怪獣と出会った少年 ④
日常回夏休み編 4/10
「災難だったね」
「うぅっ……! ぐぅっ……! 許さねえあのアライグマ……! 新商品開発してやる、黒いアライグマにしてやる……!」
「豚カレーが出てるよね」
「じゃあ白だ……!」
「力もちうどんが出てるよね。まぁそうカッカしないで。あの子達も生きるのに必死なんだ。それにほら」
私はたこ焼きを奪われたショックで泣いていた。泣きながら隣に座る少年の服を掴んでわかりやすいくらい甘えていた。それは何故か? こうすれば私に同情した少年が、泣き喚く可哀想な女の子の為に何か美味いもんを出してくれると思ったからだ。
そんな私の思惑は見事報われ、少年はビニール袋から第三のフードパックを出してくれた。
「お好み焼きがまだ残ってる」
「お前いい奴だなぁ……!」
私は早速そのお好み焼きに手を伸ばしたのだけど。
「ダメー」
何故だろう。少年は私の手を避けた。
「別にあげるとは言ってないよ? 僕が食べるから取り出しただけ」
「はぁ⁉︎ そりゃねえよ! 泣いてるガキいじめて楽しいかよ⁉︎」
「別にそう言う趣味はないけど……。でも君、悲しくて泣いてるんじゃないよね。僕が同情してくれるのを期待して泣いてるでしょ?」
「うっ……」
本当に人の心を見透かしてそうな奴だな。
「欲しい?」
「欲しい!」
「じゃあ勝負だ」
少年はそう言うと、私の前に拳を突き出した。
「殴り合いか」
私も両の拳を眼前に構える。
「ジャンケンだよ」
なんだ、実力行使で奪えって事かと思っちまったじゃねえか。
「三回勝負で一回でも僕に勝てたらあげるよ」
「はーん? 言ってくれるじゃねえか。てめえその言葉忘れんなよ?」
「オッケー。じゃあ僕はグーを出します」
「……」
なるほど。そう言うジャンケンか。アホくさい。それって心理戦ぶってるけど結局はただの運ゲーよ。でも折角持ちかけられた勝負なんだし、ここは堂々と受けて立とう。
「そうかよ。じゃあ私はチョキを出す。行くぞ! ジャンケン!」
勝負の結果は。
「僕の勝ち」
少年は宣言通りグーを出しながら楽しそうに微笑んだ。
「まだ一回戦だろ⁉︎ てめえ見てろよこの野郎! 次こそ私はチョキでお前を倒す!」
「へー? じゃあ僕の手も変わらずグーで。ジャンケン」
二回戦の結果は。
「また僕の勝ちー」
やはり少年は宣言通りグーを出しながら嬉しそうに微笑む。まずい。まずいだろこれ。これで勝率は五分五分? そんなのもうただのジャンケンじゃねえか……!
「じゃ、ラスト行こうか?」
「待て!」
問答無用で最後の戦いを開始しようとする少年を食い止めた。このまま無策で挑む程私は馬鹿じゃないんだ。
「この勝負には必勝法がある。こんな卑怯な手は使いたくなかったけど……、でもしのごの言ってる場合じゃねえからな。悪いけど使わせて貰うぞ?」
「必勝法?」
私は両手を組んで回転させ、そして拳の中を覗き込んだ。
「はっ。私が何をしているかわからねえだろ……? これは東京に伝わる必勝法なんだ。悪いけどお前には教えてやんねえからな」
少年は笑いを堪えるように口を押さえた。私の拳の中には光が二つ差し込んでいる。なるほど、三度目の正直ってやつか。上等だよ。
「よし決まった! 私は今度という今度こそチョキで勝つ!」
「ふーん。これでも?」
「なに⁉︎」
するとどうした事だろう。この男、カバンの中からガムテープを取り出して自分の拳に巻き付けやがった。そんな事したらこいつ、どう足掻いてもグー以外出す事が出来ないじゃないか。
「それじゃあ僕も最後はグーにするよ。君は本当にチョキでいいんだね?」
