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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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怪獣と出会った少年 ⑩

日常回夏休み編 10/10

「あ、やっと起きた」


「……」


 目を覚ました私の視界に飛び込んで来たのは、呆れ顔で私を見下ろすサチの姿だった。枕元のスマホに手を伸ばすと、時刻はもう午後。サチの呆れの理由も頷ける。


「夏休みだからってだらけ過ぎ。もう告別式も終わったし、そろそろ帰るよ?」


 上体を起こして大きなあくびを一回。寝過ぎて凝り固まった体をポキポキと鳴らし、ようやく私の体は本格的な起床を開始した。


「……サチ。私、ずっと寝てました?」


 冴えた頭に真っ先に浮かんで来た言葉はそれだった。なんか私、ここではない違う場所で寝ていた気がする。この部屋で寝て起きたって言われると、なんだか違和感が……。


「ううん、明け方にフクが連れて来たの。りいちゃん、トイレの帰りに寝ぼけてフクの部屋に入って来たんだって」


 フク。……そうだ、フク! 私の記憶が完全に呼び覚まされた瞬間だった。 


「ほら、早く起きて顔も洗って。帰りの挨拶もしないと」


「フク!」


「って、りいちゃん!」


 私は荷物整理を始めるサチを振り切り、部屋を飛び出して廊下を挟んだ向かいの部屋を開けた。


「おいフク! いるか!」


 そこで目にしたのは、これまた違和感に満ちた光景だった。とは言っても、まったくの赤の他人からすれば特に不自然のない光景だろう。一般的な高校三年生の、ごく普通のありふれた光景。けれどフクを知る人物からしたらこんな奇妙な光景なんて中々お目にかかれたもんじゃない。


「……何してんだ?」


 フクは筆を止め、私の方を振り向きながら答える。


「何って、勉強に決まってるじゃん。僕、受験生だよ?」


 勉強嫌いのフクが、机に向かいながら間違いなくそう口にした。夢に満ち溢れた、真っ直ぐな瞳でそう答えた。


「なぁ、フク。昨日の事だけど……」


 フクの異常はともかくとして、私は昨日の出来事についてフクに訊ねた。昨日の出来事を正確に答えてくれる人物なんて、フク以外他にいない。しかしそんな私の期待に反してフクから出てきた答えはと言うと。


「お家を綺麗にしてくれてありがとう、だって。りいちゃんのお友達にも伝えて欲しいって言ってたよ?」


「……え?」


 そんな訳の分からない答えだった。家を綺麗にって言うのは昨日のゴミ拾いの事だとして、私の友達ってなんだ? そもそも一体誰がそんな事……。


「それってどう言う……」


「二人ともー! ご飯出来たら降りて来てー!」


 しかし、そんな私達の会話は下から聞こえて来たサチの声に打ち消された。


「行こっか?」


 フクは勉強を中断して椅子から腰を上げる。そして襖の前で立ち尽くす私を横切る間際に。


「倍返しだから、あと半分残ってるね」


「……」


「何してもらう?」


 そんな事を囁いて一階へと降りて行った。





「りいちゃん」


「……」


「お野菜」


「……へーい」


 私は渋々野菜皿に盛り付けられたネギやきゅうりの千切りに箸を伸ばし、自分のおつゆにぶっかけた。


 サチの実家で食べる最後の食事は冷やし素麺だった。テーブルの真ん中には大ザルに人数分の素麺が盛り付けられ、その隣には付け合わせの天ぷら皿と各種薬味が取り揃えられた野菜皿が並んでいる。ほら、私って素材の味を楽しみたい主義だからさ? 素麺やざる蕎麦はつゆだけで食べたい派なんだよな。別に野菜嫌いだからとかじゃねえし。本当純粋に素麺の味だけを楽しみたいだけだし。だから野菜がたんまり混入したこのつゆには溜息しか出ない。……すると。


「ん?」


 テーブルの下で誰かがちょんちょんと私の足に触れて来た。見てみると隣の席のフクが私の足を軽く蹴っている。しかもテーブルの下で自分のつゆ皿を私に差し出しているじゃないか。これってつまり……。


「フクぅ……!」


 私も早速サチの死角になるようにつゆ皿をテーブルの下へ隠し、私のつゆ皿を占領する大量の野菜をフクのつゆ皿へと引っ越しさせた。……が。


「りいちゃん、フク。何してるの?」


「え……いや……」


 サチの嗅覚は誤魔化せなかった。


「はい、あーん」


「あーん……」


「あ、今そのまま飲み込んだでしょ⁉︎ ちゃんと噛んで! はい、もう一回あーん!」


「あーん……」


「しっかり噛んで」


「ふぁい……」


「ちゃんと噛んだら飲み込んで」


「ふぁい……」


「よし。お野菜美味しいね?」


「オヤサイオイシイデス……」


 結局私はサチに無理矢理野菜を食べさせられるという辱めを受ける羽目になった。だってこんな私を見ながらフクは笑うんだぜ? これを辱めと言わずに何て言うんだよ……。それと、なんだ。


