第五話、夜中の攻防
第四話から投稿しています。
ちょっとセクシャルな表現があります。苦手な方は御容赦下さい。
フェリチータの部屋を訪ねたラノスを出迎えたのは彼女のたった一人の従者だった。
「お待ちしておりました国王陛下」
「彼女はどちらに?」
「あちらでお待ちでございます」
そう示された扉の先が寝室であることは、国王であるラノスは当然知っていた。
ああ、年寄りを基準にしてはいけなかったか。もう夜も遅い時間だ。子供はもう寝る時間だったか。それは申し訳ない事をしたなぁ。眠い目をこすりながら待っていてくれたのだろうか。
手短に話そう。無理なら明日の昼にでも改めて時間を取ろう。
そう思いながら、従者が声をかけて開いた扉をくぐった。
扉の閉まった部屋は暗く、ソファには人の姿はなかった。
「姫、どちらに?」
「こちらですわ」
薄いカーテンがかけられたベッドから細い声がした。
やはり耐えきれず寝る所だったかと、ラノスは申し訳なく思った。
「済まない、寝る所だっただろうか」
「いいえ、お待ちしておりました。どうぞこちらに来てくださいな」
どう考えても、どこか強張りを感じさせる声に、待っていたと言う割に暗い部屋に、何よりベッドへと誘われた事に疑問を呈するべきであった。
しかし、御歳五十も過ぎたラノスは完全に油断ーーあいや、孫とも取れる少女に無警戒だった。
だから、言われるままに素直に従い、ベッドのカーテンを指先で払ってからーー後悔した。
そこにいたのはそれ一枚しか纏っていない事が容易に分かるほど透き通った薄衣姿のフェリチータだった。
袖の無い、リボン一つきりで留められた薄いピンク色をしたレースのそれは彼女の肌を隠しているようで、小さな肩も、豊かな乳房も、細い腰も、白い太腿も、何一つとして隠せていない、むしろ見せつけているかの様であった。小さな肩を滑る月色の髪が星灯を受けてキラキラと光る。伏し目がちなまつ毛が震え、その下の黄金の瞳が満ちれば、まるで月の女神かのような美しさを醸し出していた。ラノスは目を釘付けにされ、じっくり上から下まで目を滑らせ、もう一度上まで見返した後ーーカーテンを閉めた。
「済まない、寝る所だった様だな。儂の話は大した事では無いから気にするな。また明日の昼にでも場を設けよう。夜は冷えるから暖かくして寝なさい。それでは」
さっさと大股で扉まで行き、手をかけるが、ドアノブが回らない。
「くっ、外鍵か、いつの間にっ」
この部屋には鍵穴の違う内鍵と外鍵があり、内側は捻りで開け閉めが可能だが、外鍵は鍵がなければ開かないようになっていた。
「どちらへ行かれるのですか、陛下?」
ハッと振り向けば、薄衣姿のフェリチータがベッドから降りて来ていた。
「お話が、おありなのでしょう?」
「先程も言った通り全然全く大した事では無いから大丈夫だ。今日はもう遅い。また明日にしよう」
「お心遣いご無用ですわ。陛下がこの時間を指定されたので、私は準備してお待ちしていたのですよ?」
フェリチータに一歩、二歩と近寄られ、じり、じりと壁伝いに下がるラノス。
「何やら姫は勘違いなされている様だと儂は思うのだが」
「いいえ。勘違いなどしていませんわ」
女神の如き顏を優雅に微笑ませてフェリチータは言う。
「初夜を、もしくは夜這いにいらしたのでしょう?」
「それが勘違いだー!!」
年甲斐も無く叫んでしまう位には、ラノスは軽くパニックだった。
ただ先日の話の続きとこれからの相談に来ただけで、この時間しか取れなかっただけで他に深い意味はなくて、子供だと思っていたが思っていたよりは十分成熟しているじゃなくて、父親よりも歳が離れたジジイでもいいのか、いやそれよりもこれは犯罪なのでは?しかし若くて綺麗な娘に言い寄られて嬉しくないはずがないではなくてそうではなくて。
「ま、まだ婚姻は結んでおらん!」
「子を孕んだ責任を取って契る夫婦は少なくないと記憶しておりますわ」
苦し紛れな言い訳にもそつなく返され撃沈する。
これは責任を取らされるヤツか。既成事実を作られるのか、儂。
小さくない戦慄を覚え大きく後ずさる。
それを見たフェリチータはそっと顔を陰らせて、憂いに満ちた声を出した。