「……っ」
なるほど。お前のこれまでのその見透かした態度と言い全て合点が行ったよ。さてはこいつ、ギャンブラーだな? 若い見た目しておきながら、これまで様々な命懸けのゲームに挑んで来たに違いない。先週アマプラでカイジを見た私にはそれがわかる。……でも。
「変えない! 私の手はチョキだ! 絶対にチョキを出す! 私に二言はない!」
死線を潜ったって意味では私も同じだ。頭のいかれたクソジジイと敵対して殺されかけた経験が私にはある。自分だけが特別だと思うなよ小僧。
「「最初はグー!」」
私達は互いに拳を突き出し、
「「ジャン」」
一度引っ込め、
「「ケン」」
そして私は見た。小僧がガムテープを巻いた右手を必要以上に引っ込め、そしてポケットの中から左手を取り出す瞬間を。
……そうか。そう言う事か。それがお前の作戦か。お前はガムテープを巻く事で自分にはグーしか出せないと私に思い込ませた。でもそれはブラフだ。ジャンケンに右手しか使っちゃいけないだなんてルールは存在しない。お前はグーしか出せないと装う事で私にパーを出させようとしている。そして隠した左手でチョキを出し、私を制するつもりなんだな。そうなんだろ⁉︎
卑怯な真似しやがって。そんな卑怯な手に私が引っかかると思うなよ? ここで私が出すべき手はグーだ。グーで奴のチョキを……!
『変えない! 私の手はチョキだ! 絶対にチョキを出す! 私に二言はない!』
奴のチョキを……!
「「ポン!」」
三回戦の結果は。
「……」
「あちゃー。僕の負けだ」
勝った。私が勝った。少年は負けたくせに相変わらずヘラヘラと笑っているものの、でも間違いなく勝者は私だった。
「何で……」
……私だったけど。
「どうしてお前……パーを出した?」
それは私の思い浮かんだ勝利ではなかった。私の予想ではチョキを出す筈だった少年の左手はパー。対して私の出した手は宣言通りチョキだ。
どうしてチョキを出してしまったのかは自分でもわからない。強いて言えば二言はないとまで豪語しておきながら、自分の出す手を偽る事に抵抗を覚えてしまった。それで結局当初の宣言通りチョキを出したわけだけど……。
「どうしてって、正直な子供には勝たせてあげたくなるでしょ? はい、りーちゃん。景品のお好み焼きね」
「……」
私は少年からお好み焼きを受け取る。
「お前やっぱめっちゃいい奴ぅ……っ」
それはもうボロボロ涙を溢しながら受け取った。……ん?
「あれ。お前今なんつった?」
「違った? タイミング的に君の事だと思ったんだけど」
「タイミング?」
「そ。こう言ったらわかるかな?」
少年は少しだけ前屈みになり、私と目線の高さを合わせながら言葉を続けた。
「はじめまして。有生フクです。姉ちゃんから話は聞いてるよ?」
有生フク。人を見透かしたような神秘的な雰囲気を纏ったその少年の正体はサチの弟だった。
「へー! お前がフクか! 言われてみれば鼻の形とかサチに似てるわ!」
「あはは、それ周りからもよく言われる」
お好み焼きを食べながら私達は二度目の雑談タイムに突入した。有生フク。歳の離れたサチの弟で高校三年の受験生。フクは私の言葉に笑いながら人差し指を伸ばすと、森の木々のどこかから飛んで来た小鳥がその指に乗っかった。随分人に慣れてるな。
「それお前のペットか?」
「ううん。僕の友達。ここに住んでる子達はみんな僕の友達だよ。その子もね」
「その子? ……あ⁉︎」
フクの視線を追って振り返る。すると草むらの中からさっきのアライグマがこちらの様子を伺っていた。あのクソダヌキ、また私のお好み焼きを狙って……!
