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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
122/369

私と彼のお仕事と日常の終わり

最後の日常編 14/15

 愛想がいいのは大前提として、お客さんによって使う顔は分けなければならない。


 その①。仕事帰りのホストや夜キャバのボーイ。明け方まで働く彼らは、仕事終わりの会社員が飲みに行くようなノリでよく昼キャバに訪れる。


「ちょっとー。来る前からもうベロベロじゃん。店で吐いたら怒るよ?」


「あー……っ! 大丈夫大丈夫! まーだ! まーだまだ飲めっから俺ー!」


 彼らは働く時間帯こそ違えど同業者だ。お互いの事情もなんとなく知っている為、遠慮無用で友達感覚で話すのが最も受けがいい。


「サオリちゃんって面倒見いいよね。お母さんみたい」


「でしょー? 歳の離れた妹のお世話で鍛えてるからね」


「リュウセイさんも言ってたよ。サオリちゃんには出来ればこんな所で働いて欲しくないなって。普通の仕事とかやるつもりはないの?」


「……へー。リュウセイさんがねー」


 リュウセイさんは本業の後によく私を指名してくれるホストで、いつも私をいじると言うかちょっかいを出してくる。しかし今日は彼の姿が見当たらず、来店して来たのは彼の後輩が二人だけ。なるほど。普段は私の事をいじっているけど、裏では私の事を大切にしていると。私にそう思わせる為に後輩を使って来たわけか。


 純粋に仕事終わりに昼キャバで遊ぼうとするホストもいる反面、キャバ嬢を自分に依存させて稼ぎを根こそぎしゃぶり尽くそうとする輩がいるのも事実。その結果ホストに稼ぎを全て貢いだ挙句、風俗やAVに出演する事になった同僚を何人も知っている。今後リュウセイさんには注意しないと。


「ちょっと意外かも。あの人いつも意地悪ばっか言ってくるのに」


「素直になれないんだ。子供なんだよ、あの人って」


「ふーん……。結構可愛い所もあるじゃん」


 とは言えあからさまに素っ気なくしたら向こうも私からさっさと手を引くかもしれない。リュウセイさんには思わせぶりな態度を取っておいて、出来るだけ長期間私を指名させるとしよう。





 その②。不真面目な会社員。例えば出張で東京に訪れた人や、営業周りの空き時間に遊びに来るような人がここに当てはまる。前者だと一回限りの付き合いになる可能性が高いものの、後者の場合は同じ東京住みと言う事で常連になってくれるかもしれない。だから出来る事なら後者であって欲しいけれど……。


「あっはははははーっ! ねぇ、伊藤さんトークスキルやばい!」


 今回のお客さんは残念な事に出張で訪れた大阪の会社員だった。大阪の人って地元を出ても関西弁で話すからすぐにわかる。


「関西人ってみんなこうなの? また出張で東京来る機会があったら来てよ。またお話ししよ?」


 とは言え媚びを売っておけば次の出張で、上手くいけば仲間も引き連れてやってくる可能性もある。関西の人は面白い事に情熱を燃やす人が多いので、彼のトークスキルを褒めに褒めて次への布石を打っておいた。





 その③。投資家や経営者。昼キャバの客層で一番の当たり客。お金と時間の両方を兼ね備えたまさにキャバクラ界のSSRと言えるだろう。夜キャバより時給の低い昼キャバで働く身としてはなんとしても太客に欲しい所。こう言う人相手にはとことん女を武器にして迫るべきだ。


 とは言ってもあからさま過ぎるボディタッチはいけない。私がリードするのではなく、相手にリードさせるのだ。男という生き物は支配という快感に滅法弱い。全員が全員そうであるとは限らないけれど、しかし原始時代から戦い続けた男と言う種族はやはり潜在的な加虐心を持っている。私の役目はその加虐心を刺激する事。この邪な気持ちが相手に悟られないようにリードする事。自分は女をリードしていると思わせるように相手をリードする。その為にうってつけの会話を私は知っている。その名もずばり。


