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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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怪獣と出会った少年 ⑨

日常回夏休み編 9/10

 裏切りだけど……。


「……あの」


 私は木の影から出て彼らの元へ歩み寄った。


 その瞬間、彼らから悲鳴が漏れる。特に女性陣の甲高い悲鳴には、思わずこっちまで驚いて悲鳴をあげそうになってしまった。そこでふと思い出す。自分の服装は寝巻き姿で、私の顔には大きな傷が刻まれていた事を。私の事を幽霊だと思っても仕方がないか。


「いや、幽霊じゃなくて」


 私は手を振り首を振り、自分が生者である事を、幽霊ではない事をアピールした。


「あの、私地元の人なんですけど……。ゴミとか捨てるのやめてください。毎日地元の人が掃除してるんです」


 そしてしょうもないとは思いつつ、自分の言葉に説得力を持たせる為にそんな嘘も交えながら彼らに私の主張を突きつけた。


 いくら自分が正しくても喧嘩腰はいけない。言われた方の気持ちを考えられないなら、どんな正論もただの誹謗中傷に成り下がる。サチに教えられた事だ。この言い方が正しいのかどうかは自分でもわからないけど、相手を舐め腐って突っかかる、以前の私のようなやり方よりかは絶対に良い……はずだ。私は四人で固まる彼らに視線を向けた。


「地元民?」「いやないでしょ? こんな時間に子供とか……」「ねぇ、こっち見てるよ……!」「……」


 四者四様、私に対しての様々な憶測が飛び交う。けれどその中で一人、自分から勧んで私の方を見て来る男がいた。幽霊出て来いやとイキりちらし、湖に向かって立ちションをかました男だ。そいつは意を決したように私の方へ歩み寄ると、私の眼前で腰を落として視線を合わせる。そしてたった一言。……いや、たった一文字。


「あ゛ーーーーーーーーーーーー‼︎」


 私の顔に浴びせるように唾液の粒を撒き散らしながら大声をあげた。そこまでされて、やっと私は思い出したんだ。私が弱いのは腕力に限った事じゃないって。悲しい時に限らず、怖い時も怒った時も涙が溢れるくらい精神面も弱いんだって。ダイチに立ち向かった時も、ダイチの悪友に立ち向かった時も、勢いだけで突っかかって泣き喚いた、そんな弱虫だったって。


 男の身長が一気に伸びた。私の足から力が抜けて尻餅をついたせいでそう言う風に見えてしまった。男はそんな私を見ながら大声で笑い狂う。


「おいびびんなよ! こいつ幽霊でもなんでもねえわ! ただの子供!」


 背後の仲間にそう伝え、私の前でしゃがみながらペチペチと私の頬を叩いた。


「なんだよこの傷ビビらせやがってよぉ。子供がこんな時間出歩いてんじゃねえよ!」


 私が幽霊じゃないと知り、後ろの三人組も徐々に私に関心を向けて来る。


「ねぇ、やめなよ! 怖がってるじゃん!」


 そう言って来たのはタバコを咥えた女だった。私の事を庇っているような口振りだけど、口調や表情はヘラヘラ笑っている。怯える私を見て楽しんでいるのは手に取るようにわかった。


「君お家どこ? 車で送ってってあげるよ?」


「どうせならうちまで連れてっちまわね?」


「ヤバいそれマジ誘拐だから!」


 タバコ女に限らず、他の奴らもヘラヘラ笑いながら私の処遇について話し合っている。どいつもこいつも本気で私の事なんて考えちゃいないんだろう。ダイチの悪友共に絡んでった時の事を思い出した。……そして。


「あ」


 タバコを咥えた女が吸い殻を湖に投げ捨てたのを見て、私は声をあげてしまった。……いや、声をあげるどころか立ち上がってしまっている。


 なんだろう。確かに私は男の奇声にビビって腰を抜かしたよ。でも、ダイチの悪友に絡まれた時のように、手足は震えてなんかいなかった。それどころか涙さえも出て来ない。なんか、急にこいつらが弱く見えてくる。


『あるよ。君を殴らずに、警察にも行かせない方法』


 あの日、私は生まれて初めて死の危機に直面した。本当に殺されかけた。あんな経験を積んだせいでダイチのクソジジイにメンタルを鍛えられたのかな。……なんか、こいつら全然怖くねえや。


