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月面荘  作者: 江本紅
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会遇

 僕、米沢吉秋は物心ついた頃から、人に興味を持てなかったらしい。幼稚園では同じクラスの子たちが集まる場所をわざわざ避け、砂場の隅の方で遊んでいたし、小学校でも授業で指名される以外はほとんどクラスメイトと話すことはなかった。

 人と関わることに興味を持てないのではなく、苦手なのだと気づいたのは、中学のときだ。中学の時は、それなりに友達と呼べるようなクラスメイトもいた。よく宿題の話や読んだ小説の話などをしていた。だが、ある日、朝挨拶をしても聞こえていないふりをされ、教室移動も一緒に行こうと誘っても聞こえていないように先に行ってしまった。ほんの数日前まで仲良くしていたのに、なぜこのようになってしまったのか。逡巡して、しばらく経ったときにそのクラスメイトに呼び出された。曰く、「あなたが何を考えているのかわからないし、付き合ってるのかわからなくなった」だった。どうやらそのクラスメイト、彼女は僕と男女として付き合っていると思っていたらしい。何も気づかなかった僕もどうかと思うが、告白シーンがあったかどうか記憶にない。もしかしたら、記憶から抹消されたのかもしれない。彼女が言うには、会話の中でそのような雰囲気になったとあるが、まるで覚えていない。そして、謎に「もう一度やり直すチャンス」というものが与えられた。授与されたはいいのだが、僕としては彼女のことは心底どうでもよくなってしまった。人と交流を持つことを始めたはいいが、こんなにも面倒なものかと思ったのだ。両親によると、それは付き合った人間が悪いらしいが、この時の僕にはそれが全てだった。何を考えているのかわからない他人に脳の容量を使うよりも、自分のことに使った方が面倒事を回避できるのでは?と思い、その頃から人と距離を置くようになった。

 しかし「月面荘」において、そんな事情は通用しない。大学に進学するにあたり、下宿先を探すことになった。実家は山奥であり、高校まではあるが、大学に進学するには、県外に出る必要があった。不本意だが。僕としては、他の同級生のように実家の稼業をついだり地元にそのまま就職しても良かったのだが、亡くなった祖母の遺言により大学に行くはめになった。東京であるとあまりにも人が多すぎるため、そこそこ田舎のだれも名前を知らないような大学に進学を決めた。その近場の宿が月面荘だったのだ。学校から近いが、何しろ修繕費が足りないため、今にも崩れ落ちそうなものだから、不人気である。入居者は今のところ、僕を入れて3人くらいしかいないだろう。大学の何回生かはわからない。入居の時は一応挨拶はしたが、なるべく関わりたくなかったため、名前も顔も覚えていない。食事も一応は提供されているが、ここの食事を食べるのはいつも僕一人であるから、あれ以来会ったこともない。

 さきほど、僕の人と極力関わりたくない事情が通用しないといったが、それはここの大家さんにある。

「米沢さーん、さっさと家賃を払いやがってください」

 月末になると、大家さんが家賃を取り立てに来る。少々言葉が汚いが、彼女はれっきとした20代女性である。家賃は手渡し制なので、いやでも人と関わることになる。そして、家賃を払い終わるまで、頭にヤのつく職業の人のように毎日訪れる。はっきり言って、面倒である。

「わかってます、今月中には払います。」

「わかってるなら、さっさと払ってくださいよ。あなたのせいで今月の食費が滞るんですよ。。。」

 そうため息をつく。だが、いつもよりも機嫌がよさそうだ。普段なら、この後、今晩の食事のおかずが減るという脅しから入り、小1時間程度は続くはずだ。様子がおかしいので、ドアの小さな窓からのぞいてみると、よく見たら眉間にしわも寄っておらず且つ少し口角が上がっている。

 彼女はこれだけ言うと、鼻歌を口ずさみながら、来た道を戻っていった。まあ僕には関係のないことだ。お金にうるさい彼女のことだから、大方、宝くじか何かが当たったのだろう。

 ドアから目を話し、リビングに戻ろうとすると、今度はドアの向こう側から何かがぶつかる音と悲鳴が聞こえてきた。そして、何かが崩れ落ちる音がした。廊下には、何もなかったはずである。こんなに近くで音が鳴るということは僕の部屋の近くで起こっているということなのだろう。廊下にはここの住人の誰かが使う予定で積み上げている煉瓦や木片、パイプが置いてある。万が一、それにぶつかったことで崩れてしまったら、大けがもあり得る。

 再度窓からのぞいてみると、僕の号室の前で誰かが倒れているのが見えた。大家さんはとっくのとうに行ってしまった。周囲には誰もいない。このまま知らないふりもできる。しかし、なんだか夢見が悪いような気がした。助けたからといって面倒なことにはならないだろう。そうため息をつき、ドアを開けた。

 「大丈夫ですか?」

 頭から血は出ていない。ただ臥せっているだけだと思う。周囲にはその人が持っていたであろう木片と金属パイプの入った袋、教科書の山、スーツケースが横倒しになっていた。くたびれた運動靴の靴紐がほどけている。多分、自分の靴紐に引っかかったのだろう。ついでに、眼鏡も落ちていた。とりあえず、高校の時の保健で習ったように声かけをし、反応を待つ。

 「あ、すみません、、」

 眼鏡を差し出すと、あわててつけた。相手は頭をおさえながら、むっくりと起き上がった。

 「ここって、月面荘で合ってますか?自分、ここの入居者になる予定の本山田秀策と申します。」

 彼は姿勢を直し、きらきらした目を向けている。

 「命の恩人ですね!これからよろしくお願いします!」

 大学2年生の春、なんだか面倒な奴と関わることになってしまった。

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