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第十二話、財務大臣の来訪

 

 それから数日後、ゆっくりとお茶を(たしな)む午後の事。

 「フェリチータ様、ハイノス様と仰る方がお見えです」

 「あら」

 姿は知らない。でも、名前は知っている。先触れが無くとも予想出来た来訪にフェリチータはにっこりと笑う。

 「丁重におもてなしなさい」

 「かしこまりました」

 ハイノス。それはラノスの唯一の息子であり、病弱な王妃が命と引き換えに産んだ病弱な息子であり、何よりも大切な息子の命を優先させたラノスが早々に王位継承権を取り上げた王子であり、今は財務大臣として手腕を振るう一官吏の名であった。

 それはとても有名な話。

 「突然お邪魔して申し訳ない」

 現れたハイノスは空色の髪とラノスと同じ(すい)の目を持っていた。健康体よりは痩せているが、顔立ちはラノスに似てなくもない。

 「いえこちらこそ、今の今までご挨拶もせずに申し訳ありませんでした。殿下」

 フェリチータが笑顔で言う。

 「私は一職員です。殿下はよして下さい」

 ハイノスも笑顔だ。

 「ではどうお呼び致しましょうか?」

 「大臣と周りからは呼ばれているよ」

 イリアにはどちらも偽物臭いと思えた。

 「本日はどのようなご要件でしょうか?」

 「父の妻になろうという方ですよ、見に来るのは可笑(おか)しな事でしょうか?」

 「それもそうですわねぇ」

 息子といえどハイノスは齢三十。フェリチータよりもずっと歳上である。なのに怯みもしない。

 「国から追い出される様に嫁いで来たと伺いましたが、まさかかの皇帝の跡目とまで言われた第一皇女様が、そんな事はありませんよねぇ?」

 わざとらしい問い。笑顔が微動だにしていない。

 「お父様は私よりも妹の方が可愛いみたいですの。でも、良縁をご用意して下さったんだもの。私、とっても愛されてますわ」

 フェリチータは笑顔を深める。わざとらしい。

 「従者一人しかお連れしていないらしいですが、不便はありませんか?こちらでご用意させていただきますよ?」

 「まぁありがとうございます。ですがご安心を。イリア一人で足りていますわ」

 会話の運び方がイリアでも分かるくらいに露骨だ。探りに来たと宣言しているに近い。

 「それはそうと、先日うちの針子にご不満があったとか」

 「そうなんですのよ。貴族ではないとは聞きましたが、王室お抱えにもなって王妃と側妃の違いも分からないだなんて、不届きだと思いませんこと?」

 扇で手を叩き、怒ってみせる。

 「···分かっていないのは貴女の方では?今陛下には王妃がいない。空いた席に座るのが当然でしょう」

 ようやく笑みの消えた顔は表情が読み取れない。怒っている様にも(あざけ)っている様にも見える。

 「まぁ、貴方様の目は節穴ですのね」

 対するフェリチータは扇で口許を隠しながらも、思いっきり嘲っていた。

 「陛下が愛していらっしゃるのは生涯王妃様だけですのよ?『王妃様以外は(めと)らない』ーー他国にまで広く伝わる有名なプロポーズですわ。隣に座れずともかの地位は王妃様のためだけにあるのです」

 イリアも知る話だ。病弱な王妃に陛下は大勢の前で言い切ったそうだ。

 「私は陛下はもちろん王妃様も尊敬してますのよ?そんな方に取って代わろうだなんて、烏滸(おこ)がましい。いえ、盗人猛々しいですわ」

 謙遜(けんそん)ではない。ハイノスを嘲っている。息子なのにこんな事も分からないのか、と。

 「分かりまして?私の立場は側妃です。陛下を支える王妃様にお支えし、身を尽くす側妃なのです」

 凜然と、胸を張る。誇っている。

 側妃である事を。

 面識も無い、とうに亡き王妃に仕える事が誇りだと。

 じっと感情を映していなかった瞳が揺れたのをイリアは見た。

 「···本気、なのですね」

 ハイノスは座ったまま深く頭を下げた。

 「失礼を致しました。そこまで父を、母を思いやって下さりありがとうございます」

 「謝罪を受けます。こちらこそ尊大な態度をとり申し訳ありませんでした」

 フェリチータも頭を下げる。

 一つ空気が緩んだ。

 「さて、改めて聞きたいのだが、本当に父でいいのか?見ての通り年寄りだぞ?」

 いくらか態度も緩んでいる。

 「陛下と同じ事を言いますのね。流石親子ですわ」

 仕方が無いと溜め息をついてみせる。誰でも言うと思う。

 「私はこの婚約に否やなどありはしません」

 「しかし、君が結婚するなら父よりも私では?」

 「あら、私と結婚したいのですか?」

 「いえ、全く」

 フェリチータ様、耐えて下さい。無理?そこを何とか。

 「(そろ)いも揃ってこんな絶世の美女をふるだなんて、本当に見る目がありませんわねぇ?」

 抑えきれていませんフェリチータ様。

 ほら、苦笑されていますよ。

 「失礼。君に魅力が無い訳ではない。こちらの問題だ。知っての通り私は病弱だ。周りのサポートのお陰でさほど苦もなく過ごせているし、仕事も立ち行くが、それでも月に一度は寝込んでいる。伴侶となる人にとても申し訳無いのだよ」

