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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
【第3話 魔女と天使の心臓】
125/369

昔のプロローグ

佐藤トヨリの今と過去 1/10

『パパの地元には日本じゃ珍しいジャスミン畑があってね。夏から秋にかけて咲き誇る視界いっぱいのジャスミンと来たら、それはもう圧巻だ』


 佐藤(サトウ) 豊莉(トヨリ)。豊かな莉と書いてトヨリ。莉とはジャスミンの事であり、それは私のパパが一番好きなお花でもある。パパは莉の字にジャスミンだけではなく、自然や小さな命と言った意味も込めて私にこの名前をつけたらしい。自然や小さな命を愛する人に育って欲しいという願いが込められているらしい。私はパパからそう教えられた。


 だからこの私の気持ちがそんなパパの願いによるものなのかどうかはわからないけれど、私は物心が付く頃から天使に憧れを抱いていた。


 きっかけは間違いなく小さい頃から見続けたアニメの影響だろう。パパには古いアニメや映画を収集する趣味があって、私もよくそれらに目を通していた。映画には特に興味が出なかったものの、アニメに限っては本当に沢山見てきたと思う。その中でもフランダースの犬は、記憶も曖昧なくらい小さな頃の私の一番のお気に入りだった。ネロとパトラッシュを優しく空まで導いた天使達の姿に何度自分の姿を重ねて来ただろう。天使達に連れられた二人は、それまで過酷な人生を歩んでいたとは思えない程に幸せそうだった。


 私は怒りという感情が苦手だ。悲しみという感情も苦手だ。だから私もそんな存在になってみたい。ネロとパトラッシュのような過酷な運命と向き合った彼らさえも笑顔にしてあげられるような存在に。怒りからも悲しみからも解放された、笑顔の象徴に。


 実際、私には自信があったのだ。自分が普通の人間ではなく天使や悪魔、妖精や女神、魔女や吸血鬼のような、人の形をした人外ではないのかと思えてしまうような。そういった根拠があったのだ。





 誰からも信じて貰った事がないけれど、私は他の人に見えない物が見えて、聞こえない物を聞く事が出来るらしい。


 見えない物というのは、この世界の至る所に存在する光の事だ。空気の中、水の中、壁の中、地面の中。ありとあらゆる物が私には光り輝いて見える。それは光っているだけでこの世に存在するかも怪しい物。手に取ろうと握ってみても、スウッと私の手のひらを透かして逃げて行く。また、神社やお寺と言った幽霊や妖怪の伝説などが噂される地域程、その光はより強大に、より明るく光り輝いて見えた。その事をパパに話すと眼科に連れて行かれ、光視症とかいう病気を疑われたりもしたけれど。


 この光の正体が何なのかは私にもわからない。けれど触る事も感じる事も出来ないのだから、それなら私にとっては存在しない物も同然だった。けれど私にしか聞こえない物に限ってはそう言うわけにも行かなかった。


 その違和感には物心がつく前から気がついていたけれど、より確かな物へと確信したのは犬と猫を飼っている友達の家に遊びに行った時の事だ。友達の部屋に入って二人でゲームをしていたら、友達の飼い猫が部屋に入って来た。そしてスリスリと自分の体を友達に擦り付け、友達の撫で撫でにも素直に応じていたのだ。その様子について、友達は私にこう語った。


『可愛いでしょ? モカね、私にすごい懐いてるの』


『懐いてる?』


『うん!』


『懐いてるって、好きって事?』


『そうだよー』


『……』


 友達の言葉と私の気持ちに食い違いが生まれる。確かにその猫は友達に気を許しているのに、私にはその猫が友達に懐いているようには見えないのだ。


『違うよ。この子、全然懐いてない』


 その日、私はその友達に絶交を言い渡された。


 帰り道、歩道橋下の段差に腰を下ろしながら私は静かに泣いた。そこが汚い所なのは知っている。側の道路を走る無数の車から排気ガスを浴びせられ、歩道橋のあちこちは黒ずんでいる。場所が場所だから、散歩中の犬がおしっこをかけたりしていてもおかしくないような場所だ。それに歩道橋が屋根になっているおかげでホームレスの人がよく寝ていたりするし。