私は奴を追っ払おうと地面の土を握りしめた。
「ストップ」
しかし、その土を投げるよりも早くフクに制止させられる。フクは私の手首を掴んで投擲を辞めさせると、アライグマに向かって「おいで」と呟いた。するとどうだろう。アライグマは私を露骨に警戒しながらも、ゆっくりとフクの方へ歩み寄って来るじゃないか。遂にはフクの膝の上にその身を乗せて、無防備にフクに体を撫で回される。
「欲張りはダメだよ。さっきたこ焼き食べたんだから今回は見逃してあげて?」
「……」
フクとアライグマのやり取りをじっと見つめる。本当に不思議な奴だな、フクって。サチはこいつの事を菩薩とか僧侶のようだって言っていたけど、その理由がなんとなくわかったような気がする。
「お前、動物の言ってる事がわかるのか?」
「んー、なんとなくかな? 何をして欲しいのかとか、何をされたくないのかとか、そういうのがなんとなくわかるだけ。頭の良い動物ならうっすら会話も出来るけどね」
「マジか⁉︎ なんだよそれかっけえ!」
「……」
驚いたような顔をする少年。しかし少年は再び笑顔を浮かべながら会話を続けた。
「昔から動物が好きなんだ。この子達は嘘をつかないから。まぁ、そもそも嘘をつく知能がないだけなのかもしれないけど。りーちゃんは?」
「私も好きだぞ。飼うのは勘弁だけどな」
私はフクに甘えるアライグマに手を伸ばす。するとアライグマは威嚇でもするように牙を剥き出しにしたもんだから、思わず手を引っ込めてしまった。
「やっぱ嫌いかも……」
フクはそんな私を笑い飛ばしながら、私の眉間に指を当てた。
「君の数十倍大きな怪獣がいたとして、その怪獣が君に手を伸ばして来たらどう思う?」
「そりゃあ怖いだろ」
「じゃあその怪獣が見るからに怒っていたら?」
「殺されるかもって思う」
「だよね。だから眉間の皺は論外だ。まずは眉間の皺をほぐす事」
ぐりぐりぐりと、私の眉間に当たるフクの人差し指に力が込められた。
「感情って意外と動物に伝わるものだよ。特に怒りはね。威嚇する時の表情って、動物も人間もどこか似通っているんだ。だから眉間の皺がほぐれたら次は笑ってごらん? 難しいようなら口角をほんの少し上げるだけでもいいから」
フクの指示に従って口角を上げる。
「それが出来たらいよいよコミュニケーションだ。君は今から初対面の相手にボディタッチをされるとする。どこまでなら許せる?」
「……」
私は考えた。というよりも思い出していたと言った方が近いかも知れない。この世界に来たばかりの頃を。この世界で初めてサチと会った時の事を。
お母さんからサチの方へと身柄を引き渡された時、サチは私のどこを触れてたっけ? 確か最初、サチは私の手を握ろうとして来たんだ。でも私はそんなサチを警戒して、すぐにお母さんの背後に隠れてしまった。それでもサチはめげずに私に手を伸ばす。……でも、二度目のそれは私の手を掴む為の動作じゃなかったっけ。サチは私の目の前に自分の手を差し出した。私を掴むでも私を撫でるでもなく、ただ手を差し出すだけだった。
「……」
私はアライグマの前に手を差し出した。アライグマを撫でるでも掴むでもなく、ただそいつの目の前に手を差し出した。
アライグマは未だに私を警戒している。息を荒げながら牙を見せている。そんな拮抗しただけの時間がただただ過ぎて行く。……けど、そんな時間もある瞬間を境に終わりを告げた。アライグマの顔から警戒の色が抜け落ちて行ったのだ。
私は何もしなかった。アライグマの前に手を差し出す以外は何もしなかった。その成果だろうか。アライグマの中で私と言う存在は、自分に何かをしてくる巨大な生物から、自分に何もして来ない無害な生物へと認識が改められたのかも知れない。その瞬間、アライグマの警戒心は好奇心へと姿を変える。私から触れるまでもなく、アライグマの方から私の指に触れて来た。それはもう私の方からアライグマを撫でても抵抗しなくなるくらいだった。
このアライグマと同じように、私からサチの指に触れに行ったあの日の自分を思い出した。
「正解。答えは向こうが警戒を緩めるまで何もしないだ。本当に気が立っている子や臆病な子には通用しないけど、比較的好奇心旺盛で警戒心の緩い子が相手なら大体これで仲良くなれるよ」
フクの膝の上から私の膝の上へとアライグマが移動してくる。蒸し暑い真夏の午後だと言うのに、ふさふさした毛並みに覆われたその体温がどこか気持ちよかった。
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