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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
106/369

怪獣と出会った少年 ⑧

日常回夏休み編 8/10

 ◇◆◇◆


「ぎえぇ⁉︎」


 まさか私の人生でそんな馬鹿みたいな叫び声をあげる日が来るとは思ってもいなかった。私はこんなみっともない悲鳴をあげさせた元凶をぶっ叩く。


(てめえ何すんだこのクソ精霊っ!)


 隣で寝息を立てるサチを起こさないようにぶっ叩いた。何があったのか端的に話すと、メリムのクソ野郎はいきなり広辞苑サイズで私から飛び出して、そして熟睡する私の顔面に落下して来たわけだ。これを許せるほど私の心は出来ちゃいない。


【起こしてやったんだよ。おい、出かけるぞ】


(はぁ? どこに? てめえだけあの世に送ってやろうか? あ?)


【湖だよ、この馬鹿】


(湖?)


 その唐突過ぎる提案にメリムの精神病を疑ってしまった。


【お前、フクの事どう思う?】


(飯奢りマシン)


【クソだな。死ねよカス】


 メリムをぶっ叩いた。


【気づかねえのか?】


(何が?)


【フクの特徴だよ】


(フクの特徴?)


 フクの特徴っていうと……あれか。動物に懐かれやすくて、人の嘘に敏感で、幽霊とか見えていて……。あれ。


(霊感……?)


 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。何で今まで気づかなかったんだろ。先天的に精霊を認知出来る知的生命体の特徴を、私は魔界で嫌と言うほど教えられていたと言うのに。


【そう言うこった。それでだぞ? もしフクに霊感があったとしたら、フクが昔見たっつうネッシーはなんだと思う?】


(そりゃあ……あれだろ。本物のネッシーか、そうじゃなかったら……)


【あぁ。精霊が引き起こした怪奇現象だ。それも怪獣レベルの巨大な精霊だぞ? 昼間はフクがいた手前外に出る事が出来なかった。そんで明日の昼には俺達は東京に戻る事になる。そうなるとチャンスは今しかねえよな?】


(メリム、お前まさか)


【おう。それ、もらっちまおうぜ?】


 私とメリムの心が一つになった瞬間だった。


 魔女は四歳から十歳までの六年間を魔法の存在しない異世界で過ごさなければならない。その最大の目的が自分の精霊を育てて一生分の魔力を補充する為だ。精霊は精霊を食べる事でより多くの魔力を蓄積する事が出来る。魔法の存在しない世界では大気全てが小さな精霊で埋め尽くされているけれど。


(怪獣レベルの精霊か……。確かにこのままさよならするのは勿体ねえな)


 スマホを取り出し時刻を確認する。午前一時ちょっと前か……。こんな時間に出かけるとかサチに何言われるかわかったもんじゃない。着替えの布切れ音でさえ警戒しないとだな。私は寝巻きのまま抜き足差し足で部屋の出入り口へ赴き、音が出ないよう静かに襖を開けた。


(やぁ)


(ああああああああああああああああああああっ⁉︎)


 襖を開けた瞬間、廊下を挟んだ向かいの襖からフクが顔を出してこちらを見ていた。こんな状況で小声で叫ぶ事の出来た自分の器用さに思わず惚れてしまいそうだった。


(ふ、ふふふふふ、ふふ、フク⁉︎ おめえ何してんだよ⁉︎)


(いやー。姉ちゃんの部屋から重い物が落ちる音が聞こえてね)


 それは確実に落下したメリムと私の顔面が激突する音だった。


(りいちゃんこそどこ行くの?)


(え……、それはほら、トイレ)


(本当に?)


(……いや、あとなんつうの? ちょっと寝付けねえし散歩とか……)


(この時間に?)


(……)


 参ったな。最悪サチなら魔法の為とか言っておけば夜中の外出もまぁ目を瞑ってくれたのかも知れない。でもフクはダメだ。こいつは魔界の関係者じゃない。こいつに事情なんか説明してみろ? その瞬間私の留学生活はジ・エンドだぞ。クソ、こんな千載一遇のチャンスを諦めるしかねえのか? ……なんて諦めかけたものの。


(あまり遠くに行っちゃダメだよ?)


