プロローグ
何も無かった。
ここがどこなのか。
自分が何なのか。
今とは何で明日とは何なのか。
前には人があった。
痛みがあった。
飢えがあった。
寒さがあった。
怒声と笑い声があった。
でもそれらが何を意味するのか知らない。
否、ほぼ全てが分からない。
分からない。
何も無い。
そんな中で、唐突に。
月の様な輝きが暗い床に射した。
何も無かった空間に、音が、響いた。
****************
「ねぇ、あの子はなぁに?」
それは子供らしい高い声。無邪気というよりは不信感の色をした声だった。
「姫様には関係の無い者です」
「私の城にいるのに?」
不躾な視線は傍らにいる大人には向けられない。嫌悪ではなく興味の音を立てる目が舐め回す。
「牢に勝手に入った事がバレたら陛下に怒られますよ。さぁ、行きましょう」
「あなたが教えてくれないのならあの子に聞くわ。ねぇ、あなたはなぁに?」
その答えを持たないので瞬きだけを返した。それが気に入らなかったのだろう。子供は目を吊り上げた。
「ちょっと、私が聞いているのよ。答えなさいよ」
「···恐れながら姫様、かの者は答えられないかと」
「どうしてよ!」
眉を下げた大人が慎重に言葉を選びながら子供に説明する。
「かの者は先日滅んだ国の者で、その、少し不幸な育ちをしていたのです」
「不幸な育ちって?」
「えー、綺麗な服を着れなかったり、美味しいご飯が食べられなかったり、勉強を教えて貰えなかったりです」
「じゃああの子はしゃべれないの?」
「それは分かりかねますが···」
「ふーん」
何が分かって何を考えたのかは分からないが、子供はニッコリと笑った。
「じゃあ私、毎日ここへ来るわね」
お読みいただきありがとうございました。
三日に一回くらいのペースであげたいと思っています。
文字数よりも話のキリの良さで分けているので、短かったり長かったり、安定しないかもしれません。すいません。