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後日談「アモロミオ」

過去話三段階みたいになってしまいました···

過去の出来事→フェリチータ視点のお墓参り(命日の次の日)→結婚後一週間位のフェリチータです。

読みづらかったらすいません。

 

 帝国の皇妃が死んだのは冬を告げる女神が常冬(とこふゆ)の山峰から降りてくる一日前の事だった。


 側妃の娘である第二皇女を守る様にその胸に抱え込み、血溜まりに()せるその背には、心の臓に達する矢が刺さっていた。人が見つけた時には既に遅く、無傷の第二皇女だけが助け出された。

 その翌日には冬が来てゆっくりと降り積もる雪が地面の赤色と悲しみを覆い隠していった。


 フェリチータには母の死が冬をもたらした様に思えた。

 


 山裾から太陽が顔を出し始めた時間。うっすら忍び寄る冷気にも負けず、フェリチータはベッドを出る。既に準備を調えていたサラに支度をされ、アントニーはバケツを持ち、痩せぎすなイリアはタオルを持って、連れだって外へ歩き出した。

 一夜明け、冬を迎えた外は冷え冷えとしており、朝日に輝く白い息が長く導を刻んだ。

 皇宮の裏にある林を抜け、王家縁の墓地へ足を踏み入れる。

 真っ直ぐな足取りは一つの墓標の前で足を止める。

 「おはようございます、お母様」

 毎朝の祈りをし、フェリチータが前日の命日の日に置いた花束を持ち上げる。

 一晩で凍りついてしまったそれからは独特の芳香が香り、フェリチータがいつもの様に溜め息をつく。

 「もう、お父様ったら。お酒をお花にかけるのはやめて欲しいわ」

 隣に立っていた空の酒瓶を持ち上げたアントニーが苦笑する。

 「お二人で飲んでいるつもりなのですよ」

 「そんなはず無いわ。次の日のお父様はとてもお酒臭いもの。ほとんど一人で飲んでいるはずよ」

 本心からでは無い怒りを見せながら、フェリチータは花束の下にあった小さな一輪も拾い上げた。

 「いつまで来る気かしら」

 複雑そうな顔をして、ぽいとバケツへ放り込む。続けて花束も入れる。そうして何もなくなった墓をイリアが持って来たタオルで磨く。

 「アントニー、そのラベルは取っておいてちょうだい」

 「どうされるのですか?」

 言われた通り取ってから空き瓶をバケツに入れれば、フェリチータがラベルを取り上げた。

 「いい加減調べようと思って。いつもこのお酒だもの」

 それに温かい笑みを零すのはサラだ。皇妃の侍女であったサラはそのお酒の事をよく知っている。

 お酒を飲んでいた皇妃の笑顔も、酌を受ける皇帝の口元も。

 「また明日も来ますわ、お母様」

 黄金の陽の光の中、いつもの挨拶をして四人は立ち去る。


 皇妃を偲ぶ彼ら(・・)は決して一緒には墓を参らない。朝はフェリチータが花を持ち、夜はウィリアーノが酒を振る舞う。そして昼は、誰かがこっそりと一輪を置いて行く。

 皇妃が死んでから繰り返される習慣。誰一人として話し合った訳でもないのに互いの時間を侵さない。当然互いが何を考えているのかも知る由もない。

 それが彼ら(・・)の冬が来る一日前の習慣だった。

 



 「ん···」

 懐かしい夢から醒めたフェリチータは身を起こす。薄暗い部屋を見て、いつの間にか椅子の上で寝こけてしまった事を理解した。

 「いりあ···」

 「おや、起こしてしまったかの」

 いつもの様に従者の名を呟くと、起伏のない返事ではなく温かな声が返ってきた。

 「ラノス様」

 「彼女なら席を外しておるよ」

 イリアは今までであれば何があろうと相手が誰であろうとフェリチータ以外の命令を聞く事はなかったが、フェリチータの命でラノスの命令もある程度は聞くようになったのだった。