「向井さんって絶対Sですよね? なんか意地悪そう」


「えー、そう見える? そう言うサオリちゃんはどうなの?」


「私? 私は……」


 SかMか談義。


「どっちだと思います?」


 私は向井さんの目を見つめながら聞いてみた。


 SかMか。直接的な下ネタは使わずとも、この話題を出すだけで大抵の男の人は官能的な雰囲気に飲み込まれてしまうものだ。私がSなのかMなのかの判断を相手に委ね、相手が少しでも動揺しているようなら脈ありと見ていいだろう。


「えっと……S?」


「本当にそう思う?」


「え……あー……」


 私は向井さんとの距離を詰め、彼のコップにお酒を注ぎながら下から目線で彼を見上げた。


「私、結構Mなんだけど」


「……」


 太客ゲット。





 その④。地味目なお客さん。あまりパッとしない学生時代を送ったような人。そう言う人達って大体こんなお店を敬遠する物だけれど、稀に好奇心に打ち負けた人や女の人とのお喋りに耐性をつけようと意気込む人、それに仕事の付き合い等で来る事がある。


「はじめましてー、サオリです。こう言うお店って初めてなんですよね?」


「あ……はい、まぁ」


「えー! それで私を指名してくれたんだ。嬉しい。どこを見て私を指名しようと思ったの?」


「え……あ、えっと……写真です」


「……」


 こう言う男女の会話に耐性のない人が相手なら。


「え! 凄い凄い! レースシーンめっちゃ綺麗じゃん!」


「そ、そうなんですよ。なんか推しが必死に走ってるのを見るとそれだけで俺も頑張ろうって気になれて。普通のキャラゲーはステージクリアしたらそれで終わりじゃないですか。でもこれは一回の育成に時間はかかるんですけど、でも時間をかけて育成するからこそより一層愛着が湧くんですよね」


「へー、ウマ娘かー。やっぱバンバンCM流れてるだけの事はあるね。これ今からやっても楽しめるかな?」


「あ、えっと、出来るっちゃ出来るんですけど、その前にガシャのシステムを説明する必要があるんですよ。これ育成出来るキャラと育成に使うサポートカードを引くガシャの二つがあって、育成キャラを引くよりかは断然サポカを引いて欲しいです。サポカも無凸と完凸じゃ性能違いすぎるんで。完凸サポカさえ揃えば一ヶ月に一回開催される大会にも全然追いつけますよ! その大会も初心者向けと上級者向けがあるから、自信ないなら最初は全然初心者向けでも全然いいし」


「うんうん! 凄い凄い!」


 何言ってるのかはさっぱりわからなかった。でもこう言うお客さんを喋らせるにはソシャゲの話が一番簡単だ。なんせ向こうに話させれば時間いっぱいまでゲームの話を勝手にしてくれるのだから。


「さ、さ、サオリさんもやってみてください! 絶対ハマると思うんで!」


「了解! 家帰ったらちょっとやってみるね? わからない所があったら今度また聞いてもいいかな?」


「あ、はい! 全然いいです! 何でも聞いてください!」


 これが私、有生サチのお仕事である。





「あっつう……」


 八月も終わりを迎える夕刻時。職場を出た途端に直射日光が飛び込んで来て目眩がしそう。夏場の沈まない夕方の太陽を見る度に、残り数時間で夜が訪れるのが信じられなくなる。それと同じくらい夜が訪れないで欲しいとも願ってしまう。夜が来れば朝が来る。朝になれば日が過ぎる。そんな日々が毎日毎日積み重なり、そして気がつけばりいちゃんとの別れの日がやってくるのだ。一生明日が来なければいいのに。彼女ともう一年暮らせるとわかった日から、そう思わなかった日は一日たりとて存在しない。