「……」


 そんな私とサチのやり取りを不思議そうな目で見つめるサチのお母さんが、妙に気になった。そんな昼食時の出来事。





 ◇◆◇◆


「りいちゃん、準備終わった?」


「はーい」


「スマホに財布に家の鍵もあるかもう一回確認して?」


「大丈夫です! ちゃんとあります!」


 リュックやポケットの中を確認したところで、いよいよこの家で行う最後の作業が終わりを告げた。


 お通夜当日に帰省し、告別式が終わってすぐに帰る。そんな弾丸帰省を経験する羽目になったものの、本心としてはもう二、三日くらい、住み慣れそして暮らし慣れたこの実家でゆっくりしたいという気持ちもある。ただでさえ五年ぶりの帰省なのだから。けれど複雑過ぎる事情を抱えたりいちゃんを、そう何日も実家に置いておくわけにもいかない。名残惜しさに背中を引かれつつも、私達は帰り支度を済ませて一階へと降りた。


 長い一日だった。本当に長い一日だった。この家に暮らし続けた高校生までの私は、まさか五年も親の顔を見ずに生きる日が来るなんて思ってもいなかったな。五年ぶりのお母さんに五年ぶりのフク。お父さんは仕事で出て行っちゃったけど、それでも昨日の夜はお酒を交えながら会話も出来た。……ま、そんな家族との再会のきっかけが元カレのお通夜って言うのが、少し心に引っかかるけれど。


 昨日、フクやお父さんに慰められたおかげだろうか。告別式の時は直接元カレの姿を目の当たりにしたにも関わらず、昨日に比べてそこまで大きなショックはなかった。


 話を聞く限り、遺体は死因解明の為にかなりの長期間司法解剖に回されていたはずだ。それなのにさっき会った元彼の遺体は、とても綺麗に修復されていた。次の瞬間、いきなり目覚めても違和感を覚えない程だった。十年以上会っていないとは言え、それでもかつて愛した男性の死を目の当たりにしてもなおここまで精神が落ち着いていられるのは、遺体の状態があまりにも綺麗で死を実感出来ずにいるのも原因の一つなのかも知れない。


「もう行くんだ?」


 ちょうど一階に降りたタイミングでトイレから出てきたフクと鉢合わせた。五年の間に私の身長を追い越して、顔付きも体付きも男に変わっていった私の弟。


「うん。昨日はりいちゃんの面倒見てくれてありがとう」


「全然。僕も楽しかったし。ね?」


 フクは視線を落とし、りいちゃんに向かって目で合図する。


「おう! 今度また遊ぼうぜ!」


 りいちゃんもりいちゃんで、フク目掛けてピースサインを送っていた。


「そうだね。入試の時期になったら東京に行く事になると思うから、試験が終わった後にでも」


 ちょっと前まで人付き合いを恐れていた子なだけに上手くやれるか少し心配はあったけれど、気の合う友人のようになってくれたようで何よりだ。……それに。


「ねぇ、フク。りいちゃんから聞いたんだけど、大学受かったらうちに住みたいんだって?」


「あー……、うん。いきなり都会に放り出されて一人暮らしってなるとね……。僕、家事とかてんでダメだし。やっぱり迷惑かな?」


「こいつー、お姉ちゃんは家事ロボットじゃないんだからなー?」


 私はフクの両頬をつねりながら、調子の良い事を言う弟を責めてやった。心行くまでつねって、そしてフクの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「おいで。うちに来たら体にバンバン家事仕込んであげる。だから勉強頑張りなよ? ここまで言っておいて落ちましたー、東京暮らしは延期しますー、とか言ってきたら、お姉ちゃん寂しくて泣いちゃうから」


