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エピローグ


 それはフェリチータが牢屋で見つけたボロボロな子供に『イリア』と名付けたその夜の事。


 「姫様、どうしてあの者を『イリア』と名付けたのですか?」

 フェリチータはサラに髪をとかされながら、アントニーの問いかけに答えた。

 「お母様がお話してくれたお伽噺からつけたの」

 「お伽噺ですか?」

 「そう。イーラ·イーデアのお話よ」

 「何でしょうかそれは?」

 聞いた事の無い言葉に疑問を訂すれば、ふわりと小さな欠伸をしてからフェリチータが話し出した。 

 「『無くしたもの(イーラ・イーデア)』はね、ある日目を覚ましたらとっても大切なものを無くしてしまっている事に気がついたの。でも、どうして無くしたのかも何を無くしたのかも覚えていなくて、自分の事も忘れちゃってたの」

 それはかの者と異なるがよく似た境遇にも思えた。そのお伽噺の主人公と彼が似ていたから、そこから名前をつけたのか。

 「でね、『無くしたもの(イーラ・イーデア)』は月に向かって叫ぶの。『私は誰だ、私は何を無くしてしまったのだ』って。そしたらね、月の女神様が言うの『月を追いかけなさい。月の(みち)を追って行けば知る事が出来るでしょう』って」

 急に出てきた『月の女神様』に意味の掴めない『月の導』。お伽噺らしいと、思った。

 「でね、『無くしたもの(イーラ・イーデア)』はその通りに月を追いかけて旅をするの。そしたらね、『無くしたもの(イーラ・イーデア)』は自分の事も何も分からないのに、会う人はみーんな『無くしたもの(イーラ・イーデア)』の事を知ってて、『無くしたもの(イーラ・イーデア)』って呼んで仲良くしてくれたり、追いかけて来たり、優しくしてくれたり、襲われたりするの」

 自分に置き換えてアントニーは少し不快に思った。己は己の事も他人の事も知らないのに、他人は全て己の事を知っていると思うと、何だか不気味に思えたからだ。

 「でね、長いこと旅をしていたけど『無くしたもの(イーラ・イーデア)』は何も思い出せないし、誰も教えてくれなかったの。でもね、ある時突然分かったの。『無くしたもの(イーラ・イーデア)』が何を無くしたのか。走り出して、湖に映る月に向かって『無くしたもの(イーラ・イーデア)』は叫んだの『そうだ、私が無くしたものはーー』」

 そこで、フェリチータの声が途切れた。待ってみても続きは無く、アントニーは首を傾げた。

 「イーラ·イーデアはなんと言ったのですか?」

 「分からないわ。お母様もこれでお話はおしまいって言ったの」

 何ともスッキリしない終わり方であった。

 「それでは結局分からずじまいなのですか?彼が何を無くしたのかも、彼が何者なのかも、どうして皆が知っていたのかも」

 「知らない。でも、お母様は私に聞いたわ。『『無くしたもの(イーラ・イーデア)』が無くしたものはなんだと思う?』って」

 「姫様は何とお答えしたのですか?」

 「『名前』って言ったわ」

 なるほど、と頷く。でも、フェリチータは首を振った。

 「お母様は正解とは言わなかったわ。間違ってるとも言われなかったけど」

 「では皇妃様は何と仰られたのですか?」

 「『それを見つけられたらあなたも一人で歩けるわ』って言ってた」

 「む···」

 フェリチータはもちろんの事、アントニーですら意味を(とら)えられず、言葉を無くした。そうして難しい顔をした沈黙の中にサラが声をかけ、フェリチータがベッドに潜る。

 「ねぇアントニー、イリアも見つけられたらどこかへ行ってしまうのかしら」

 フェリチータがアントニーのおやすみよりも先に言う。その瞼はとても重そうで、布団をかけ直しながらアントニーが答えた。

 「また明日考えましょう?今日はもう遅いですから」

 「うん···おやすみなさい、アントニー、サラ」

 「おやすみなさいませ、姫様」

 落ちた瞼はもう戻って来ず、健やかな寝息に、サラが蝋燭を吹き消した。

 


 ************************

 


 「ふふ、寝てしまったわね」

 糸が切れた様に動かなくなった我が子を優しく抱き上げて、皇妃は微笑む。

 今宵話して聞かせたお伽噺は皇妃の故郷で伝わるお伽噺だ。恐らく他の地域には無い、ちょっと変わったお伽噺。皇妃も母親から聞かされた時は三日三晩頭を悩ませたものだ。

 「答え合わせはまた今度」

 この子は賢いから、もしかしたら答え合わせまでに分かってしまうかもしれない。親馬鹿ではなく、あの人の血のせいだ。年に似合わぬ聡明さがこの子を追い詰めぬよう、皇妃は心配もしていた。

 「でも、流石に無理かしら?」

 皇妃の故郷の古語である『無くしたもの(イーラ・イーデア)』の『無くしたもの』は本来の意味から転じた意味だ。


 イーラ·イーデアの本当の意味は『追い求める者』。

 わざと伝えなかったこのお伽噺のタイトルは『夢追い人』。


 「夢を、目標を、未来を、大切な誰かを。この子が見つけられますように」

 そうしたら一人で歩けても、歩くのは一人ではない。

 「おやすみなさい、フェリチータ」

 ベッドに愛しい我が子を寝かせて微笑みかける皇妃の願いは冬を目前に控えた澄んだ星空に吸い込まれ、窓の外の月の女神だけが聞いていた。

 

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

ずっと読んで下さる方々が居て、本当に嬉しく思います。

何より、十話くらいとか真っ赤な嘘をつきましたすいませんでした。倍もかけてしまった・・・もっと計画的に書けるよう努力します。


ここまで来てアレなんですが、フェリチータの髪の月色は皆さんの好きな色でご想像下さい。国によって月や太陽の色は異なる表現をすると聞きます。金でも銀でも白でも赤でもご自由にご想像下さい。


外伝的な話も考えてはいるのですが、欲しいですか?マリアーノのその後とか、フェリチータの子供たちとか、皇妃の死んだ時とか、ウィリアーノとラノスの馴れ初めとか・・・本編から外したので結構ありますね(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 別に計画性はなくてもいいです。 面白ければそれでいいのだと思います。 微力ながら書くのの力になれたらと思います。
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