 帰路も半分程歩き切った所で、一つの自販機が目に止まった。例日より高めの気温にすっかり全身が汗に染まり、油断をしたら額から垂れ落ちた雫が眉を突破し目に入りそうになる。家に帰れば冷蔵庫で冷やした飲み物があるものの、そんなに待ちきれない、今すぐ冷たい物で体を冷やしたいと私の心が駄々をこねる。


 焼肉屋さんの前の自販機なだけあって、ラインナップも脂っこい物を食べたお客さんの為に軽めの物が多かった。黒烏龍茶もある。欲に負けた私は財布を取り出し黒烏龍茶を購入。行儀は悪いと知りつつも、家で私の帰りを待つ愛娘二人の為に歩きながら飲もうと……。


「休憩入りまーす」


 したその時。焼肉屋さんの裏口が開き、中から従業員と思わしき人が出てきた。裏口から出てきたのなら従業員と思わしき人ではなく従業員そのものと考えるべきなんだろう。でも彼がここの従業員である事は決してあり得ない。だって彼はバイトとか社員とか、そういうの以前に働ける年齢ではないのだ。


「何してるの? ダイチくん」


「……え」


 黒いTシャツにエプロンをつけたダイチくんは、私と目が合うや否やバツの悪そうな表情で店内へ逆戻りしようとしていたから。


「行かせなーい」


「……」


「うぇっへっへっ」


 私は彼の腕にしがみつき、アラサーのいい歳した大人がする表情とは言い難い、おちょくるような笑みを浮かべて彼を引き止めた。


「ねぇダイチくん何してるのー?」


「……」


「ねぇねぇねぇ何してたのー?」


「……」


「ここダイチくんのお家じゃないよね? じゃあどうしてエプロンなんかつけてここから出てきたのかなー? おばさん気になるなー?」


「……」


「ねーえーねーえー!」


「勘弁してくださいよ……、サチさん何歳っすか? なんかちょっと酒臭いし……」


「今はサチじゃないもーん。桃園サオリだもーん」


「なんすかそのAV女優みたいな名前」


 小学生の口からAV女優なんて言葉が出てくる時代か。ネット社会というのは末恐ろしい。


 お店の裏口には従業員の休憩用と思われるベンチが置かれていて、私達は二人並んで座りながら楽しいお喋りタイムに身を置いていた。もちろん彼が逃げ出さないよう、彼の腕にはしがみついたままだ。


「何してるか言えば帰ってくれます?」


「えーやだー」


「何で……」


「だって適当な嘘つくかもしれないじゃん。私の納得行く答えが出て来たら解放してあげる」


「……」


 そこまで言って、ダイチくんは観念したようにため息を吐きながら状況の説明をしてくれた。


「ここキョウイチさんの……あーいや、今の親父の親戚が経営してる店っす。しばらく激しい運動が禁止されてて少年サッカーもやれなそうなんで暇な日が続くんすよ。だから社会経験も兼ねて手伝いでもしてみようかなーって思って」


「へー。いくらで?」


「一日ごひゃ……じゃなくて。だから手伝いっすよ手伝い! それ以上でもそれ以下でもないんで」


「ふーん」


 一日五百円でのお手伝いか。


「一日五百円って事は、仮に週五でお手伝いしたら毎週二千五百円。それを続ければ十月終盤か十一月初旬くらいには二万五千円かー。Switch買えちゃうね?」


「……」


 押し黙るダイチくん。


「それはりいちゃんの為?」


「自分の為っす」


 けれど次の質問には堂々と、胸を張ってそう答えた。なるほど。道理で誕生日振り替えパーティーの時もこなれた手付きで手伝っていたはずだ。あの日の彼からは焼肉の匂いもしていた。焼肉無料券をもらう為に知り合いの焼肉屋さんに寄っただけでは、流石にあそこまで強い匂いがつく事はないだろう。あの匂いは彼が長時間焼肉屋さんにいた証拠でもあるし、何よりお兄ちゃんは必ず来ると豪語していたアキちゃんの自信の裏付けにもなり得る物だった。


