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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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生肉はどこ ②

最後の日常編 7/15

「ちんちんマン?」


「チムジルバン。わざと言い間違えたでしょ」


 ロッカールームで室内着に着替えながらチムジルバンに関する簡単な解説をしてあげた。


「サウナがメインの健康ランドみたいな感じの施設だよ。韓国では都市部僻地関わらずあちこちで普及しているんだって。ここは一階が受付、地下一階が大浴場、二階が美容施設、三階が娯楽施設、四階がサウナ、そして五階が仮眠室なんだよ?」


「看板に書いてあるのを読んでるだけなのにさも自分の知識のように言いますよね」


「言わないで……」


 まぁ実際りいちゃんの言う通りなんだけど。もちろん看板の表記はハングルだけど、そこはやはり観光地。英語表記に中国語表記、おまけに日本語表記まであるから特に困った事はなかった。受付の人も片言だけど日本語を話せていたしね。


「とりあえず私はマッサージ受けよっかな? 大学の時に友達と来た時もすっごい気持ちよくてねねー。りいちゃんはどうする? 温かい石を敷き詰めた足湯の石バージョンみたいなのがあるんだけど、そこで足を温めながら仮眠取るのも気持ち良いと思うよ?」


「私は……」


 看板に描かれた各階の解説や内装写真を見ながらりいちゃんは答えた。


「じゃあ私もマッサージで」





「私の知ってるサウナじゃない」


 四階でエレベーターを降り、外の様子を見ながらりいちゃんが一言。きっと日本の健康ランドみたいな、大浴場の中にサウナルームがある光景を予想していたんだろう。


 しかしここは違う。この四階フロアには計八つの扉が設置されていて、それぞれがサウナルームの入り口になっているのだ。


「ここってこの室内着を着たまま入るんですか?」


「そうだよー。だから汗を吸いやすい素材で出来てるでしょ?」


 フロアに足を踏み入れ、端から端まで小走りしながらそれぞれのサウナに目を配るりいちゃん。珍しいものには好奇心を隠さない、健やかな子に育ってくれてよかった。


 子供でもマッサージを受けられるのか確認してみたところ全然大丈夫との事だったので、私達はマッサージの為の下準備をしにこのフロアへと足を踏み入れた。マッサージを受ける前にここで汗をたっぷり出して、地下一階の大浴場で洗い流して来て欲しいとの事。さて、それじゃあどのサウナから入ろうか……。


「見てくださいサチ! 乞食みたいなのがいっぱいいます!」


 私はりいちゃんの手首を掴んで引き寄せ、その口を手のひらで覆い隠す。りいちゃんの言うこいつらと言うのは、各サウナルームの外で横になっている人達の事だろう。


(休憩中なの! 地面にゴザが敷いてあるでしょ⁉︎ サウナに疲れたらここで横になっていい事になってるの! お願いだからあまり変な事言わないで⁉︎ ここ観光地で今は夏休みなんだよ⁉︎ 日本人いたらどうするの⁉︎)


 私は逃げるようにサウナの中へりいちゃんを連行した。


 流石はサウナがメインの健康ランドというだけの事はあり、サウナの種類も多種多様だった。その中から私が選んだのは、最初の一回という事もあり王道中の王道であるドライサウナだ。日本によくあるサウナと変わらない、ごく普通のありふれたサウナである。


