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第一話、「イリア」

 

 宣言通りに子供はやって来た。そしてニコリと笑って第一声。

 「私は第一皇女のフェリチータよ。あなたの名前は?」

 手持ちが無いのでまた(またた)きをした。

 「ないの?ないのね。それじゃああなたは今日からイリアよ!」

 何故か自慢顔の姫。しかし意味を理解しない瞬きを見て顔をしかめた。

 「分からないの?あなたの名前よ。な、ま、え。言ってごらんなさい。イリアよ、イ、リ、ア」

 分からない。でも姫が一生懸命に口を動かしているので真似をしてみる。

 「ダメよ、声を出さなきゃ。声に出して言うの。イーリーアー」

 「いーあー···?」

 「違うわ、イリアよ」

 「いーぃあ」

 「イーリーアー」

 (かす)れざらついた声と綺麗なソプラノが、大人が迎えに来るまで狭い牢屋に響いていた。

 

 「こんにちはイリア」で始まって「また来るわイリア」で終わる姫との時間。

 その間はよく分からない。「聞いてよイリア」から「お父様ひどい」とか「先生嫌い」とか「トマト嫌い」とか「侍女のサラはモテない」とか、毎回変わる。

 イリアは何も話さない。話せない。それでも姫は気にしない。一方的に話して、大人に連れられて帰る。ただそれだけ。

 話の意味を(かい)せないイリアには何も分からない。姫もわざわざ説明はしない。分からせようともしない。どうでもいいのかもしれない。

 だけど、一回だけ違った。

 いつもより(ひか)えめでゆっくりな足音が近づいて来て、静かに止まったあの時だけは、姫は何も話さなかった。

 ただ座り込んで静かに目から雫を(こぼ)し続けていた。

 イリアにはそれが何か分からない。何を意味するのかも理由も何も分からない。

 ただ、いつもとは違う様子に不思議に思う。珍しく動いて、姫の目の前に座れば、姫は驚いた顔をして、もっと多くの雫を零した。

 格子から手を伸ばして、そこに落ちて来た雫はじんわりと温かくて、でも何故か、冷たかった。

 「ふぇり、ちぃた?」

 「イリア」を覚えた時から一人で反芻(はんすう)していたもう一つだけの言葉。イリアが持っている二つだけ。

 音外れで聞き取りづらいそれを聞いた姫は一瞬だけ涙が止まった顔でこちらを見た。そしてぎゅっと口を閉じてから、嗚咽(おえつ)()らして泣いた。

 その合間に聞こえた「おかあさま」の言葉の意味をイリアはまだ知らない。

 

 「聞いてよイリア!お父様ったらひどいのよ!」

 いつもよりも(たかぶ)った声にイリアは瞬く。

 「せっかくのお誕生日なのにプレゼントがナイフだなんて!ひどいわ、私は女の子なのに!」

 その手に握られているのは子供でも持てる小さなナイフ。

 「髪飾りとか、お菓子とか、ぬいぐるみとか、もっとあるでしょ!ひどいひどいお父様のばーか!」

 大音量の罵声が牢屋で反響して頭を揺らす。

 「姫様!もうここに来てはいけないと言ったではないですか。戻りますよ」

 「嫌よ!ここは私のお城よ!私がどこにいたっていいじゃない!」

 (あご)を上げて対抗する姫とは逆に大人の眉が下がる。

 「···姫様、この者とは直に会えなくなります。だからもうここに来るのは止めましょう」

 「どうして会えなくなるのよ。イリアはずっとここにいるのでしょう?」

 「···いいえ、この者は処分が決まるまでここにいるだ

 けです」

 「じゃあしょぶんが決まったのね?しょぶんってなぁに?」

 大人はチラリとこちらを見て、姫を見て、顔を(ゆが)めた。

 「この者は、後日処刑されます」

 「しょけいってなに?」

 「首を切る、という事です」

 その表現で姫には伝わったのだろう。大きな目が更に大きく開かれた。

 「どうして、どうして!イリアは悪い事してないわ。しゃべれもしないのに出来るはずがないわ!」

 「この者自身の罪ではありません。ですが、その系譜に(つら)なる者を残す訳にはいかないのです」

 イリアには2人が何を話しているのか(かい)せない。だが、良くない事を話しているのであろう事は分かった。

 姫が、あの時のような顔をしていたから。

 「ふぇりちーた」

 前よりも上達した声に姫が振り返る。歪んでいた目がイリアを捉えた瞬間、ぱっと輝いた。

 「そうよ、こうすればいいのよ」

 フェリチータはちょいちょいとイリアを手招きし、それに素直にやって来たイリアの伸びっぱなしなだけのボサボサの髪をむんずと(つか)んで、右手に持ったナイフでザックリと切り落とした。

 「なぁっ!?」

 「サラが髪は命だって言ってたわ」

 「それは女性の···」

 「ね、これでいいでしょ?(いのち)を落としたんだからもうこの子は何でもないの。私にちょうだい」

 「いや、しかし···」

 「お父様もナイフなんかよりこの子をくれればよかったのに···そうだわ!」

 いい事を思いついたと笑うフェリチータはナイフの刃の部分を持った。それに大人が声を上げるが気にしない。

 「ねぇイリア、私のナイフにならない?」

 柄の部分をイリアに向けて言う。

 「お父様はこれで自分の身を守れって言っていたけど、守ってくれる人がいればいいじゃない。だから、イリアがなってちょうだい?」

 イリアにはフェリチータの言うことは分からなかった。恐らくその場にいた大人も意味は分かっても納得はしていなかったが。

 それでも、イリアに分かった事が一つだけあった。

 このナイフを取れば知りたい事が知れるのではないか。

 他には何もいらない。それだけが欲しい。

 だからイリアは、痩せぎすなその手で、手に余るナイフを取った。

 

お読みいただきありがとうございました。

今回は敵と書いて友と呼ぶみたいなルビをいっぱい使う予定です。ノリと心意気でお読み下さい。

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