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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第五章 子供を産めない体
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最後の後片付け

「じゃーん!」


 朝食を食べにリビングへ赴いた時だった。やけにテンションの高いサチだったけど、その理由は彼女が見せびらかしているそれを見れば一目瞭然だ。


「新しいお洋服!」


「……」


「明日は日曜参観だもんねぇ。奮発して買っちゃった。どう? お揃いのワンピだよ?」


 桜を基調としたフローラル柄のワンピ。それの大人サイズと子供サイズ二着分が、ベランダから注ぐ朝風に靡いて実際に桜が散っているかのようにひらひらと宙を舞う。今の時期ならこの上に軽く上着を纏えるし、もう少し日が経てばこのワンピース単体で外出も出来るだろう。……生憎、サチの前でそのワンピースを単体で着る事はなさそうだけど。


「サチ。私が帰るまであと一年もないんですよ? もう無駄な物を買うのはやめにした方が……」


 あと一年もない、か。我ながら本当だけど嘘にもなる便利な言葉を言えたもんだ。私がこの世界にいられるのは一年どころか残りたったの一日だと言うのに。


「やーだー! りいちゃんが帰る日までりいちゃんはうちの子です。お別れの日だって豪華なお洋服着せてあげるつもりだもんねー?」


 子供のようにごねられる。ガキ臭いのは嫌いだけど、サチが見せるこんな子供みたいな仕草は一生嫌いにはなれないんだろうな。


「困りますよ。そんなにされても、私サチに返せるものなんて何もないのに……」


「そんな事ないよー? りいちゃんと出会った日から今日の今日まで毎日わがまま押し付けてるもん。だからこのくらいはさせて?」


「わがままって……。そんなのせいぜい家事のお手伝いくらいじゃないですか。そんなのわがままなんて言いませんよ」


「いーいーの!」


 サチは二着のワンピースをハンガーに掛けると、ルンルンと幸せそうに鼻歌を歌いながら朝ごはんの調理に取り掛かった。


 授業参観か……。普段は土曜に行われるその行事も、今年は保護者の出席率の関係で日曜参観へと切り替わるらしいけど、あんな鬱なイベントとお別れの日が同日だなんて最悪にも程がある。転校した事で新しい学校では陽キャになれたとサチに豪語した身だ。だから去年の授業参観は休み時間になる度にお腹を壊したフリをしてトイレに篭ってた。今回も友達と馴染まない姿を見られない為にもあの屈辱的な演技をせねばなるまい。


 ……。


 私、サチに嘘ばっかついてるな。転校する前も、転校してからも。


 と、その時。


【おいサチ。こいつ明日魔界に帰るぞ】


 いきなりメリムがそう書かれたページを開いて出てくるもんだから私は慌ててメリムを体内に入れ直した。あっぶねえ、こいつ広辞苑サイズで飛び出しやがって……! 瞬時に反応出来たからよかったものの、床に落ちてたら物音を立てられ今のページをサチに見られてた。


【いいだろもう。おめえ後悔すんぞ?】


 しかしそれでもメリムは性懲りもなく私の体から飛び出そうとして、その度に私はメリムを体内に突っ込んだ。


(メリム!)


【うっせえ、聞こえねえ】


(うっさいのか聞こえないのかどっちだよ! ってそうじゃなくて……! メリムやめろ!)


【アーアー何も聞こえねえ】


(メリムッ!)


 そんなやり取りが何回も続く。けれどそんなメリムの嫌がらせは、ある瞬間をもってピタリとやんだ。私がこいつに対して、生まれて初めて不快感を表情に出したからだろう。


(やめてくれよ……。一生のお願いだから。私、今までメリムに一回でも一生のお願い使ったか?)


【これで三十四回目だな】


 まぁそれもそうなんだけどね。


「どうかしたの?」


 小声で怒鳴りつける高等技術でメリムとやり合ったものの、バタバタしていた事実に変わりはない。不審に思ったサチが台所から顔を覗かせる。


「いえ、ちょっと虫退治を……」


「えーっ、ちゃんと窓閉めてるのに出てくるもんなんだね……」


「そうなんですよ。出てくるんですよ。厄介な本の虫が」


 嫌な顔をしながら調理に戻るサチ。


【お前後で殺すかんな】


 こっちのセリフだった。


「じゃあ行ってくるからお留守番よろしくねー!」


 いつもの朝食が終わった。いつも通りの朝食が終わった。本当に普段と変わらない朝食だった。とても明日永遠の別れをする事になる同居人の物とは思えない、平和な朝食だった。


 キャバクラで働くサチに決まった休みはない。土曜でも日曜でも働くし、逆に平日でも休んだりする。前は私に合わせて土日のシフトは避けていたけれど、例の出来事があってからは土日にもシフトを入れるようになった。


 サチは稼げる人なんだから、私に構わず稼げばいいと思う。土日も働きに行くようになったとは言え、それでも稼げる夜の時間帯より朝と昼の時間帯を選んでいるのは、例の出来事があってもなお私に構わずにはいられないからなんだろう。


