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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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最後の日常編 1/15

 全ての始まりはテレビのニュースだった。その報道を見ながらサチが呟く。


「デング熱……」


「エンブレム?」


「デ、ン、グ、ね、つ! 母音ぴったりじゃん。ラップの才能あるよ」


 才能あると言いつつもどこか呆れ顔でサチは言葉を続けた。


「蚊が持ってくる怖い病気だよ。本当は日本にはない病気なんだけど、海外渡航者が持ち込んじゃったみたい」


 ニュースによると、そのデング熱とかいう病気を持ち運ぶ蚊がこの近辺の公園で確認されたとの事。現在は殺虫作業が行われていて、それが終わるまでは公園への出入りは禁止らしい。サチはその事をとても警戒しているようだ。


「何年か前にも代々木公園に出たってニュースがあったんだよねぇ……。怖いなぁ」


「へー、大変ですね。ダイチの病院行って来まーす」


「こらこらこら」


 サチに腕を掴まれた。


「私の話聞いてた?」


「はい」


「じゃあ何で行こうとしてるの?」


「……ダイチ、最近ギブスが取れてリハビリが始まったんです。力になってやりたいじゃないですか。私達、これが最後の小学校夏休みなんですよ? 最後の夏休みを病院で過ごすなんてあんまりだ……。夏休みが終わる前に治してあげたいんですよ!」


「本音は?」


「昨日うちのクラスの和泉って奴がダイチの見舞いに行ったらしいんですよ、あいつ父親が菓子メーカー勤めらしいんですよ、それもう絶対お見舞い品でお菓子貰いまくってるじゃないですか、行ぎだい行ぎだい行ぎだい行ぎだい……っ!」


 サチは頭を抱えた。


「素直に言ったんだから行かせてください」


「それは素直じゃなくて開き直ってるって言うの」


「でも私が行かないとあいつの回復長引きますよ?」


「うっ……」


「小学校最後の夏休みなんですよ? いいんですか? そんな貴重な時期を病院なんかで過ごさせて。あいつの最後の夏休みがサチの判断に委ねられているんですよ? わかってるんですか?」


