考えた事あるか? 私はしょっちゅうあるよ。で、寝るタイミングにこんな事を考え出すと息が出来なくなるくらい怖くなるんだ。死んだ後は何も残らない。じゃあ何も残らないってなんだ? 今まで感じて来た楽しいや悲しいを全部忘れちまって、新しく何かを考えたり感じたりも出来なくなる? それが永遠に続く? 怖くて怖くてたまんねえよ」


 ふと昔の事を思い出した。サチと良好な関係を築けてた頃の思い出だ。いずれ来る死が怖くて怖くてたまらなった私に寄り添って、私が落ち着くまで抱き締めながら子守唄を歌ってくれたサチの、そんな思い出。


「中には人は死んでも記憶を失って生まれ変わるって奴もいるけどさ、だからどうしたって話だと思わね? 記憶がないならそれはもう私じゃない。生きるって言うのは覚えてるって事なんだよきっと。だから記憶を消されるっていうのは殺されるも同然なんだ。めちゃくちゃ怖い事なんだ」


 サチは言っていた。私も子供の頃はよくそう言う事を考えながら震えていたと。その度にお母さんに甘えて恐怖を和らげていたと。かつてサチがそうされたように私にもそうしてくれたんだろう。……でも、反対に私はサチにそうしてやる事は出来ない。だから。


「私はいいんだ。魔界に帰ってもサチの事を覚え続けていられるから。……でもサチは違う。私の記憶を消される怖さ、私の事を知らない新しい自分に生まれ変わる怖さ。タイムリミットまでそんな怖さを抱えて過ごす事になるんだぞ? ……そんな残酷な事、したくない」


 だからいつも通りでいいんだ。いつものように過ごしたいんだ。


「私はサチが大好きだから」


 この世界の誰よりもサチが好きだって断言出来るから。


【帰り支度はもう済ませたのか?】


 似合いもしないしみったれた雰囲気に嫌気でも差したのか、話を区切るようにメリムが話しかけてきた。


「帰り支度? ないだろそんなの。明日着る服とお前で全部だよ。あ、でもSwitchは持っていきたいかも」


 呆れるようにわざとらしく【ハァ……】とため息アピールを本に浮かばせるメリム。


【どうせ最後はお前の痕跡ごと処理されちまうんだ。消される前に思い出になるもんの一つか二つ、持ってってもいいんじゃねえか?】


「思い出になるもの?」


【色々あるだろ。例えばアルバムとか。母ちゃんにでも見せてやれよ。そんな事にも頭が回らないからお前は馬鹿なんだよアホガキがよ】


「アルバム……」


 そういえばあの一件から滅多に撮らなくなったけど、それより前は事あるごとに記念写真ばっか撮られたもんだな。デジタルにはない風情があるってわざわざ写真にして本に纏めてたっけ。


 そっか、この世界から私のいた痕跡が消されるって事は当然そういった写真も消されちゃうんだよな。あのアルバムを世界で一番必要としているのは間違いなくサチなんだろうけど、どうせ処分されてしまうのなら……。


「……そうだな。ありがとう、メリム」


 悪態ついちゃいるけど私の人生で一番長く付き合ってるやつだ。お母さんに見せる為とか言っときながら、本当は私が向こうで少しでも悲しまない為にそう提案したんであろう事はなんとなくわかった。私はタロウをリビングに残してサチの部屋へと足を運んだ。


「んー? ないなー」


 サチの部屋に入り本棚を物色する。私の部屋と違って足の踏み場しかないほど綺麗に整理された部屋を見る度、私は本当にこの人に五年も育てられたのか疑問に思う。五年も育てられておきながら私はちっともサチに似る事はなかった。


 本棚を含めざっと部屋中に視線を向けるも目当ての物は見当たらない。昔はたまに一緒にアルバムを見ていたし確実にこの家のどこかにはあるはずなんだけどな。となると……。


 私は押し入れに目を向ける。この家のどこに立ち入る事も許されている私が唯一開けることを禁じられている場所。『どのお部屋も好きに使っていいけど、ここだけは開けないでね? お店との契約書とかお客さんの個人情報とか色々大事な物が入ってるから』と、ここに来た初日に刺された釘を今日の今日まで守り続けていた、そんな場所だ。


「……まぁ、書類とか出てきても散らかさなきゃ大丈夫だよな」


 私は襖に手をかけた。


 初めて見る襖の中を見た感想は至って普通の押し入れだなー程度だった。厚めの布団や炬燵など今の時期は使わない家具が収納され、一時期サチがハマっていたダイエット用の運動機器なんかもしまわれた典型的なまでに普通の押し入れ。他にも複数の段ボールや衣装ケースなども積み重ねられていて、サチが言ってたそれっぽい書類は本当に数えられるくらいしか存在しない。