 けれどそこが人通りの少ない場所である事に間違いはないから、泣き顔を見られたくない私にとっては、そんな場所でもとても居心地がよかった。


 涙が止まらない。泣き声も止まらない。友達を失ってしまった事実に気持ちが追いつけなかった。私は思った事をそのまま口にしただけなのだ。私が感じたあの気持ちに嘘偽りはない。私が思った事をそのまま伝えて、友達からは『えー! そうなのー?』なんて言葉が返って来るのを期待していたのに、それがまさかこんな事になるなんて。


 そんな私の隣からにゃあと言った鳴き声が聞こえ、私は思わず顔を上げてしまった。野良猫だろうか。ついさっき友達の家で見た光景を再現するように、その猫も私に自分の体を擦り付けてくる。私の隣でゴロンと横になるものだから、その体を撫でてやるととても満足そう。それでも私にはこの子が私に懐いているようには思えないのだけれど。


 私は鞄の中からオヤツを取り出した。ちゅーるである。昔から動物が好きだったんだ。お小遣いは自分の物よりも、動物達にあげる餌代に使う事の方が多かった。このちゅーるもいつか野良猫に触れる機会があったらと思い、予め買っておいたもの。野良猫は私が差し出したちゅーるを夢中で食べ始める。


 また、私の視界の端っこでは一人のおばさんが犬の散歩をしていた。おばさんが信号待ちをしていると、暇を持て余した犬が尻尾を大きく揺らしながら構ってと言わんばかりにおばさんに飛びついている。そんな野良猫と犬を見ながら私は思うのだ。


『……好きってこういう事だよね』


 ちゅーるに夢中になる野良猫からは、確かな好きの感情を感じ取る事が出来た。どうしてこんなわかりやすい気持ちを友達は理解してくれなかったんだろう。


 私は人付き合いが苦手だった。保育園の頃も、一番多く話した相手は友達ではなく先生だった。彼女は小学生にあがった私にようやく出来た初めての友達だったのだ。私と同じ動物好きで、話も合う素敵なお友達。友達の家に遊びに行けたのだって生まれて初めてだったのに。少し前の出来事を思い出し、私はもう一度泣いてしまった。


 しかし、そんな私が友達への未練を完全に断ち切るまでにそう時間はかからなかった。それからしばらく経った頃だ。朝学校に着くと、その友達が必死に作文の宿題を書き直している様子が目に入った。最近起きた嬉しかった事や悲しかった事についての作文を書くようにと言う国語の宿題だった。


 それから少しして国語の時間が始まる。私は嬉しかった事について作文を書き上げ国語の時間に発表したのだけれど、私の次に発表した友達の作文の内容に私は思わず耳を疑った。


『悲しかった事。今日の朝、私は仔犬を捨てました』


 その友達は猫の他にも雌犬を一匹飼っていた。ある日、その雌犬の妊娠が発覚したのだと言う。当初は家族全員で犬の妊娠を喜び、産まれてくる仔犬も育てる気でいたらしい。でもまさか犬が一度に十匹近く出産する事もあるだなんて思いもしなかったのだとか。頑張って里親を探して、六匹の犬は新しい飼い主を見つける事が出来た。友達の家で飼えるのは残り二匹が限界。それでやむを得ず、早起きして両親と一緒に残りの二匹を捨てに行ったのだと。友達は思い出しながら号泣し、そして作文の発表を終えた。


 泣きじゃくる友達の事を先生が宥める。事故に遭ったらどうしよう、死んじゃったらどうしようと泣き喚く彼女。辛いよね、仕方のない事もあるよねと慰める先生。先生は本当にそう思っているのかも怪しい優しさで友達の心を温める。そんな薄気味悪い光景に不快感を覚えた私だ。


『お前が死ね』


 放課後。私はクラスメイトに慰められながら悲劇のヒロインを気取る彼女に聞こえるようそう言い放ち、彼女が作文で語っていた仔犬の捨て場所へと走った。


『……』


 その公園が仔犬の捨て場所である事に間違いはなかった。公園の端っこに、仔犬を引き取って欲しい旨の説明が書かれたメモの貼り付いたダンボールが転がっていたから。横向きの状態で転がっていたから。