「正論を建前に使うのってズルいなぁ……。あー、もうわかったわかった。じゃあハイ」


「え」


 私はサチに抱えられ自室へと運ばれた。そして。


「よし。これなら行ってもいいよ? 行ってらっしゃーい!」


「……」


 冬物コーデでがんじがらめにされた上での外出許可が降りた。


 一分後。


「死ぬ」


 私は帰宅した。帰宅っていうかエレベーターが上って来るのも待てずに家に戻った。


「おかえりりいちゃん。随分早かったね? 蚊とか全然寄って来なかったでしょ?」


「代わりに死神が寄って来ましたよ」


 汗を存分に吸い込んだマフラーを取り払うとズシリとした重量が私の両手に纏わりついた。まるで絞る前の雑巾を持っている気分だ。


「ていうか帰宅な訳ないじゃないですか! これ脱ぎに来たんです!」


 私はサチの前でマフラーだのコートだのニット帽だのを全て投げ捨ててやった。露出した肌に突き刺さる冷房の風が泣けるくらい気持ちいい。


「あ、コラ! ダメだからね! 厚着しないならお出かけは許しません!」


「極端なんですよ!」


「でも万が一デング熱に罹ったら死ぬかもしれないんだよ?」


「脱水になったら万が一どころか確実に死ぬんですけど……」


「だって心配なんだもん……。ねぇ、本当にそんな毎日通わないとダメなの? 一日くらい休もうよ。あの蚊共が死に絶えるまでの辛抱だから」


「サチ、実家行った時にお母さんの蚊は偉大みたいな事言ってませんでした……?」


「所詮蚊なんて害虫だから」


 柔軟な思考の持ち主だった。しかし参ったな。サチの過保護が炸裂してこれ以上折れてくれる気配がない。ここは私が折れるしかないか。


「……わかりました。じゃあ今日は行くのやめておきます」


「本当?」


「そこまで頼まれたら断れませんよ。あ、でもダイチの母ちゃんには言っておきますね。おたくの坊ちゃんの治りが遅れたらそれはサチが裏で手を回したからだって」


「りいちゃん、もしかして私を脅迫しているのかな?」


 サチは苦い表情をしながらも、しかし私の悪あがきが響いたのだろう。根負けしたとばかりにため息をついた。


「わかったよ……。わかったけど、でも蚊の対策だけはちゃんとして? 虫除けだけじゃ心配だもん。厚着が苦しいならドライアイス口に詰めるとかしてさ」


「馬鹿じゃねえの」


 ダメだサチのやつ。暑さで脳がやられてるよ。


「私の目的はダイチんとこの見舞い品なんですよ! 今アイスなんか食って腹膨れたらどうするんですか!」


【お前も馬鹿かよ】


 いきなり出てきて悪態をついて来たメリム。暑さでイライラしていた事もあり、このまま燃えるゴミ箱にシュートしようと思ったものの。


【お前、たまに自分が魔女だって事忘れるよな】


 メリムのアドバイスによって私は正気を取り戻したのだ。


「は? ……あ、そっか! 魔法があった!」


 私とした事が……。こんな基本的な事にも気がつかないなんて。


「いやー、悪いメリム。今回ばかりは返す言葉もねえわ」


【そうだろ?】


「で、どうする? どんな魔法使う?」


【そりゃお前、今日の最高気温は三十度なんだから体温を三十度下げる魔法だろ】


「馬鹿野郎」


 メリムも馬鹿だった。なんだこの家。馬鹿しかいねえよここ。みんな暑さで頭やられちまったんじゃねえのかな。


 そして私達は再び言い争う。見舞いに行くべきか、やめとくべきか。行くとして防虫対策はどうするか、暑さ対策はどうするか。そう言うのを話し合って話し合って話し合い続けて。


「わかりました! じゃあ電車とバス乗りついでめっちゃ遠回りして病院行きます! その公園には絶対近づかないようにしますから! それでいいですね?」


 これが私とサチの妥協点となった。





 ダイチの容態は魔法の影響で人間離れした回復力を見せていた。当初の医者の見立てでは、ダイチは今年中に退院出来るかも怪しいとまで言われていたのに、今じゃ八月中の退院を目標としたリハビリ生活が始まっている。つまり入院期間はたったの二ヶ月。それはもう目を見張る回復っぷりと言えるだろう。


 ……ぶっちゃけさ。正直やり過ぎた感はあるよ。ダイチの見舞いに行った時、ちょうど医者と看護師がダイチの病室から出てくる所と鉢合わせた事があるんだけどさ。なんか医者達があの回復力は学会発表物だのなんだの言ってたのを聞いちまって……。


 だからと言って今から回復速度を戻すのもそれはそれで不自然だし、ならいっその事さっさと全快させて退院させる。この病院とはそれを最後に縁を切る。これがベストな選択だと私は思ったわけだ。


 夏休みが始まってまだ十日とちょっと。夏休みは残り一ヶ月近く続くものの、遊べない夏休みなんてそんなの休みとは言えないし、一日でも早くダイチを退院させてやりたい所だ。でも本来は入院数ヶ月の予定が二ヶ月まで短縮されてんだぜ? 本当は心の底から恩着せがましくダイチに絡んで感謝を求めたい所だけど、魔法で回復を早めている以上それが出来ないのが魔女の辛い所だな。


 ただ、ここから先はあいつも苦労する事になるだろう。なんせあいつはこの二ヶ月ずっと寝たきりだった。この二ヶ月間、じっと安静にしている事があいつの仕事だった。けれどリハビリ生活が始まった今、ここから先はあいつの努力がそのまま治療の成果に繋がって行く。


 私としても筋力の衰えは最低限になるよう調整はしたつもりだ。この二ヶ月間、骨の接合だけに注力したわけじゃないのだ。骨の回復と同時進行で身動きの取れないあいつの筋組織を適度に破壊したりもした。破壊と再生を繰り返したあいつの筋肉は、他の骨折患者に比べれば萎縮の度合いも少ないだろうけれど、それもどこまで効いているのかはあいつ自身にしかわからない事だからな……。


 ともかく、私にやれる限りの事は全部やったんだ。お前もリハビリ頑張って、さっさと回復してお袋さんとアキを安心させてやれよな。


 遠回りに遠回りを重ね、本来の三倍の時間をかけて到着した総合病院。この病院にはリハビリ器具が充実した屋内リハビリ施設と、散歩をメインに据えた屋外リハビリ施設が存在する。


 スマホを見てみると時刻は十七時前。当初の予定ではリハビリ開始前にあいつの病室に行って、あいつがリハビリしている間にお見舞い品を食い漁るはずだった。でもこの時間ともなると、今頃ダイチはリハビリを終えてシャワーを浴びに向かっている所だろう。あいつがシャワーを浴び終えて病室に戻るのが先か、私が奴の見舞い品を完食するのが先か。面白い勝負じゃねえか、興奮して胸が高鳴るね。


 私は病院の中廊下を出て、一旦屋外リハビリ施設のある中庭へ向かう。ダイチの病室がある外科病棟への近道なのだ。……が、しかし。


「……」


「……」


 そこで私は冬物コーデでがんじがらめにされた謎の物体と遭遇した。不審者極まりないその姿に私の警戒心が一瞬で沸騰しかけたものの、しかしその物体はどうやら私の知る人物らしい。


「……よう。……有生」


 だって中からダイチの声がするし。


「ダイチか? お前何だそれ……?」


 ダイチは絞り出すような弱々しい声色で答えた。


「いや……ちょっと前にお袋とアキが来てさ……。蚊がやばいらしいから、全身にラップを巻くか冬物を着るかしないと……、屋外でのリハビリは……、許さねえって言われてよ……」


「……そっか」


「馬鹿な親と妹だって思うだろ……?」


「……そうかな?」


 私はダイチから目を逸らした。

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