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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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怪獣と出会った少年 ⑥

日常回夏休み編 6/10

「りいちゃん⁉︎ フク⁉︎ どうしたの⁉︎」


 家に戻った私達を出迎えたのは、焦り切った表情のサチだった。


「ちょっとサンダルで靴擦れしちゃったみたい。救急箱の準備お願いしていい?」


 フクは私を背中から下ろし、リビングの椅子に座らせてくれる。家の外にいる間は夏の熱気で気づかなかったけれど、冷房で冷えた室内に入った瞬間靴擦れを起こした部位にじわじわとした痛みが宿るのを感じた。


「はい救急箱! もう、どこで何してたの? こんなボロボロになって……」


「いてっ⁉︎」


 サチは早速私の前で膝をつき、靴擦れで赤く染まった私の足に処置を施した。沁みるタイプの痛みに体が驚き、サンダル型に日焼けた私の足が軽く跳ねる。


「湖で偶然会ってね。いつものやつを手伝ってもらってた。お父さんとお母さんは?」


 いつものやつ。ゴミ拾いの事だろう。いつものやつで通じるくらいフクはゴミ拾いを続けていたのか。サチは私を引き取ってから一度も実家に帰っていないはずだから、少なくとも五年以上前からフクはゴミ拾いを続けていたんだな。


「先に出発した。私はりいちゃんを待ってたの。あーあ、皮膚もこんがり焼けちゃって……。太ももとかタコ紐で縛ったらまんま焼豚だよ」


「サチ、言い方」


「あ、ごめん言い直す。ハムみたいだよ」


「そうじゃなくて」


「でもハムはハムでもボンレスだよ?」


「別にブランドに不満があるんじゃないんですよ」


 フクは向かいの椅子に座りながら、そんな私達のやり取りを見て面白おかしそうに小さく笑った。


「りいちゃんの体重ってどのくらいなの?」


「軽い時で平均よりプラス1キロ、重い時で平均よりプラス3キロかな。本当大変なんだよ? この前も私に隠れて何度もカップ麺食べて体重の記録が大幅更新しちゃってさー」


「サチ! いらん事言わない! サチもそろそろ行く時間じゃないんですか⁉︎」


 フクは更に大きく笑った。


「はい、おしまい。それじゃあ私もそろそろ行くから……」


 私の足の処置を終えると、サチはバッグから財布を取り出し、そこから戦闘力千の紙幣を数枚引き出した。その姿に私は思わず心が躍りそうになり。


「……」


 しかしサチは何かを思い出したようにそれらの紙幣を財布にしまい、代わりに五百円硬貨を一枚だけ私に渡した。躍りかけた私の心が折れる音がする。


「はい、お小遣い。食べ過ぎないようにね?」


「……」


 納得行かねえなぁ……。でも家出騒動を起こしてからのサチって、私に嫌われるの上等で自分の教育方針貫いてる節あるからな……。下手に反発したらこの五百円玉さえ没収されかねない。


「アリガトゥゴジャイマース」


 私は渋々サチに礼を言った。


「それじゃあ私も行ってくるから。フク、りいちゃんの事よろしくね? りいちゃんもお祭りに行くならフクから離れないように。いい?」


 時計を見ると時刻は夕方の四時過ぎ。四時ちょうどに家を出るはずだった当初の予定は少し遅れている。サチは急いで出発の準備を整えて。


「あ、それとフク」


 でもその前に、思い立ったようにフクを呼び止めた。


「どうしたの?」


「ちょっと立って」


「ん?」


 サチのお願いを聞き、素直に立ち上がるフク。サチはそんなフクの側まで歩み寄り、肩を並べ。


「このやろう、お姉ちゃんより大きくなりやがって」


 サチらしからぬ荒い言葉遣いでフクを茶化した。


「いい男になったじゃん。受験勉強頑張って大学で良い彼女作りなよ?」


「難易度高いなぁ。姉ちゃんより良い彼女なんてどう見つければいいの?」


「あー、こいつ上手くなりやがって」


 するとサチはテレテレしながら再び財布を取り出し、戦闘力一万の紙幣をフクへ明け渡した。


「あ、サチずるい! 身内贔屓!」


「年齢贔屓だよ。逆に五年ぶりに再会した高校生の弟にりいちゃんと同じ五百円とかあげたら私の大人としての威厳に傷がつくよ。……って、いけない! そろそろ本当に行かないと! フク!」


