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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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水着回などない ②

最後の日常編 3/15

「それじゃあ今から海鮮丼を作りたいと思います」


 エプロンを着用して台所に立つサチ。しかし不満点が一つある私はサチへ質問を投げた。


「はい。どうして私もエプロンをつけなきゃいけないんですか?」


「それはりいちゃんにもお手伝いをさせる為です」


 私はこれでもかとばかりに嫌な顔を浮かべてやった。


「そんな顔しないの。来年中学生でしょ? 前に教えた卵焼き作りも結局飽きてるし、そろそろご飯の一つや二つ作れるようにならないと」


「あーあ……、私そういう年齢を引き合いに出されるのマジで無理なんですけど……。具体的に言えば『お前ら低学年かよ⁉︎ なぁ⁉︎』とか言ってブチギレてくる熱血男教師。そういう奴って絶対中学にもいますよね?『お前ら小学生かよ!』とか言ってブチギレて来そう。ってかそもそも私中学行きませんしー」


「そんな事言わないの。ていうか夏休みの宿題に家庭科あったよね? お料理か裁縫をやれってやつ」


「あー、ありましたねそういえば……」


 思い出してしまったからにはしょうがない。私は嫌々ため息を吐きながら腕まくりをしてサチの隣に並んだ。


「それじゃありいちゃんには酢飯を作ってもらおうかな? お魚捌くのは流石に無理だろうし」


 そう言ってサチは三合程のご飯が入った大きなボウルを私に明け渡した。


「いい? ちゃんと覚えてね? まずはお酢を60ミリ、お砂糖を大さじ三杯、塩を小さじ二杯を混ぜ合わせて寿司酢を作ります。砂糖と塩が溶けてなくなればオッケー。それをご飯にかけて混ぜた後に、うちわで扇いで水気を切る事。水蒸気が出なくなれば完成だよ」


「はい、わかりました。ところで折角作るからには私なりの個性を出してみたいんですけど、砂糖の代わりにはちみつとか入れてみたらどうなりますかね?」


「私に怒られるね」


「が、頑張りまーす……」


 刺身包丁を持ちながら笑顔を浮かべるサチが怖いので素直に従う事にした。私はボウルとしゃもじ、そして寿司酢の材料を持ってリビングへ向かう。するとどうだろう。サチがキッチンの方からこっちを覗いてくるじゃないか。


「なんですか?」


「いや……、任せてみたは良いものの、正直りいちゃんには酢飯作りさえ荷が重いような気がして心配で……」


「何言ってんですか? それは流石に私の事を舐めすぎですよ。こんなん材料を混ぜるだけじゃないですか。ほら、サチは自分の作業に戻った戻った」


 私はサチを手のひらで追い払い、自分の作業を開始する。まったく、サチの心配性と来たらたまったもんじゃないな。私には材料を混ぜるだけの簡単な作業も出来ないとでも? 人を馬鹿にするのも大概にして欲しい。


 私は二リットルサイズのペットボトルを取り出してお酢を入れた。お酢の量は60ミリ。10ミリは1センチだから、60ミリは6センチって事だろう。ペットボトルの隣に定規を並べ、お酢が6センチの高さに到達するのを待った。


 次は砂糖と塩だな。砂糖が大さじ三杯で塩が小さじ二杯だっけ? 砂糖大三、塩小二と。……って、いけね。私とした事が計量スプーンを持ってくるのを忘れていた。私は砂糖と塩の量を忘れないように、各々の分量を口ずさみながらキッチンへと赴いた。


「砂糖大三、塩小二。砂糖大三、塩小二」


「わー、このカンパチ脂の乗りがすごいや。食べ過ぎて体重増えちゃいそう」


「砂糖体重、塩小二。砂糖体重、塩小二。……ん? たいじゅう?」


 大十を言い間違えたかな。


「砂糖大十、塩小二。砂糖大十、塩小二」


 私は計量スプーンを手に取り来た道を戻る。


「折角のお刺身だし晩酌のおつまみにも欲しいなぁ。こう、お刺身をパクゥからの焼酎をくいってね」


「砂糖大十、塩焼酎。砂糖大十、塩焼酎。……ん? しょうちゅう?」


 小十を言い間違えたかな。


「砂糖大十、塩小十。砂糖大十、塩小十」


 リビングに戻り、お酢の入ったペットボトルの中に砂糖大さじ十杯と塩小さじ十杯を入れてシェイクする。砂糖と塩はあっという間にお酢の海へと溶けていった。マジで簡単な作業だな。こんなの失敗する余地なくね? まったく、サチってば心配性にも程があるっつうの。私は寿司酢を白飯三合が盛り付けられたボウルの中に投入した。


「……」


 なんかビシャビシャじゃね? あれ、何でこんな液体成分の方が多いの? ご飯が軽く寿司酢の海に沈んでるんだけど。しかもくっっっっっさ! 何これお酢くっっっっっ⁉︎


 いやでもサチ言ってたじゃん、ご飯と寿司酢を混ぜた後は水気がなくなるまでうちわで扇ぐって。それってつまりこの水分が蒸発するまで風を当てれば問題ないって事だろ? うん、そうだ。きっとそうだ。私はうちわを取り出して酢飯を冷やす。でも途中で面倒くさくなったからエアコンの直風が降り注ぐ場所にボウルを放置し、調味料を片付けるついでにサチの様子を見に行く事にした。


「サチ、こっちは終わりましたよ。そっちは」


「ふぅーっ……、ふぅーっ……」


 サチは両手にトンカチと釘を装備し、二匹のアナゴを並べながらめっちゃ興奮していた。アナゴの隣には綺麗に捌かれてお刺身として盛り付けられたシンパチの姿がある。アナゴに苦戦しているのだろうか。


