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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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怪獣と出会った少年 ③

日常回夏休み編 3/10

「みほりちゃん、お腹は空いてない? お寿司とか好き?」


「寿司⁉︎ 大好き! 値段の高い食いもん全部好き! 腹もめっちゃ空いてる!」


「そ、そう……」


 私の礼儀正しい反応を見て苦笑いを浮かべるサチのお母さん。出前でもとってくれるのだろうか? 期待に胸を高鳴らせていると、案の定サチのお母さんは電話に手を伸ばして。


「ストップ」


 しかしその腕をサチに止められた。


「いらないからやめて」


「え? でもお腹空いてるって……」


 サチのお母さんが戸惑った様子で私の方を見て来る。私は両手で顔を押さえながら事の顛末を簡潔に話した。


「はい……、お腹ぺこぺこです……。新幹線に乗った時もサチにお弁当取り上げられるし……っ」


「自分に都合の良い部分だけ切り取るのやめてくれない……? お母さんもりいちゃんの着痩せに騙されないで! これ見てよ!」


 次の瞬間、私の腹部が涼しさに包まれる。サチに服を捲られた事でお腹が外気へと露出したのだ。


「このお腹見てどう思う⁉︎ さっき私の制服着せた時もお腹周りだけはピッタリだったの! こっちに来る時もお弁当四箱にアイスも三つも食べたんだから!」


「それはお弁当四箱にアイスを三つも買い与えた大人が悪いんじゃないの?」


「うっ……、で、でもそれにはちゃんと理由があって……」


「あのね、サチ。高校生からの肥満は自己責任だと思うけど、小中学生の肥満は保護者の責任よ? お母さん、間違った事言ってる?」


「いえ……間違ってないです……」


 実の母親に言い聞かせられて半泣きになるサチ。責められているのはサチのはずなのに、しょげるサチの姿を見たせいで隠れてこそこそカップ麺を食ったあの日の自分に罪悪感を覚えた。


「でもそうねぇ……。確かにそのお腹を見ちゃうとご飯を食べさせるのが心配だわ」


「え」


 そしてどういう事だろう。サチを咎めていたはずの矛先が、何やら私の方へ向けられているじゃないか。


「夕飯も我慢した方がいいかしら」


「あー、うん。それ実は私も少し思ってた。りいちゃん、一回ダイエットしてるんだよね。折角痩せたのにリバウンドさせるわけにもいかないし……」


 これが昨日の敵は今日の友現象というやつなのだろうか。さっきまで敵対していたはずの二人が同じ目的を持ってしまった。これはまずい。非常にまずい。私の夕飯に危機が迫っている。


「ねえ、りいちゃん。今日の夜はおかゆだけに」


「走ります!」


 私はサチの言葉を遮るように大声をあげた。


「今から運動してお腹凹ませて来ます! だからお願いします……、夕飯がおかゆだけとか、そんな酷いこと言わないで……っ。新幹線の中でお祭りやってるとか言って期待させておいてやっぱりなしとか……っ! そんなのあんまりだぁーっ!」


 そして決死の思いで私はこの家を飛び出したんだ。


「ちょっとりいちゃん! あーもう! あんまり遠くに行っちゃダメだからねー! 迷子になったらちゃんと電話もして!」


 涙でボヤけた視界でスマホを覗く。朝早く家を出た事もあって、現在時刻はまだ午後の一時前。サチ達は午後の四時に家を出ると言っていたから、タイムリミットは三時間か。駅弁の量ってどのくらいだったろう? サイズ自体は他の駅弁より大分小ぶりだったし、三百グラムから四百グラムといった所か? そこにアイスが三つだから……。


 えーい、とにかく二キロだ! 私は今から二キロ分の何かを体から出してやる。汗も涎も鼻水も涙もうんこもしっこも全部だ。それでも足りなきゃ最悪血液だって抜いてやる。待ってろよ屋台飯。私は絶対にお前を諦めたりなんかしてやんないからな……っ!


