表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

第三話、マリアーノは奪う


「お姉様、お姉様の侍女はお菓子作りが得意だと聞きましたわ。私にちょうだい?」

マリアーノのいつもの我儘。しかしフェリチータが言葉を飲んだのが分かった。

「サラの(やと)い主はお父様です。私の一存では決められません」

一息して押し出された言葉は冷たく冷えていた。

「お姉様はいじわるだわ。私も美味しいお菓子が食べたいだけなのに」

はたして美味しいお菓子を食べるために侍女を寄越(よこ)せと言うのは「だけ」になるのか。

「私は事実を()べただけです。お父様にお聞きになって下さい」

「そんな···」

マリアーノの頬をポロポロと雫が落ちる。その後ろの侍女や従者が色めき立つ。

色の無い雫だと思った。

その目には青い感情を映しているくせにと。

「お父様にお願いしたらいいぞって言ってくれたわ!今日からサラは私の侍女よ!」

次の日には頬を上気させたマリアーノがそう叫んだ。

顔色を無くしたフェリチータは小さく「そう」と言った。

「お父様の決定なら異論はないわ」

はしゃぐマリアーノに背を向けて、フェリチータはサラに向かう。

「姫様···」

「お父様の決定よ。今までご苦労様」

すいと横を通り抜ける。アントニーとイリアだけがその後ろに着いて行く。アントニーを見れば理解出来ないという顔をしていた。フェリチータは今日の業務をそつなくこなした。

次はフェリチータが成人の儀を終えた数日後だった。

「申し訳ありません、姫様」

噛みしめた唇はうっ血し、握りしめた手の平には爪が突き刺さっている。

「陛下の、ご命令です···」

「そう」

そちらを振り返らないフェリチータは()()無い。

「あなたも、私を置いて行くのね」

「違います!私は姫様のお側にずっといると誓いました、陛下にも撤回を求めました!ですがっ」

アントニーの必死な声は届かない。

「もういいわ。今までご苦労様」

「···これだけは、言わせて下さい。私が姫様とお呼びするのは生涯貴女様だけです」

深く、深く頭を下げて、アントニーは去った。

イリアは口を開かない。静寂を破るのはイリアではない。

「ねぇイリア、あなたは私のモノよね?」

「はい。フェリチータ様」

凍りつく様な冷たい声。振り返ったその顔も同じ温度をしていた。

「私の名前を呼んでいいのはお母様とお父様とイリア、あなただけよ。あなたは何があってもどこにいても、私を名前で呼びなさい」

常識的にただの従者がそんな事出来るはずがない。だが、その冷たい声と表情を裏切る様にはらはらと零れ落ちる雫を見て、イリアは膝まづいた。

「承知しました。フェリチータ様」

イリアにはその雫の意味は分からなかった。

 

所構(ところかま)わずフェリチータを名前で呼ぶ従者に、口さがない声はすぐに広がった。

ただならぬ関係だろうと。

それをフェリチータは意にも介さなかった。変わったのは表立って名前を呼ばれるようになっただけであり、イリアの態度も表情も何一つ変わっていない。もちろんフェリチータもだ。

呼び名一つでこうも騒ぎ立てる者達が滑稽(こっけい)ですらあった。

それでもフェリチータは変わらない。むしろ以前にも増して淑女たれ、皇女たれと自分を(いまし)めていた。従者に名前を呼ばせている事以外つつく(すき)がないほどに。

いつの間にかそれが当たり前となり、お転婆(てんば)で我儘である事が過去のものとなった頃だった。

「お姉様!」

サラとアントニーを含めた多くの侍従を引き連れ、フェリチータのドレスを、フェリチータの靴を、フェリチータの耳飾りを、フェリチータの首飾りを、フェリチータの髪飾りを、身に着けたマリアーノが、イリアだけを従えたフェリチータに駆け寄る。

「お姉様、アントニーったら酷いのよ、いつまでたっても私のこと『第二皇女殿下』って呼ぶのよ?私にはマリアーノっていう名前があるのに」

可愛らしく頬を膨らませてみせるマリアーノにフェリチータは溜め息を殺した。

「彼はもう貴女の騎士なのだから私には関係ありません」

「そんな、冷たいわお姉様」

マリアーノの後ろの侍従達が殺気立つ。この程度で殺気を漏らすなど、訓練が足りないとイリアは思った。

「用件はそれだけですか」

言外にもう行っていいかと問うフェリチータに、あっそうだ、と嬉しそうに声を上げ、マリアーノの歪んだ口元がフェリチータの耳に寄る。

「お姉様のその従者便利そうね。私にちょうだい?」

その瞬間、フェリチータのまとう空気が変わる。

「駄目!」

それは、誰も見たことがない鬼気迫る顔だった。誰も知らない憤然(ふんぜん)たる声だった。

「イリアは私のモノよ!あんたにも誰にも渡さないわ!!」

そう叫んでマリアーナに掴みかかったフェリチータを誰も止めることが出来なかった。

模範的だった第一皇女の激昂(げっこう)に、誰もが驚き、困惑し、足踏みをした。

マリアーナの悲鳴が響いて、ようやく周囲が動き出す。

「ドレスも宝石もサラもアントニーもお母様まで私から奪ったくせにまだ足りないっていうの!あんたなんか大っ嫌いよ!」

離されてもフェリチータは止まらない。涙の(にじ)憤怒(ふんぬ)(おもて)で叫び、手を振り回して怒りを叩き込もうとする。髪もドレスも乱れ(かこ)われるだけのマリアーナは怯えた目で震えるばかり。彼女は本当にフェリチータから恨まれていないと思っていたのだろうか。イリアには分からない。

「あんたなんかにあげるものなんて私には無いわ!全部あんたが盗っていったんだもの!」

髪を振り乱し、繊細な首飾りが千切れてバラバラになり、袖が破けてもフェリチータは止まらない。

その姿を誰もみっともないとは思わない。フェリチータの心からの悲鳴だと分かるから。フェリチータの悲痛が分かってしまったから。

「あげないわ、イリアは私だけのモノなのよ!!」



「愚かな事をしたな」

「私が愚かだと言うのならば妹を許すお父様は大馬鹿者です」

冷たい顔には互いに感情が乗っていない。

「お母様を愛しているのは私だけの様ですね」

「今俺はお前の話をしているんだ」

「同じ事です。私はお母様を奪った妹を許さない」

明らかに怒っているはずなのに表情が動かない。

「異論は許さない。明日国を出す」

「そこまで私が(うと)ましいのですか?」

立ち上がった皇帝は(おの)が娘を見下ろした。 

「子を産むまで帰って来るな」

扉が閉まってはじめてフェリチータに表情が浮かぶ。

冷たい雫が、頬を滑っていた。

 



 

その後、皇帝からフェリチータに他国への嫁入りが下された。

二つ国を(また)いだ先の、御歳(おんとし)五十を過ぎた国王への嫁入りであった。

 

お読みいただきありがとうございました。

フェリチータ専属はサラとアントニーだけでした。雇用主は皇帝陛下。

イリアはフェリチータのナイフ、つまり所有物なので皇帝陛下が雇用主という訳ではありません。後、決してイケメンでも可愛くも無いので最後まで残りました。残り物です。見切り品です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