始まりの章 2人の勇者
俺達は同じ孤児院で育った、一人は王族の養子に、一人は勇者に、俺は勇者の・・・。
「まったく行きたくても俺はお城には入れないって言うのに、勇者を置いて黙って先に帰ってくるって事は無いんじゃないか」
厨房でフライパンを振りながら男がぼやいている、それを見つめていた女の目が怪しく光り、
「あら、私に口答えをするのかしら、ただの従者の癖に」
その言葉に男の顔は一瞬曇り小さくため息を吐いて、
「へいへいすいませんね、どうせ私は出来損ないの従者ですよ、っと」
調理を終えた料理をフライパンから皿に移し女の前に差し出す、焼いた肉に甘辛いソースが絡み合い立ち込める香りにたまらず女は喉を鳴らした、
「これこれ、料理の腕だけは褒めてあげるわ」
男は頭に巻いた鉢巻を取りながら空返事をした、男はくるくると鉢巻を回しながら女が食べ終わるのを待った。
大きく切り分けられた肉を、恥ずかしげも無く大口を開けて口に運び租借をしている、そんなあられもない姿を見ているのが恥ずかしくなったのか、男が顔を背けながら声をかけた、
「パーティーなんだから料理ぐらい出ただろうに、なんで食べて来なかったんだよ」
「あら、まだ口答えをするのね、食事を一緒にしても良い位の男が居なかったからよ」
「そんなもんかねぇ、あれだけの人数が居てあんたの好みの男が居ないとは思えないけど、いつもそう言って早く帰ってくるんだよな」
「ごちそうさま、黙って帰ってきちゃったし、あいつが帰ってくる前に寝るわ」
「ああ、お休み」
「お休み」
女は席を立ち男に背を向ける、
(あれだけ大きなパーティーで、良い男が居ない訳が無いじゃない)
扉を開け出て行く時に女が呟いた、小さな呟きは男の耳には届かなかったようだ。
男は料理の後片付けを済ませ一人厨房で時間を潰していた、暫くすると一台の馬車が宿舎に近付いて来る音が聞こえてきた。
(どうやら勇者様のご帰還らしい)
正面玄関まで出迎えると馬車から仮面を被った勇者が降りてきた、
「いよ~、出迎えご苦労ちゃん」
お供のジェラルドに抱えられながらふらふらと勇者が歩いている、どうやらご機嫌なようだ、
「まったくいつもいつも飲みすぎですよ、すいませんお見苦しいところをお見せしてしまって」
ジェラルドから勇者を受け取ると御者に頭を下げた、
「いえいえ楽しんでくれたのですから、お気になさらず」
馬車の男たちは苦笑いをしながらそそくさと帰って行った。
ジェラルドは何も言わずに自室へ向かい、男は勇者に肩を貸して玄関をくぐり扉を閉めた、すると勇者はしゃんと立ち厨房へ足早に歩いて行く、
「まったく、俺たちが第6皇女の者だからって馬鹿にしているのか」
履き捨てるように言いながら厨房に何も食べる物が無い事を確認すると、勇者は男に懇願するような視線を向けた、
「おいおいお前も俺に何か作らせるのか、いったい城ではどんな料理を出しているんだよ」
「次から次へと挨拶回りで酒を飲まされて、料理なんてまともに食べてないよ、」
そりゃ可哀想だ、せめて自分くらいは毒を吐かないで置いてやろうと火を熾した。
「何が食べたい」
「いつもの」
勇者は目深に被っていた仮面を取り男に笑顔を向けた後で大きくため息を吐いた、従者と勇者、どちらが大変かはわからない。