 私は走った。真夏の直射日光が差す田舎道を、特に目的地も考えずに走り続けた。しかし気温が気温だからな。私の体は数分もしないうちに汗に塗れてしまう。それでも私は足を止めなかった。止めるわけにはいかなった。体の限界が来るまで、心の限界が来るまで、そして。


「ふぅーーーー…………」 


 その両方に限界が来た事で、ようやく私は休憩を求める両足に休憩の許可を出してやった。


 木陰の岩に腰を下ろして深呼吸をする。結構市街地から離れたもんだ。視界の向こう側に広がる市街地と、その更に奥に広がる大海原の光景を瞳に刻みながら、自分が走ってきた道を視線でなぞった。アスファルトの道だけを選んで走っていたつもりが、いつのまにか私道にまで足を踏み入れてしまったらしい。東京では中々お目にかかれない土の道か。呼吸をする度に土の臭いが肺を満たしていく。市街地に比べて蝉の鳴き声も一段と大きくなった。ポツポツと建物のあった市街地と比べて一気に建物の数が減少し、それと反比例して植物の数も増えていた。私が想像した通りの田舎がここにはあった。


「……でっか」


 背後を振り向き、誰に言うでもなくそう呟いた。ここは既に山の入り口。夥しい数の樹木が森を形成している。最後に山に来たのは去年の夏の校外学習だっけ。バスの中も、登山道も、川遊びも、夕食作りも、キャンプファイヤーも、そして就寝時間のお喋りタイムも。ひたすら一人で過ごした林間学校だったな。


 六年の校外学習は……確か秋の修学旅行だっけ。行き先はその年によってまちまちで、運が悪けりゃ近場だけど運が良ければ沖縄に行った年もあったと聞く。……ま、どうせ今年もぼっち行動する事になる私からすればどっちも地獄でしかないんだろうけど。


 ……いや、どうだろう。多分、タロウは一緒に行動してくれるよな。それにダイチも……。


 ……。


 んー。いや、あいつは微妙だな。今でこそ毎日のようにあいつの病院に通っているからよく話すけど、あいつは私と違って友達が多い。退院したらわざわざ私と話す意味もねえか。きっと敵対する前の、お互い無関心だった頃の関係に戻るだけだ。


「……」


 ……なんか、寂しいな。それ。


 私は再び立ち上がる。ここまで走っててわかった事がある。人は無我夢中で走っている間、余計な事は何も頭に入って来ないんだ。だからきっと今みたいに少し落ち込みかけた気分を紛らわすのにもランニングは有効なんだと思う。


 私は市街地に背を向けて山の中へ一歩を踏み出す。この山に入りたい理由が私にはあった。


「焼きそばの匂い……!」


 ソースの良い香りが山の中から漂って来たからだ。


「焼きそば! 焼きそば! 焼きそば! 焼きそば!」


 私は走った。山道を無我夢中で走った。既に全力で走り切ったと思ったのに、まだまだ余力の残っていた自分の底力に驚きだった。……いや、多分これは余力とは違う。これはいわば生存本能だ。汗をかく事で大量の水分と大量の塩分を失った私の体は今、しょっぱい物を求めている。生きようともがいているんだ。つまりこれは一種の火事場の馬鹿力。生への渇望。そして。


「……焼きそばが……ない」


「……ん?」


 森を抜けた私の視界が捉えたのは、山の中に佇む広大な湖と、そのほとりに腰を下ろしながら、今まさに焼きそばの最後の一口を口に入れた一人の少年だった。


 私の膝が土で汚れる。その場に膝をついてしまったのだから当然だ。少年はそんな私を見ながら口の中の焼きそばを飲み込み、隣に置いてあったレジ袋からフードパックを一つ取り出した。


「たこ焼きならあるけど」


 少年がフードパックから輪ゴムを外すと、焼きそばとはまた別の香ばしいソース臭を漂わせた八つの球体がその姿見を露にした。


「へー、東京から?」


「おう。親の用事に付き合ってな」


 湖のほとりに腰を下ろしてたこ焼きを頬張る。出来上がってから少し時間が経っているんだろう。出来たの熱々こそ堪能出来ないものの、程よい暖かさがむしろ食べ易くて食が進む。


 私にたこ焼きをくれた少年はと言うと、そんな私をニコニコ見つめながらゴミ拾いを始めていた。軍手にゴミ取りバサミを装着し、湖に散らばったゴミを一つ一つゴミ袋に入れていく。……しかし。