 その雰囲気はラノスが自分の死後について語っていた時とよく似ていた。ハイノスもまた、死を身近に感じながら生きて来たのだろう。

 「勝手ですわ。そう言うくらいなら、例え一瞬だったとしても世界で一番幸せにするくらい言ったらどうですの」

 ハイノスは虚を突かれた顔をした。

 「しかし、遺されれば悲しいだろう?」

 「それが何です?むしろ予測されるからこそ覚悟は出来ているでしょう。そんな事より、一人になっても忘れられないくらい幸福な思い出を遺して、幸せだったと笑って死ねるようにするべきですわ」

 唖然。もしくは呆気。そんな顔をして固まった後、ハイノスは顔を歪めて笑った。

 「は、ははは、そうか、所詮私達のエゴだったのか」

 「陛下と貴方を同じにしないで下さい。貴方は逃げていただけですわ」

 フェリチータは口を尖らせてツンっと顔を逸らす。

 「そうかもしれませんね」

 感情が分からないイリアはハイノスがそっと目許を拭うのも見ていた。

 「そうそう、クレイトンと何やら楽しそうにしているらしいじゃないですか。私も混ぜて下さいよ」

 再び浮かべた笑顔は、嘘臭さは抜けていたが黒光りが増していた。

 「財務大臣様も被害者ですもの。歓迎致しますわ」

 フェリチータの笑顔は満足気に見えた。

 


 「ハイノスはここか!?」

 慌ただしく扉が開きラノスが飛び込んで来る。

 「どうかされましたか、父上?」

 「あら、どうかされまして陛下?」

 それをまるでそっくりな様子で迎えたハイノスとフェリチータ。ラノスは一瞬呆気に取られ、大きく息を吐き出した。

 「いや、部屋に行けばまだ戻らぬと聞いての」

 「可愛い新妻が盗られると焦ったのですか?」

 「違うわ馬鹿たれ!どこかで倒れておらぬか心配しとったんだ」

 「おやおや、父上はいつまで経っても心配性ですね」

 「先月庭で動けなくなっとったのはどこのどいつだ」

 「あれは昼寝が長引いただけですよ」

 「口だけは達者な···!」

 ぶつけようのない感情でプルプルと震えるラノス。飄々(ひょうひょう)と口答えするハイノスは、どこか悲しげな色を瞳に映していた。

 それを見たフェリチータはふうっ、と音を出して溜め息をついてみせる。

 「酷いですわ。素敵な新妻が年頃の男性と二人っきりだったというのに、私の心配もしないだなんて···。陛下は私の事なんて、親知らずな馬鹿息子よりどうでも良いという事なのですね」

 「へえ?父上は彼女を愛していなかったのですか?」

 「嗚呼っ!私はきっと陛下とその息子の玩具(おもちゃ)として···」

 「あー!心配して無かった訳ではない!!断じて!!だがハイノスは病弱だ!それに姫には従者がおるし二人っきりでは無いではないか!」

 フェリチータが大仰(おおぎょう)に泣き崩れる真似をし、悪ノリしたハイノスが(あお)り、焦ったラノスが年甲斐もなく叫び出す。

 「父上、病弱と不能はイコールではありませんよ?」

 「お前まさか···っ」

 ギョッとしたラノスが慌ててフェリチータを背に隠す。

 「おや、愛していなかったのでは?」

 「そういう問題ではない!」

 ラノスとしてはまだフェリチータとの婚姻に納得はしていない。どちらかと言えば『預かった大切なお姫様』という認識であった。婚姻も『国に帰すための一芝居』と己に言い聞かせて準備を進めている。

 それが声色にありありと表れていたので。

 「反省すべきは陛下の方ですわ」

 地を這う声が、後ろからラノスを打つ。

 どうしてか分からぬラノスは焦り、ハイノスは楽しげに声を漏らす。その瞳にあの色はもうない。

 ラノスの背に庇われ、フェリチータの頬がちらりと染まったのを、イリアだけが知っていた。

 

お読みいただきありがとうございました。

ようやく登場した噂の息子ですが、今後も基本は空気です。病弱なので。

そうでなくとも病弱なのに、後継者にすると命の危険が増すので、とにかく生きていて欲しかったラノスがまだ幼い内に継承権を破棄しました。かといってただの居候ではちょっと、となったので一職員として職を与えました。健康状態はともかく王族なだけあって頭は良いので大臣まで上り詰めました。優秀な人なんです。立派に腹も黒くて。

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