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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 魔女と心臓の止まる天使
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夏の終わり

天使と出会う話 1/7

 夏休みと言うのは不思議な物だ。始まる前は永遠のように思えた長期休暇であり、一ヶ月以上にも及ぶ連休の過ごし方に大層頭を悩ませた。なのにいざ夏休みを過ごしてみると、まるで瞬き程の時間感覚で八月の終盤を迎えていたりする。


 二学期が始まるまで残り三日。普段なら三連休って聞くだけでテンションが上がるのに、夏休みが残り三日だと言われると、同じ三連休であるにも関わらずとても短く感じてしまう。今まで一ヶ月以上の休日を過ごしておきながら、それら全部がなかった事にされたようなこの虚しさはなんだろう。


 小学校最後の夏休み。それと同時に人間界最後の夏休み。私の最後の夏休みが刻一刻と終わりを目指して過ぎて行く。そんな夏休み終盤である今日の私の過ごし方はと言うと。


『こういった写真やビデオに記録されているUMAの姿って、その殆どが体毛の存在しないツルツルした皮膚に覆われているんだ。だからこれらの映像がフェイクじゃないとしたら、その正体は毛の抜け落ちる病気……例えば疥癬症なんかを患った野生動物の可能性が高いね。チュパカブラなんかも毛の抜け落ちた肉食動物だって考えた方が自然だ』


 テレビのオカルト特集を見ながらフクと通話をしていた。


『実際、2010年にはテキサス州でチュパカブラを射殺したっていう報告があるんだけど、その死体を解剖してみた結果は疥癬症を患ったコヨーテだったんだ。要するにチュパカブラは家畜の血を吸っていたんじゃなくて、病気で体が弱っていたせいで仕留めた獲物を持ち帰る事が出来なかったんだよ。急所を噛んでなんとか仕留めたはいいものの、血液と僅かな肉片を食べるのが精一杯だったんだろうね。こうしてコヨーテが放置した家畜の死体を見た人間が、吸血生物に襲われたっていう思い込みをするようになった。……まぁでも』


 フクはテレビの内容に補足するように、自分が持つ目一杯の情報を提供してくれたものの。


『それでも僕は宇宙人が作り出した生物説が好きだな。だってそっちの方がロマンあるもん』


 しかしやはりフクはフクだった。どれだけ現実的で論理的な説が目の前にあっても、自分のロマンと好奇心に真っ直ぐなフクらしい答え。私はこいつにはいつまでもその少年のような純粋な気持ちを持っていて欲しいと願っている。その夢は間違いなくフクが大学受験を勝ち抜く為の大きなモチベに繋がるはずだ。私はなんとしてもフクに受験戦争を勝ち抜いて貰いたい。そして上京してこの家で暮らして欲しい。私が去った後、私の代わりにサチと一緒に暮らしてくれるように。


 と、その時。


「あ、サチ来た」


 玄関の方から鍵の開く音がする。それから少しして廊下とリビングを隔てる扉が開き、仕事帰りで疲れ気味のサチが顔を出した。


「ただいまー。りいちゃん、誰と話してるの?」


「おかえりなさい。未確認生物の特集やってたんでフクと話しながら見てました」


「フクーぅ?」


 途端に眉間を顰めるサチ。


「こらフク! 受験勉強に本気出したんじゃなかったの!」


 ちなみにスマホはスピーカーモードなので少し大きな声を出すだけで十分な会話は可能だった。


『えー、心外だなー。これでも本気で取り組んでるんだしたまの息抜きくらい許してよ。テレビを見たのだって二週間振りだよ?』


「そうですよサチ! それにこれはフクの夢へのモチベにもなる重要な番組なんです! いいじゃないですか少しくらい! あんたそれでも親ですか⁉︎」


「姉だよ」


 呆れ顔で答えられた。


「ちなみに本気で取り組んでるって、普段は一日何時間勉強してるの?」


『二十時間』


「え? ……あー、そ、そう? ……えっと、ごめん。思ってた以上に本気で返す言葉もないや」


 二十時間。もしもそんじょそこらの人間がそんな戯言を口にしようものならサチは決して信じたりはしなかっただろう。それは私だって同じだ。けれどフクを知る人物なら、彼の言葉を疑うなんて事はまずあり得ない。フクは絶対に嘘をつかない。そう信じてしまうだけの何かがフクにはある。……なんならむしろ。