 サチはフクの耳元に顔を近付け、私には聞こえないように何らかの耳打ちをする。


「じゃあね! 九時には帰ると思うから!」


 そして黒のワンピースを靡かせながら、今度こそ駆け足で家を後にした。


「お前ら仲良いんだな」


 サチのいなくなったこの家で、最初に口を開いたのは私だった。


「そうかな?」


「めっちゃ仲良いだろ。兄弟って普通思春期辺りで気まずくなるって聞くのに。特に男女ならなおさら」


「まぁ僕達の場合サザエさんとカツオくん並みに歳が離れているからね。僕の一番古い記憶が高校生の姉ちゃんに可愛がられた記憶だし」


 一番古い記憶って事は二歳とか三歳辺りの記憶だろうか。小さい子供を可愛がるサチか。絵面がしっくり来てめちゃくちゃ想像しやすい。


「それに姉ちゃん、高校を卒業してからは東京暮らしだったから大学以降は数えられるくらいしか会ってないんだ。それが一番大きいのかも。感覚的には姉と言うより、可愛がってくれる親戚のおばさんって感じ」


「サチが聞いたら傷つきそうだなそれ」


 フクは面白おかしそうにくすりと笑った。


「それでどうする? お祭り行きたい? 屋台のご飯ならさっき食べたばかりだけど」


「はあ? 馬鹿言ってんじゃねえよ。出来立て熱々を頬張る、火傷しそうになる、そこにラムネやかき氷をぶち込んで冷やす。盆踊りも花火も一切合切無視してひたすら食に没頭する。一緒に来たダチや恋人とのお喋りなんて論外中の論外よ。これが本来あるべき祭りの姿で私の求める屋台飯ってやつだ」


「東京の人はみんなそうなの?」


「そうだ」


 私は来年から東京で暮らすであろうフクに都会の常識を教え込んでやった。


「わかったよ。じゃあまた汗かくと嫌だし、日が落ちる頃に出発しようか」


「おう!」





 日の入りが遅い七月でも、流石に午後十九時を回ると太陽は地平線の彼方へと沈んでいく。それでも空には微かな赤さが残るけど、それが沈みかけの太陽によるものなのか、それとも神社一帯を照らす赤提灯によるものなのかは私には判断がつかなかった。強いて言うなら。


「おいフク! あそこの串焼き焼き上がったばっかだぞ! 祭りの串焼きってすぐ固くなるから早く買おうぜ!」


 串焼きが美味そうだった。私はフクの手を引いて早速串焼きの屋台へと駆け寄った。ちなみに靴の方はフクからサイズの合わないクロックスのサンダルを貸してもらっている。ダボダボ過ぎて歩き辛い上に走り辛いけれど、柔らかい素材とゆったりした空間のおかげで靴擦れした箇所もあまり痛まない。


「おっちゃん! 牛串一本!」


「あいよ!」


 ハゲたおっちゃんが愛想良く牛串を差し出す。値段に目を向けると、一本あたりの値段は二百円か。サチの言っていた通り、確かに安い。東京だったらこれ一本で五百円はするぞ。


 ……と、その時。


「……」


 牛串を渡す際、おっちゃんが一瞬私の顔を覗き込んで来た。その行動の意味を知っている私はおっちゃんに笑いかける。するとおっちゃんは申し訳なさそうな表情で視線を逸らすのだった。


