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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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人形

最後の日常編 13/15

 ◇◆◇◆


 友達が出来た。私の言う事を何でも聞いてくれる素敵なお友達が。そのお友達は今日も私の言う事を聞いてくれる。


「……いいね。いいよお兄ちゃん。凄く綺麗」


 私はお兄ちゃんと一緒に横になる。綺麗な髪。綺麗な顔。綺麗な瞳。テレビで見る女優さんやアイドルが霞んで見えるくらい綺麗な容姿。当然だ。だってこのお兄ちゃんは人間じゃない。自然に作られた女優やアイドルより、誰かの手で作られたお人形さんの方が美しいのは当たり前の事だ。強いて不満をあげるなら、こんな綺麗なお人形さんが私の服を着ているのに、体は男の子なのが信じられないって事くらい。それ以外は完璧な、百点満点の美しさが私の手中にあった。


 私はこのお人形さんに頬擦りをする。それだけでは飽き足らず、体中の至る所を撫で回した。こんな事をされてもこのお人形さんは決して抵抗したりはしない。当たり前の事だけど、人形のくせに抵抗なんてして来たら気持ち悪いだけだ。だから私はこのお人形さんが大好き。抵抗せず、一切合切されるがまま私に身を預けるこのお人形さんが、凄く好き。


「……勘違いしないで欲しいんだけど、私はお兄ちゃんが嫌いなわけじゃないの。好きか嫌いかで言えば……大好き。ずっと一緒にいたいって思ってるよ?」


 私は頬擦りしながら言葉を紡ぐ。


「……だって私、人間の方が嫌いだもん」


 密着する程の至近距離で私の気持ちをこれに伝えた。……と、その時。


 私の顔にお兄ちゃんの吐息がかかった。なんせこの至近距離だ。私の吐息がお兄ちゃんにかかるように、お兄ちゃんの吐息も私にかかるのも仕方のない事。仕方のない事だってわかっているけれど、その瞬間私の心にドス黒い不快感が芽生えてしまった。興が削がれるってこう言う事を言うんだね。いくら抵抗しなくても、生きた人形なんてそれだけで気持ちが悪い。


 私はお兄ちゃんの耳に口を近づけ、その色素の薄い耳介に歯を立てた。甘噛みなんてものじゃない。噛む事は私の体で行える精一杯の暴力なのだ。私の体ではこれ以上の攻撃なんて出来っこないから。


 じわりと鉄の味が私の舌に広がる。お兄ちゃんの耳から口を離すと、私の歯形の一つ一つから僅かな血液が滲み出ていた。結局これもお兄ちゃんが生きている証拠にしかならないけれど、それでも痛みを与えたと言う意味では罰が下ったも同然。私はそう納得し、お人形さんの分際で生きている罪に目を瞑る事にした。


「……お兄ちゃんはね、人形のくせに人間のふりをしているから。それが気持ち悪くて仕方なかった。……でも、こうやって人形らしくしてくれるなら寧ろ大歓迎だよ」


 目を瞑ろうと、してあげたのに。


 お兄ちゃんのスマホが鳴り出した。スマホが鳴るだけならまだいい。でもお兄ちゃんはそのスマホに手を伸ばした。人形が私の許可なく、自分の意思で勝手に動いて電話に出たのだ。


『……あ、もしもし。タロウ?』


 でも、それ以上はさせなかった。私はスマホを握るお兄ちゃんの手首を掴み、そして警告する。


(……どうして勝手に出たの? ダメだよ。お人形さんはそんな事しない)


 電話の向こう側の相手に聞こえないよう、お兄ちゃんの耳と私の唇が触れ合う程の距離で警告する。


(……切って)


「……」


(……何度も言ってるよね。言う事を聞けないなら、お兄ちゃんの不自然さを色んな人に言いふらすって)


「……」


(……きっと殆どの人は信じてくれないと思うけど、信じてくれる人が出るまでずっと言いふらすから)


「……」


(わかったら早く切れよ)


「……」


 私の警告を受け入れ、お兄ちゃんは通話を切った。お日様のようにポカポカとした満足感が私を満たす。電話の相手は誰だったんだろう。女の子の声だったしガールフレンドか何かかな?