 そこに仔犬はいなかった。誰かに拾われたのだろうか。仮に仔犬を拾った人がいたとして、そんな優しい人が仔犬の入ったダンボールをそのまま放置したりするのだろうか。いつの日だったか、車に轢かれた野良猫の死体が道路に横たわっていた時の記憶が蘇った。その死肉をカラスが啄んでいた光景も鮮明に蘇った。そして私の不安が絶頂に達した時。


 わん、と。公園の茂みから犬の鳴き声が聞こえる。とても甲高い、成犬のものとは思えない鳴き声だった。急いでその茂みをかき分けると、そこには一匹の仔犬がポイ捨てされたお菓子の袋に頭を突っ込んでいた。お菓子の匂いに釣られたのだろう。私はその子の頭から菓子袋を取り外して抱き抱える。


『大丈夫だよ。一緒にパパにお願いしよ?』


 それから日が暮れるまで近くの茂みも探したものの、もう一匹いるはずの仔犬が見つかる事はなかった。





『友達の?』


『うん。仔犬がいっぱい産まれて飼いきれないんだって。ねぇパパお願い。飼い主が見つからないと保健所に連れて行かれて殺されちゃうの』


 それは別に仔犬を捨てた彼女の事を庇ってついた嘘ではない。私はこんな子だと。目の前の命を見捨てる事が出来ない良い子なのだと。それをパパにアピールする為についた嘘。こんなに良い子のお願いならパパもそう簡単に蔑ろにはしないだろうと、そう言う目論みで吐いた汚い嘘。


 私は過去に動物を飼いたいと何度もパパにお願いした事がある。けれどパパからの返事は悉く拒否される。パパは動物を飼う事に反対する人だったから、そうでもしないと相手にさえして貰えないと思った。……けど。


『元々、トヨリが中学生になっても動物を飼いたいって言うなら、パパは喜んで賛成するつもりだったよ』


 パパから返ってきた答えは、今まで動物の飼育を反対し続けていた人の言葉とは思えなかった。


『犬や猫の寿命はせいぜい十年そこいらだ。だから仮に動物を飼うなら、その時期は真剣に見極めたいって、そう考えていた。ペットは間違いなくトヨリより先に死ぬ。その経験はきっとトヨリにとってかけがえのない財産になるとは思うけど、時期を見誤ったら取り返しのつかない事にだってなりかねない。特に高校三年生っていう人生で一番大切な時期にペットの死が重なったらと思うと、気が気じゃなくなるよ。トヨリにはまだその時期の大切さがよくわからないだろうけど』


 パパは自分の足元をうろつく仔犬を抱き抱える。本で見た事のある、犬の腰に負担がかからない抱っこだ。それは間違っても動物嫌いな人が知っている知識なんかじゃない。


『今からこの仔犬を飼えば、この子はトヨリが家を出るよりも先に死ぬ事になるかもしれない。それをわかった上で決めて欲しい。トヨリはこの子の死ぬ姿を見る事になっても飼いたいの?』


 私の答えは一つしかなかった。


『飼いたい』


 当時の私がその気持ちにどこまで向き合えていたのかは今となっては覚えていない。もしかしたら深い事なんて全然考えていなくて、ただペットを迎えられる事実にわくわくしていただけの考えなしな返答だったような気もする。それでもお父さんは私の答えを聞いて。


『わかった』


 笑いながらこの子を家族に迎え入れてくれた。……まぁ、新しい家族と引き換えに失った物もあるけれど。


 次の日から私は学校で無視をされる日々を送るようになる。友達を傷つける言葉を二度も言い放った酷いやつ。そんなレッテルを貼られた私に関わってくれるクラスメイトなんているはずもなく、先生以外の人と会話する事のない学校生活が淡々と過ぎていくようになった。一年生の頃の私が同級生と会話をしたのって、全部合わせて三十回もなかったような、そんな気がする。


 そんな友達の輪に入る事の出来なかったひとりぼっちの一年生ライフが幕を下ろした。

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