「はい。いってらっしゃい」


「変な人がチャイム鳴らしても開けちゃダメだからね?」


「はい」


「あとNHKも」


「は、はい」


「お部屋のお片付けもちゃんとしてね?」


「え……あ、あー。は、はい……」


 仕事に向かうサチを見送って私は自分の部屋に戻った。


「……」


 五年間見続けた部屋を一望して、ため息のような、深呼吸のような、そんな曖昧な呼吸をする。なんて汚い部屋なんだろう。足の踏み場が辛うじてあるだけのゴミ屋敷だな。


 小っちゃい頃、私が学校に行ってる間にサチが私の部屋を掃除した事がある。私の部屋は魔法の勉強資料と学校の教科書なんかがごっちゃ混ぜになっていて、それでもサチなりに頑張って仕分けながら整理整頓してくれたのだけれど。でも魔法の勉強ノートが一冊行方不明になってしまった。それでまだ未熟だった頃の幼い私はサチにガチギレしてしまったわけだ。


 あれ以来、サチは完璧に家事を熟す一方で私の部屋の片付けに関しては完全にノータッチになった。私も私でサチが片付けろと強く言ってこないもんだから、それに甘えた結果がこの惨状なんだけどな。


 六年間の異世界留学を無事に終わらせた場合、魔女がその世界で使う最後の魔法は自分の痕跡を消す事だ。しかし年度試験を突破出来なかったり正体がバレたりなんかで強制送還になると、それらの後始末を魔界の魔女がしてくれる事になる……んだけど。少なくとも自分の部屋の掃除くらい自分でやるべきだよな。


「うし! 片付けっか!」


 私は両手で頬を叩き、異世界最後の大仕事をする為の気合を注入した。


「む、無理……」


 気合いの持続時間は十分だった。私は九歳にしてぎっくり腰寸前の体を慰る屈辱を味わう。どうせ魔界に戻ればこっちの教科書とかいらないし、明日の授業参観で使う物以外全部ゴミ袋に入れたんだけどね。紙の塊の分際で重いね、これ。


【魔法使えや】


 メリムにも咎められる。うっせえ、そんなの最初からわかってら。


「それはもっと無理。この世界で最後に使う魔法は決めてあんの。それまでは温存したい」


【ダイチとアイスをぶっ殺す魔法か】


「………………………。な訳ねえだろ!」


 一瞬心が揺れ動いたりとかしてない。本当だ。


「あーもう飽きた……。ってかおかしくね? 10%くらいは片付けたはずなのに余計散らかってね?」


【部屋ってのは中途半端に片付けると逆に散らかるからな】


「あーあ、やる気失せた。なんでこんなモチベ上がらねえんだか……」


 私はゴミ袋を放り投げてベットに突っ伏せる。枕に顔を埋めながら深呼吸をする事一分、二分、三分。


「道具だ!」


 私は枕から顔を上げ、掃除のモチベが上がらない原因を突き止めた。


「何でこんな簡単な事に気づかなかったんだろうな? ロクな掃除道具もないまま掃除が出来るかっつうの。包丁も鍋もないまま料理するようなもんじゃん」


 原因がわかれば即行動。私はすぐさま靴を履いて近所の百均へ赴いた。距離的にはドンキの方が近いけど、日常のちょっとした小物を買う分には百均の方が安いんだよな。


「コロコロするやつだろ? 毛玉取るやつだろ? あと最近鼻炎とか気になるしマスクに手袋も買ってー。お! 靴用のハンガーなんてのも売ってら」


 どうせ明日が最後の異世界滞在なんだ。金なんて持ってても意味ないし、それはもうありとあらゆる掃除用品を一時間くらいかけて買い漁ったさ。


「大漁大漁! これだけ掃除道具があれば完璧だな?」


 エコバックいっぱいに詰まった掃除用品を持って帰宅する。今からこの道具の数々が猛威を奮うと思うと興奮してくるぜ。満足過ぎる買い物だった。


「んー、でもまだ十一時前か。なんかキリ悪くね? 買い物で疲れたし少し休も」


 私はエコバッグを部屋の隅に置いてベットへダイブ。スマホを手に取りソシャゲを起動する。


「見てろよゴミ部屋め。お前らなんか少し休んだら一時間たっぷり厳選して買い集めた掃除道具のサビにしてやるよ」


 それから四時間が経った。


「何でもう三時なんだよーーーーーーッ!」


 私は泣いた。


【お前はな、掃除をする為に掃除用品を買いに行ったんじゃねえんだ。目の前の掃除から逃げ出す口実が欲しくて買い物に行っただけなんだよ】


「アーアー! 何も聞こえなーい!」


 私は大声をあげて耳を塞いだ。いやまぁメリムとの会話を拒否したきゃ耳じゃなくて目を塞ぐべきなんだろうけど。あーくそ、やべえよ。サチ帰ってくるまであと三時間だよ。三時間でこれ片付けんの? 私一人で? 無理じゃね?


