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第十話、策士フェリチータ


 「クレイトン、少し邪魔するぞ」

 「おや、陛下?」

 机から顔を上げたクレイトンがラノスの後ろを見て眉を上げる。

 「お初にお目にかかります。第一皇女のフェリチータと申します」

 フェリチータはすぐさま丁寧で鮮やかな礼をして見せた。クレイトンも立ち上がり頭を下げる。

 「これはこれは、帝国の皇女様でいらしましたか。私は宰相を勤めますクレイトンと申します」

 更にその後ろにいるイリアには挨拶は無い。ただの従者なので当然である。

 「陛下、皇女様をこんな所にお連れしてどうするおつもりで?」

 「あれを見せに来たのだ」

 「何故?」

 ラノスが手にした鍵を見てすぐに分かったのだろう。クレイトンは不審げに問うた。

 「姫のためだ」

 「はぁ、後で詳しく聴きますからね」

 クレイトンは面倒臭げに事情を後回しにする事にして、応接用に置いてあるソファとテーブルを整える。

 「皇女様はどうぞこちらに」

 「ありがとうございます」

 ふわりと腰を下ろしたその後ろにイリアが立つ。クレイトンはイリアの方は見向きもしなかった。別にイリアは構わない。

 「これがその贋物(まがいもの)だ」

 膨れた袋から机の上に取り出されたのはいくつかの輝く装飾品。そのほとんどが大小の宝石が数多く彩る物だった。

 「ああ、そう、そういう事なのね」

 その内の一つを目にして、フェリチータは冷たい声を漏らした。

 「陛下、どうぞ私をこの贋物の調査に加えて下さいな。お役に立つ事をお約束致しますわ」

 妖艶な笑みを浮かべてフェリチータが言えば、最も状況を理解出来ていないクレイトンが眉をひそめた。

 「どういうおつもりで?」

 「私、これを知っているんですの」

 にっこりと笑って手に取ったのは一つの首飾り。小粒な宝石を連ねた女性用と一目で分かる装飾品だった。

 「何ですと?」

 「ふふふ、宰相様のお噂はお父様からお聞きしていますわ。とっても優秀で、利益を得るのがお上手だと」

 話しをはぐらかす様にフェリチータは笑う。

 「それは光栄ですね。まさか皇帝陛下直々に噂していただけるとは」

 言葉とは裏腹にとっても嫌そうなクレイトン。それもそのはず、クレイトンはウィリアーノを天敵扱いしているのだ。ラノスは同族嫌悪なのでは?と思うのだが、クレイトン(いわ)く、「アレは自分よりもタチが悪いバケモノ」で一緒にするな、だそうだ。

