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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
112/369

ダイチの夏休み

最後の日常編 4/15

「……」


 今日のリハビリを終え、シャワーも浴びて自分の病室に戻った。そしてすぐに頭を抱えた。当たり前だ。病室の扉を開けた瞬間、お菓子の甘ったるい匂いが漂って来て、そして俺のベッドは膨らんでいる。もう全部察したよ。


 ベッドの側まで歩み寄って布団を捲る。布団の中には我が物顔で寝息を立てる有生と、有生の食べこぼしと思われるクッキーの破片が散乱していた。


「……も」


 ふと、有生の口から寝言のような物が漏れ出た。


「も……も……っ」


 も? こいつ、まさかもう食べられないみたいなベタな寝言を呟くつもりじゃないだろうな。


「もっと食べたい……っ!」


 俺は有生の口と鼻を摘んだ。そして時計に目を向ける。十秒、二十秒、三十秒。


「だぁーっ⁉︎」


 有生が飛び起きるまでの時間は三十八秒だった。


「よぉ。美味いもん食ってる夢でも見てたかよ」


「……ダイチ? なんだろう……。水槽に閉じ込められながら魚介類を直接食べる夢見てた。超苦しかった……」


 だろうな。


「お前いい加減にしろよな……。あーもう、こんなに人のベッド汚しやがってよぉ」


 ベッドを叩き、その上に散乱したお菓子の破片を外へ追いやる。食べこぼしでチクチクしたベッドで寝るとかたまったもんじゃない。


「でも私がいて悪い気はしないだろ?」


 そんな俺を見ながら笑顔を向ける有生に、かつて抱いた暴力的な衝動が再び蘇りそうになった。つっても、その事を口にしたりはしなかったけど。実際有生の言う通りなんだ。有生が近くにいると、妙に落ち着く。身体的にも精神的にもとても楽になる。ゲームで回復魔法をかけられたキャラって、こんな気分じゃないのかってよく思うんだ。


「体も元気になってるみてえだしな。退院も近いんじゃねえのか?」


「……そうだな」


 俺はこれまでの出来事を思いながら、この摩訶不思議な体験について吐露した。


「魔法にでもかかった気分だよ。骨はあっという間にくっつくし、リハビリだって順調過ぎて気味が悪いくらいだ。ギブスを取った瞬間、普通にベッドから起き上がれた。それでも最初は足取りが覚束なくて車椅子を使ってたけど、それもたったの三日で終わった。平行棒を使った歩行訓練なんて秒殺だったわ。筋肉の衰えが異常に少ないんだと。医者もこんなケースは初めてだって驚いてるよ」


 俺がそう言うと、有生はおちょくるように口を開く。


「何言ってんだよ。お前その歳で魔法なんか信じてんのか?」


「魔法じゃなかったら俺の体はどうなってんだって話。全身複雑骨折だぞ? あり得ねえだろ、こんなの。神様もさー、俺なんかに魔法をかけるくらいなら末期癌とか不治の病とかで苦しんでる奴を助けりゃいいのに」


「無理だろ」


 俺の言葉を断ち切るように有生が呟いた。


「仮に生き物を治す魔法があったとして、それを癌患者なんかに使ってみろ。癌細胞まで元気になって即死コース一直線じゃん。病気に罹った人だって、感染した細菌まで元気にしちまうからきっと意味がない。魔法とか言ってもさ、きっとお前が思うほど便利な物でもないと思うぞ」