「お、重い……」


 段ボールや衣装ケースを一箱ずつ引っ張り出す。タロウにも手伝わせたい所だが、アルバムが出てきたとしてその中身をタロウに見られるのはなんか嫌だったから頑張って一人でやる事にした。一箱一箱、綺麗に積まれたブロックを引きずり出す逆テトリスに苦戦しながら十分くらい経った時だろうか。


「ん?」


 コト、と。厚手の紙のような物が床に落ちたような不穏な音が押し入れの奥から響いてきた。私は思わず冷や汗をかく。


「おいおい、もしかしてなんか大事な書類落ちたんじゃね? やば」


 私は慌てて荷物の山を掻い潜り、音の正体を探るべく押し入れの奥へと入り込んだ。こういう時ばかりは周りより二歳幼いこの小さな体躯に感謝したよ。


 箱と箱の隙間に腕を突っ込み、押し入れの奥の壁に指が当たった。と言うことは落とした何かはこの下にあるはず。少し無理な姿勢を取りつつも、関節をいい具合にに捻じ曲げながらより奥へと腕を滑り込ませる。すると指先に、押し入れの壁では何かが当たる感触が宿る。


「……」


 気のせいだろうか。それに触った瞬間、とても懐かしい気持ちに包まれた気がした。私はこの感触を知っている。メリムを触っている時も私はこんな気持ちになるから。この世界には存在しない、故郷の物に触れた時のあの感じと同じ感触がするから。


「え」


 暗闇の奥から引きずり出したもの。それはこの世界には存在しない、魔界産の紙で作られた一冊の冊子だった。冊子の表紙には魔界の文字で『留学の手引き』と書かれている。どうやら私は思いもよらないお宝を発見してしまったらしい。確かにこれは失くしちゃいけない大事な書類の類いと言えるだろう。


 サチ、こんなの貰ってたんだな。まぁ、そりゃあ貰ってるか。私は異世界の魔女でサチはただの人間。そんな二人がいきなり同じ屋根の下で暮らすのもあれだし、それっぽいマニュアルの一つや二つ用意されているのが普通だろう。


 でも私、サチが魔界からこんなのを貰っていただなんて初めて知った。たまたまこれまで話題に出る事がなかっただけなのかもしれないけれど。


 ……なんだろう。興味に負けて冊子のページをめくろうとした時、嫌な悪寒が全身に走った。もしかしてサチはわざとこれを隠していたんじゃないか? ここには私に見られてはいけない何かが書いてあるんじゃないか? サチの口からこれに関する話題が一切出て来なかった理由が、次々と悪い形で思い浮かんだ。


「……」


 けど、そんな嫌な予感も私の未熟さから来る好奇心には勝てなかった。私は固唾を飲みながらそれのページを捲る。


「……なんだ。普通じゃん」


 しかし予想に反してノートの中身は普通の内容。異世界留学の歴史、異世界留学の心得、留学生との距離感、あとはホストの人に課せられた禁止行為(留学生の試験やレポートの内容を詮索したり手伝ったりする事など)が愉快なイラストと共に書き記されていただけだ。変に緊張して張り詰めていた心がページを捲る度に緩んでいった。


「……え」


 最後の項目を見るまでは。


「……報酬?」


 私はページを捲った。


『留学生の年度試験合格回数に応じ、ホストの方には留学生を扶養した報酬として以下の報酬を受け取る権利が発生する』


 私はページを捲った。


『①一次試験合格。ホストの世界において純金1キログラムの価値に相当する財宝』


 私はページを捲った。


『②二次試験合格。ホストの世界において純金100キログラムの価値に相当する財宝』


 私はページを捲った。


『③三次試験合格。ホストの世界において経済均衡に大きな影響のない範囲でホストが望むだけの財宝』


 私はページを捲った。


『④四次試験合格。ホストの世界において世界情勢に影響のない範囲で、なおかつ現段階の科学技術で実現可能な願い』


 私はページを捲った。


『⑤五次試験合格。ホストの世界において現段階の科学技術で実現可能な願い』


 私はページを捲った。


『⑥卒業試験合格。ホストの世界の科学技術で実現不可能な願い』


 私は……。


「……」


 私は…………。


『あなたの叶えたい願いは何ですか?』


 私は………………。


「サチに……謝らないと……」


 願いを書く欄には、何度も消しゴムで消された跡を残したサチの願いが書かれていた。

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