「サウナって何で火傷しないんですかね。同じ温度の熱湯に入ったら火傷まっしぐらなのに」


「あー、それは空気の層が皮膚を覆っていて熱を防いでくれるからだよ。だからこうすると」


 私はりいちゃんの腕に息を吹きかけ、空気の層を瞬間的に取っ払う。りいちゃんは悲鳴を上げながらサウナを飛び出した。こうして私達のサウナ巡りは続いていく。


 ドライサウナの次に入ったのはアイスサウナ。


「なんだここさっむ……! 先週冷房だけじゃ物足りなくて冷蔵庫に入った時の事を思い出しますね」


「私がいない時に何をやっていたのかな……?」


 アイスサウナの次に入ったのは黄土サウナ。


「黄土? 甲子園から持って来た土的な?」


「そんなわけないでしょ。壁に黄土って言う土が練り込まれてるんだよ。遠赤外線を反射して血液循環を良くしてくれるんだって」


「へー、いいじゃないですか。うちの壁にも黄土練り込んでみましょうよ」


「賃貸」


 一旦アイスサウナでクールダウンをし、次に赴いたのは湿サウナ。


「な、なんですかここ……? 大して暑くないのに汗が止まらない……っ」


「湿度が高いからね。気化熱って理科とかで習わなかった? 汗って乾くと体温ごと吸い取ってくれるの。湿度が高いと汗が乾かないから延々と汗が出るんだぁ」


「でもこれ流石にヤバいですよ……。もっと湿度の低いカラッカラに乾いたサウナとかないんですか?」


「それがドライサウナだね」


 再びアイスサウナでクールダウンを果たし、次に足を運んだのはヨモギサウナ。


「何ですかこの穴が空いた椅子」


「この下でヨモギを焚いてるの。このマントを羽織ってここに座るんだよ? ヨモギの煙をマントの中に閉じ込めて全身で浴びる感じかな」


「へー。でも私ヨモギの煙をケツで吸う趣味とかないんですよね」


「一々汚い言い方するのやめてくれない……?」


 こうして数々のサウナを堪能した上で、最後に私達は塩サウナへと足を踏み入れる。


「動かないでねー?」


 私はサウナ室に備えられた塩を取り出し、りいちゃんの体に塗してあげた。


「サチが何考えているのかわかりますよ。どうせ焼豚の下ごしらえしてるみたいとか思ってるんですよね? ハッ」


「思ってないから……。これは塩と汗が混ざる事で毛穴の汚れを取り除いてくれてるの。ていうか今はそんな太ってないじゃん……。そもそもそんなやさぐれるくらいなら普段から体型管理頑張ってよ」


 そんな長い長いサウナタイムを終え。


「ゔええええええっ! ぎんもぢいいいいい!」


 馬鹿みたいな反応で感想を述べるりいちゃんと一緒に大浴場で汗と塩を流し。


「じゃ、受けますか!」


 そしていよいよ訪れるマッサージタイム。私達はマッサージ師に案内され、ベッドの立ち並ぶマッサージルームまで通された。私達は下半身にだけタオル一枚を巻かれた姿にされてベッドの上にうつ伏せで寝かせられる。まずは背中のアカスリから。


「あー……。んー、ナイス……っ! な、ナイス、ナイス……! グッドぉ……!」


 およそ十年ぶりに受けたアカスリに変な声が止まらない。まるで背中の痒いところを知った上でそこを重点的に擦ってくれる物だからとても気持ちいい。流石に従業員の人まで日本語は出来ないようだったから、私はなんとか英語で感謝の気持ちを伝えてみた。一方りいちゃんは。


「いってえ⁉︎ いてえ! いてえ! おいてめえふざけんなこの野郎! ちょっとこれ見ろ!」


 りいちゃんの幼い柔肌にアカスリはまだ早かったのか、従業員にメモ帳を見せていた。……いや、あれはメモ帳じゃなくてメリムちゃん? 何やってるんだろ。従業員は従業員で納得したようにオーケーオーケー言ってるけど。


「りいちゃん、それ何してるの?」


「痛くするなってメリムに言って貰ってるんですよ。こいつどの国の文字も扱えるから」


「何その便利機能……。ねえ、そういうのもっと早く教えてよ。そんな事ならもっと前から海外旅行行きたかったよ……」


 アカスリが終わると次は指圧マッサージが始まる。背中、顔、ふくらはぎ、足裏に親指サイズの刺激が加わり、特に足裏に至っては中々の激痛だ。でも足裏を押された瞬間こそ痛いけれど、親指が離れた後にジワジワ残る足裏の感覚……。これはたまらないや。


「あああああああああああっ! あ、おええええあああああああ⁉︎ ひぃーっ、ひぃーっ、おぉん……っ!」


 りいちゃんはうるさかった。


 そんなこんなでマッサージもかれこれ一時間は経っただろうか。極楽浄土のような120分コースも、いよいよ残すところあと60分。残りはアロマオイルでボディトリートメントしてもらって、最後にコラーゲンパックで終わりかな。……でもボディトリートメントか。隣の小さな怪獣が心配でならない。


 そんな私の勘は物の見事に的中する。


 うつ伏せのまま、体の背面を下から上にかけてアロマオイルを塗り込まれていく。足裏、ふくらはぎ、太もも、ヒップ、ウエスト、背中、首。当然うつ伏せで視界が確保されていないのだから、これからどのパーツに触れられるのかは実際に触られるまで分からない。だから突然足裏だったりウエストだったり首だったりを触られるとなんというかこう……来る物があるわけだ。


 で、だ。大人の私でもこれなのに、子供のりいちゃんが果たしてどこまで我慢出来るのかと言うと。


「え、え……。な、何……? 何これ何これ? ヤバくね? おいヤバくね? お前それマジでヤバいぞ。お前それ本当マジで本当……うぉっふ⁉︎ いやお前そこダメだから! マジでダメだからこの野郎ひぇっ⁉︎」


 全然ダメだった。そこからしばらく、くすぐったさに耐えかねたりいちゃんの下品な笑い声が続く。笑い声だけならまだしもビタンビタン飛び跳ねる音や手足をばたつかせる音まで聞こえてくるな……。


 しばらくして、従業員に体を仰向けにするよう促された。いよいよ体の前面と腕の番か。体の向きを百八十度反転させると今度は顔のマッサージ。オイルを塗り込まれつつも適度に顔のツボを刺激してくるそのテクニックと来たら……。うちの職場にも一人は欲しい人材だ。待機中にマッサージしてくれる施術師さんとか雇ってくれないかな。