「偉いじゃん」


 私は相変わらずおちょくるような笑みを浮かべながら彼を見つめてしまった。どうしてだろう。夏休み前、彼が病院で照れを押し除けながらりいちゃんの誕生日を祝福したあの日から、私はどうも彼の事をからかいたくなってしまうのだ。


「……偉いってのはゼロが一になる事でしょ。俺のはマイナス百をマイナス九十九にしてるだけなんで」


「そ? じゃあそれを残り百回頑張れば一になれるね。そしたらご褒美あげよっか?」


「金でもくれるんすか?」


「ううん。抱っこして頭撫で撫で」


「いや、いらないんで……」


「じゃありいちゃんからだったら?」


「……」


 ダイチくんは無理矢理私の拘束を振り解きながら立ち上がり、裏口のドアノブに手を伸ばした。私なんかの拘束とか、彼の体格ならやろうと思えば最初から簡単に振り解けていたのだろう。


「そろそろ戻ります」


「うん。バイト頑張って」


 これが彼をからかいたくなる気持ちの正体である事は、とっくに理解していた。


「バイトじゃなくてお手伝いなんで。そこ間違えないでくださいよ?」


「はいはい、わかったわかった」


「後この事は有生にも内緒で」


「有生って誰? 私の事?」


「知ってるくせにそう言うのよくないっすよ」


「えー、だって本当にわかんないんだもーん」


「……」


 そこでダイチくんは深呼吸をし、戸惑いながら。


「……みほりさんには内緒で」


 しかし間違いなくそう呟いたのだから、私は耐えきれずに笑ってしまった。ほんの数秒、初々しい彼の事を笑って。


「わかったよ。絶対に言わない」


 笑いが引いた所でしっかりと彼に誓った。


「それと有生に渡した無料券ですけど、使うなら水曜か日曜にしてください」


「どうして?」


「俺のシフトがない日なんで」


 シフトって言っちゃったよこの子。


「うーん。それは約束出来かねるかなー?」


 私はそんな抜け所の多い彼を最後の最後までおちょくり倒す。りいちゃんとはまた違った可愛らしさに中毒になってしまいそうだった。……そして。


「……ん?」


 突如背後から響いて来た異音に、私とダイチくんは思わず振り返ってしまった。


 最初、私はそれを黒いビニールか何かかと思った。黒いアスファルトの上に落ちた黒い塊。けれど真夏の生暖かい風が街を駆ける割に、そのビニールは風に流される気配がない。じっとその場から動こうとしないのだ。


 少し目を凝らしてみると、それはビニールではなくカラスの死骸である事に気がついた。それならさっきの異音の正体にも納得が行く。何か適度な重さをした物が上空から地面へと落下する音。さっきの音はカラスが落ちて来た音だったのだろう。私とダイチくんは空を見上げ、そして。


「……何?」


 そこから更に六羽のカラスが立て続けに落下する様子を目の当たりにした。


 カラスの群れが空を飛んでいたのだ。夕方の空を、太陽目掛けてカラスが飛んでいく、ノスタルジーさ溢れる日常の一ページ。そんなカラスの群れが上空で何かと激突し、そして体制を崩して落下する。空から地面に叩きつけられたカラスは、その衝撃に耐えきれず即絶命していた。


 一体彼らの身に何が起きたのだろう。彼らは何と衝突したのだろう。私達の頭上には、空と積乱雲と太陽と、そして僅かに姿を現した月以外の何者も存在しない。


 それとも何かあるとでも言うのだろうか。空中に、私達には見えない何かが。複数のカラスが激突するような巨大な何かが。私達の日常に紛れながら漂っているとでも言うのだろうか。今私にわかる事は一つだけだ。


「……あの。大丈夫っすか?」


 カラスの最後の一羽が私にぶつからないよう、私の体を抱き寄せてくれた彼の高い身長に、小学生とは思えない程の頼り甲斐を感じてしまった。それだけだった。

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