「親、ね」


「……」


 ふと、私の話を聞いた少年の手が止まった。そしてなんて言うんだろう。見透かしたような視線? 私の正体を見極めようとする視線? そう言った類いの不気味な視線を私へ送りつける。


 思わずたこ焼きを食べる手が止まってしまった。頭の中を直接覗かれているような奇妙な感じがする。少年はゴミ拾いを中断し、私の隣まで歩み寄った。その場でしゃがみ、私と視線の高さを合わせると。


「それは遠路はるばるご苦労様。東京に比べて何もないでしょ?」


 少年の表情はあどけなさの残る笑顔に戻り、私の手元からたこ焼きを一個だけ摘んで頬張った。


「……」


「どうかした?」


「……いや、別に何も」


「そ?」


 腰を下ろし、食事も取り、すっかり汗も引いたと思っていたのに、私の眉間からは冷や汗の雫が一粒零れ落ちた。


「あの」


「ん?」


「何で見てんの?」


 少年はたこ焼きのつまみ食いだけの為に私の側まで歩み寄ったのかと思った。けど、少年はたこ焼きを頬張ってからもこの場を離れようとしない。じーっと舐め回すように私の事を見てくる。こんなの気にするなって方が無理だ。


「んー……。君と似た女の人の事を思い出してね」


「私と似た?」


「うん。君と同じ、幽霊を引き連れた女の子」


「幽霊?」


「そうだよ。いや、引き連れたって言うのはちょっと違うかな? 取り憑いた……うーん、これも違う。どちらかと言うと君と一つになっている幽霊だ」


 すると少年は人差し指を立て、私の体をなぞるように空中に渦を描く。


「その幽霊は君の体の中でグルグルと渦を巻いている。口が悪くて性格も悪い、不良みたいな女の人の幽霊だ。君の事をよく知っていて、君の悪い所を知り尽くしているから君の事が大嫌い。でも、それと同じくらい君の良い所も知っているから嫌いになりきれない。君ととてもよく似た性格の、世界で一番君を大切に思っている、そんな幽霊が君の中にいる」


「……」


 思わず固唾を飲み込んだ。私の全てを見透かすような少年の態度に、冷や汗と脂汗は止まる術を失ってしまう。私は悩んだ。今、ここでメリムを取り出してしまおうかと。これ以上私の何かを見透かそうとするこいつを、今のうちになんとかした方がいいんじゃないかと。


「冗談でしたー」


 少年がすぐにそう言ってイタズラな笑みを浮かべてくれなかったら、私は本当に魔法を使っていたのかもしれない。


「どう? 怖かった?」


「いやまぁ……色んな意味で」


 私の答えを聞き、少年は面白おかしそうに微笑んだ。


「田舎旅行は楽しい?」


 少年の怪談話はそこで一旦終わりを告げ、今度は世間話が始まる。少年の視線からはいつの間にか私の正体を探ろうとする不気味な気配が消えていた。少し、私の中で騒いでいた不安も和らいでくれた。


「そうだな。東京にはない自然がいっぱいで凄えわくわくしてるよ。こういう所に住んだら毎日楽しそうだ」


「あっはっはっ、そう? でも一週間も住めばすぐ飽きると思うよ」


「そんな事ねえよ! ここには東京にない物がいっぱいある。東京じゃ絶対見かけないタイプの野鳥とかも見たぞ? 折角田舎に来たんだし、帰るまでに狸とか狐とか生で見てえなぁ」


「狸かぁ……。アライグマならいるけどね」


「マジか! どこに?」


「そこに」


「え?」


 少年が指を差す。私に向けて指を差す。正確には私の少し下辺りだろうか? 少年の指に合わせて視線を落としてみると……なんだ。白と黒と灰色の体毛をした何かがいるじゃないか。そいつは私の足の上に乗っけたフードパックをガサゴソと漁りながら、残りのたこ焼きを全部両手に抱えて逃げていく。


 東京じゃ決して経験出来ないその出来事と直面した私は、自分の身に何が起きたのかを理解するまでに数秒のタイムラグを要した。そして数秒後。


「てめえこの野郎、かけそばに入れて緑のたぬきにすっぞゴラァーっ‼︎」


「アライグマだってば」


 半泣きで恨み言を叫ぶ私を見て、少年は心から楽しそうに笑っていた。

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