 いいや、無理じゃなかった。


「来た」


「よぉタロウ! 待ってたぞ! いやーやっぱ持つべき物は友達だよな!」


 何故なら私にはメッセージ一本で飛んでくる使い勝手のいい友達が出来たからだ。


「急に呼び出して悪かったな。もしかして忙しかったか?」


「宿題やってた」


「そっかそっか、暇でよかった。ほらこっちだこっち」


 私はタロウの背中を押して自分の部屋へと案内する。


「ま、ラインで言った通りだよ。あと二時間半でサチが帰って来るからそれまでにこの部屋を綺麗に片付けたい」


 私の汚れ散らかった部屋を見ながらタロウが訊ねる。


「ここを片付けたい?」


「おう!」


「綺麗に?」


「おう!」


「塵一つ残さず?」


「おう! 手伝ってくれるか?」


 まぁくれるかも何も呼んだからには無理矢理にでも手伝わせるけどな。


「わかった」


 親友としての私のお願いを快く快諾するタロウ。


「ん?」


 しかし何故だろう。何故タロウは四つん這いになって大口を開けているんだろう。何故口の周りに謎の光が集まっているんだろう。なんていうかその……あれだ。光線吐く直前のゴジラみたいな。


「五秒で跡形もなく消」「すなアホぉ!」


 私はタロウの顎を蹴飛ばして無理やり口を閉じさせ、蹴られた衝撃で転覆する奴の体に馬乗りになる。


「おめえもう少し言葉の綾ってもんを理解しろよぉ! これから一年間この世界で生きてくんだろぉ⁉︎」


 そして服の襟を掴んで何度もぶんぶんと振り回してやった。その度にゴンゴンと後頭部を床に叩きつけられるタロウ。なんか結果的にダイチ達より酷い事している気がするな……。


「お前もっとさー、ドラマとかアニメとか見てそういうの覚えてけよ!」


 でもまぁこれは所謂愛の鞭。面白がって痛めつけているだけのダイチとは違う。


「お前は! ……お前は。まだまだこの世界にいるんだから。……私と違ってさ」


 私はそれだけ言って襟から手を離しタロウの上から降りた。私がいなくなった後のこいつが心配でたまらない。


「わかった。今日から見ておく」


 よくも悪くも素直過ぎるからな、こいつ。私はがんばれよと無難な励ましを送り掃除を再開した。


「いいか? 私の言う通りにやれよ」


 そこからの作業はとても効率的に進んでいく。言葉の綾に気をつける、曖昧な表現は使わずはっきりわかる指示を出す。これだけでタロウはしっかり私の望み通りに動いてくれた。


「つっても明日学校で使うもん以外、適当に全部ゴミ袋にぶち込んでくれればいいから」


 一番役に立ったのはその腕力だ。小六の平均を表したかのような体格のくせに、タロウは十数キロはあるであろうパンパンに膨れたゴミ袋をいとも容易く片手で持ち上げる。掃除が捗って仕方がない。


「お前力すげえな。魔法か? そういえばさっきも呪文無しでかめはめ波みたいなの吐こうとしてたし」


 タロウ曰く、ゴーレムは魔法の使用に関して一切の詠唱がいらないそうだ。私達が筋肉を動かすくらい当たり前な要領で魔法を使えるんだとか。そう考えるとこいつが見せたあり得ない身体能力の数々や、この部屋の不法侵入も納得だった。……。納得だったで済ませていいのかな? まぁいいか。手伝って貰ってる身だし。


 部屋の隅にゴミ袋が積まれていく。一つ、二つ、三つ。ゴミ袋が増えるごとに足の踏み場が露わになる部屋を見て、五年間過ごした場所とは思えないような新鮮さが湧き上がる。この部屋は今、私が来る前の部屋に戻ろうとしている。私が来る前の、私がいなかった頃の部屋に。


「……」


 そんな光景の変化を目の当たりにする度に、明日魔界に帰るという実感に心が囚われた。あぁ、私本当に帰るんだな。全然現実味がないや。明日も、明後日も、十年後も。ずっとここでサチと暮らしながら学校に通っている自分の姿が思い浮かぶ。


 このガランとした部屋、サチには見せられないや。サチには今日も明日も普通に過ごして貰いたい。どうせ記憶を消されるなら、せめて何も知らないまま静かに、平和に、いつものように……。


「大分綺麗になったな。二人でやったら速攻で終わったぜ」


 私はベットでごろ寝しつつ、掃除中に見つけた昔失くしたと思った漫画を読みながらタロウにそう言う。


「割合としては95%僕が」「お礼にケーキとお茶用意してやるよ! リビングで待ってな」


 私はタロウにリビングのソファで休むよう促し、未だに処理し切れていないケーキの残りを出してやった。

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