第八話、残り香は苦く渋い
お茶会を終え、ラノスを送り出した後にイリアは問うた。
「これでよろしかったでしょうか、フェリチータ様」
「···ええ、助かったわ」
フェリチータが命じた媚薬入のお茶。直前までフェリチータは飲ます気満々であった。本気で。
しかし、ラノスの提案によりその必要が無くなった。元よりフェリチータの一番の目的はラノスと契る事ではない。定期的な里帰りが出来れば不満などどこにも無いのだ。
むしろ飲み物に細工をするという行為は不用意に疑惑を与えかねないため、フェリチータの不利になる可能性があった。故に必要が無くなった時点でそれは邪魔なだけなのだ。そんなフェリチータの意図をすぐさま汲み取り、直前でそつなく防いだイリアは称賛に値した。
だが、フェリチータは不貞腐れた顔をする。
「でも、別に笑う必要はないじゃない」
例え偽物だったとしても、フェリチータですら滅多に見る事ができないイリアの表情をラノスに見せた事に不貞腐れていた。
そんなフェリチータにしれっと返す。
「困った時は笑えば何とかなるとサラから教わったので」
サラ直伝、普段無表情だからこそ価値がある。場面によってこの表情百選からの引用だ。
効果は抜群で、あからさまに不敬かつ不自然であったのにラノスは素直にカップから手を離してくれたし追求も無かった。
「ずるい私も見たい見たい」
「価値が下がるそうなのでご了承ください」
フェリチータにはこれ以上手札が無い最悪の手段として使え、ともご指導頂いていたのだった。
ラノスは大きく息をついた。
これで、やっと面倒事ーーゴホン、懸念が一つ終わるだろう。その事にとても安堵していた。
「クレイトン、関税を下げられる品はいくつあったかの」
「何を交渉なさるおつもりで?」
主語を言わずとも通じ合える位には長く添うクレイトン。何故かそのありがたさを、今噛み締めた。
「姫を国に帰す」
「何故?若く美しい姫ではないですか。特に不満など無いでしょう。噂がありますから生娘とは限りませんが流石はかの国の皇女、教育は行き届いているし、特に贅沢もしない」
「まてまてまてまて!し、失礼だぞ!」
クレイトン曰く奥手な陛下は大変焦った声で止めた。
「貰えるものは貰っておけばよろしいのに。折角無償で来たのですよ?」
「···主のその思考回路だけは慣れんのう」
昔からクレイトンはドライと言うか、損得勘定が基本であった。自分の婚姻ももちろんそれで行おうとして、婚約者が大層ご立腹し、式の当日まで姿を眩ましていたのは有名な話である。今もそのご婦人が手綱を握っている。
「歳を考えろ馬鹿者が。こんな老いぼれなんぞに嫁がされては可哀想じゃないか」
「可哀想も何もそれが政略結婚という物ですよ」
それでもと思ってしまうのはいけない事なのだろうか。ラノスは王になってから何千何万と繰り返した問いに、心の中でまた触れた。
お読みいただきありがとうございました。
別に厳格な字数制限はしていないので、長い短いは感覚的なものなんですけどね、長編は初めてなので、なんとなく程々の長さまでになる様にと思って区切ってます。