「そこまで嫌悪されるほど、私は嫌われているのですね···私には陛下に欲情していただく事はおろか、お情けを賜う事すらも出来ないのですね···」
「ち、ちが、あいや、違わなくはないのだが、そうではなくて、いや、違うくてだな!」
若い女子に泣かれそうになって慌てないジジイはいない。しかし上手い言葉が出てくる訳でもなく、結局は行動で示す以外思いつけなかったのは動揺ゆえであって、決して他意は無い。
抱きしめた身体はとても小さくて細い。しかし、女性らしい柔らかさと甘い香りが、彼女は子供ではないのだと、自覚させた。
そうすれば、固まったフェリチータとは逆にラノスの頭は冷静になる。
結局の所、ラノスは女の子に対する接し方に戸惑っていただけだったのだ。相手が大人であるというならば、培ってきた経験が息をする様に頭を動かす。
「姫に魅力がない訳では断じてない。お主に誘われて拒める男などそうは居まいて」
その手を包み込むようにして持ち、膝をついてその顔を覗き込む。
「では···」
「だが、儂はお主を抱くつもりは無い」
キッパリと言えば、フェリチータの目に疑問と不安が浮かぶ。
「姫、よくお考えなさい。お主はまだ若い。そして世の男がこぞって寵を競うほどに美しい。この様な老いぼれ行く先短い年寄りに無理に嫁ぐ必要などありはせん。その身も人生も一つきりなのだ、よく考えて後悔のないようになさい」
優しく諭したつもりだった。強かに見えて震えている手を知ってしまったから。これはフェリチータの本意ではないと思ったから。
しかし、ラノスはフェリチータを甘く見ていた。否、知らな過ぎていた。
「···分かりました。それでは私を抱いてくださいませ」
フェリチータの瞳が一度閉ざされ、再び開かれた時には毅然とした声が飛び出ていた。
「···は?」
「陛下の仰られた通りよく考えました。その上で私は陛下を望みますわ」
「い、いやいや、ちょっと待ちなさい」
無理もない。ラノスは昨日今日の付き合いでしかフェリチータを知らない。噂が届いてなくはなかったが、実状は知らない。
それ故に、ラノスは違えてしまった。
「儂はその身を大切にしろとーー」
「人徳の高い国王陛下のどこに不安があると言うのです?」
「儂はお主の父よりも年寄りでーー」
「経験の豊富さは信頼と安心に比例しますわ」
「姫はまだ若いしーー」
「これでも成人はしております」
「儂でなくともーー」
「この国に陛下よりも相応しい方がおありで?」
「友の娘な訳でーー」
「そのご友人に嫁げと言われました」
そう、フェリチータは実はとても賢く頭が回るのだ。考え無しの口先だけではあっという間に潰されてぐうの音も出せなくされて追い詰められる。
打つ手無し。
元より歳の差だけが一番にして最大のネックであるラノスにとって、他の理由付けなど木の葉よりも軽い。
当然、フェリチータの覚悟に敵う訳がないのだ。
「陛下、私を貰って下さい」
同じように床に膝をつきーーむしろそうすると身長差故下から見上げられるような形になる訳でーー逆に手を握られーー両手が添えられているかの様な小さな手が愛らしいーーひたむきな瞳に見つめられてぐらりと来ない訳はないのだが、いやいや、負けるな儂。
「姫よ、そう焦らずとも良いであろう?せめて婚姻を結んでからでも···」
「いいえ。陛下には一刻も早く子種を刻んで貰わねばなりません」
「一刻も早く!?」
いや、驚くべきはそこではないのだが、口に出すのははばかられるというか、そんな言葉をさっきからぽんぽんと言うのではないと叱りたいのが本音なのだが。
「ええ。私は早く子供が欲しいのです」
ですから、と言う目は物騒に輝いていて、不穏を感じ取ったラノスはすぐに逃げようとしたが、時すでに遅し。
「陛下、私に陛下の精をそそいでくださいまし」
握られた手がフェリチータの体に導かれ、その蠱惑的な肌に触れる手前で、ぷつりと切れた。
「若い女子がはしたない事をするんじゃないっっ!!!!」
その後、膝詰めでお説教が始まった。
お読みいただきありがとうございました。
今更ですが、フェリチータの一人称は「わたくし」です。