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月面荘  作者: 江本紅
6/7

仕儀

茶碗に注がれるポットのお湯からは、白い湯気が立っている。


緑色の粉末(というと、違法なものだと思われるが、断じて安全な茶だ)を2スプーン入れ、リビングに運ぶ。茶色の丸テーブルの上にことっと置く。


「米沢さんの部屋って意外と物が置いてあるんですね。いつもどんよりした顔してたからひょっとしてミニマリストなのかなって思ってました」


本山田君は、僕の部屋をぐるっと見回して言う。どんな偏見だ。まったく。


お茶を置くと、僕も彼の正面に座った。ここに入居する際、家からは本棚以外何も持って行かないつもりだった。だが、月面荘に着くと、すでに頼んだはずのない荷物が積み上げられていたのだ。送り主は母親だった。独り立ちする息子が心配だったのだろう。それか、家で邪魔になったものをこちらに送ってきたか。どちらにしても、母親のおかげで僕の部屋には、水槽もあるし、植木鉢もあるし、台所セット、ラジオ、その他諸々があるのだ。水槽だけ飾るのもなんだかなぁって思って、一時期大家さんが祭りで釣ってきた金魚を泳がせていたっけ。今は空だけど。あの時、祭りに誘われたけど、小説の続きが読みたくて断った気がする。で、その夜遅くにチャイムが鳴って開けたら大家さんが金魚の入ったビニル袋を持って立ってたんだ。これなんですか?って聞いたら「お土産。そこの水槽で飼えば」とだけ言ってそれを押し付けて帰っていった。彼女の手には林檎飴やら焼きそば、お面やらが入った袋が下がってたけど、たぶんあれは他の住民に配る予定のものだったのかな。他の人のことを考えられるのってすごい、とあの時思った。


「あの、聞いてます?」


水槽に思いをはせていたら、現実からトリップしてしまっていたらしい。


「あぁ。聞いてる。で、履修ができなかったっていう話だったよね。」


「そうです!いや、そうじゃなくて、履修はできなかったですけど、聴講するだけならいいよということになったんですよ。」


「その日って必修入ってるんじゃないか?僕の時は入ってた。」


「だ、か、ら!僕の世代から変わったんですって!もう、全然聞いてないじゃないですか。」


本当だ。まったく聞いてなかった。水槽と夏祭りで思考が完全に停止していた。


「じゃあ、良かったじゃないか。僕に話を聞いてもらうまでもないと思うけど。」


「来たのはその話題のためではなくてですね、月面荘の他の入居者についてですよ。」


「。。。」


「僕ね、他の人にも米沢さんと同じように挨拶をしたいなって思ったんですけど、チャイム鳴らしても出て来ないんですね。でも、大家のおばさんに聞くと住んでいるということなんですよ。ね。」


「ね?」


「だから、不思議に思いません?」


僕が挨拶しに行ったときにはいたから、単に留守だったというのはあり得ないのだろうか。あと、今大学の授業は始まったばかりである。普通の一年生であったら普通履修方法とか取りたい授業、サークル選びとかで忙しいはずのこの時期にたかが寝に帰るだけの宿にそんなに興味を持ってどうする。


「あ、大学の方は心配いりません。取る授業も決めましたし、サークルも入らない予定ですし。」


よほどいぶかしげな顔をしていたらしい。笑顔でそう言ってくる。僕が言うのもなんだが、サークルには一般的な大学生として交流の場を広げるためにも入っておいた方が得ではないかと思う。まあ、本人が決めてしまったのなら仕方がない。実際僕も入っていないのだから。


「一応言っとくけど、ここって他人に干渉しない方向性で行く人が多いと思うんだけど」


「本当に干渉したくないんだったら、ちゃんと家賃を期限に余裕を持って払うと思うんですけど。」


テーブルに肘をつき、そこに顎をのせる。にこにこはしているが、そのレンズの奥の目はまっすぐこちらを見つめている。


「大家さんから聞きましたよ。言えばすぐ払うのになぜかいつもぎりぎりにしか払わない。期限間近の支払いの方には延々と愚痴を言うらしいですね。あれって、人に関わりたくない人が避けるものではないですか?」


まっすぐ見つめる目から視線をそらした。お茶に視線を落とし、そこに映った自分の顔を見つめていた。


「ということで、一緒に行こうかなって思うんですけどどうですか?ちなみに僕一人で行くと大家さんが良い顔をしないので、好感度の高い米沢さんも一緒に来ていただけるとありがたいです。」


どうやら、拒否権はないようだ。まだここの宿に来てから少しばかりしか経っていないはずなのに、なぜこいつはこんなにもずけずけと人の領域に土足で踏み入るんだ?でも、ここで断るとなんだかしつこく言ってきそう気がする。このまっすぐな瞳を見ていると。


「わかった。やるよ。」


「快く引き受けていただいて嬉しいです。」


白い歯を見せると、正座に座り直し、お茶を両手で抱えて飲む。そして、一口含んだなっと思ったら、コップをじっと見つめていた。


「どうした?」


「いや、今日のお茶は苦くないんだなって思って。来たときのお茶は何かの嫌がらせかなって思うほど苦かったんで。」


ほんとなんででしょうね~と言いながら、ぐびぐびお茶を飲むと、それではまた連絡しますね、とだけ言い残し帰っていった。

寒い中、どうお過ごしでしょうか?

私は絶賛引きこもって毛布にくるまってます。。。

毛布にくるまって作業してると眠くなるんですよね、なぜでしょう笑。

何か魔法がかかってるんでしょうか。


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