 困るなー。私以外の誰かがこの玩具に触れようだなんて。……ま、私の言う通り電話を切ってくれたからいいけど。


「……あーあ。嫌われちゃった。でも」


 私はお兄ちゃんを抱きしめる。その無表情な頭部を抱きしめて私の弱った胸に沈めてあげて。


「いい子」


 お兄ちゃんの頭を何度も何度も撫でてあげた。


 静かな時間。私が世界で一番好きな時間。目を閉じると自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。ここまで静かにならないと、私のガラクタの心臓は音を発さない。私は自分が生きている証を思う存分堪能しながら、ただただ時間が過ぎ去るのを待った。


 けれどそんな静寂な時間は一時間も続いてくれなかった。


 病室の扉が唐突に開く。それがお医者さんや看護師さんでないのはすぐにわかった。彼らは入室前に必ずノックをする。彼らでなくても人の部屋に入るならノックするのが礼儀だろう。侵入者の正体が、そんな礼儀知らずでまともな教養も受けていない乱暴者である事は、いとも容易く推測出来た。


「……誰?」


 私の問いに、彼は息を荒げながら答える。よっぽど大急ぎでここに来たようだ。


「クラスメイト」


 彼は私達の側まで近寄ると、目測百八十センチに少し及ばない身長からお兄ちゃんを見下ろしながら一言。


「何してんだよ。つうか何だよその格好」


 吐き捨てるようにそう呟いた。


「いや……まぁこの際何でもいいわ。お前の趣味とかどうでもいいし」


「……」


「でもお前、いくらなんでもあれはねえだろ? 無言で電話切る奴があるか?」


「……」


 彼の言葉には応えず、ひたすら無言を貫き通すお兄ちゃんに苛立ったんだろう。彼は舌打ちを漏らした。


「何で何も言わねえんだよ」


「……それはね」


 だから私が答えてあげるんだ。言葉を喋らないお人形さんの代わりに、私が。私はお兄ちゃんの体をより一層強く抱きしめ、彼に教えてあげた。


「……誰とも話したくないからだよ。……お兄ちゃん、クラスのみんなとは縁を切って……ずっとここにいたいんだって。……ね?」


 でも、どうやらその行動は早計だったらしい。私の答えを聞いた彼は、納得したように「あー」と呟く。


「こいつに弱味握られてる的な?」


「……」


 私はナースコールに手を伸ばした。


「おっと」


 しかし侵入者に手首を掴まれ阻止された。


「悪いな。こっそり忍び込んでんだ。それはちょっと困る」


 侵入者はそう言って私からお兄ちゃんを引き離した。


「ほら、さっさと着替えろ。行くぞ」


「……」


「いつまで黙ってんだよ」


「……」


「俺に目ぇつけられたお前を庇ってくれたのは誰だよ。恩くらい返せ」


「……うん。そうだね」


 お兄ちゃんが動き出す。折角お人形さんに戻してあげたのに、またしても人間のふりを再開する。気持ち悪い。


「どうして僕がここにいるってわかったの?」


「前に言ってたろ? 妹もここに入院してて毎日見舞いに来てるって。循環器がどうのこうの言ってたからここの病棟をしらみつぶしに探したんだよ。あ、そうだ。一応お前の連絡先とか教えろよ。また今日みたいな事したら鬼電かけてやる」


「みほりちゃんの為に?」


「……うっせえな。早く着替えろよ」


 侵入者に促され、すぐに元の中性的なお洋服に着替えるお兄ちゃん。お兄ちゃんは着替え終えると、何事もなかったかのように私にこう言った。


「ごめんね、トヨリ。また来るよ」


 人形である事を放棄したお兄ちゃんに、私は言葉を返した。


「……二度と来ないでいいったぁ⁉︎」


 そんな私の眉間に鋭い痛みが走る。侵入者にデコピンを喰らわされたのだ。


「お前は兄貴いじめんなバカ」


「……」


 私は布団を被って視界を遮断する。人形をやめた人形とただの人間。ここにはもう私の嫌いな物しか残っていない。同じ空気を吸うのも虫唾が走る。


 足音が離れて行くのが聞こえた。一つの足音が病室を離れ、それに続いてもう一つ足音も病室の外へ出て行く。そして最後に病室のドアが閉まる音が……聞こえてくるその直前。


「おい」


 侵入者の声が聞こえた。


「腹が痛えなら今度キャベジン持って来てやっからさ。兄妹仲良くしとけよな?」


「……」


 侵入者が循環器と消化器の違いもわからないような馬鹿である事はよく理解出来た。




 ◇◆◇◆

 

