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第九話、黄金の瞳

 

 さて、幾日か過ぎ、落ち着いたフェリチータはむしろ大人し過ぎるほどに静かだった。朝からずっと髪先を(いじ)りつつ、思考に(ふけ)っているのである。

 「ねぇイリア、おかしいと思わない?」

 「何についてでしょうか」

 お昼前にようやく発された言葉にも、慌てず間を置かずに応える。

 「よく考えたらね、政略結婚にしても旨味が無さ過ぎるのよ」

 「旨味ですか」

 淑女としては相応(ふさわ)しさに欠ける言葉だと思った。

 「確かにここは豊かだし良い国よ。でも、差し迫った理由も無いし、少し遠過ぎるわ。親睦ならお父様と旧知の仲というだけでも十分よ。少なくとも婚姻を結ぶならお年を召した陛下ではなくそのご子息でも良かったはずなのよ」

 「ですが陛下のご子息様は···」

 「ええ、分かっているわ。でも、それで良いはずなのよ」

 多くの知識を身に付けていても、考える力がなければ(かい)せない。イリアにはフェリチータがその輝きを秘めた瞳の奥で何を考えているのかは分からない。

 「皇帝陛下が何か思惑を持って、国王陛下に輿入れさせたという事ですか?」

 しかし、全くの無知ではないのだ。

 「そうよ。だからそれが何なのか···」

 丁度その時ノックが響き、ラノスの来訪が告げられた。

 


 「如何されましたか?」

 何やら困った様な顔で現れたラノスに、フェリチータがすぐに席を勧め、イリアが紅茶を淹れる。あれよと言う間もなく整えられた場にラノスは項垂(うなだ)れて座っていた。

 「そのなぁ、姫に謝らねばならぬ事があってのぅ」

 その様子が余りにも(あわ)れに思えて、フェリチータは密かに頬を緩めていた。

 「あの後すぐにウィリアーノに連絡を取ったのだが、撤回は絶対にせんと、言われてのぅ···」

 しかしその言葉で(こわ)ばった。

 「···理由を、お尋ねしても?」

 「『(うち)にはいらん。そんなのでも俺の娘だ。役には立つだろう』とはあったが···」

 非常に言いにくそうに、口惜しそうにラノスが言った。

 「お主の父親を悪く言いたくはないが、それでもこれはあんまりだと思う。まるで物の様に言いおって、姫を何だと思っておるのか。祖国から遠く離れた地へ追いやるだけでなくこんな年寄りに嫁がせ、あまつさえ帰る事すら許さぬなど、奴には情が無いのかっ!」

 言っている内にふつふつと、抑えていた怒りが沸いてきて最後はつい語尾が荒くなってしまっていた。

 「すまぬ、ついカッとなってしもうた···姫?」

 その事にはっとして謝るも、向かいのフェリチータは何やら思案顔で、気にしている所か聞いてもいない様に見えた。

 「姫?」

 もう一度問いかけると瞳が瞬き、ラノスを見た。

 「陛下、よろしければその手紙、拝見させていただけませんか?」

 「ああ、大丈夫だが」

 フェリチータのどこか異なる雰囲気に戸惑いながら、念のため持って来ていた手紙を手渡す。

 「拝見させていただきます」

 ゆっくりと黄金の瞳が紙面をなぞり、最後には静かに瞼を閉じた。

 「そう、私はこのために遣わされたのね」

 小さな呟きはイリアにしか聞こえなかった。ゆっくりと開かれた瞳の黄金の輝きがラノスを射抜く。

 「陛下、よろしければ聞かせていただけませんか?この国で起こっている問題を」

 それは今まで秘されていた事が不思議に思えるほど、強く色彩を放っていた。

 「私はそのために嫁いで来た様ですから」

 それはとても、かの国の王を思い出させる苛烈さだった。

 「どういう事だ?姫は何かウィリアーノから言われておるという事か?」

 「いいえ。何も聞かされていません」

 困惑するラノスにキッパリと告げる。ますますラノスは困惑する。

 「では、その手紙に何か暗号でもあったのか?」

 「そんな大した物は何もございませんよ。ですが『役に立つ』とありますでしょう?そう言うという事は、役に立てる事柄がこの国にあるという事ですから」

  それだけでそう解釈する事が理解できなかった。

 「どうぞお話になって下さいませ。何か問題事があるのでしょう?」

 「いや、待て、もし仮にそうだとしても姫には関係が無いだろう」

 「あら、そうとは限りませんわ」

 落ち着いて紅茶を口にする様は優雅であり、軽く取り乱しているラノスよりも堂々として王族らしい。

 「あのお父様ですもの。恐らく私が最善であるはずですわ」

 あやふやな言葉を使っているものの、絶対の自信が透けて見えていた。それを受けてラノスも確かにと頷く。

 なんせあの(・・)ウィリアーノなのだ。

 「陛下ですら頭を抱えるその問題を私が解決すれば、その褒美として帰郷を望んでも良いとは思えませんか?」

 ラノスはハッとする。確かに、『国へ帰せ』という手紙に『役に立て』と返ってきたならば『役に立ったら帰って来ても良い』という意味にも取り得るだろう。あるいは、功績を盾に交渉する事も可能だ。

 姫を国に返してあげるためならば止むを()まい。そもそも、ウィリアーノが知っている時点でフェリチータに知られてもさほど問題ではないのだ。

 「···一応他言無用で頼むが、我が国で数年前から詐欺が横行しておるのだ」

 「詐欺、ですか」

 小首を傾げるフェリチータにラノスは重く頷いた。

 「ああ。宝石や貴金属に限った事なのだが、複数付いている内の一つをガラスに、わずかに純度を下げた金属を、といった具合にバレにくいギリギリのラインで本来の価値よりも下の物を売っている者がおるらしいのだ」

 たった一つ。分からないくらいの純度の差。それは(わず)かな差異に見えてとんでもない落差である。

 宝石や貴金属を買うのはもっぱら懐の厚い貴族王族だ。一つ一つの額は大きく、当然の事宝石の一つですら貴族からすれば些細(ささい)でも平民が吹けば飛ぶ金額をしている。

 「本当に上手いことしてあってのう、職人の目をもってしても見分けることが難しく、発覚も遅れた」

 ガラスの偽物もこれまた本物顔負けの出来栄えなのだ。金属に至っては秤に乗せねば分からぬ程の差しかない。

 「はじめからそういう物だと言い、相応の値で売っているのならばそれで問題はないのだが、本物だと(いつわ)っているのでな」

 一つ一つが些細でも、数年前からとなれば今頃かなりの儲けとなっているだろう。

 「犯人の目処は?」

 「さっぱりだ。近頃羽振りが良くなったという者もおらぬし、宝石商も石売りもいつ混ざり込んだのか分からぬという」

 「もしかしてですが、諸侯だけでなく王家まで···?」

 「左様」

 困った顔は皺を刻み、数年の苦労が伺えた。

 「ある時城の者がおかしい事に気がつき調べた所、少なくはない品がそうであった。諸侯の家にはもっと多くの品があったがな」

 「その贋物(まがいもの)を見せていただく事は出来ますか?」

 「ああ、構わんよ。儂の執務室にあるのだが」

 どうしようかと問うラノスにフェリチータはにっこりと笑う。

 「お邪魔でなければ是非伺わさせて下さいませ」

 

 

お読みいただきありがとうございました。

ごめんなさい嘘じゃないんです、十話で終わらせるつもりだったんです、始めは。本当です、信じて下さい。簡潔な文とかいつの間にかぶっ飛んでますが行けると思っていたんです。

······まだまだ終われません。

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