『それはそうと姉ちゃん。なんか普通に帰って来てるけどりーちゃんと一緒に住んでるの?』


「えぇ⁉︎ あ、いや、その! あの! 違くて! そうじゃなくてえっとあの⁉︎」


『そう言う日もあるのかな?』


「そ、そうなの! そう言う日もあるの! いやー久しぶりだなそう言う日! 今度はいつ会えるかな? そう言う日! 待ち遠しいなー、そういう日!」


 嘘をついているのは私達の方だしな……。


 サチは慌てふためきながら逃げるようにキッチンへと赴いた。これから夕飯の準備に取り掛かるのだろう。キッチンからは冷蔵庫を開け閉めする音や調理器具をガチャガチャ鳴らす音が響いてくる。


「そういえばりいちゃんさ」


 少しして、フライパンを手に持ったサチがひょっこりとキッチンから顔を覗かせた。


「誕生日パーティーの時も連絡してたけど、結構フクと仲良いよね。よく話すの?」


「別にそうでもないですよ? そりゃ確かに毎日通話誘ってはいますけど、こいつ基本受験勉強してるから大体無視されるし」


「毎日通話誘ってるんだ」


「だから普段のやり取りなんて精々メッセージを何件か送るくらいなもんですね。その日何があったかとか何をやったかとか。まぁ日記代わりみたいな」


「日々の出来事を報告してるんだ」


「あ、そういえばフク。十月にオープンキャンパスがあって東京に来るんだろ? 折角だからそん時東京案内とかしてやるよ」


『本当? じゃあ当日は甘えちゃおっかな』


「二人きりで出かけるつもりなんだ」


 するとサチは顎に手を当てながら何かを考えたあと、スピーカーモードのスマホをわざわざ手に取り、相手を射殺すようなドギツイ低音ボイスをフクへぶつけた。


「何かやらかしたらフクでも許さないからね」


『姉ちゃん怖い』


 サチはそれだけ言って私にスマホを返し、夕飯作りを再開しにキッチンへと戻って行く……その直前。サチはキッチンの一歩手前で足を止め、振り返りながら不意にこんな事を呟いた。


「でもあれだよね。フクと言い、タロウくんと言い、ダイチくんと言い。りいちゃんって男の子とばかり仲良くなるよね」


「……」


 それは交友関係において薄々気づき始めていた、現状私が最も気にしている由々しき問題でもあった。


「な、何言ってるんですか! アキがいますよ!」


「男友達が三人に対して女友達は一人……。んー……まぁまぁまぁ」


 含みのある言い方でキッチンへ入っていくサチ。今まで気にしないようにして来たつもりだけど、やっぱり私って輪の外の人間からはそう言う風に見られているらしい。言葉にならない不安が私の全身を包み込む。


「……なぁ、フク。私ってもしかしてヤバいかな? オタサーの姫みたいなポジションになってたりすんのかな……? 違うよな? そんな事ないよな?」


 フクは笑いながら答えた。


『女の子に嫌われるタイプの女の子だね』


「……」


 私はリモコンに手を伸ばしてチャンネルを変えた。


「いっけねえ! 手が"滑って"チャンネル変えちゃった!」


 続けて私はリモコンを手のひらから落とした。


「いっけねえ! リモコンも"落とし"ちゃった!」


『古典的な嫌がらせするよね』


 それでもフクはスマホの向こうで楽しそうに笑っていたけれど。私はリモコンを拾い直す。今映ってる番組は24時間テレビか。夢と浪漫を追い求める私には縁のない番組だ。私はさっきまで見ていたミステリー特集にチャンネルを切り替える……その前に。


『……りーちゃん?』


 スピーカーの向こうからフクが心配そうに声をかけてきた。私がテレビに映るその内容に動揺して黙り込んでしまったからだろう。しかしそれも仕方のない事だ。そこには現実離れし過ぎて実感の湧かない数字がデカデカと映し出されているのだから。


「……いや、今たまたま24時間テレビがついてさ。そしたらなんか三億円って」


『三億円?』


 するとスマホの向こうからもこっちと同じテレビの音声が流れて来た。フクも私に合わせてチャンネルを変えたらしい。


 テレビでは難病を患った二歳の男児が紹介され、目標額が三億五千万という莫大な金額の募金を呼びかけていた。その病気は海外で心臓移植を受ける以外に治療法がなく、現在の達成額は約三億円。残りたったの五千万でこの子の命は救われるらしい。


 五千万をたったと表現するのもどうかと思うものの、それも三億円を目の前にしては霞んだ金額に見えてしまう。ていうかそもそも目標金額も達成金額も桁違い過ぎてイマイチぴんと来ない。