 ダイチくんがタロウくんを引き連れて帰って来たのは、いよいよ時刻も二十時に差し掛かろうとした時だった。


「先食ってろっつったのに」


 あれから二時間近く経っているにも関わらず、歯形どころか手一つ付けられていないテーブル上のご馳走を見ながらダイチくんが呟く。


「なんか食欲湧かなかったんだよ」


「お前史上一番わかりやすい嘘つくな」


 軽口を叩き合いながら小さく微笑むダイチくんとりいちゃん。りいちゃんは次にダイチくんに手首を握られ、連行されるようにやって来たタロウくんに視線を向けた。


「おめえも来るの遅えんだよ。待たせやがって」


「ごめん。さっきの電話も」


「……いや、私こそ無理言って悪かった。お前だって色々人付き合いがあるのにな」


 寂しげに笑いかけるりいちゃんに、タロウくんが補足する。


「それ、来る時にダイチくんからも聞いたよ」


「ん?」


「夏休みの間、僕がみほりちゃんと殆ど遊ばなかった事。学校の友達が増えてみほりちゃんよりそっちを選んだ事。誤解されるには十分過ぎる根拠だと思う」


「……」


 気まずそうに。それでいて恨めしそうにダイチくんを睨みつけるりいちゃん。けれど。


「でも、それはみほりちゃんの勘違いだって事は今ここで断言しておくよ。交友関係に順位をつけるのは褒められるべき事だとは思わないけど、それでもみほりちゃんの事は最優先にしたいと思ってる。夏休みの間遊べなかったのも、今日来れそうになかったのも、他の友達と遊んでいたんじゃなくて家族の問題だから」


 そう言ってタロウくんは背中のリュックを下ろし、中からりいちゃんへ渡す予定だったプレゼントを取り出した。


「はい」


「……」


 シャネルのバックを渡されたりいちゃんの表情に稲妻が走る。お世辞にも喜んでいるとは言い難い。ていうかあれ本当にシャネルのバックじゃん……。強いて言えばリサイクルショップで買った事が伺える値札が貼られいるものの、それでも小学生が買うには中々ハードルの高いお値段である事に違いはなかった。


「じゃあこっち」


 不満気なりいちゃんの顔を見て、タロウくんはバックを取り下げて二つ目のプレゼントを差し出した。それはドンキの食品コーナーなんかで稀に見かけるうまい棒三十本詰め合わせセット。私から言わせればどう考えても前者の方が欲しいけれど。


「おぉ……! おーーーーっ! サンキュー!」


 食い意地の権化であるりいちゃんはとても素敵な笑顔でそれを受け取り、愛する我が子にそうするように頬ずりをしていた。


「みんな、ありがとね? お料理冷めちゃったけど温め直すから良かったら食べてって。ダイチくんのお母さんにはもう連絡してあるし」


 嬉しそうに微笑む彼女を見ながら、私は胸を撫で下ろして子供達を部屋に招き入れた。


 五年。彼女が心の底から友人に祝われる誕生日を開けるまでに、六年もかかった。その優しさに触れた彼女なら、きっと魔界に帰った後も友人に優しく出来る素敵な女の子になってくれると思う。前まではあれだけ誰かと仲良くするのを拒んでいた彼女が、今はもうあんなにも嬉しそうにしている。


 あれ、りいちゃんどうしたんだろう? スマホなんか取り出しちゃって。通話なんかしちゃって。友達に祝われる喜びを共有したい相手が他にもいるのだろうか。私は彼女の行動を静かに見守る。


「もしもしフクか! おい聞けよ! 今日の振り替え誕生日パーティー、私の友達全員来たぞ! 賭けは私の勝ちだかんな! お前今度オープンキャンパスでこっち来んだろ? そん時千円払えよな? 約束忘れんじゃねえぞ!」