(……え?)


 聞き返した時には、フクは襖を閉めて自分の部屋へ戻っていった。


「……」


 とりあえず……関門突破って事でいいのか? 一応念のため、襖に耳を当てて中の様子を確認してみると、襖から少し離れた場所からフクの呼吸音がする。私に鎌をかけているわけじゃなさそうだけど……。


 いや、考えても仕方ないか。ここで変にフクを問い詰めた方が余計怪しまれそうだ。私は襖から耳を離し、抜き足差し足で階段を降りて家を出た。





「どうだメリム?」


 精霊の食事量は決まっている。一日につき一時間だ。食事方法はメリムを私の体から出す、たったそれだけ。それだけでメリムは勝手に周囲の精霊を食ってくれる。


 なら二時間外に出せば二倍の量を食べるのかと言うと、そう言うわけでもない。人が一日に吸収出来る栄養量に限りがあるように、精霊にだって一日に吸収出来る量には限りがある。つまり精霊の食事にとって大切なのは、何時間精霊を食わせたのかではなくどんな精霊を食わせたのか。量より質である。


 そこら中の大気を漂う精霊と、怪奇現象を引き起こすまでに肥大化した精霊とでは得られる魔力が違う。私も昔は質の良い精霊を食わせようと色々心霊スポットを巡ったりもしたものだ。でも、ネットで探して出てくるような心霊スポットって殆どが嘘っぱちなんだよな。そのうち私は心霊スポット巡りに無意味さを覚え、結局いつも通り適当な精霊をメリムに食わせるようになった。心霊スポットが怖いから行かなくなったとかでは断じてない。断じてだ。


 まぁ、そこら辺は一旦置いとくとしてだ。今までの心霊スポットは全部がパチモンだったけど、今回に限っては話が変わってくる。なんせ今回はフクという霊能力者のお墨付きだぜ? ネッシーサイズの精霊か……。そんなもん食わせた日には、リジーを追い越して私がナンバーワンの座に君臨するのだって夢じゃない。あとはメリムの感想だけど……。


 湖の真前にメリムを置く事数分。メリムからそれらしい反応が返ってくる様子はない。


【……】


「おいメリム。どうした? ちゃんと食事は出来てんのか?」


【いや、それがよ。普段とあんま変わんねえんだ】


「はあ?」


【昔サチに連れられて京都旅行に行ったろ? あん時に神社や寺の精霊を食った時は間違いなく八つ橋の味がしたし、食った後の満足感も東京のそれとは比較にならなかった】


「精霊の味って地域性あんの?」


【でもなんだ? ここの精霊はりんごの味がするだけで、満足感は東京の時と何一つ変わり映えがしねえ】


「だから精霊の味って地域性あんの?」


 逆に東京で精霊食ってる時は何の味がするのか気になった。


【もんじゃ焼きだ】


 もんじゃ焼きらしかった。……いや、今問題なのは精霊の味云々ではなく食後の満足感だ。


「じゃあなんだ? 食後の満足感が普段と変わんねえって事はそれってつまり……」


 メリムはほんの数秒考えるまでもなく、呆気なく自分の間違いを認めた。


【ネッシー=精霊説は間違いだな】


「……」


 ため息が出た。あーあ、なんだそりゃ……。怖い思いして夜中の田舎道を彷徨いながはここまで来たってのに。私は地べたに腰を下ろし、勢いよく寝転がる。そして。


「……ま、いっか?」


 いつもと変わらない食事を楽しむメリムに笑いかけた。


「要するにフクが見たのは精霊じゃなくてガチのネッシーだったって事だろ? そっちの方がロマンあって好きだな。私は」


 そっか。精霊はいなかったか。でもまぁそれでフクの夢が守られたなら大満足だ。私は寝転がりながら目を瞑り、大きく深呼吸をする。都会じゃ味わえない土と木の香りが存分に私の肺を満たしてくれる。それに加えて目を開くと満天の星空が私の心を満たしてくれるのだ。月明かりと星あかりを含んだ、神秘的に輝く真夜中の湖を見れただけでも儲けもんだな。人工的な明かりが一才存在しない、純度100%の自然の光を堪能出来たんだ。それだけでもここまで来た甲斐があったってもんよ。十分満足してる。