 一方隣の方はと言うと。


「おうおう……、なんだよおめえ、気持ちいいマッサージも出来るじゃねえか。最初からそうしろっての。お前はやれば出来る奴なんだから……」


 顔に関しては特に痛い思いもくすぐったい思いもする事はなく、りいちゃんも気持ち良さそうで何よりだった。


 顔のマッサージが一通り済むと、今度は顔の上にタオルを乗せられる。デコルテのマッサージに切り替わるのだろう。


 ……まぁ、わかるんだけどね。仰向けの状態だとほぼ裸の体が他人にいじられる様をマジマジと見る事になって気まずいから、その対策として目隠しさせられるんだって。わかるっちゃわかるんだけど、でも目隠しされながら体を触られるのもそれはそれで複雑な気分……。特に体の前面は背面より皮膚も薄いし。


 隣の方は……。


「いやいやいやいやヤバいって! 目隠しは流石にまずいって! おめえ知ってんのかよ⁉︎ 例えばリンチされるにしても目を開けてりゃどこ殴られるかわかるから案外耐えられるもんだけど、目隠しはマジで洒落になんねえからな⁉︎ 私経験者だから知ってんだよ! てめえ目隠しされて根性焼きされた経験あんのかゴラ⁉︎」


 りいちゃんはやっぱりうるさかった。


 デコルテへのマッサージが始まった。バストトップに触れられる事はないとは言え、ちょっとした拍子に擦れる事はあるし、そうでなくても施術中は実質胸を揉まれているようなものだからね。全身マッサージの中だと一番意識しちゃうパートでもある。で、それは隣の方も同じらしい。あれだけ威勢の良かったりいちゃんなのに、デコルテへの施術が始まった途端、その威勢は情け無い悲鳴へと姿を変える。いや、情けなくなったのは声だけじゃないや。


「さ、サチ……! これヤバいです……! く、くすぐったいとかそう言う次元じゃなくて……、こ、殺される……! 私殺される……! いやだぁ……っ!」


 態度まで小さくなっていた。借りて来た猫みたいだ。


 こうして胸部と腹部への施術も淡々と実行されて行った。従業員の手が動く度に隣から聞こえてくる掠れたような情けない悲鳴が一々気になったものの、そんな時間もいよいよ終盤に差し掛かっていく。


 顔からタオルを外され、数十分ぶりにクリアな視界が確保された。隣の様子を見てみると。


「……」


 顔を真っ赤に染め上げながら放心するりいちゃんが一人。半開きの口から魂が抜け出ているようだった。


 そして私達は最後の施術、コラーゲンパックを顔に塗られた。あとはこのまま三十分程放置でマッサージの全身コースは終わり。特にする事もなく、室内の程良い暖かさと寝不足の影響もあって、次第に私の意識は夢の世界へと旅立っていった。





「わー! いいじゃんりいちゃん! お肌もっちもちだよもっちもち!」


 120分にも及ぶマッサージを終えた私達は、コラーゲンパック中の仮眠で睡眠欲がある程度満たされた事により、僅かながらも食欲が回復していた。


 かなりの長時間ここで過ごしたつもりだったけど、時計を見てみるとまだ午前九時になったばかり。韓国に到着したのが四時五十五分だったし、時間の余裕は思ったよりもありそうだ。


 私達はマッサージルームから少し離れた場所にある食堂で軽めの朝食を頂いていた。私の注文は韓国式の水餃子とアワビ粥で、りいちゃんの注文は海鮮チゲ。でも何故だろう。折角目の前に食べ物があるのに、りいちゃんが全くがっつかない。マッサージを終えてからずっと顔を赤らめながらボーッとしている。


「マッサージ、あまり気持ちよくなかった?」


 りいちゃんの肌は元の幼さも相まって、とても瑞々しい肌へと変貌していた。でもりいちゃんは最近十歳になったばかりの女の子。私も子供の頃はマッサージって痛いだけで、大人は何でこんな物を気持ちいいと言っているのか理解出来なかったっけ。


「まぁ……物によりけりですね。顔のマッサージは気持ち良かったですし……」


「あー、じゃあ指圧かな? 確かに子供には痛いだけかもね」


「いえ、あれはあれでまぁ……なんとか我慢出来ましたよ。どちらかと言うと問題はオイルマッサージの方ですね」


 私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「そっかそっか。りいちゃんずっと変な声あげてたもんね。くすぐったかった?」


「……そうですね。確かにやられてる間はくすぐったくてたまったもんじゃなかったです。目隠しのせいで何されてるかもわからないから恐怖もありました。……ただ」


「ただ?」


 りいちゃんは顔を俯けながら自分の体を抱きしめる。拳はギュッと服の裾を握っていて、顔色も相変わらず赤らめたままで。そして五年以上りいちゃんと過ごして来た中で、過去一女の子らしさ溢れるいじらしい表情を浮かべながら。


「なんか……、癖になりそう」


 そう答えた。


「……あ、そう」


 変な扉開けちゃったかな……。

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