「……」


 魔法を信じようとする俺をおちょくった割に、急に真面目なトーンで俺の妄想話に付き合ってくるんだな。


「退院の目処はついてんのか?」


「あぁ、一応来週の金曜になるっぽい」


「そっか。じゃあ再来週辺りが良さそうだな」


「何が?」


「私の誕生日パーティー」


「は?」


 一瞬聞き間違いだと思った。だってこいつの誕生日って七月で……。


「延期する事にしたんだ。サチの地元の知り合いがさ、例の事件に巻き込まれてそれどころじゃなかった」


「例の事件って」


 思い当たる節は一つしかなかった。俺みたいな社会から隔離された子供でも知っている事件だ。テレビやスマホを見る度に飛び込んで来る。


 七月のある日、神奈川の海辺で二人の夫婦が銃殺されていたらしい。その日から毎日だ。毎日最低でも一人、日本のどこかで誰かが日本社会では中々お目にかかれないようなやり方で殺されていっているという、あの事件。特にその夫婦は最初に見つかった被害者という事もあって、ワイドショーでは専門家が色々な議論を重ねていたっけ。被害者は頭を銃で撃ち抜かれていて、なおかつ銃弾が貫通した痕跡がないにも関わらず、何故か遺体からは銃弾が検出されなかったと言う怪事件だ。銃弾が体内で消滅したとしか思えないと、皆が皆口を揃えてそう言っている。そしてそんな感じの怪事件が日本全国で度々起こっていると言うのだから世も末だな。


 今の日本で例の事件と言えば、これ以外に思い浮かばない。


 事件に巻き込まれた被害者同士に接点はなし。殺害場所も殺害方法も毎回不規則。強いて言えば犯行時刻は夜が多めで、被害者の特徴も比較的柄の悪そうな人が多いというくらいだ。


「なんか……悪い」


「別に謝る事はねえよ。私はそいつの事を知らないし、サチも今は引きずってる感じはない。普通に日常生活は送れてんだ。ってか日常生活って意味ならお前の方がヤバいんじゃねえの? 授業二ヶ月もサボって勉強ついて来れんのか?」


「心配いらねえよ。病院学級って制度があって、勉強はそこで教えて貰ってんだ。強いて問題があるとしたら……」


「したら?」


「夏休みの宿題がなぁ……。全身骨折のガキに出してんじゃねえっつうの。普通免除してくれるだろ? マジで骨が折れるわ」


「あ、上手い」


「ギャグ言ったつもりはねえよ」


 すると有生はキョロキョロと周囲を見渡し、ベッドの隣のテーブルに目をつけた。正確にはテーブルの上に積み重ねられた宿題の山か。


「うーわ、マジで何もやってねえじゃん。お前大丈夫か? 夏休みなんて八月に入ったらあっという間だぞ」


「余計なお世話だよ。そう言うお前こそどうなんだよ?」


「自由研究以外全部終わってる」


「マジか。ちょっと写させろ」


「いいぞ」


「冗談だよ。……え?」


 聞き間違えたかと思い、つい聞き返してしまった。


「だから写してもいいぞ」


「……何? お前どうしたの?」


「何だよ。私がダチに宿題見せたら変かよ」


「そこまでは言ってねえけど……」


 すると有生はベッドの上にテーブルを設置し、夏休みの宿題の中から適当なプリントを一枚引っ張り出した。


「邪魔すっぞ」


 そして俺の隣に腰を下ろし、体を密着させながら一緒にプリントを眺める。


「家に帰ったらプリントの写真撮って送ってやるけど、とりあえず今やれる事は今やっちまおうぜ? 鉛筆動かすのも右手のリハビリにちょうどいいだろ? えーと、これ社会のプリントか。飛鳥時代の内容だな」


 有生はプリントに記載された第一問を読み上げた。


「第一問。蘇我氏と協力して天皇中心の国づくりを始めたのは誰か」


 俺は答えた。


「令和天皇」


「何歳だよ今の天皇。聖徳太子だよ聖徳太子だよ! 有名だろ⁉︎」


「悪い……」


 有生は次の問題を読み上げる。


「第二問。聖徳太子は能力に応じて役人に取り立てる○○という制度を作った」


 俺は答えた。


「あ、それは知ってる。あれだろ? 魔の十三段階段みたいなやつ」


「七不思議じゃねえんだよ。学校の怪談じゃねえんだよ季節的にはぴったりだけど。冠位十二階だ! お前本当に勉強してたのか……?」


 有生は呆れ顔を浮かべながら次の問題を読み上げる。


「聖徳太子は中国の制度や文化を取り入れる為、小野妹子らを○○として派遣した」


 俺は答えた。


「非正規社員」


「世知辛えよ」


 有生はため息をついた。


「お前さ、わかんないならわかんないなりにもう少し考えて答えろよな? 頭に浮かんだ単語を反射的に喋ってるだけだろ?」


「そう言われてもな……。こういう暗記科目ってそもそも勉強してなきゃいくら考えても答えとか浮かんで来ないだろ?」


「それもそっか。じゃあ算数にすんべ」


「すんべって」


 有生はプリントの山から算数のプリントを取り出した。よし、これならやれる。俺は最初の問題を読み上げた。


「2/7 ÷ 3/4か。ハッ、問一なだけあって楽勝だな」


 スマホを取り出して計算機アプリを起動する。


「2/7は2 ÷ 7だから……0.28571429。3/4は3 ÷ 4だから……0.75。つまりこれは0.28571429 ÷ 0.75になるから答えは……0.38095239だ! どうだ有生?」