「……」


 私とダイチくんとタロウくんの三人で彼女の頬をつねり上げたのは言うまでもない話だった。





「あー……疲れたー……!」


 りいちゃんの振り替え誕生日パーティーが終わる。遠足は家に帰るまでが遠足なのだから、後片付けを終えた今がパーティーの真の終焉の合図になるのだろう。数時間前の賑やかさはどこへやら、ご馳走が片付けられてすっかり綺麗になってしまったテーブルには切なさえ感じてしまった。


「お疲れ様でした」


 私の隣で食器洗いを手伝ってくれたりいちゃんも、額に滲んだ汗を拭いながら伸びをしていた。


「りいちゃんもお疲れ様。主役なのにお手伝いなんて偉いじゃん」


「ま、友達増えちゃったせいでサチも五人分のご馳走用意したり大変でしたもんね? このくらいはしなきゃですよ」


「わー、友達出来た途端急に偉そうにしちゃって」


 りいちゃんを肘で軽く小突く。りいちゃんは嫌がりながらも、どこか満更でもない様子でにやけていた。


「終わっちゃったね。最後の誕生日」


 リビングのソファに腰を下ろし、ぽつりと呟く。


「最後なのにあまり派手にしてあげられなかったなー。三年生の頃みたいにクラッカー百本くらい用意しておけばよかったね?」


「あれ警察来たじゃないですか……」


 呆れるりいちゃんを見ながら小さく笑ってしまった。そしてりいちゃんに見えないよう、テーブルの下に隠しておいたそれをこっそり取り出して彼女へ渡す。


「はい」


 それはお昼に到着した宅急便のダンボールだった。伝票の貼られたダンボールを不思議そうに見つめるりいちゃん。


「サチ?」


「開けてみて」


「……」


「いいから」


 ハッとした表情で段ボールを受け取り、やんちゃな子供特有の荒々しい手つきで箱を破りながら開封していく。流石に今日と言う日に荷物が届いて、それを渡されたのだ。その意味を察せない程りいちゃんは馬鹿じゃなかった。


「……これって」


「ipad miniとApple pencil。いやー、最後だもんね? 何にしようかずっと迷ってたんだよ。でも結局決められなかったから、ならいっそのこと何でも出来る便利なのにしたらいいじゃんって思った。小学生には贅沢かなーとも思ったけど、でもこれが最後の誕生日プレゼントになるもん。来年も、再来年も、それから先もずっとあげられないって思ったら寧ろ安いくらいだよ」


 私は缶チューハイのプルタブを立てて一気飲みした。一仕事終えたご褒美に冷蔵庫から一本引っ張り出して来たのだ。


 缶の中身を飲み干した所で、おじさんのように大袈裟な息を吐いた。弱めのアルコールが胃を満たし、とても気分がいい。


「……まぁ、あっちで本格的な魔法を覚えてどんな事も出来るようになったら、こんなものも使わなくなるかもだけどさ。それまでの繋ぎにでも使ってくれたら嬉しい。何百冊分のノートとかもこれ一つにまとめられるし、お勉強とかで役立ててよ……って」


 その時、脇腹に小さな圧迫感と温もりが宿る。りいちゃんが私に抱きつきながら顔を埋めていたのだ。……いや、抱きつくというよりこれはもうしがみついていると言った方が正しいのかもしれない。そしてこの子が顔を見られないように顔を埋める時というのは大抵……。


「なーに? 嬉しかった?」


 りいちゃんは声を出さずに首を縦に振る動作だけをした。


「そっか。なら私はもっと嬉しい」


 私はそんな彼女の頭をくしゃくしゃと撫で回す。十歳になりたてのその幼い感情が落ち着くまで、静かにいつまでも撫で回してあげた。





 余談。


 りいちゃんがまともに喋れるようになったのはそれから三十分が経ってからの事。ようやく私から顔を引き離してくれたりいちゃんに、気になっていた事を一つ訊ねてみた。


「そういえばアキちゃんからもプレゼント貰ったの?」


「はい。物じゃなくて技術を」


「技術?」


「家の鍵を忘れても部屋に入れるように、ヘアピン二本でピッキングする方法教えて貰いました」


「家の鍵を忘れた時……ね」


「はい。家の鍵を忘れた時です」


 聞かなかった事にした。

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