「いいなー三億円。十万くらいわけてくんねえかな」


『あ、不謹慎。姉ちゃんに言いつけようかな』


 電話の向こう側でからかうようにフクが笑った。


「でもよー、海外での移植手術って本当にこんなにかかんのか? 絶対少しはネコババしてるだろ」


『そう言わないの。世界的に見ても日本の健康保険制度が良心的過ぎるんだよ。英語の先生が言ってたけど、アメリカ留学してた頃に虫歯になって、治して貰ったら十万円くらい請求されたんだって。保険に加入してなかったらその二倍や三倍請求されてもおかしくはなかったみたい』


「マジかよ……。将来アメリカで医者やりてぇなぁ」


 実際、この世界で暮らし続けてもいいなら出来る気がする。なんせ私には全身くまなく骨折した上に片方の眼球まで破裂していたダイチのあの惨状を綺麗に治した実績がある。感染症や癌に限ってはとことん無力な私の回復魔法も、外科的な治療に限ればマジでブラックジャックにだって負けねえよ。……と、その時。


「痛っ⁉︎ あっちゃー……、指切っちゃった」


 ふと、キッチンからそんなサチの声が聞こえて来た。


「メリム」


 私はメリムを取り出し、リビングからサチ目掛けて魔法をかける。


「……あ。りいちゃんありがとう!」


 すぐさまキッチンからはサチのお礼の言葉が飛んで来た。治療魔法は成功したみたいだな。


 呪文の省略。それは一人前の魔女なら誰もが身につけている技術だ。魔法とはどういう事象を起こして欲しいのかを精霊の言語で精霊にお願いする言語学。よって呪文を省略するには、自分の精霊と以心伝心するのが必須だ。他の魔法ではこうはいかないものの、治療魔法に関して言えば二年は練習を続けた身だ。言い方は悪いけど、ダイチの治療だって私のスキルアップの為のいい実験になってくれた。もはやただの怪我なら重傷軽傷拘らず、生きてさえいればどんな状態だろうと治せる気がする。そんな全能感にも近い自信が私の中から溢れて止まない。


『りーちゃん。メリムって何?』


「……。う、うちで飼ってる虫の名前」


 後は魔法を使う時、もう少し周囲に気を配る癖とかもつけた方がよさそうだな……。


 テレビを見てみると、二歳の男の子とその両親の半生を描いた再現ドラマがちょうど終わった所だった。続いてこの男児の他にも心臓移植を待ち侘びている子供が日本国内大勢いる事も紹介され、彼らの写真もスライドショー形式で次々と流れていく。まだ髪の毛も生え揃っていない赤ちゃんの写真、名称もわからない機器を取り付けられた女の子がピースを送る写真、無数の管に繋がれた虚な目の男の子の写真。そして。


「……え」


 おかっぱ頭の痩せこけた女の子の写真。その子の写真が映し出された時、私はテレビに接近して凝視せざるを得なくなった。


 子供達の写真が流れる度に、画面下部にはテロップで子供の名前と各々の募金達成額も表示された。そのおかっぱ頭の女の子の名前は佐藤(サトウ) 豊莉(トヨリ)で、募金達成額は二億六千万円。佐藤なんてこの国にいくらでも存在する性であり、特段珍しいものでもない。私の友達にだって同じ苗字を持った奴がいるくらいだ。


 でも、その友達の姿もテレビに映っていたとしたらどうだろう。写真は既にトヨリという女の子から次の子供へと切り替わっていたものの、私の目に狂いがなければ、あのトヨリという女の子の隣にはタロウとタロウのおっさんの姿があった。間違いなくあったんだ。


「……」


 妙な胸騒ぎがした。知らない方がいい友達の秘密を知ってしまったような罪悪感にも近い胸騒ぎだ。私は居ても立っても居られず、タロウに事の真相について確認してみようと思ったものの。


「りいちゃーん! 冷蔵庫見てみたらひき肉の消費期限が三日も過ぎてたの! 悪いんだけど今日のおかずはピーマンの肉詰めお肉抜きでいい?」


「はぁ⁉︎ ちょっと待ってくださいサチ! そんなのあんまりじゃないですか! お肉なら今からでも買って来ますからお金くださいお金!」


 それはそれとして今晩のうちの食卓にピンチが訪れる。私はサチからお金を受け取りダッシュで近くのスーパーへと駆け出した。その直前まで自分が何を考えていたかなんて、もはや私の頭には残っていなかった。

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