「……」


 十分、満足していたのに。


「ヤバい」


 私はすぐに起き上がり、食事中のメリムに手を伸ばす。メリムを私の体内に収納して、私自身も木の影に隠れた。


 静かな自然に包まれたおかげだろう。明度最低のスマホ画面でも暗闇で見れば十分明るいように、静かな環境に身を置いた私の聴覚もその音に過敏すぎるくらいに反応してしまった。


 山の麓から光を灯したそれが近づいて来る。都会で嗅ぎ慣れた排気ガスを撒き散らしながら近づいて来る。都会で聴き慣れたガラの悪いエンジン音と陽気な音楽も健在だ。


 一体どれだけのスピードを出しているんだろう。その車は日中なら確実に捕まる勢いで山道を駆け上り、けたたましいブレーキ音を鳴らしながら湖の畔に停車した。すぐに車からはロックが解除され、中から四人の人間が出てくる。手ぶらの男が一人とスマホを持った女が一人、タバコを咥えた男女が一組の計四人だ。四人の人間は奇声にも近い笑い声を交えながら湖へ近づき、そして手ぶらの男が両手を口に添えて大声で叫び声をあげた。


「幽霊出て来いやーーーーーーァッ‼︎」


 一体何が起きているのかは、とっくのとうにわかっていた。フクが言っていたじゃないか。ここは心霊スポットで有名な湖。この時期になるとクソみたいな奴らがうじゃうじゃ湧いて来るんだって。……そんで。


「ねえ汚ーいっ!」「汚いって何だよ! ここ俺の便所だから! おいコラ幽霊来いやーっ!」「おい動画回せ動画!」「やばい最低過ぎる頭おかしい!」


 ここを汚して行く。湖の中に何らかの液体が注がれる不快な音を聞きながら、私は頭を抱えた。


 正直、フクのその話を聞いた時はただの他人事だった。例えるならニュースで犯罪の報道を見た時の感覚に近い。へー、こんな酷い事する奴いるんだなー、って。そう思う程度の感覚。でも今こうしてその現場を目の当たりにすると、一気に自分が巻き込まれたような錯覚に陥るよ。事件の当事者になっちまったような気分だ。……で。


「ここって何? 湖の中に幽霊の死体とかあんの? じゃあ俺は火葬担当」


 こんな奴らが汚してった湖を、無関係のフクが一々片付けてるわけなんだな。


 笑顔で湖にタバコを投げ捨てた男の笑い声が耳に障る。あの野郎共、舐めやがって……。


 私は腰を上げる。こちとら半日前に湖を掃除した身だ。このまま見て見ぬふりするとか、そんなダサい選択肢、私にはない。


「……」


 ないんだけど。


『お前、もうこういうのやめろよ』


 あの日、ダイチに言われた事が頭の中で反響した。


『お前の気持ちの強さはよーくわかったよ。けど、世の中にはマジで殺しにかかって来る馬鹿がいるってわかったろ? 許せない奴見かける度に立ち向かってったら命がいくつあっても足りねえよ。いくら気持ちが強くても、お前は弱いんだ』


 初めてあいつに心配された、そんな苦い思い出だ。弱い。そう、私は弱い。そりゃあ魔法を使えば私の方が強えよ。人間なんて屁でもない。そんな勘違いを随分と長い間して来た。


 違う。魔法を使えば私の方が強いってのはとんだ勘違いだ。だって私は魔法を使えない。人間の前では魔法を使えないんだ。ダイチの連れのヤンキー共と対峙した時も、ダイチのクソ親父に目をつけられた時も、結局私は魔法を使えなかったじゃないか。私は人のいない所でしか魔法を使えないんだ。


 呪文を唱える声量はどうとでもなる。けれどメリムの発光に関してだけは私の意思でもメリムの意思でもどうする事は出来ない。ここで魔法を使おうものなら、確実にあいつらは発光するメリムの姿を目撃する事だろう。だから……結局私は魔法を使えないただの弱いガキにしかなれない。そんな私があいつらに喧嘩を売りに行くのは、私の身を案じたサチとダイチに対する裏切りだ。

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