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後日談「ラノスとウィリアーノの邂逅」

ラノスとウィリアーノの出会いのお話です。

ただ、帝国では認めた者や親しい者にしか名前を呼ばせないという風習があるので、ウィリアーノの「名前」が皆無です。

不便で申し訳ありません。

 

 齢二十のラノスは自由を謳歌していた。

 何故なら王国は特に事件もなく平和に、まだ齢三十九の国王の手で治められていたからだ。

 まだまだ元気な王が王太子がいい歳になったからといってすぐに譲位するのは勿体(もったい)ないと言い、むしろ今の内に好きな事をして色々な物を見てこいと、自由を与えていた。

 

 そしてその自由を使ってラノスは王城の書物を読破し、学園の教師と知識を深め合い、時折学園の講師をして気ままに過ごしていた。

 国王からはなんとつまらない。と言われたが、真面目なラノスとしては、決して父を軽んじている訳ではないがいつ譲位されても良いようにと備えているつもりだった。

 いかに父が若く壮健とはいえ、ラノスは世間一般的には王位を継いでもおかしくはない年齢だったからだ。過去には早々に王位を譲って悠々自適に暮らす王族だっていた。

 だから何があっても直ぐに動ける王都に留まり、知識を深めていた。

 

 

 そんなある日、懇意にしている学園の講師が申し訳なさそうに「講師をして欲しい」と言ってきた。

 「それは別にかまいませんが、どうされましたか?」

 「いやぁ、そのぅ、殿下の手を煩わせてしまい本当に申し訳ないのですが、我々では手に負えず···」

 「どの生徒でしょうか?」

 この優秀な講師達を困らせるような生徒が学園にいただろうか?大なり小なり(いさか)いはあれど、講師達とて熟練だ。ここまで困り果てるような事はよほどでなければ起きえない。

 「先日留学してきた、帝国の皇子殿です」

 「帝国の···」

 確かに先日、城で挨拶を受けた。立ち居振る舞い、言動に問題はないが、端整な顔に冷えた目をする可愛げのない子供だと記憶している。

 国を二つも(また)いでわざわざ留学に来た帝国の皇子に、父である国王と共に思考を巡らせたのもつい先日の事だ。

 「分かりました、引き受けましょう」

 何はともあれ、相手が帝国の皇子とあれば講師達にできる事は限られてしまう。確かにこれはラノスが出向いた方が吉だろう。

 安心した顔をする講師を見ながら、さてどうしようかとラノスは考えるのだった。

 

 

 教室内を視界に入れて、直ぐにそれは分かった。

 一度だけ見た端整な顔は、堂々と腕を組み、机の上に長い足を組んで乗せていた。ラノスが入室しても態度を改める素振りはない。

 前後左右の生徒の邪魔にはなっていない様だが、明らかに空気全体には影響を及ぼしていた。いつもならば王太子でもあるラノスが授業をすれば歓声の様な声が上がるのだが、今日は怯える様な声がわずかに空気を揺らしたのみだった。

 「こんにちは。今日は私が授業を行います」

 しかしラノスはその事には触れず、何事もないかの様に授業を始めた。担当するのは歴史だ。

 教科書を開き言葉を足しながら読み上げ、時には黒板に描きながら授業を進める。

 これはラノスが最も尊敬する恩師のやり方であった。

 

 皆同じ教科書が配られている。書いてある事は誰でも分かる。

 ならば授業とは、書いていない知識を補い、更にその上を与え、生徒の疑問を解決する場である。

 

 ラノスが授業を行う上で大切にしている恩師の言葉である。

 黒板には紙面では描けない動きの流れや図、たまに地図などしか書かない。その説明を終わらせてから生徒がそれを写す時間を取り、写し終わってから次へ進む。

 そうして最後に聞くのである。

 「さて、ここまでで何か質問はありますか?」

 いつもならばちらほら上がる手が、今日は一本しか上がらない。そしてその一本を、教室中が恐る恐る見守っている。

 「はい、何でしょうか?」

 「王国は元々弱小国の塊だ。それが何故一つの国になれた(・・・)?」

 礼儀の欠片もなく、授業内容に抵触しかしていない質問をしたのは、帝国の王子だった。

 「あなたの言う弱小国はその昔、常に侵略の危機にみまわれていました。それ故に己が国を守るために力を磨き、奮闘した者達が多くいました。しかしそれでも数には及ばない。そして、弱小国達は決意したのです。民を守るために力を合わせる事を。国とは民。大事なのは領土の広さではありません。いかに民を守るか。その当時とある国の王には人々をまとめる才があり、その下に国々は集い、民を守りました」

