第四話、フェリチータとラノス
長い道のりを越え、王国に着いてから二日後。フェリチータの婚姻相手との昼食会が開かれた。
着いた当日は心遣いによりゆっくりと休み、次の日は国王の予定が合わずもう少し休む事になった。
広い食堂の長いテーブルの端に着く二人きり。イリアはフェリチータの後ろで立っている。
「遠路遥々疲れただろう。ゆっくり休めたかの?」
背は高い。髪は白混じりの長い紫色。皺の多い顔は翠の目で優しく微笑んでいる。彼がこの国の国王、五十を過ぎるご高齢の、フェリチータの伴侶となる人、ラノス国王陛下だ。
「ええ、とても良くしていただきましたわ。ありがとうございます陛下」
微笑むフェリチータに数日前の固さは見られない。完璧な対外仕様だ。
食事会は穏やかに始まった。元々『お父様』のおかげで面識があるらしい。ラノスと『お父様』は旧知の仲なそうな。
「さて、一つ聞きたいのだが、本当に儂と婚姻するつもりなのか?」
真剣な眼差しは王としての威厳と積み重ねた年月の重みを感じさせた。
「儂ははるか昔にたった一人の王妃を亡くして以来、誰も娶っておらぬ。そして儂はこの通り年寄りだ。それでも姫は望まれるのか?」
それに怯むフェリチータではないのだ。
「ええ。望みますわ。そのためにこちらへ来たのですから」
にっこりと微笑み返せば、むしろラノスが慌てた。
「ほ、本気か···?姫はまだ若いのだぞ?」
「それのどこに問題がありまして?」
悠然と食事を口に運ぶ様のどこにも虚栄も怯えも見当たらない。本気だと知りラノスはもっと慌てた。
「ウィリアーノに強要されたのであろう?」
「過程がどうあれ、結論は変わりませんわ」
ウィリアーノとは『お父様』の名前だ。
「待て、不平不満の一つや二つくらいあるだろう。年寄りは嫌だとか、結婚なんかしたくないとか」
「ありませんわ」
不満がない事のどこがいけないのか、イリアには分からない。
「そうですね、しいて言うのなら」
一周回って白々しくも見える笑顔でフェリチータは憂いてみせる。
「『子を産むまで帰って来るな』と言われた事かしら」
「それは···」
絶句するラノス。フェリチータはわざとらしく息をつく。
「皇帝からの命令ですもの。陛下から拒まれ、命に背けば私、居場所がなくなってしまいますわ···」
脅しだなんてイリアは思っていない。いないったらいないのだ。嫁入り先の人生の大先輩でもある国王陛下に対する度胸がすごいとは思うが。
「···ウィリアーノに問い合わせよう」
フェリチータの横顔が勝ち誇って見えた。
後日、ウィリアーノへ宛てた手紙の返事は短かった。
『事実だ』
それは結婚を強要した事なのか、帰って来るなと言った事なのか。両方か。
「あ、相変わらず···きちんと会話をせんか馬鹿たれめ」
引つる頬を自覚しながら、頭で予定を確認する。
「少し時間が遅くなるが、早い方が良いだろう」
ラノスはフェリチータに今夜部屋を訪ねると先触れを出した。
「戦闘準備よ」
フェリチータは腕組みをした。
「暗殺ですか?」
その物々しさにイリアが問う。
「そんな訳ないでしょ。女の戦いよ」
髪を後ろへ払ってフェリチータは言う。
「夜に乙女の部屋にいらっしゃるのよ?そんなの目的は一つに決まってるじゃない」
「そうですか」
イリアは急に興味をなくした。
「丁度いいわ。冬までには里帰りしたいもの」
瞳を燃やすフェリチータは一本の鍵を振る。
「寝室の外鍵よ。イリア、かけなさい」
「いつまで?」
「朝までよ」
「かしこまりました」
全てを理解せずとも分かる事はあるのである。
長さが微妙なので二つに分けています。