始まりの章 依頼達成
走り来る騎馬の前に立ったレイだったが、その迫力に負けて一瞬だが躊躇してしまった。
騎馬に乗った者はその一瞬を見逃さなかったのか騎馬の進路を左に取り、レイに向かって引き摺っていた物を投げつけるとそのまま走り去っていった。
訓練とは違う実戦の持つ緊張感に全身から冷や汗が吹き出たが、投げつけられた物を見て血の気も引いた。
手の中に在る物は、引き摺られていたためにそこら中が捲れあがっているが、その特徴的な頭部の金色を見ればそれが何だったかがわかった。
ぬるりとした乾いていない血の感触と、僅かに残っている熱から命が消えて間もない事が伝わってきた。
走り去った騎馬がどの方向へ行ったかや、鎧の形など見ておかなければいけない事は沢山あったが、目の前の現実に視線を移す事を許されなかった。
騎馬よりも大きな存在が鉈の様な爪を振り下ろす、それはかろうじて避ける事が出来たが、すでに熱も感じなくなった死体を抱えていたままでは、何時かあの爪か牙の餌食となるだろう。
火の揺らめきを反射して、怪しく光る眼光は怒りの炎が燃えているようだ、恐怖に視線を逸らさぬ様に間合いを計る。
背後から人の気配を感じ、それと同時に帝王熊の側面に火の粉が舞う、仮面の勇者と寡黙な戦士が帝王熊の前に立ちはだかり、レオが鞘ごと剣を渡してきた。
「間に合ったようだな」
レオから剣を受け取ったレイは、2人から距離を取ると縛られている小熊のロープを切り、地面に寝かすと胸の前に右こぶしを当て少しの時間黙祷した、それをわき目に見ていたレオは口元を緩ませ、
「お前らしいよ」
と呟くと目の前の脅威に全力を向けた。
振り下ろす爪は当たれば致命傷だが軌道は単調で、四方から攻撃を受けては勝負にならない。
これが森の中の戦いなら1対1の場面になることも多くなり、帝王に勝機はあったかもしれないが、原っぱで訓練を受けた者と4対1ではたとえ帝王と呼ばれようとも勝負にはならず、次第に蓄積されたダメージにより動きが鈍くなり、レオの止めの一撃が致命傷となり巨体を地面に突っ伏した。
荒い呼吸は次第に細くなり、流れ出る鮮血は勢いを無くし始めた。
レイがその傍らに子熊を置くと帝王の目から怒りの色が消え、慈愛に満ちた母の目になり子熊を一舐めすると目から光を失った。
最初の依頼は思いがけずに達成することが出来たが、皆の顔には達成感は無く、後味の悪い気持ちだけが残った。