 じっと、冷えた目を見返しながらラノスは言う。

 「国々を平伏させたのではなく、国々が一人の王に集い合わさったのです。それが我が王国の成り立ちです」

 

 恐らく他の生徒は気がついていないであろう。

 帝国の皇子は「元々弱小国だった王国が、どんな手を使って周りの弱小国を取り込んで大国になったのか?」と、悪意を潜めた質問をしたのだ。

 王国の王太子でもあるラノスは自国に当然誇りを持っている。

 自分は大人。自分は教師。と、言い聞かせながら「従えたのではなく王国の時の王がカリスマに優れていて、皆で手を取りあっただけだ」という意味合いを返したのだ。

 

 「へぇ。しかし平穏を(むさぼ)る今、力を磨く兵もいないのでは?」

 「それこそ愚問です。過去を知るからこそいついかなる時も対処できるよう、皆切磋琢磨しています」

 「では、王国は帝国を攻め落とせるか?」

 ざわり。抑えきれない動揺と張り詰めた空気が教室を覆う。

 確実に授業範囲外だが、ここで引く訳にはいかないとラノスは顎を引いた。

 「それに明確な解はない。戦場がそれぞれの国であればそれぞれに分があり、そうでなければ高名な帝国の兵にも引けを取らぬ王国の兵も奮闘するでしょう。しかし何より。王国と帝国は二つ国を挟んでいる。その国々を黙って通過する事は不可能である上、周辺国も当然黙ってはいない。そうなれば勝敗の行く末など、予知できるはずもない」

 他の生徒の緊張が伝わってくる中で、二人は静かに見つめ合う。

 やがて、帝国の皇子は冷えた目に興味の色を浮かべ、口許をにやりと釣り上げて、ゆっくりと足を下ろして座り直し、机の上で手を組んだ。

 「なるほど、良い話が聞けました。先生(・・)

 生徒が信じられないものを見る目で二人を見る。

 よく分からないが、どうやら認められたーーいや、気に入られた様だ。

 「それでーー」

 「時間がないので他の質問は授業後にしなさい」

 言葉を遮り、黒板に向き直ってから息を吐く。

 たった数度のやり取りでどっと疲れた。本音を言えばもう関わりたくない。

 ちらりと後ろを見ると、言葉を遮ったというのに気分を害した様子もなく、大人しく頬杖をついて座っていた。むしろ、わずかに爛々とした目に意欲を感じて、前を向く。

 「はぁ」

 面倒なものに気に入られてしまった。

 ラノスは力なく黒板にチョークを走らせた。

 

 

 「···お主、留学に来る必要などなかったのでは?」

 放課後、何回か授業中の様なやり取りをしてからラノスは素の口調で尋ねる。

 どう考えても、学園の授業範囲を既に身につけているとしか思えなかったからだ。

 「必要はある。現地でなければ分からん事は沢山あるからな」

 変わらぬ口調で帝国の皇子は返す。

 「だがお主、学園(ここ)で学ぶ必要なんぞないだろ」

 「留学先の国の事をあらかじめ調べるのは当たり前(・・・・)だろう。教科書程度の歴史なんぞ帝国でも知れる」

 学園で学ぶ範囲まで網羅する事は果たして当たり前と言えるのか。否、そう言えるこの皇子がすごいのだろう。

 「俺が知りたいのは先生(・・)が話すような書いていない話だ。そうでなければ来る意味がない」

 「はぁ、全くお主は···」

 頭の痛い生徒を抱えてしまい、ラノスはこの先を思いやるのであった。

 

 

お読みいただきありがとうございます。

本当の初対面は留学の挨拶時ですが、互いに興味を持って向き合ったこの授業中が初対面という感じでお願いします。

学園は王国の中高みたいな所で、年齢は十から十五歳。ちなみに王国の成人は十六歳です。

ラノスの素の口調は父親譲りです。父親を尊敬し、王国の気風で下町の親子みたいに親しく過ごしている内にうつります。王国では代々うつります。

この頃のラノスは少しお堅い真面目さんです。ただ、苦労性なのは変わりません。

ウィリアーノもあまり変化のない子供(十一歳)でした。

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