「なぁおっちゃん。一つ聞いていいか?」


「どうした?」


「おっちゃんってヤクザ?」


「え……。いや、別にそんな事は……」


「フク、どう思う?」


 フクは笑顔で答えた。


「本当だよ」


 そっか。フクがそう言うならそうなんだろうな。私は牛串を噛み締めながら次の屋台へ向かう。


「おばちゃん! かき氷一つ!」


「はい、毎度」


 次に向かったのは牛串屋から数メートル程離れた場所にあるかき氷屋だった。熱帯夜の熱気を取り払ってくれる涼を私の体が求めている。ここの値段は……。


「一杯百円⁉︎」


 私はそのあまりの安さに思わず声が出てしまった。


「おいフクやべえぞ! 一杯百円だってよ!」


「東京は違うの?」


「全然ちげえよ! うちの近くだと一杯三百円はする」


 そんな私の言葉に真っ先に反応したのはかき氷屋のおばちゃんだった。


「あらー、お嬢ちゃん東京の子? かき氷が一杯三百円ねぇ。こんなの水とシロップだけの食べ物なのに東京はそんなにぼったくるんだねぇ……」


 おばちゃんはそう言うと、どう見ても適量を遥かに凌駕した山盛りのかき氷を手渡してきた。


「うちはそんな事しないから、お腹一杯食べてってね?」


「おー! おばちゃんめっちゃ良い奴だな!」


 身を乗り出しながら私にかき氷を差し出すおばちゃん。


「……」


 しかしこのおばちゃんもさっきのおっちゃんと同様、やはり私の顔を覗き込んで来た。だから私はおばちゃんにも同様に笑い返してやったんだ。おばちゃんもそんな私を見て、さっきのおっちゃんと同じように視線を逸らした。


 私はそんなおばちゃんからかき氷を受け取って、やっぱり例の質問を投げてみる。


「ちなみにおばちゃんはヤクザ?」


「や、ヤクザ……? 違うけど……」


「どう思う? フク」


 フクは笑顔で答えた。


「この人もヤクザじゃないよ」


「なんだ。意外といねえもんだな」


 私達は次の屋台へと向かった。


「兄ちゃん! ベビーカステラ十個くれ!」


「はい、ありがとう。十個入りだから二百円ね」


 次に私が選んだ屋台はベビーカステラだ。かき氷で潤い過ぎた喉をいい感じに乾かしてくれる食べ物が欲しくなった。東京だと十二個入りで三百円が相場だし、本当田舎の祭りって最高だな。


 人の良さそうな兄ちゃんは鋳型の中から次々とベビーカステラを取り出していき、出来立てを袋詰めしてくれた。


「熱いから火傷しないように……って」


 袋詰めを終えた兄ちゃんが身を乗り出し、私に袋を差し出そうとした時だった。二度ある事は三度ある。やっぱりこの兄ちゃんもさっきの二人同様に私の顔を覗き込んできたんだ。ただ、今回の兄ちゃんはさっきの二人とは少しだけ違った。私の顔を覗き込む理由をしっかりと口にしたのだ。


「君どうしたのその傷? 大丈夫?」


 そう。これが普通の反応。これが初対面の相手との普通のやり取りだ。


 眼科に行った時、眼鏡屋に行った時、歩道橋で拾った一円玉をマッポのいる交番に持っていった時。あいつらは皆が皆打ち合わせでもしているように私の顔の傷を見てきた。金欠の時によく行くスーパーのめっちゃ試食させてくれる姉ちゃんだって同じだ。こんな傷、普通に生きてりゃつくもんじゃない。こんな顔の子供がうろちょろしていたら、普通の人間ならそりゃあ視線を送ってしまうというものだろう。


 そしてそれは学校でも同じ事だ。あそこに私の友達はタロウしかいないのに、友達でもないクラスの連中が物珍しそうに私の傷を見てきやがる。中には私の事をフランケンとかこそこそ呼んでる連中もいるくらいで……。まぁあんな奴らの事とか今更どうでもいいけど。


 私はベビーカステラの兄ちゃんと向き合いながら、この傷跡のわけをそれらしい理由を交えて適当に答えた。


「あー、学校でちょっと怪我しちまったんだ」


 きっとこの言い訳もフクには見破られているのだろうけれど。


「ちょっとって……。いじめとかじゃないの? 言ってくれれば学校とかにも連絡するけど」


「いやー違う違う! ほんとちょっとした事故だから! 心配してくれてありがとな!」


「ならいいんだけど……」


 私は兄ちゃんからベビーカステラを受け取り、そしてお決まりの質問を返した。


「ちなみに兄ちゃんはヤクザか?」


「ヤクザ? あー、祭りの夜店はヤクザの収入源になってるとか言うあれ? あんなの都市伝説だよ」


「そうなのか? フク」


 フクはさっきまでの二人とは違い、屋台の暖簾を潜った上で兄ちゃんの顔をまじまじと見つめ。


「この人はヤクザだね」


 笑顔でそう答えた。


「あっはっはっ! 冗談キツイよお兄さん!」


 フクの言葉にベビーカステラの兄ちゃんは大笑いする。もちろん私が信じるのはフクの言葉だけど。


「うおーすげえ! ガチのヤクザかよ! なぁ兄ちゃん、ヤクザと写真撮ったって自慢したいから自撮りに付き合ってくれよ!」


 そして私はスマホを取り出し、私とフクとヤクザの三人でスリーショットを撮った。

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