「どうしたんですか? 目の血走り方が藁人形に釘打ちつける人のそれですよ」


「……あ、りいちゃん。いや、なんていうかね。アナゴってさ、ぬめりを取ったら他の魚と同じように捌くだけだと思ってたんだ。でも上手く包丁が入らなくて、それでネットで調べたらね。なんか、目打ちをする必要があるって」


「目打ち?」


「アナゴの目に釘を打ち付けてまな板に固定するの」


「へー」


 サチの指に覚悟が宿る。サチはアナゴの頭を押さえつけ、その眼球に釘を立てた。そしてトンカチを振り上げて。


「こいつまだ意識あったりして」


 自分の指を叩きつけた。サチは押し殺したような悲鳴をあげる。


「謎の女が自分の目を串刺しにしようとして来ているのに体が動かないとか、想像したらクッソ怖いですよね。それはそれとして頑張ってくだ」


 と。そこで私の言葉が途切れる。サチの行動によって遮られてしまった。轟音が鳴ったんだ。トンカチで釘を力の限り打ち付ける、そんな轟音。普通釘を打つ時って、釘から数センチ離れた高さからトントンって打つじゃん。それなのにサチの奴、一メートルくらいの高さからトンカチを振り下ろしたんだ。ビビって手に持った調味料全部落としちゃったじゃないか。砂糖や塩は無事だけど、お酢はキッチンの床にぶち撒けちまった。


「りいちゃん」


「は、はい……」


「黙って」


「はい」


「あっち行って」


「はい! あ、でもその前にお酢を片付けないと」


「私がやるからっ! あっちでテレビでも見てて‼︎」


「はいっ‼︎」


 私は逃げるようにキッチンを後にした。凶器を持った女の怖さを生まれて初めて体感した。





 それからどれだけの時間が経っただろう。私はお昼のワイドショーを見ながら時間を潰していたものの、台所から聞こえるアナゴを捌く音や、捌いたアナゴやカニを調理する音、牡蠣の貝殻をこじ開ける音全てが狂気を帯びていて私の体を撫で回すようだった。テレビの音とか頭に入ってくるわけなかった。


「りいちゃーん」


「……」


 不思議と、サチのそんな猫撫で声はよく聞こえて来たけど。


「……はーい」


 私はここ最近で最も重い腰を上げて台所へ足を運んだ。


「じゃーん!」


「……」


 しかし、私の予想に反してそこには広がっていたのは楽園だった。箸で簡単に切れてしまいそうなくらいほろほろに煮詰められた煮アナゴと、まな板の端から端まで届く長い長いアナゴ天。大皿の上にはカンパチの刺身を始め、いくらや牡蠣やウニなども彩り鮮やかに盛り付けられている。


「どう?」


「……凄い。凄いですサチ! 料亭開けますよこれ! ていうか開きましょう! サチのご贔屓さんとか常連にしちゃいましょうよ!」


「もーう、流石に褒め過ぎだよぉ」


 満更でも無さそうに照れるサチ。さっきまでうっかりサチの地雷を踏み抜いたような気がして焦っていたものの、これだけ笑ってくれるならよかったよ。私はひとまず胸を撫で下ろす。……まぁ、問題は後一つ残ってるんだけど。


「じゃあ早速丼に盛り付けよっか? 酢飯はどこ?」


「……あの、その事なんですけど」


「ん?」


 私は一旦深呼吸を挟み、覚悟を決めた上でこの決心を打ち明ける事にした。


「私、やっぱり酢飯はいいです。この夏の目標として、夏休みの間は炭水化物を控えようと思うんです!」


「え⁉︎」


「ふと思ったんですよね。私、あと何回サチのご飯を食べられるんだろうって。食べて、太って、痩せる為に食事制限して。そんな事を繰り返して、その度にサチの手料理を食べる機会が減って行くのって……。なんか嫌だ」


「りいちゃん……」


 サチの瞳に涙が宿る。私はいたたまれずにサチから視線を逸らしてしまった。


「だから私の分の酢飯もサチが食べてください。サチは痩せ過ぎなんですよ。二人分食べるくらいがちょうどいいと思うんです。……サチ。たくさん食べてたくさん健康になって、一日でも長生きしてください」


「……うん! ……うん‼︎ ありがとう……、ありがとね? りいちゃん。こんな嬉しい気分になれるなんて……、海の行き先をりいちゃんに任せて正解だったよ」


 私は何も言わずに笑顔だけを向けた。


「わー! 美味しそう!」


 それからサチは見事なまでの手際の良さで刺身の盛り合わせを海鮮丼へと昇華させる。サチの丼にはてんこ盛りの酢飯が、私の丼には酢飯の代わりの冷奴が盛られた。その上に並べられた鮮やかな海の幸は、まるで酢飯と豆腐の海を優雅に泳いでいるようだった。


「……なんかお酢の臭いキツくない?」


「……っ」


「あ、そっか。さっきりいちゃん、お酢溢しちゃったもんね。ごめんね? さっきは驚かせちゃって」


「い、いえ……。それより早く食べましょう!」


「うん! そうだね」


 私達は互いに両手を合わせて頂きますをし、それぞれ海鮮丼の最初の一口を頬張った。


 サチはトイレに駆け込んだ。私はトイレから響く禍々しい音を聞きながら豆腐の海鮮丼をかき込んだ。


「ごちそうさまでした! ダイチのお見舞い行って来ます!」


 逃げた。

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