「あの、だからさ。ゴミ捨てんのやめてくんね?」


 でも、それは決して私の成長と呼んでいいものではないのだと、私は直ぐに思い知る事になる。


「何? 俺らに言ってんの?」


 怖がった方が良かったんだ。怖がって身を引かなきゃいけなかったんだ。私は今、こいつらがあのクソ親父程ではないのを理解したせいでこの四人の事を見下してしまった。心の中での蔑みが言葉となって口から漏れ出てしまったんだ。


 何やってんだ私は。こんな言い方じゃあ前までとやってる事は変わらないじゃないか。力もないのに威勢だけで立ち向かって、結局力負けして私がやられる。そう言うのをやめろって、私はダイチに言われたはずなのに……。


「泣かすぞ」


 棍棒のように太い男の指先が私の頬を抓る。強大な力で、私の頬を捻り切るように抓る。


「ストップ」


 山道の方からそんな声が聞こえて来なかったら、本当に頬を千切り取られてしまいそうだった。いつからついて来たんだろう。どこから見ていたんだろう。私にその答えを知る術はないけれど、今こうして魔界に連れ去られる事なく私がこの世界に滞在しているって事は、少なくともメリムとの会話までは見られていないのは間違いない。


「暴力はやめにしませんか? 女の子だし、子供だし」


 フクは懐中電灯で地面を照らしつつ、相変わらずマイペースな笑顔を浮かべたまま私達の元へ歩み寄って来た。突如の来客に男は動揺したんだろう。私の頬を抓る指から、一瞬だけ力が抜け落ちた。私はその隙を突いて頭を引き、フクの側まで駆け寄った。


「だから言ったでしょ? あまり遠くには行かないでって」


「……ごめん」


 私の視界がフクに埋もれる。フクに頭を抱き寄せられ、慰めるように後頭部を撫でられた。


「先に帰ってて」


 フクは一通り私の頭を撫で終えると、私の肩を帰り道の方向目掛けて軽く押す。対してフク自身はガラの悪い連中の元へ。……いや、ガラの悪い連中を通り過ぎて湖の中へと足を踏み入れた。膝まで湖に浸かった所で、フクは腰を折る。そして水面に浮かぶ二つの吸い殻を拾い上げた。


「これは僕が捨てておきますね。なので出来ればもう、こう言うのは勘弁してくれると嬉しいです」


 そして苦笑いを浮かべながら岸へ足をかけたフクだったけど。そんなフクの体を男は蹴り飛ばした。フクは湖の方へと押し戻される。


「あの……」


 二度、三度、フクは岸に登ろうとするも、その度に男に蹴り戻されるんだ。そんなフクを見ながらこいつら四人は面白おかしそうに笑っていた。


「大人の男なら暴力オッケーなんだろ?」


「……あはは」


 フクは参ったと言わんばかりに苦笑いを浮かべていた。そんな笑顔の絶えないフクの表情が、一気に焦りの色に染まる事になるなんてな。


 別になんて事はない。押しただけだ。フクを切り飛ばすその男のケツを、突き飛ばすように両手で押しただけ。それにしたって体重差で私が押し返されたんだ。でも、場の流れを変えるには十分な行動だった。良い結果か悪い結果かはさておき、少なくともフクだけが一方的に虐げられるこの流れだけは変える事が出来た。


「は? 何してんのお前?」


「……」


 ま、せっかくの逃げるチャンスを棒に振って私まで目をつけられる羽目になった、それだけの事なんだけどさ。


 私の体が引き寄せられる。男に髪を掴まれた。


「ちょっと!」


 その光景に真っ先に反応したのがフクだった。フクは慌てて岸に足をかけ、男の腕を掴もうと手を伸ばした。が、フクの手が男を掴む事はない。男が私を湖目掛けて突き飛ばしたからだ。フクの両腕は私を受け止めるので精一杯だった。


「先に帰ってって言ったのに」


「いや、お前置いていけねえし……」


 フクは困ったように眉尻を下げたものの、私の言い分に対してはどこか嬉しそうだった。そんなフクを見てるとこっちも悪い気にはならない。……でも。


「残尿行きまーーーーっす!」


 そんな私達目掛けて汚ねえもん向けて来る奴がいるからさ。何もかも台無しだよな。ってか今更だけどこの辺りって既にあいつの小便が注がれたエリアじゃねえか。あーもうマジで最悪なんだけど……。後ろの連中も「それマジ引くから」とか「お前最低過ぎだろ」とか騒いでるくせに止める気配は一切なし。むしろ早くやれって心の中で思っているのがそのニコニコ笑顔によく現れてるよ。