 「ええ。宰相様とも旧知の仲とお聞きしておりますわ。お父様は困ったお人でしょう?」

 頬に手を当てて(うれ)う姿は(なま)めかしい。しかし、クレイトンはより苦々しい顔をする。

 「いえいえ、皇帝陛下は優秀な方ですよ。今も昔も」

 「まぁっ、高名な宰相様にそう言っていただけるだなんて、娘として鼻が高こうございますわ」

 その嬉しそうな笑顔がイリアにはニヤリと笑った様に思えた。

 「そのお父様に俺の娘なんだから役に立てと言われましたの。酷いですわよねぇ、可愛い娘に働いて来いだなんて」

 クレイトンは今度こそ苦虫を噛み潰した。所詮ただの女だろうと侮ったツケだ。あのウィリアーノの娘だというのに。

 「お仕事をしなければ(いえ)にも帰らせて貰えないだなんて、冷たいと思いませんか?」

 「···成程、そういう事ですか」

 クレイトンもウィリアーノの手紙の内容を知っている。それがこうなったのだと理解した。

 「それで、皇女様はどうなさるおつもりですか」

 「お仲間に入れていただけるのかしら?」

 可愛らしく小首を(かし)げるのが白々しい。

 「ええ、それは勿論。若くから敏腕と評判のお方のご息女様ですから。是非その腕前を(ふる)って下さいませ」

 言うからには当然成果を出すんだろうな。貴族的意味としてはそんな所だろうかと、イリアは思った。

 「微力ながら尽くさせていただきますわ。これでも第一皇女としてお父様のお手伝いを少ししていましたのよ」

 にっこりと笑うフェリチータは、受けて立つ、と言っている様にイリアは思った。

 さて、一言も発しなかったラノスはというと、この腹の黒い舌戦を物珍しげに眺めていた。このクレイトンが苦い顔をしているのは珍しいが、ウィリアーノと会えば大体はこういう顔なので見れなくはない。しかしその娘でもこういう顔をするとは···いや、恐らくフェリチータはクレイトンがウィリアーノを苦手としている事を知っていたのだろう。ウィリアーノを交えて話す事で有利に話しを進めている様に思えた。ウィリアーノの威光もさることながら、フェリチータの言葉使いが上手い。一言で現状を知らしめ、クレイトンを立てながらも自分が有能であると主張する。龍の子は龍かもしれぬ、と思った。

 「こちらは、私のお母様の形見なんですの」

 「何だと」

 焦った声が上がるが、フェリチータはむしろくつろいだ様子で答えた。

 「正確にはその贋作ですわね。他の物も何かの贋作で?」

 「いや、贋作と分かった物はまだない」

 「そうですか。まぁ、贋作となればすぐにバレますものねぇ」

 贋作は完全に犯罪だ。作者と所有者に許可を取り、レプリカとしてであれば許されるが、そうでない物は当然許されない。

 「この事から(かんが)みるに、この贋物達はこの国だけでなく周辺国でも流れているのではないでしょうか?当然我が祖国でも」

 「なんと···」

 てっきり自国だけだと思っていたラノスとクレイトンは言葉を失う。

 「職人も王族ですら(あざむ)く品ですもの。発覚は遅れ、出処も分からず、解決もしないとなれば、恥を隠すべく各国が隠蔽するのは当然かと思いますわ。外から流れて来た証拠もないのであれば他国を追求する事も出来ませんし」

 もしかするとまだ気がついていないだけかもしれませんが。なんて怖い事も笑顔で言い切った。(おのの)くのはラノスとクレイトンだ。

 これが多くの国で行われている詐欺ならば、犯人は相当の組織なのではないか。もし他国にいるとなれば犯人を捕らえる事はおろか見つける事すら更に不可能になる。

 公表すべきか。しかし、それにより犯人に逃げられては意味がない。

 クレイトンと視線を交わしつつ考えを巡らせるラノスに、フェリチータは改まって向き合いにっこりと笑う。

 「では陛下、私と結婚して下さいまし」

 「は?」

 年甲斐もなく口が開く。

 「いやいや、待たれよ、どうしてそうなるのだ」

 今は、贋物をどうにかして国へ帰るという話ではなかったのか。

 「これが一番効率が良いからですわ」

 「そんなクレイトンみたいな理由で人生を決めてはいかん!」

 「そんなとは随分なお言葉ですね」

 クレイトンはぼそりと言うが、話しを折るつもりは無いのだろう。それっきりだった。

 焦るのはラノスだ。折角フェリチータを帰す算段がついたと思ったのに、振り出しに戻ったのである。

 「これだけの国を股にかけ、王族まで手にかけているのですもの、相手は間違いなく高い地位を持っていますわ。どこに耳と目があってもおかしくはありません。不信感を持たせずして誘き出すにはこれが最善ですわ」

 「誘き出すとは一体···」

 「需要を作るのです。彼らが儲けたくなる様に」

 いち早く思い至ったクレイトンの目が光る。

 「成程、それは効率が良い。被害国の把握も出来ますね」

 「折角ですもの。巻き込んでしまいましょう。恩も売れるかも知れませんわねぇ」

 二人して黒光りする笑顔を向け合う。置いてけぼりのラノスは困惑するばかりだった。

 「待てクレイトン、まさか賛成などせぬよな?」

 「折角のお誘いです。お受けしましょう」

 「クレイトン!?」

 目を白黒させるラノスの前にフェリチータは膝をついた。

 「陛下、陛下は私の事がお嫌いですか?」

 「決してそのような事はないが···」

 狼狽(うろた)えるラノスの手を取り、黄金の瞳がラノスを見上げる。

 「ならぱ是非私を貰って下さいませ。父に追い出されるような娘ですが、陛下の為ならばこの身は惜しくはありません」

 それはとある月夜の再現にも思えて、言葉を失う。

 「陛下、もし私に情があるならば、私に陛下を下さいませ」

 その時のラノスの顔は、それは見物だったとクレイトンは後に語った。

 

 

更新遅れて申し訳ございません。

お詫びに、二話投稿します。

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