「……うん。ありがとう」


 フクも私の頭を撫で回した。


「お母さん。そろそろ行くね?」


 自室へ戻るフクを見送った後、次に私が向かったのは両親の共用部屋だった。座布団に腰を下ろし、呑気に夕方のワイドショーを見るお母さん。


「あらそう。行ってらっしゃい」


 久しぶりに再会した娘との別れだと言うのになんとも呆気ない。見送りにも来ないどころか見向きもしてくれないだなんて。


「何それー、見送りくらいしてよー」


「なーに? いい歳してみっともない」


「……」


 ……いや、違うな。ふと化粧台の鏡に視線が行き、母の表情が目に入ってしまった。鏡に写るお母さん少し目が潤んでいた。そりゃあ顔も合わせてくれないはずだった。


「そうだね。わかったよ、行ってきます」


 私はお母さんの気持ちを察し、静かに襖を閉めようとしたけれど。


「別にもう一泊くらいしていってもいいのよ?」


「もーう、どっちなの?」


 結局襖は閉めきれず、お母さんの背中に苦笑いを向けてしまった。


「ダメだよ。りいちゃんのお母さんも帰って来るんだから」


 そんな私の言葉に続けてりいちゃんも頭を下げる。


「サチのお母さん! 今日と昨日はお世話になりました! お小遣いもありがとうございます!」


 よしよし、しっかり敬語も使えて偉……ん?


「待ってりいちゃん、いつの間にお金貰ったの?」


「え……。だってくれるって言うから……」


 お母さんを睨んだ。


「いいじゃない。この歳になると孫にお小遣いの一つや二つあげたくなるのよ」


「孫じゃないから……。でもまぁありがとう。りいちゃんもこう言う時は遠慮してよね?」


「さ、先に外行ってまーす」


 りいちゃんは逃げるように玄関の方へと駆けていった。なんだろうな。私や他の誰かがりいちゃんにお小遣いをあげる事に抵抗はないのに、お母さんからりいちゃんにお小遣いを渡されると、なんだかちくりと胸が痛む。このお金だけは大切に使わせないと。私はそんなりいちゃんの背中を見ながらため息をついた。


「ねぇ、お母さん」


 ため息をついて。


「もしも。もしもの話だよ? もしもりいちゃんは実は私の子供でしたって言ったら、どう思う?」


 ふと脳裏に浮かんだそんな質問を口に出してしまった。りいちゃんの正体がバレかねない、私にとっては何のメリットもないリスクだらけの質問だ。こんな質問、口に出す事すら馬鹿げている。


 そんな何の意味も持たない馬鹿げた質問だからだろう。その質問に対するお母さんの答えもまた、同じくらいに馬鹿げたものだった。


「へー、やっぱりね。って思う」


 空っぽの胸に温かい何かを注がれるような、そんな不思議な答えだった。早く東京に帰らないといけないのに、未だに未練がましくこの家から出れずにいる私の背中を押してくれるような、そんな答え。


「……そっか。ごめんね? 孫の顔、見せてあげられなくて」


「今更何言ってるのよ。娘と息子に恵まれただけで十分。……それに」


 お母さんの視線がテレビから逸れた。そこでやっとお母さんは私の方を振り向いてくれたのだ。


「お母さんこそごめんね。強い体に産んであげられなくて」


「……」


 十年以上も背負い続けた肩の荷が、どっと崩れ落ちたような気がした。思えばこの十年間、私もお母さんもこの話題には触れないようにしていたんだっけ。心と体が凄く軽いや。


「ほら、早く行きなさい。子供を待たせないの」


 お母さんはすぐにテレビへと視線を移し、ぶっきらぼうに、無愛想に、親にしてはやけに冷たい態度で私を追い払った。私はお母さんの背中に最後の挨拶を投げる。


「うん。それじゃあね、お母さん。久しぶりに会えて良かった。来年からはもっと頻繁に会いに来るようにするから」


「そ? 楽しみにしてる。その時はまたあの子も連れてらっしゃい」


「……」


 でも、決して果たせないその約束にだけは答えないで。


「行ってきます」


 私は静かに襖を閉めた。


 玄関で靴を履いて家を出る。家の外ではりいちゃんが何やら手足をぶんぶん振り回しながら奇妙なダンスを踊っていた。


「りいちゃん、何やってるの?」


「サチ! 蚊ですよ蚊! なんかここめっちゃ蚊がいる‼︎」


 そこら中を藪に囲まれた田舎ならではの光景だった。東京だと蚊を見る機会って滅多にない。確か蚊が飛べる高さって五メートルちょっとで、マンションの八階に部屋がある私達からしたらあまり縁のない昆虫だ。


「まったく、こいつら死ぬのが怖くないんですかね……? 自分の何倍もデカい動物の血を吸いに行くとか命知らずにも程がありますよ」


 私は苛立ちながら蚊を追い払うりいちゃんに、彼女の求める答えを教えてあげた。


「血を吸う蚊はお母さんだからね。雄の蚊は植物の水分しか吸わないらしいよ? 卵を抱えた雌の蚊だけが子供の為に栄養を求めて血を吸うみたい」


 今さっき別れたばかりのお母さんの事を思い浮かべながら、教えてあげた。


「強いんだよ。お母さんって」

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