「おいフク逃げろ!」


 私を抱き抱えるフクにそう指示したものの、しかし水深はフクの臍あたりまで及んでいる。走るにも泳ぐにも中途半端な深さだし、そもそも私はこいつが泳げるのかすら知らない。結局私達はその場から殆ど動く事も出来ず、されるがままに野郎の汚ねえホースから注がれる泥水を。


「……」


 泥水を……。


 違和感に気づいたのは、奴の汚物から目を逸らす為に視線を落としたおかげだった。湖が波を打っている。いや、別にその事自体は不思議でもなんでもない。地理の授業でも教えて貰った事だ。湖の水温と気温に大きな差があると、風が生まれて湖でも波が発生する事があるって。だから湖に波が発生する現象そのものに不思議はない。……でもこの波、少しデカすぎないかって。これは海レベルの波じゃないかって。そう思った。


 次の違和感は不良共の言動だ。あの男、残尿発射宣言してから何秒経った? 何であいつ、未だ私達に小便をぶっかけないんだ? ってか私達を狙うなら私達を見ないといけないじゃねえか。何であいつは空を見ているんだ? 後ろの三人組も目を見開きながら空を見やがって。ついさっきまでの馬鹿騒ぎも忘れて、無言で空を見やがって。そりゃあ田舎の星空が綺麗なのは私も知っているけど。


 そして次が最後の違和感になるけど……。こいつら、本当に田舎の星空を見ているんだろうか? だって今、暗いじゃん。影がかかってんじゃん。さっきまで田舎の澄んだ月明かりで照らされていた地面が今ではすっかり真っ暗だ。これ、要するに月に雲でもかかってるって事だろ? 月の遮られた空なんか見て何が楽しいんだ。……とか、そう思った。


 でもその影、よく見てみると何かがおかしい。雲で遮れているならこの辺一帯全部に影がかかってないとおかしいじゃん。なのにこの影は地面の一部しか覆っていないんだ。何だよこの影。どうしてこの影は細長いんだ? どうしてこの影は動いているんだ? これじゃあまるで、私達の背後に巨大な動く柱が立っているみたいじゃないか。そんな柱が突如私達の背後に現れたみたいじゃないか。そんなの……。


「……」


 全身の力が抜け落ちた。当たり前だろ。だって今、私達の真横を巨大な岩が横切った。ゴツゴツしていて、アナコンダのように太い大岩だ。先端が卵型に膨らんだ、そんな岩だ。


 その岩の先端が陸地に辿り着いた。私達に汚い棒切れを向ける男の眼前まで辿り着いて、そして止まる。そこで岩の先端が縦に割れた。あくびをするカバの巨大な口のように、大きく縦に開いた。


「りーちゃん」


 そこで私の聴覚に鈍りが生じた。フクが私の頭を抱きしめ、両耳を塞いだのだ。両耳を塞いでくれたのに……。


 鼓膜が揺れた。十年間の人生でたったの一度も聞いたことのない巨大な騒音が静かな湖を包み込んだ。耳栓代わりのフクの手がもはや耳栓として機能していない。ただただ煩い。森の木々で寝静まる野鳥達が一斉に飛び立った程だ。


 騒音の発生源は岩だった。岩の先端から暴力とさえ言い表せられる濁音が鳴り響いていた。まるであの立ちション男が私にそうしたように。その仕返しでもするように。その岩は立ちション男と、その背後の三人組目掛けて濁音を浴びせ続けた。たったそれだけで私達の立場が逆転するのだから、この世は何が起きるのかわからない。


 尻尾を撒いて逃げるって、あーいう事なんだろうなって思った。さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ。慌てふためきながら車に逃げ込んで、これまたスピード違反上等の勢いで山を降りて行ってさ。


 私はそんな不良共の無様な姿に笑いが込み上がる。喉まで出かかったこの笑いを吐き出し、大爆笑してやりたい気分だ。……でも、その願いが叶いそうにないのは、他でもない私自身がよくわかっていた。


 視界がじわじわと黒に染まっていく。光がどんどん遠のいていく。本当に自分の精神面の脆さが悔しくてたまらない。それでも辛うじて残っている意識が、気を失う前の最後の情報収集を頑張ろうとしているのはわかった。


「……そっか」


 と言っても、もはやまともに機能する感覚器は聴覚だけだ。私を抱きしめるフクの声だけが微かに私の鼓膜を刺激する。


「じゃあやっぱり」


 しかし遂には聴覚さえも役割を放棄し、私の意識はいよいよ気絶に向かって一直線に駆け抜けた。


「本当に」


 それが私の記憶に残る、この夜最後の記憶となった。

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