第十六話、愛の喜劇
「ーー仮にお主らの訴えが真であったとして、そのような大胆不敵な真似をするのは、一体どこの誰なのであろうな」
恐ろしささえ感じられる沈黙を破ったのはラノスの重々しい声。
「そうですわね。まさか、これだけ多くの国を又にかけていただなんて···ねぇ、そこの貴方。心当たりはありまして?」
その空気を払うのは楽しげに聞こえるフェリチータの声だ。
「こちらも手を尽くして調べたのですが、とんと見当もつかず···」
「そう。では、そちらの貴方は?」
「石を購入する時は必ず鑑定士を入れる様にしておりますから、その後ではないかと」
「いや、ウチでは石の時点で混ざっている事がありましたぞ」
「お客様の手に渡った後に贋物だと分かった事もありました」
次から次へと上がる証言は、実は王国でも同じものを得ている。だが、決して無駄ではない。同じ手口である事から犯人が同一である事が確信でき、推測の裏付けも取れる。
という訳で、ラノスに隠れてほくそ笑むのはフェリチータだ。
「イリア」
「捕捉しております」
ラノスの後ろで短いやり取りをする。二人にはそれで十分であった。
「じゃあもう少し煽ってみましょうか」
黒い微笑を浮かべて、再び前へ出る。
「私は先程言いましたわ。経験を重ねた鑑定士すらも欺く品だと。であれば一番可能性が高いのは、厳重に管理、保管されている製作中や売買の時よりも、石の買い付けの時点ではないでしょうか?」
「見落としていたと?」
「これだけ姑息な手を···いえ、臆病な手を使う者ですもの。ここでも策を弄したと考えてはいかがかしら?例えば、本物と贋物が混ざった中に出来の悪い贋物をわざと混ぜる事で、それを見つけて安心させ、本当の贋物から目をくらます··とか」
またもや幾人かが大きく動揺する。心当たりがあるのかもしれない。
「ねぇ、私、とっても知りたいのだけれど。貴方方が石を買っていたお相手のーー一番偉い人はだぁれ?」
すると、戸惑いながらも多くの視線が彷徨い、やがて一つを指した。フェリチータは密かににやりと笑う。
「みぃつけた」
その先で、一人の男が硬い顔で立っていた。
「あらぁ?そちらにいらっしゃるのは妹の伯父様ではありませんか?新しく始めた事業を大成功させた敏腕の次期伯爵だと、お伺いしておりますわぁ」
「はじめまして皇女殿下。皇女殿下に覚えていただいていたとは光栄です」
人が割れ、遮るものは無くとも遠い位置であるまま、二人は話す。
「ですが、これはあまりにも失礼ではないでしょうか?まるで私が諸悪の根源の様ではないですか」
「様ではなくそうだと私は思っておりますわ」
「酷い濡れ衣です。これほど私が帝国に尽くしているというのに、あんまりではありませんか?」
「まぁ、それではどうして今日は帝国ではなく西の国の者としていらしたのですか?」
「ビジネスの都合上です。第一、帝国には私よりも腕の良い者は大勢いますから」
「あらそうかしら?でも貴方はマリアーノの伯父様でしょう?融通くらい利くのではなくって?」
「ーーああ、やはり皇女殿下はマリアーノを、私達一家を恨んでらっしゃるのですね」
少し悲しげに次期伯爵は言う。
「皇女殿下のお立場を考えればそれも致し方無いのでしょう。とはいえこの様な場で、私怨で犯人扱いなさるなど、酷いではないですか!」
「それは違うわ」
「違わないでしょう。皇女殿下はマリアーノをお恨みになっているはずです。お母上を弑しめ、皇帝陛下からの愛情を一心に受けるマリアーノを!恨まないはずが無いではないですか!」
表立ってはおらずとも、この場にいる人間なら皆が知っている話だった。
次期伯爵の感情の籠った演説に誘われ、疑惑の目がフェリチータを見る。
「お父様から私は愛されていますわ」
「急く様に婚姻を結ばされ、あの祝いの品を贈られても?」
自然と、全員の視線が台を向く。相手があの皇帝ゆえ誰もが今まで見て見ぬふりをしていた物を、今、全員が見た。噂の証拠だとばかりに。
それでもフェリチータは凛として前を見る。声は淡々としているが、それが逆に自信を匂わせた。
「私は愛を感じておりますわ」
「皇女殿下は婚姻時の風習を知らぬのですか?」
「いいえ。だってこれは」
そっと優しく酒瓶に触れるフェリチータは、軽く瞼を伏せ、瞳に憂いを乗せているのに、薄く笑みを口許に刻んでいた。
「これは、お父様とお母様が愛されたお酒ですもの」
その事実を知る者が少ない訳ではない。隠す事でもなく、公言する事でもなかっただけだ。
「名は『アモロミオ』」
『お母様』が初めて飲んだのはウィリアーノに注がれた時だと言っていたと、イリアは聞いていた。
「アイツはここへ来れないからな、先にあげて来た」
突然会話に入って来たウィリアーノは、台から程遠くない壁に腕を組んでもたれかかっていた。
「私が結婚したら一緒に飲む約束でしたわ···ありがとうございます、お父様」
零れぬ様フェリチータが目尻を掬い、笑顔を向ける。ウィリアーノが先に墓前に供えていたから酒瓶は開封済みだったのだ。
さて、今は亡き皇妃との約束。それを覚えており実行して見せたウィリアーノ。ウィリアーノが手ずからフェリチータに贈った酒の名。フェリチータの笑顔。
それら全てが明らかとなった今、話は変わる。
「ね?私、愛されていますでしょう?」
ふわりと幸せそうに笑う。
再度疑惑の目が次期伯爵に向かい、次期伯爵は青ざめた。
それを一歩離れて見ていたクレイトンは思う。
バケモノめ、と。
どう見ても常識に欠ける贈り物をして、悪い噂は本当だったと見た者に思わせておきながら、一言でそれを見事に深い愛情へとひっくり返してみせた。演劇の様な感動の一幕に、人々の感情は一つに集約される。
いや、フェリチータも恐ろしい。これだけの一筋縄ではいかない部類の人々をそうなるように誘導したのは間違いなくフェリチータだ。誘導された者の中には例の次期伯爵ですら含まれている。巧みな話術と表情表現を用い、人々の思考が向く方向を仕向けた。宝石が贋物である事実に。石の時点で贋物となっている事に。次期伯爵が怪しい事に。逆にフェリチータの私怨である疑惑に。
そして最後に二人は次期伯爵を利用して悪い噂を綺麗に覆してみせた。ウィリアーノはフェリチータを愛していると、この婚姻は厄介払いなどではないと、フェリチータは間違っていないと、各国の要人が集うこの場で!!
恐ろしい。素直にそう思う。
堂々とやってのける度胸に。実現してみせる手腕に。状況が全て筋書き通りに進む事に。
「龍の怒りを買わないで下さいよ、陛下」
思わず口に出してしまう位にはクレイトンは慄いていた。同時に、この婚姻で王国の今後の安定も図れると、未来図を画くのは忘れない。
お読みいただきありがとうございます。
三人目のメインキャラであるはずのラノス様が結構空気で情けないとお思いでしょうが、他の面子が濃すぎるだけなんです。すごく優秀で善政を敷く方なんです、やれば出来るのです(設定)。ご老体と恋愛経験値一桁に目を瞑ればすごい偉大な方なんです。ただ、このお話がご老体のラノスに色恋話をさせているだけで・・・