 故に、フェリチータの知らぬ内にイリアがいないという事はラノスがそう命じたのだろう。

 「すみません、お見苦しい所をお見せしましたわ」

 「見苦しくなどない。おぬしは眠っていても美しいからのう」

 他意はなく、思ったままを言ったラノスはそれがどれだけ小っ恥ずかしい言葉か気づかない。当然薄暗い中でフェリチータの頬が染まった事にも。

 「まだ飲んでなかったのだな」

 気づかぬラノスが見ていたのはサイドテーブルの上にぽつりと置かれた酒瓶。ウィリアーノから婚姻祝いに送られた開封済みの酒瓶だ。

 「ええ、あの夜は色々ありましたし。でもその後、一口は飲みましたわ。けれども一人では飲み切れず···もう、とっくに飲めた味ではありませんが、捨てることも出来なくて」

 既に開封から日が経っているので、恐らく腐らずとも酷い味になっている事だろう。わざわざそれを飲むつもりもないが、捨て難く、こうして度々目にしては仕舞うだけの置物となっていた。

 「ならば丁度良かったかもしれぬな」

 そう言ってラノスが手にしたのは同じ字が綴られた未開封の瓶だった。

 「そちらの瓶は儂が飲もう。フェリチータはこちらを開ければよい」

 「何を馬鹿な事を申しているのですか!」

 ラノスが当たり前のように言うのでフェリチータは思わず声を上げて立ち上がった。

 「す、捨てられぬと言うから儂が代わりに飲もうと思うただけなのだが···」

 「ラノス様にこのような腐りかけのお酒など飲ませられるはずがありませんわ!イリア!!」

 「はい、フェリチータ様」

 フェリチータの突然の剣幕に怯んでいたラノスは、音もなく間髪入れずに現れたイリアに驚く。

 それに気にした風もなく、イリアはフェリチータから突き出された開封済みの瓶を受け取った。

 「今すぐ捨てて来なさい!」

 「かしこまりました」

 「いやいや待ちなさい、儂が悪かったから、そこまでせんでもよい。それは大切な贈り物であろう」

 「ラノス様よりも大切なものなどありません!」

 ラノスが慌ててイリアを引き止めるも、フェリチータの叫びでそれは不完全に終わった。

 「失礼します」

 何事もなかったかのようにイリアは瓶を処分しに部屋を出て行く。

 後に残ったのは、固まるラノスと顔を真っ赤にして俯くフェリチータだった。

 「っっ!私は!お父様の飲みかけのお酒よりも、ラノス様と飲むお酒の方が大切なのですっ」

 言い訳の様にも聞こえるその言葉にふっとラノスが笑顔をこぼす。

 「そうだのう、あれはウィリアーノが皇妃に捧げた酒だものなぁ」

 フェリチータの前に膝をつき、フェリチータの手を優しく両手を包み込んでラノスは顔を上げる。

 「儂の杯を受けてはくれぬか、フェリチータ?」

 「···喜んで」

 ぎこちない返答は、頬に表れる恥じらいと瞳に映る歓喜がせめぎあった結果だった。

 「折角だ、ウィリアーノの昔話でもしようかの」

 フェリチータを椅子へ導き、グラスにお酒を注ぎながらラノスが言う。

 「儂は皇妃殿との出会いについてもある程度は知っておるしのぅ」

 「そうなのですか?」

 初めて聞く情報にフェリチータは目を丸くする。自身も席につき、ラノスはグラスをかかげた。

 「さあ、まずは乾杯をしようぞ。儂の『最愛の人(アモロミオ)』に」

 ラノスの穏やかな微笑みはいつだってフェリチータの胸を温かくする。

 「はい。私の『アモロミオ』」

 だから、素直な心でそう言えた。

 月明かりが照らすその中で、静かにグラスが重なった。

 

 

お読みいただきありがとうございます。

本編や前話とちょいちょい含みを持たせた部分です。

皇妃はマリアーノを抱きしめて命を落としました。ちなみに皇妃はマリアーノにも優しかったのでマリアーノも懐いていました。

フェリチータがお供え物の片付けもしていたので、例の一輪は実は最初から見つけていました。何も言わなかっただけです。真意が測れなかったので。

フェリチータがお酒の名前を調べ、ついでにイリアも知っていた理由です。決してウィリアーノに直接聞く事はしていません。

書いてあるように三人はそれぞれ朝昼晩の決まった時間にしかお墓参りをしなかったので、本編でウィリアーノに対して一言あったのでした。

ラノスがどんどん天然タラシになっていく···

本人無自覚なので、自覚させると凄く慌てそうです。

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