「……」


 どうして有生はこんな悲しそうな表情で俺を見て来るんだろう。それが不思議でならない。


「ダイチ……。小学校程度の義務教育に負けんなよな」


「何言ってんだ。義務教育に屈しなかったんだから勝ったのは俺の方だ」


 よっぽど俺の学力に呆れているんだろう。有生は頭を抱えながら全身を脱力させて俺に寄りかかって来た。近い。


「……重えよ」


「あーん? 男のくせに女一人支えらんねえのかよ情けねえ奴」


「はい、男女差別」


「うっせえ」


「それに俺だって平均的な体重なら余裕で支えてやれるんだけどな」


「うっせえ!」


 顎に頭突きをかまされた。


 顎を摩る俺を他所に、有生はベッドに大の字で横たわった。こいつほど我が物顔って表現が似合う奴を、俺は未だかつて見た事がない。


「ダイチ」


 ふと、有生の口から言葉が漏れる。


「何?」


「お前、誕生日来るだろ?」


「……」


 それはついさっき、良い感じに逸らせたと思った話題だった。このまま何事もなく帰ってくれるのを待っていたものの、どうもそう言うわけにはいかないらしい。


 誕生日。誕生日か……。親しい相手の出生を祝う日か。俺の脳裏にタロウとの会話が蘇る。


『みほりちゃんの事、好きなの? 殴ったのに。タバコを押し付けようとしてたのに。楽しそうにいじめていたのに。ダイチくんのせいであんな傷まで作ったのに』


 だから俺の答えはこれしかないと思った。


「あぁ。アキに言っとくよ」


「お前に言ってんだよ」


 なのにこいつ来たら折角の答えを軽く一蹴しやがる。振り出しに戻った気分だ。


「俺が行ってどうすんだよ。女同士キャッキャ楽しんでりゃよくね?」


「無理だな。楽しめない。お前がいなきゃ寂しがるだろ」


「あー、アキの奴な……。まぁでも兄離れの練習も必要だと思うしこれを機に」


「私もだよ」


 有生の主張が俺の言葉に割り込んだ。


「……いや、違うな。私もじゃねえわ。私が寂しいんだ」


 有生の方を振り向く。有生は笑顔を浮かべていた。でも、顔にカーテンの影が覆い被さっているからだろうか。笑っているはずなのに、笑っているように見えない。


「なんて言うのかな。タロウとアキは、例えるならボール遊びだ。乱暴に投げつけるなり、強く蹴飛ばすなり、私から何かしでかさない限り向こうから離れていく事はない。そう分かりきってるから一緒に遊んでいて安心する。でも、お前はなんか違う。お前はボールじゃなくて風船みたいだ。紐を握っていないとどっかに飛んでっちまいそうなんだよ」


 有生の手が俺の病院着に伸びる。風船の紐を掴むように、小さな手で病院着の裾をギュッと握りしめた。


「私な、思うんだ。お前とこうして話していられるのって、多分夏休みの間だけだろうなって。お前は私と違って友達が多い。退院して二学期になったら、きっとお前はそいつらと遊ぶようになる。話す機会は減って、遊ぶ機会もなくなって、そんで卒業する頃にはただのクラスメイトAの関係になる気がする」


「……」


「来いよ、誕生日。ただのクラスメイトAになる前にさ。……まぁ、それでも来たくないってんならしょうがねえ」


 有生はプリントを一枚取り出した。さっきまで解いていた社会のプリントだ。


「お前、問一から問三までの問題、私のおかげで解けたんだよな?」


「……」


「もう一回言うぞ? わ、た、し、の、お、か、げ、で解けたんだよな?」


 ニシシと意地の悪そうな笑みを有生は浮かべる。


「……考えとくよ」


 俺はため息を吐きながら社会のプリントを取り返した。

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